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20.月夜にお散歩1


 石畳を車輪が回る音が遠ざかっていく。乾いた石畳に、軽快な音が。

 角に灯火も消えるのを見送って、メアリーアンは踵を返して歩き出した。一つ遅れてシェリーが追いかける。


「今夜のことは本当にごめんなさい、メアリーアン。私、我慢ができなくなって。つい、いろいろなことを考えないで出かけてしまったの」


 夜の通りに声は顰めながら、届かないことを恐れるように背伸びをしていた。いつもよりもさらにメアリーアンの足が速いのは、憤りの表れなのではないのだろうか。


「つい、って言っていつもフレディにも叱られるんだけど。ごめんなさい、心配かけるつもりはなかったのよ。私は本当はわからないように」


「『わからないように戻るつもりだったんだけど』?」


 言おうとしていたそのままを引き取られ、シェリーはおとなしく口を閉じた。

 言葉は頭の中で他にもいくつでも見つかり騒ぎ立てていたけれど、メアリーアンを相手にそこまで暴れることなど、決してしてはいけないことだ。


 腰に手をあて、振り向いたメアリーアンは笑っていた。姿勢は説教用なのだけれど、顔がそれではぶち壊しだ。


「私がどうやってあなたが抜け出したことを知っちゃったのか、知りたいでしょう、シェリー」

「知りたいわ。どうして? 抜け出すと思って見張っていたの?」


「あの家から抜け出す方法は、私はだいたい自分でやっているのよ。音に気づかなかったわね。裏の門は曲者で、跳ね返ったときに鐘のような音を立ててしまうの。最後まで丁寧に戻さなかったのが敗因よ、シェリー。そしてその後、すぐに駆け出してしまったのもね」


「メアリーアンはそれでピーターに捕まったことがあるのよね? そのタネ、明かさないでいたら、次のときも私を捕まえられたのに」


「次はありません。そんなことを言っていると、言いつけちゃうから」

「ごめんなさい。二度としないです、こんなこと」


「はい」


 その言葉をしまい込むように、メアリーアンアンは手を組んだ。そしてまた軽やかに歩き出す。ただし、今度は少しだけペースをゆっくりと。


「あわてて家をとび出したところで、メレディスの馬車に出会って驚いたわよ。それもリースがいなくなったー、なんて言うんだもの」


 言外に『あなたならともかく』が隠されている。


 メアリーアンの目も雄弁だったが、なによりシェリーは誰の目にもそれを見ることにすっかり慣れてしまっていたために、嗅ぎつけるのは簡単なことだった。そして、そこに問題はない。


「リースはメレディスにウィルの――ヴァイオリンの話をしていたのね。私、昼間のお茶のときに、リースには打ち明けていたの。だからメレディスは、こっちに来たんでしょ?」


 あのお茶の会での話を一通り伝えていたのだろう。リースは執事であるメレディスと、特別に仲が良い。


 そしてメレディスはあの家の執事に相応しく、頭の切れも動きも良いのだ。(すでに語ったとおり、特殊技能も数多く備えたその上に)

 実に一家の誰よりも、と言ってしまってはサーヴァントの法則に逆らうものとなってしまうとしても。


「ただあなたが絡んでいると思ったんじゃないかしら。リースがそんな真似をするなら当然一人の決断であるわけはないでしょう、そう思って」


「じゃあメアリーアンが、私がウィルのところに居ると思ったのね。あの部屋に向かったんだって」

「メレディスも考えていたかもしれないけれど」


「お部屋で会った時に、やっぱりと言ったわ。メアリーアンには半ば予想していたことだったということなの? 私がウィルに会いに行くことって」


「そうね、ずいぶんカノンを気にしていた様子だったし。あの時にこのままでは終わらないような気はしていたわ」


「話をした時に教えてくれたこと以上に、ウィルの事情については知っていたんでしょ? 違う?」

「えぇ」


「何に頷いたの?」


 身を傾けて、シェリーはメアリーアンの顔を覗き込むように見上げた。


 真っ直ぐに向かってくるブルーに、諦めるような気持ちが走る。

 嘘をつくつもりはなくとも、ありのままを明かすことに躊躇いを覚えていたのだ。不甲斐ない事実と、それを話すことにも迷う気持ち。重ねて情けない。


 できるものなら自分を殴り飛ばしたいと思いながら、だからこそ明瞭にメアリーアンは語り始めた。


「知っていたわ。ウィリアムには先生のお宅で会ったこともあったの。まだ何も起きていない頃の彼を知っていたのよ。頭のいい気持ちのいい青年だった」


 学ぶために田舎を後にしてきた、南の海を知る青年。成績も優秀にして、性質も明朗活発。

 おもしろがり屋のウォーレン先生もご満悦の、打てば響く回転の良さが生み出す会話に、笑いさざめいた午後も過ごしていたのだ。


「彼の不幸についても、先生から聞いていたの。その後、彼を進ませるために、いろいろ試された方法についての話もそのたびに伺っていたのは、私も気になっていたからなのだけれど……」


 やっぱり。と、今度はシェリーが思う。

 ハリー・ウォーレンの愛弟子メアリーアンが、『先生のところの生徒さん』について、そんな入り口しか知っていないはずはなかった。


 そして出会った二人は初対面の素振りではなかった。明らかに互いに素性を知っている態度で接していた。


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