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ディドルディドル 月とバイオリン  作者: ゆらぎなぎ
5.楽しい午後のお茶のために
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華麗に解決


 たくさんのことがその部屋では同時に起こって、ひとりの目ですべてを見ることは非常な難業となった。

 がしかし、逃すわけにはいかないのだ。こちらも負けずに必死になる。


 まずはリチャード。


 王子の椅子の手前、三歩の場所で彼は全身を動かした。

 右手でメアリーアンの背中を王子の方に押し出し、左手はついてきていた男の銃を奪う。その銃口は正確にリーダー格の男の頭に狙いを定め、持ち主であった男が床に転がっているところを見ると、そこにも何事かが起きたらしいが、そこまではわからない。


 両方の扉を担当していた男達はどのような動きもとらせてもらえないまま、あっけなく拘束された。扉を開ける者がいないなんて、どうしてそんなことを考えたのだろう、彼らは。


 扉を開き、息も切らさず相手から体を動かす自由を一瞬にして奪った人間のひとりは、現れる予定のフレディだった。制服を着た警官に男を引き渡し、一番に入ってきた彼は、静かな息をつく。


 びくりとも動かない、リチャードの左腕。銃を握りながらも、指一本すら動かすことのできない反逆者。得意分野とする言葉など使わずに、彼は目だけで行動すべてを封じ込めたのだ。


 リチャードを実業家タイプだなどと、二度と言わない。こんな実業家はいやしない。まったく自分の人を見る目に、あきれ返ってしまう。

 彼は明らかに、……なにやら怪しげな職業に就いたタイプに他ならない。


 警察らしき団体が入ってきて、リーダーは厳重に取り押さえられた。

 捕らえられた男は、終わってみればそんな人間には見えない。凶悪な行動をとりそうな人には、それなりの容貌、せめて雰囲気くらいは身につけていただきたいものだ。


 腕を下ろした、リチャードの方も。


「見事だった、フレディ。君みたいな人間がひとりいると、僕も安心して動くことができる。期待以上だったよ」


「無茶だよ、リチャード。君の考えることはいつでも無謀すぎる」

「自分の幸運は信じているんだ」


 信じてすべてが望み通りになるのなら、こんなに簡単なことはない。だがフレディは意義を申し立てることはせずに、リチャードの肩に手をのせた。

 見事だったのは、自分ではなく彼の方だ。こんな状況の中で、かくも見事に彼女を守ってくれた。


「リチャード、お願い。お怪我はありませんかって訊いてみて」


 王子の目を隠していた布を解こうと努力をしながら、メアリーアンはそんなことを言った。

 リチャードに突き飛ばされて床にひざまずいた後、いったい彼女はどこを見ていたのだろう? ただ王子に夢中? 入ってきた人間にも気付かないほど?


「こんなにきつく縛ったら、あざになっちゃう。なんてことするのかしら」


 ぶつぶつ言いながら手を動かしている彼女の方に足を向けたフレディに、何事か耳打ちすると、リチャードは肩をすくめて逆方向に歩き出した。


 ぶらぶらと部屋を出て行こうとする彼に、ヤードの明らかにお偉方が近付いてきた。顔見知りらしく挨拶を交わしながら、扉を抜けていく。


 フレディが横に立ち、彼女の手から、その複雑怪奇と化した結び目を取り上げたときになって初めて、メアリーアンは彼に気付き、呆然と顔を見上げる。


「フレディ、あなた……」


 どうしてここに。なんて質問に答えが返るとは思えなかったのか、彼女はそこまでしか言わなかった。


 そしてどういうわけか、結び目はいとも簡単に解けて、王子のオリエンタルに精悍な顔が、光の中に現れる。久しぶりのその明るさに、眩しそうに目を閉じ、改めて開き直すと、王子は椅子から立ち上がった。


