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ディドルディドル 月とバイオリン  作者: ゆらぎなぎ
5.楽しい午後のお茶のために
33/39

人質の苦悩とは


 はー。


 やたらと物騒な、そして役にも立たない計画を詳細に練り上げていたシェリルの耳に、深い深いため息が届いた。

 ソファに体をあずけようとはせず、手を膝の上で組み、途方に暮れた顔をしている。こんな状態にはまっちゃっている彼女。


 移動した場所からは、顔が良く見えた。いや、それを狙って移動したのだけれど。

 

 朝会った時とは違う、当然だけれどドレス姿。若草の中にくっきりと白で花を浮き彫りにしたデザインは、さぞかしあの広間では可憐で新鮮に見えたことでしょう。


 ドレスに合わせて造られたような、花の咲くネックレス。そして髪飾り。

 エスコートを引き受けたいかにも貴族のご子息なジェラルド様や、これまた親しいらしい月光の貴公子の通り名を持つ伯爵クリストファーと一緒にいるに相応しい装いに仕上がっている。


 何より魅力的に映るのは、その瞳がこのような緊急事態の中にあっても、元気に輝いているというところ。息を吐いたり途方に暮れたりしながらも、まだ彼女は朝会ったときと同じように、走り出せるはずだ。


 午後に出会った時のように、気をつけて。


「どうして、こんなことになっちゃったのかしら」

「どうしてでしょうねぇ」


 投げやりに聞こえる相槌を打ち、怠慢そうに隣に座ったリチャードも、なにやらただ者ではない人間に見えた。広間で気を揉んでいるあのふたりみたいに、少なくとも、あからさまに貴族ではない。


 夜会服姿は板についているが、どちらかというと実業家のタイプだった。若いけれど有能で、目端の利きそうな。


 ソファに並んで座ったふたりは、互いに正面を向いたまま会話らしきものを始めた。話すこと自体は咎められはしないらしく、声も小さくはない。

 王子の横、そして扉の前の男達は、なんの反応も見せなかった。


「前から訊いてみようと思ってたのだけれど」

「なにを」


「あなた、どうしてそんなにたくさん言葉をしゃべれちゃうの?」

「生まれつき優れているのかな」


「すばらしいわね」

「ため息と共に言わないでくれ。自慢の特技なんだから。これで世の中渡ってるんだぞ」


「そんなつもりじゃないわ。尊敬してる。ほんとよ」

「ま。あそこで反応したって言うのが、失敗と言えば失敗と言えるかもしれないが」


「……失敗だと思う。私も」

「だからってこの状況すべてが僕のせいってわけじゃない」


「偶然だって、私もわかってる。ごめんなさい、リチャード」

「いいえ」


 先程のクリストファーたちの言葉を思い出した。そう、言葉だ。

 王子と言葉を交わせない人達が、いったい彼に何を要求できると言うのだろう。と言う事は、王子の国とは関係のない話だということにならないか?


 あら。誰でも良かったのかもしれない。この国が真剣に対処しようと思うくらいの人間であれば、誰でも。


 シェリルはふと、王子の名前を思い出していないことに気付いた。……イリセツポット……なんとかセフウィン……。古いその国の言葉で、『光を携える者』みたいな意味を持っていた、というところまでは確かなのだ。がしかし。


