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16.空から降ってきた彼女2

 シェリーのつぶやきを受け、彼は驚いた顔を上げた。


「えぇっ? リース?! なんで、どうして?!」

「君……。君は、この子を知っているのか?」


「大丈夫なの? リース、ねぇ、ケガは? 大丈夫?」


 あわてて握った手はあたたかく、顔を近づければ息遣いが聞こえる。けれど開かない瞼に不安は消えず、シェリーは助けを求めて彼を見た。彼は安心させるように頷いて見せ、


「気を失っているだけだ。大丈夫だよ。君の、……友達?」


 シェリーはほっと息をついた。大丈夫だとのその言葉が、体中に沁みていく。


「えぇ。えぇ、そうなの。だけど、どうしてこんなことになっているのかは、わからないわ」


「ケガはしていないようだし、距離から言えば大した高さじゃない。けれどどうしてあんなところから落ちたり……。木の上じゃない、屋根だよ、上は。簡単に登れるとも思えない」


「リースはたぶん、私のことを心配して見に来てくれたのだと思うわ。だから、窓を破ったのは私のせいね。ごめんなさい。明日すぐに直してもらうようにする。今晩は少し、風が入り過ぎるけど」


 口を半ば開けたまま黙り込み、ただこちらを見ている彼の顔は、あきれているのではなく放心しているのだと思、いたい。きっぱりとどちらだと言い切れない、その瞳は読み難かった。


 けれど。

 けれど、とそう思う。


 鏡のような硬さは薄れ、映っている感覚があると思えるのは、思っているのだから気のせいや希望では決してない。


 湧き起こる喜びに、シェリーの瞳は輝き始めた。誰でもない自分がそう思うのだから、間違いなどない真実だ。


 やっと、安心できるいつもの自分に、帰っていけそうな気がしてきた。シェリーのあまりの凝視に居心地が悪くなったのか、彼はふいと目をそらし立ち上がった。


「その子に、水を持ってこよう」


 促されて、シェリーは握ったままのリースの手に目を向けた。あたたかなを通り越して、汗ばんでしまっている自分たちの手。


 意識を失いながらも握り返してくれるリースの、強い友情をそこに感じて、とても嬉しい気持ちになった。


 どうやってだか屋根にのぼったのだ、と上を見上げる。壊れた窓枠に、また衝撃が新たになった。通り過ぎたことなのだと、自分に言い聞かせる。


 ありがとうと、目を開けてくれたら真っ先に言おう。それから、危険なことはしないように、それも言わなくてはならない。


 こんな夜に屋敷を脱け出し、闇の街をここまで歩き、そのうえこの建物を登りきるなんて、リースの大胆にして不敵な行動を思えば恐ろしくなりそう。


 なんて無茶をするのかしら。そして、天窓から落ちるなんて……。


 なりそうどころではなく、恐ろしくなっていた。

 彼の言うとおり、距離を言えばほんの十フィートくらい。けれどもし、床に叩きつけられていたなら? 

暖炉にぶつかっていたら。


 このあたたかさは、消えてしまうこともある。そうなっていたかもしれない、たった今。


「あなたが生きていてくれて良かったわ……」

「なんだって?」


「あなたがいなかったなら、リースはここで死んでしまっていたかもしれないもの。リースは私の、とても大切な友達なの。あなたが生きていてくれたことに感謝しなくちゃ、ウィリアム」


 寄せられた眉の皺に、シェリーは澄まして種を明かす。足元に置かれたヴァイオリンケースを手で示し、


「ミスター・ウィリアム・ハロウズ。ケースに名札よ」


 彼は。

 ウィリアムは、低く応えた。


「僕がいなかったら、君たちはここには来なかったんじゃないか」

「本当ね、そうだわ」


 どうしてそんなことに気付かなかったのか。

 どうかしている。いや、どうかしていたのは確か。許容量オーバーの問題と取り込み中で、心も頭もぎりぎりだったのだから、思い違えてしまっても仕方がない。


 前後の出来事をもってして強い調子で自分を説得したシェリーは、成功したことにして頷いた。


 よし。仕方がなかったのだ。出来上がり。


「でもとにかく、あなたがリースを助けてくれたんだものね。お礼は必要よ。ありがとう」


 影に隠れてしまい、彼がどんな表情で言葉を受け止めたのかは見ることができなかった。

代わりに光の中に残る、大きな手を見つめる。


 そうだわ。あの手がカノンを紡いでいたのだわと、今では思い出すような心地になっていた。


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