 メアリーアンに向き合い、ご自分の胸に手を当てて何かを言う。何か。


「えぇと」


 申し訳なさそうな顔で、メアリーアンはすがるようにフレディを見た。

 リチャードの姿は見当たらない。


「なんて、おっしゃっているの?」

「勇敢なお嬢様に感謝の気持ちでいっぱいです」


「あら。いいえ」


 質問に答えが返ってきたことに驚きながらも、彼女は急いで王子に正しくお辞儀をして見せた。言葉がだめでも、なんとなく伝わるものはあるはずだ。

 この仕草が、願わくば彼の国で悪い意味ではありませんように。


 王子は彼の母国の言葉を使ってはいなかった。リチャードの言っていた難解なものではなく、おそらくは彼の操ることのできる言語のうちで、最もポピュラーな部類に入る言葉を選び出していたのだ。それでも、今この館に集まっている人間の中に、それを理解し得る者は数えるほどだろうけれど。


 ふたりの様子を見ていた王子は、フレディにはそれが通じることに気付き、彼に話を始めた。駆けつけてきた従者の一群に、控えているように手で命じて。


 その言葉は、天井のシェリルにとっても、かろうじて領域内であった。生涯役には立つはずもなかったのに、思わぬところで価値があるものだ。反発し続けた教育係に心の中で詫びなどしつつ、彼女は図らずも内緒話となった会話を楽しんだ。


 王子は頭の回転の速い人だ。正しく空気を読んでいる。


――『あなたのレディだったのでしょう。すまないことをしました。危険な目にあわせてしまったようです』


『お気になさらずに。危険なことに遭遇するのは、彼女の運命です。今回ばかりではありません』

『なるほど。あなたはご苦労をなさってるのですね』


『それは僕の運命なのでしょう』


 ふたりの続く会話は聞き取れなかった。なんだか小声でひそひそと囁き合い、そして、笑ったりして……。どんな、意味が。


 王子は薫るような微笑みを浮かべ、メアリーアンを振り返り、その手に麗しのキスを残して、従者に傅かれ奥の部屋へと退場した。


 その感謝の宿った手を、彼女は胸に当てて、夢をみるような瞳でこんなことを言ったりしたのだ。


「王子様なのね」


 ぱき、とそんな音で、フレディの中で何かが弾けたようだった。

 彼は、絨毯を踏みつけてメアリーアンのすぐ横に立ち、彼女の両手を取ると、――なんと、その手にキスを――


「フレディ、あの、」


 真っ赤になったメアリーアンが、とても可愛かった。王子様のキスよりよほど、彼女には絶大な効果があるらしい。

 何か言葉を探し出そうとはしているけれど、きっとそれどころではないのだろう。頭の中が。


 シェリルはこのままでは心臓に悪い気がして、視線をフレディへと持っていった。だがしかし、そうしたところで、大して変わるわけではない。


 どころか、効果の程はこちらの方が上かもしれない。シェリルにとって、フレディは基本的にお兄ちゃんであって、その他の何者でもなかったのだから。


 見るはずのなかった顔を見ていると、動悸は激しくなること、際限なく。


 えぇと……。

 自分の頭の上で、妹が命を縮めていることなど知るはずもないフレディは、――いや知っていてもおそらく手を止めたりはしなかっただろうけど――やっと救い出した姫君を自らの腕の中へと収めながら、心底ほっとした様子で言うのだった。


「無事で良かった」

 

 そして。言わずにはいられないと力を込めて、もう一言。


「今回も」


 たぶん。これから彼はめちゃくちゃ怒るのだろう。そんなことの予測ならできた。それは、いつものフレディだから。


 ただ、自分に対するときとは深いところで絶対に違っていることがある。まだどきどきしている心臓が、見事に語ってくれている。


 まるで知らない人みたいに見えたわけじゃない。

 彼はあくまでも私の兄のフレディでありながら、あの人に、あんな風に手を伸ばすんだ。


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