 たいてい中途半端でいい加減な記憶に、そこまで求めてはいけない。これだけでも上出来なのだ。興味のない分野にしては、覚えていた方ではないか。


 無駄に思える努力はしない主義を思い出し、シェリルはふらふらしてきた目をまばたきをして落ち着かせると、改めて下を見た。


 リチャードとメアリーアンは、今では向かい合って話を続けていた。内容的には深刻なのだが、とても囚われの身とは思えない、どこかお気楽な調子がある。


「君について聞いていた話を、僕は甘くみていた。君と踊るにはこういう覚悟か必要だったんだな。次からは忘れずに銃を持参するとしよう」


「誰からどんなお話をお聞きなのか想像はつくけど。ジェラルド様からの情報だとしたら、差し引いて考えなきゃならないってこともご存知よね」


「差し引いても余りある状況を、身をもって体験しているぞ。今現在」

「王子とお話ができたところまでは大成功だったのに」

「ねぇ」


 クリストファーが想像すれば当たると言った経緯を経て、ふたりは踊り始めた。そして、王子に近付いたのだろう。


 社交欄担当、とフレディが言っていた。そこから考えると、彼女は記者だ。普通では、こんな上流のレセプションには参加できない人間ということになる。


 ほかの誰にも引き出せないコメントを手に入れる為に、メアリーアンはここに潜り込んだ。


 彼女の職業、そして住んでいる場所を考え合わせると、それは正解のように思える。けれど、今のメアリーアンを目前にすると、なにやら不思議な違和感が湧いてくるのだ。潜り込むなんて言葉、ちっとも相応しくないような。


 どういった経歴を持つのかちっとも伺わせない、今はとにかくお嬢様は、いきなりすべての希望をさっぱり失くしてしまったような表情になった。その顔にシルクの手袋に包んだ両手を当てて、声をまるで絞り出す。


「また怒るわよね……」

「あぁそりゃもう。めちゃめちゃ」


 当たり前だろと言わんばかりのリチャードの答えに続いたのは、なにやら呪われているような沈黙だった。

 こんな状況などに陥っていることよりも、それによって引き起こされる誰かの怒りの方が、彼女には恐ろしいらしい。


「ちょっとは否定してくれてもいいじゃない。だって、不可抗力だったんだもの。ちゃんと、あなたもそう言ってね。仕方なかったんだって」

「言えたら、ぜひね」


 そんなことを言い腕を組むリチャードは、どう見ても余裕にあふれていた。

 どんな根拠の自身に支えられていたら、ここまで強くあれるものだろうか。彼自身の言葉が本物ならば、銃すら持っていないはずなのだけれど。


 そんなものがあったところで、ひとりで四人を相手にできるはずもない。

 王子の左隣につけていた男が近付いてきた。彼はまったく姿勢を変えずに、視線だけを動かす。王子、そしてふたつの扉に。


 それは深く、すべてを見通すような。


「おい、おまえ」

「はいはい」


「ここに来て我々の要求を王子に伝えろ。どういう態度を取るのがご自身の為になるのか、考えてもらわねばならないようだ」


「やらないこともないが、立場上この方の側を離れるわけにはいかないんだよ。そちらにお連れしてもいいだろうね」


「必要のないことだ。ご婦人にはこちらでお待ちいただく」


「僕の見えないところで何かが起きそうでは、通訳どころじゃないんだよ。それでなくても王子の言葉は非常に難解なんだぞ。君達の要求を正しく伝えて欲しいなら、レディも一緒の方がいい」


 その男の振り仰いだところからすると、王子の右に立つ男が、彼らのリーダーであるらしかった。しばしの間を置いて、許可するとばかりに小さくうなずく。


 リチャードは薄く笑いを浮かべながら、組んでいた足をほどき立ち上がった。その笑いを見ることができたのは、天井から見下ろしている人間と、それを向けられたメアリーアンだけだ。


 彼女の背に腕を回したリチャードは、いたって砕けた調子で、すぐ横の男の握る銃に手をかけた。


「これは下ろしていた方がいい。こんな状態でこちらに何ができるはずもないだろう」

「つまらない事は考えない方がいい」


「それほどのばかじゃないさ」


 シェリルは騙されているような思いがしていた。きっと、あの男は騙されている。これは絶対、本当だ。だって彼は自分で言うように、それほどのばかではないのだから。


 まったく反対の立場にも関わらず、シェリルは反逆者の方にすでに同情を寄せてしまった。確信を持って予測するに、この先に起こることは彼らの方が気の毒だ。


 私なら絶対にあの人の言うことを受け入れたりはしない。とんでもない意味がある。彼が彼女を連れ出したことに。

 上からの視線の重要さが身に染みる。ここで引き合いに出すのは無礼かもしれないが、神様の目が、なるほど徹底的に偉大なわけだ。


 メレディスが横に現れた。現れた? ということは、今までもしや隣にいなかった? 下で繰り広げられる光景に夢中になりすぎて、ちっとも気付かなかった、そんなこと。


 何かが動き出す、今にも。機は熟したのだ。充分すぎるほどに。


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