Melting BrueSapphire1
『わぁ。かわいい子供たち。お人形さんみたいとはこのことだわ。素敵な兄妹ですね』
『そう見える?』
『えぇ』
『おいとめいよ。でも、その絵は古いものなの。もう十年になるかしらね』
ヘンドリクス夫人のマントルピースには、たくさんの写真や絵が並べられていて、その一枚一枚に、夫人は特別な想いを抱いている。
大切な大切な。
思い出は重なっていく。まるで、雪が積もるみたいに、穏やかに優しく。
私が日が落ちる頃に散歩をするのは、子供の頃からの習慣なのだけれど、今日はおもしろいものを見つけた。
おもしろい、と言ってしまっては失礼に当たるかもしれない。珍しい。そう、珍しい、がぴったり。
人にはそれぞれ事情があって、いろいろなことを考えながら歩いているものだと思う。
新しい洋服、明日のお天気、今夜のお食事、奥さんに話すこと話さないこと、買い物の手順、愛する人への想い。
私もその流れに乗りながら、祖父の上着のボタンのことなどをぼんやり考えていたのだけれど、公園の真ん中で足を止めてしまった。目の端に変なものが映ったから。
変。つまりそぐわないもの。あるはずのないもの。いるはずのない人間。
……雪の積もる冬の公園で、氷の張った池を座り込んで見つめている人間に、私は今までお目にかかったことがない。
好奇心は大切にしなさい、それこそ人生の宝物だ。そう主張する祖父に教育を受けて育った私は、出会った不思議には立ち向かうことにしている。
昨日はなんと記録的な大雪。道路はぬかるみがひどく、歩けば歩いただけ汚れる状態だけれど、また芝生の敷かれた公園も、別の意味で問題がある。
雪は積もりたい放題なのだ。
それでも物好きな人たちが池を見に行った足跡を辿り、私はなんとか、『その人』の側にたどり着いた。
まずは後ろ姿の観察を。
男の人だった。仕立ての良いコートを着ている。まだ若いのではないかしら。背が高いかな。金の髪だわ。
金の髪の王子様。この池には白鳥は来ないのよ。
あ、違うわ。白鳥は王子様の方だった。そしてお姫様は、茨のベストを編むの。けれど、オデットに恋をした王子なら、ぴったりね。スワンに魅入られた、王子はハンサムなのよ。
勝手にそこまで想像を膨らませてしまったからには、彼にはハンサムでいてもらわなくては困る。
と、あと一歩踏み出せば。あと……。
―――涙―――?
! 滑ったっ。
と思った次の瞬間には寝私は雪の中に転がってしまったらしい。転がったと思った。転がったはずなのに。転がった……。あれ?
あら。
「大丈夫ですね」
と、いきなり断定された。それは当たり前だけれど、あまり使わない、ふつうは。語尾は疑問形であるはずだ。私は彼の向かって何か言うべきだと思うけれど、口が動かない。
驚いた。滑ったのも驚いたけれど、予想外のこのことに。
王子様、は、一瞬にして私を雪まみれの災害から救ってくれたらしいのだ。ほんの一瞬で、ここに駆けつけて。
その上、彼は私の腕を取り、歩道まで連れて行ってくれた。そうして。
「危ないですから、ここまでにしておいた方がいいですよ」
「あ。ありがとう、ございます。ごめんなさい。お騒がせして」
「雪を踏みたかった?」
は?
「それほど子供ではないですね。どうして道を外れて?」
……。
「氷を。池に張った氷を見たいと思ったんです。きっと、厚いだろうな、と」
「氷」
繰り返した彼の言葉に、不審そうな感じは受けなかったのでほっとした。
まさかあなたを見にあんなところまで行き、滑ったのはあなたの顔を見ようと思ったからです。とは言えない。絶対。
「氷は縁は厚く張っているけれど、中央はかなり薄いから、夜中にスケートをしようなんてことは考えないようにね」
スケート?
「あぁ、そんなことは考えないか」
「あ、はい」
「それはそうだ。これは失礼を」
「いいえ。そんなことは」
「では。お気をつけて」
「はい。ありがとうございました」
私は頭を下げて、彼の手が促した方向へ歩き出した。
王子様に尋ねられなかったことがいくつもある。
あなたは? あなたはどうしてあんなところまで?
まさか雪を踏みたかったからとか、夜中にスケートをするために氷の張り具合を確かめていたとか、そんなことはあるまい。
そう言えば。
涙を。




