自覚なんてしたくない
※BLではないです※
「なあなあ、これどうやって解くの?」
わかんねーなんて言いながら、早川は頭を掻いた。ミルクティー色をした短髪が、夕日に照らされて黄金の光に溶け出している。
「まずは問題を読めよ」
「えー、読んでもわかんねぇ……」
不貞腐れたような表情を浮かべ、シャーペンの先をノートにぐりぐりと押し付ける。外から聞こえる運動部の練習の声を聞きながら、そんな早川の姿をぼんやりと眺めていた。
「(きれい、だな……)」
早川を見つめ、ふと心に浮かんだ言葉にひどく動揺した。
――待て待て、まるでこんなのコイツに恋してるみたいじゃないか! 早川も、俺も、男なのに……!!
思わず頭を抱えそうになったが、早川に不審がられると、すんでのところで踏みとどまる。
黙りこんでいる俺に不思議そうな顔をした早川が顔を上げた。
「何一人でヒャクメンソーしてんの?」
もしかして、俺に見蕩れちゃった? なんて、コイツはイタズラっぽく笑う。ショートウルフの髪が揺れる。教室に舞う埃が、太陽のあたたかな光を反射してきらきら光るのも、早川をより一層可愛らしく見せるための、オーナメントみたいだ。
「な訳ないかー!」
ケラケラと笑うコイツが少し憎らしい。今日の早川はなんだか心臓に悪い、と思った。思えば、今日一日、今までにないくらい早川と一緒にいた気がする。
『な、五十嵐』
『ん?』
『それ、利き手だろ。折ったの』
まあだか、ああだか、よくわからない返事をした俺に、アイツは途端に笑顔になって
『じゃあ俺、今日から五十嵐専属メイドになってやるよ!』
なんでも言えよ〜! そう嬉しそうに笑う早川に、執事じゃなくてメイドかよ、なんて軽口は出てこなくて。その笑顔を見た途端に、胸がきゅうと鳴いて、途端に苦しくなって、でもなぜかその感覚が嫌じゃなかった――
――むしろ、
「どったの、五十嵐」
意識が現実に引き戻された。教室は先程より暗く、うっすらと青の気配を感じさせていた。どうやら、長いことぼうっとしてしまったらしい。
「悪い、考え事してた」
「……ふぅん?」
ぷくりと頬を膨らませた早川に、朝と同じ感覚が全身に広がる。
――こんなの、漫画でよく見る、恋をしてるキャラと同じじゃないか!
そんな考えに行き着いてしまった焦りからか、汗がじんわりと滲んだ。俺が早川をそんな目で見ている訳がない! そう言い聞かせた。
ふと、早川が無言なことに気がついて、ちらりとそちらを盗み見る。どうやら、窓から校庭を走る野球部の練習風景を眺めているらしい。だが、その横顔に浮かぶのは、拗ねた早川の表情だった。
「悪い、ほんとに」
「……ほんとに思ってる?」
「ああ」
そう言っても早川の表情は晴れないまま。俺達の間に気まずい沈黙が流れた。
突然ガタンと音を立て、早川がやや乱暴に立ち上がる。早川の顔は、前髪の影がかかり、よく見えない。きつく引結ばれた口は、何かを堪えて震えていた。
「疲れちゃった」
今日はもう帰るね。そう一言だけ言うと、早川は足早に教室から出て行った。俺は、ただ椅子に座って早川の背中を見送ることしか出来なかった。
驚きのあまり動けなかった自分に後悔が押し寄せた。気を悪くしたんだろう、さっきのは俺が百悪い。
「(後で謝るか)」
そう思い、窓から外を眺めると、もうすでに誰の影もなかった。




