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ディドルディドル 月とバイオリン  作者: ゆらぎなぎ
5.楽しい午後のお茶のために
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侵入


 メレディスにくっついて、シェリルはいくつもの部屋を抜けて、その場所へと辿り着いた。他人様のお屋敷の中をすばやく移動するというのは、実は問題行動なのではないだろうか。

 ここはやはり、あの伯爵家の執事だというだけで説明は足りるのだろう。などと、息を切らしながら彼女は考えていた。


 メレディスに動いてもらうことを狙って、クリストファーの名を口にしたのだけれど、何もここまでといった勢いには驚いた。

 もしどこか途中で捨て置かれてしまったなら、二度と発見されないのではないかと思える箇所がいくつかあったほど、入り組んだルートを駆け抜けて。


 衝立の向こうにそのご主人の姿が見える。クリストファーロビン・ローダーディル伯は、なんとも言えない不思議な表情を浮かべていた。苦悩、あるいは後悔、それとも戸惑い。


 彼が座る椅子の横に、午前中に遭遇した『ジェラルド』が、悩める風情なんてちっとも似合わないままに突っ立っている。


 シェリルはすでに自分よりも熱心な隣の人間を見上げてみた。無表情なんて言葉は使いたくない。メレディスは思いすべてを包み隠して、恐るべき冷静さで状況の分析を行っているのだ。


 美しく装った紳士淑女たちの大広間。この国の社交界のことは知識としてしか知らないシェリルには、まったく歯が立たない問題だ。何者かどころか、公爵本人でさえ確認できない。


 だけど、人質がどうのといった行動をとっている人間は、ここにはいないようなのだけれど。


 中央の扉ではなく、右手の小さな扉がゆっくりと開き、フレディと、紹介にあずかったばかりのミスタ・コクランが入ってくるのが見えた。

 奇妙な統制で各グループにまとまり囁き合っている客たちの間を縫って、彼らは目指す相手の元に走り寄る。


「ジェラルド、クリス」

「フレディ? いったいどうやって入って来たんだ。屋敷は包囲されたと聞いたが」


「そんなことはない。簡単に入り込めたよ。包囲しているのはヤードの方だ」

「なんですか。騙されていましたの? 私たちは」


 気の抜けたような口調で、ジェラルドはそう言ったけれど、すぐに何かに思い当たってクリスを振り返る。

 ふたりの間に地を這うような重苦しい視線が交わされた後、伯爵は椅子から離れて、フレディの前に進み出た。


「すまないが、フレディ。君の悪い予感はいつものように的中だ。僕たちは油断していたのかもしれない。まさか、なんて言葉は言い訳にしかならないな」


「……いや、謝らないでいいんだ。問題は別のところにあることを知っているんだから。どうなっている?」


「事が起きたときに最も側にいたのが、リチャードとメアリーだったんだ。どうしてその組み合わせになったのかは、想像すればきっと当たる」


「どこに行ったのかはわからない? 屋敷からは出ていないんだ」

「二階の、公爵殿の書斎だ。そこに立てこもって、要求が呑まれるのを待っているらしい」


「どうして、王子の他に人質が必要だったんだろう」

「言葉だね。王子の言葉は限られている。まずは英語は話さない」


「リチャードか」


 リチャード。

 新しく現れたその名前について考えている時間はなかった。メレディスに促されて、再び移動を開始する。


 二階の、公爵殿の書斎へと。



 部屋のほぼ中央に置かれたソファに座らされているふたりのうち、男の方がおそらくリチャード。そして隣の若草色のドレスの女性が、メアリーアンなのだろう。


 顔は見えない。真上からだから。だけど、シェリルは彼女をすでに知っているはずだった。

 知っているはずの髪の色はブラウン。そう、非常に明るいブラウンだった。


 もう少しだけずれれば、メアリーアンの顔が見える。メレディスの制止がかからないのをいいことに、シェリルはずるずると体を望む方向へと運んで行った。


 天井裏に潜るなんて、こんな時でなければなんて素敵な経験なことか。普段は決して許されないこの冒険を、もっと楽しめればいいのだけれど。


 下の部屋に、まだフレディは現れない。扉の向こうで様子を伺っているのか、そうでなければ外へ出て応援を頼みに行ったのか。


 敵の人数は、わずかに四人。だけど、武装した男たちがなだれ込んできて、銃を振りかざし、王子を捕らえて、屋敷は包囲したのだと宣言すれば、そうだと思っても仕方ない。

 自分の命だけではなくて、王子の命を考慮した場合、無謀な行動には出れないだろう。


 とにかく、レセプションに招待されるような人間たちなのだから、失敗した時に陥る立場にまで考えは及ぶはずだ。


 とりあえずは、相手の出方を待つしかない。王子をその場で殺すのではなく、拉致して立てこもる以上は、なにか要求があるのだろうから。


 彼の国の正装で身を飾った、遥かに海を隔てて遠い異国の王子様は、目隠しをされた状態で、それでも姿勢は正しく、威厳を醸し出している。その空間だけ切り抜かれたように、空気の色が違うのだ。


 王子という呼称からイメージされるに相応しく、彼はまだ成人して間もないように感じられた。目という年齢を判断するに欠かせない部分が隠されているために、感じることしかできないのだけれど。


 四名の乱入者のうち、二名は王子の左右を固め、他の二名は各扉に背を向けて立っていた。背を向けて。

 彼らにとっての敵が入ってくるとしたらその扉なのだから、もっとしっかり目を向けているべきだと思うのだが、向こうにしてみれば人質を見張っているつもりなのかもしれない。初めから、王子を危険に晒してまでも飛び込んでくる者などいないだろうと考えて。


 どんな手を使ったなら、この三人の人質を救出できるだろう。同時に扉を開いて、まず二名を倒したところで、後の二名には手が届かない。やるなら一度に四名をぶち倒さなくては。



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