Holy Night
クリスマスの休暇は、今年はロンドンで過ごすはずだった。真っ暗な部屋でろうそくを灯して聖夜を祝おうと、そう言ったはずだ。われらの伯爵様は、確かに!
彼の気まぐれに離れているけれど、こんな予定変更は承服しがたい。なんと言ってもクリスマスには贈り物が必要で、私はそのつもりで着々と準備を進めて来ていたのに、当日に私がいないのでは、そんなのちっとも実行できない。
誰が一番悪いのか系統だてて考えてみよう。
まずは、当然クリスよね。私に命令したのはあの人なんだから。
そして、お父様。気まぐれな思い付きを誘発させる原因を作ったのは、だってお父様だもの。寒くたっていいじゃない。冬なんだもの。いいのよ、私は寒いロンドンで充分。
でもまず、あの話をあの席で口にしたジェラルド様も相当だわ。あれじゃ、行くわよ。あまりにも、クリスの好みにはまり過ぎているもの。
あぁ、そうだわ。それを止めずにいるメレディスだって。
ぶつぶつとそんなことを考えて、かなりの時間を費やしてしまった。無駄なことをしている。さっさと外にでも飛び出していたら、何かを見つけることができたかもしれないのに。何か。
まぁ、きっと。見つからなかったとは思うけれど。
深く息をついてみたけど、何が変わるわけもなく。私は大きな声で叫びたくなった。
こうさーんっ、なんて。
だけど降参なら、一月も前に完璧なのをしている。だから私は、取っておきのごまかし手段として、オーブンと共にがんばることを思い付き、この上ないほど絢爛なデザインを編み出し、莫大なる時間と予算をオーバーさせていたというのに。
そんな野望も空しく、この寒空の下についえさるしかないのよね。
私はとにかく努力は認めてもらうことにして、机の引き出しからノートを取り出した。
悪あがきのような気もするけれど。人生最大の難関に、こんな風にしか立ち向かえなかった、私を伝えてどうする、という気もするけど。
もう誰が悪いのでもなく自分が、といった気分になってきた。ふがいない、つまりは。それから不思議。どうしてこんなに深く、考え込んでしまったのか。
ノートをしみじみとめくり、実現し損ねたプロジェクトに思いを馳せ、ずるずると出かけるのを引き延ばしていた私は、光を――
――光が差して、目が離せなくなった。
頭に突き刺さったかと思うくらい、強い輝きだった。そう思った、私は。
どうして。どうして今まで。
私がばかげた策を弄している間もずっと、私の手元のこの引き出しに入っていて、私はそれを、忘れたことなんてなかったのに。
とにかく。行くわよ、メアリーアン。
さっきまでとは打って変わった光の世界で、私は考えられないほど軽やかに駆け出した。階段途中で引き返したのは、コートを着るのを忘れてエリオットに指摘されたため。
エリオットとリズは、休暇をこの家で過ごす。だけど、もう羨ましくはない。私は。
「どうして君は雪がひどくなったと思うと行動するんだろう」
フレディは暖炉の前の特等席を私のために空けながら、そんなことを言った。だけどそれは私のせいじゃない。私だって何もそんなことは、……好きなときもあるけれど。
「すぐに帰らなくてはならないから、その椅子はあなたが座ったままでいいの。あのね」
「コートを脱ぐ暇もない?」
「えぇ。ごめんなさい」
だけどフレディは椅子から離れて、私の前にやってきた。ヘンドリックス夫人ご自慢のペルシャ絨毯を汚さないためには、そうするしかないと、私はそこで気がつく。
危うく私はこれを投げなくてはならなくなっているところだった。私の指示通り、彼が座ったままだったなら。
「私、今日これからサセックスに行くことになったの。お友達の家なんだけど。それで、これはあなたに」
フレディの不思議そうな顔を見て、自分がずいぶん説明を省いていることがわかった。足りない、ちっとも。えぇと。
「少し早いけど。メリークリスマス、フレディ」
「あぁ」
あぁ?
「ありがとう」
「どういたしまして」
きっと、あのすごいケーキを見ても、この人はそう言ったんだろうけど。
私が、こんなに嬉しくはならなかったと思う。あれではだめだった。ぜんぜん違うわ。だって、今あなたの手にある箱の中には。
「それじゃあ、私もう行かなくちゃ。次に会うのは新年ね」
「そうなるね。送っていくよ、メアリーアン。コートを持ってくるから、少しここで待っていて」
「だいじょうぶよ。一人で来たのよ。一人で帰れるわ」
「いや、そうじゃなくて」
「どうしたの?」
「外に出たいんだ。僕が」
雪の中を散歩する趣味は彼のものではなく、彼の妹君のはずだったと思ったけれど、彼はそう言ってコートをはおり、あの暖かな居間を出てきたのだった。
私がお宅に到着した時よりも、かなり穏やかな降りになっている。これをもしかして、がっかりしたりしているのだったりして。初耳だけれど。
「この雪だと、旅も大変になるね」
「そうね。思いとどまって欲しいわ。いっそのこと」
「すこしは暖かいの?」
「えぇ、きっと。そんなに期待はしていないけれど」
「急だったね」
「そうなの。いい迷惑。だいたいうちの人間は勝手なのよね。いつでも思いつきだし」
吐く息が凍りつきそうだった。真っ白いその向こうで、フレディはおかしそうに笑っている。私が家族の話をする時、だいたいそんな顔を見せている。
私、よっぽどひどいことを言っているのかも。もしかしたら。
もうすぐ家が見える、という角で、フレディは立ち止まった。考えるよりも前に、私も足を止める。それから初めに考えたのは、私たちがしゃべらなければ、とても静かだと言うこと。まるで海の底の国みたい。
「メアリーアン。約束して欲しいんだけど」
「なにを?」
「クリスマスの朝まで、決して開けないこと」
何を言うのかと思うじゃない。
かなり信用がないらしく、フレディは私の手の中に包みを落としたあとも、心配そうにそれを見ていた。もう。
「約束は守るわ。何があっても開けません」
「中身を知るために振ったりも」
「しないわ、そんなこと。楽しみはちゃんととっておくから、だいじょうぶです」
ここでやっと肩の力を吹いてくれた。なんと言うのか、私って。いったい私をいくつだと思っているんだろう、この人は。
「じゃあ、気をつけて。滑るから」
家まであと、ほんの十数歩の私を心配して、だけど彼は背中を向けた。
私は、慣れていないことに少し戸惑い、いったいなんてことに慣れてしまったんだろう、と自分に驚いた。いつも。そう、彼はいつだって、私が扉を閉じるまで見ていてくれていた。
あ。
「フレディ」
立ち止まる。雪のカーテンの中で。
声は届くけれど、姿は半分。私はさっきまで彼の手にあって、今は私の元にやってきた贈り物を包んでいる両手を大切に、忘れていた言葉を声にした。
「ありがとう」
ほんのささやかな静寂をこの街に。フレディはもっとも相応しい、彼の忘れていた言葉を私へと。
「メリークリスマス」




