17.もう一人は扉から1
廊下は光の空間だった。踊り場の大きな窓から月光が存分に注ぎ込み、太陽とは違う控えめな白い光が溜まっている。細かい粒子が幾層にも重ねられ、やわらかな質感があった。
眩んだ目を閉じ落ち着かせると、シェリーは意識して静かに開いた。
扉が起こした空気の揺れが、静かに波紋のように広がっていく光景は美しく、何か隙間を覗くようだった。この世にしては美しすぎる。そんな表現を思いつくほど。
彼は光景を壊すことなく足を進めるだろう。光あふれる場面に一歩、そしてまた……。
「メアリーアン」
幻想終了。階段の柵の向こうに、予想も及ばぬものを見た。思わず名前が口からついて出る。シェリーはこれ以上は無理なくらいに目を大きく見開いた。
「どうしてここに? どうやって?」
階段をのぼって来ていたところだったらしいメアリーアンは、声に顔を上げ、こちらもまた目を見開くと、
「シェリー!」
一声叫び残り数段は駆け上がり、文字通り部屋にとび込んだ。そして、シェリーの肩に掴みかからんばかりの勢いで、
「見つけたわ、良かった、無事ね? 元気ね? 間違いないわね?」
「間違いって。私に?」
「本物よねってこと。やっぱりここだった。黙っていなくなったら心配するでしょ? 私が気がつかないと思ったら大間違いなのよ。空っぽのお部屋を見て、心臓が一回止まったわ」
両手で頬を包み込まれ、発声は難しい状態だ。
本物……、ニセモノ?
メアリーアンは時々おかしなことを考える、とシェリーはやけに冷静に考えてしまった。そうさせている側であるという自覚は、迷惑なことに欠けている。
「リースはどこ? あなたたち、一緒なんでしょう? メレディスと一緒に来たのよ。クリストファーに気づかれないうちにベッドに戻らなくちゃ、きっと恐ろしいものを見ることになるわ」
どこも何も、扉から真っ直ぐに正面がソファなのだから、これまで見つけていなかったことがおかしい。探していた片割れを見つけて、舞い上がってしまっていたのだろう。
しかしリースはシェリーと違い、横たわり目を閉じている姿を見せていた。驚いたシェリーが放り出してしまったため、片手がぶらんと垂れている。
「あら。眠って……るの?」
なぜ。この場で?
メアリーアンは、抑揚のない声で問いかける。返る答えには、耳を塞いでしまった方が良いかもしれない予感があった。
――「どうなっているの? リースのこの状態は」
「落ちてきたんだけれど、ウィリアムが受け止めてくれたの。気を失ってるだけだから、心配はないそうよ。大丈夫なの、メアリーアン」
シェリーの指が指した方向に目を向けたメアリーアンは、信じたくはない気持ちでいっぱいだった。
そしてそこに見たものは、まさに信じられるものではない。
壊れた木枠、闇の空。
「落ちてきた、って、……天窓――からなの?」
落ちて?
……。
「大丈夫?! メアリーアン。た、倒れちゃう?」
血の気が引いて顔色が変わったのは、本人にも見ている側にもわかりやすいほどだった。
ソファの背の木枠を握り、体を支える。今まで誰にも、こんな目に合わされたことなどない。
「倒れそうだけど、止まっているわ。心配ないって……、大丈夫って言ったって、シェリー……」
「どうやら、窓が弱っていたみたいなのね。じゃなきゃこんなに粉々にならないもの。リースがバランスを崩して、刺激したりしなければ、まだまだ長持ちしていたとは思うけど」
「バランスを崩し?」
すると、屋内に落ち込むのではなく、外へと落下していた可能性もある、ということだ。片側は石の敷かれた街路、片側が伸びきったブナの木立である外にと。
中庭に落ちていたなら、助かるということもあるかもしれない。大木が受け止めてくれるということも。
ブナの緑は、美少女が好きかも。そんな話をどこかで聞いたような気がする。なにを考えているのか、自分は。そうではなくそうではなく……、三階から落ちると言うことは……。
「大丈夫だと、思います」
ぐるぐると止め処なく巡る不幸な想像を止めた言葉を発した彼を、メアリーアンは見つけ、見つめた。
ウィリアム・ハロウズ。
この部屋の主は、ヴァイオリンを手には持たずにテーブルの上に置き、開いた扉に背を預け、廊下に立っていた。
扉を開いたのは彼の手であったことがわかる。そして。
廊下に立っている。




