18.もう一人は扉から2
「あなたは、リースを、……診てくれたの?」
「どこもぶつけてはいないですから、おそらく驚いて、気を失っているだけではと思います」
メアリーアンはソファにかがみ込み、指先でリースの白い頬に触れた。呼吸は規則正しく穏やかである。
それに彼は、気を失っているだけだと、そう発言する根拠を学んでいる者であるのだから。
「あなたがそう言うのなら安心だわ。ありがとう、助けてくれたのね。あなたこそ、こんなことには驚いたでしょう。大丈夫だった?」
肩からショールを外すとリースに掛け、落ちていた手も拾い上げる。
ふわりと。優しい動きだった。
「僕は何も」
「良かった。とにかく、みんな無事ならいいのよ。ごめんなさい。お邪魔どころか、この子たち、大騒ぎに巻き込んでしまった様子だわ」
「いえ、僕が」
宙を仰いだのは、吹き込んだ風のためかもしれない。
ウィリアムの髪を風が揺らし、シェリーはそれに気がついた。外の匂いが入ってきている。空の空気がこの部屋にも。
「言葉は難しいけれど」
躊躇うように唇が震える。
「僕が、みなさんをここに巻き込んだのかもしれないと、そう思っているんです。……今は」
醒めきっていない目を、ウィリアムはテーブルの上のヴァイオリンに向けた。
醒める――。
何からなのか、夢なのか。それをその場に置いたのは、シェリーという名の娘だった。突如現れ騒ぎ立てたその娘は、クリアな高い、音のような声を持つ。
「結果が良ければすべて良し、よ。メアリーアン、ウィリアムと私は友達になったの。お友達の所に遊びに来るのは、普通のことでしょ?」
「前後が混乱してるもの、騙されないわよ。まずは、あなたが黙って抜け出したことから始めさせていただきます。だけどそれよりも、リースが先ね。メレディスを呼んで来るわ」
「そうだわ、メレディス。一緒に来たって言ったわよね。彼は下で待っているの?」
あれ?
シェリーの頭にひとつ、引っ掛かったものがあった。
「メアリーアン」
「なぁに?」
「鍵は? 玄関は鍵がかかっていて、私、キッチンの窓から入ってきたのよ。リースは屋根からだし、メアリーはどうやってここまで入ってきたの?」
「それはね、そうね、玄関の鍵はかかっていたけれど」
……奇妙な間が続いた。鍵はかかっていたけれど。
「メレディスは馬車で待っているわ」
やはり。そこに繋がっていくのね、とシェリーは思った。
すっきりしない笑いを浮かべて、メアリーアンの言った言葉。メレディスはいつでも、なんでもやってのける。魔法の杖を振るいまして、錠はほどけましたのです。
自分があれだけ苦労した侵入を、難なくやってのけられたと思うと、少し悔しい気持ちも起きる。
いずれ、鍵穴ほぐしに関しては是非にもレクチャーをお願いできたらいいのだけれど、引き受けてはくれないかもしれない。できてはいけないことなのだから。
しかしメレディスは、いったい誰にどこで伝授を受けてきたのかが気になる。ローダーディルだけではなく、よそ様の執事もみんな、あんな特技を持つものなのかしら。
「シェリー」
「はい」
「とにかくあなたたちは、これ以上何もしないで待っていてね。すぐに一緒に戻ってくるから」
「リースは眠っているし、私なら大丈夫よ、メアリーアン」
すい、と目をそらし、メアリーアンは応えずに歩き出した。
口元に瞬間、笑みを浮かべてしまったのをシェリーが気付いてしまったかもしれないと、失敗を悔やみながら早足で。
見られてはいなかった。踊り場でくるりと回り、光に目を細めた頃に、追いかけて声が届いた。
「本当よ」




