最終話 暗殺は終わらない
翌日、私は学校を休んだ。
あの人に会いに行き、各方面に話をつけに行き、事情を話しておくべき人(うちの両親とか)に話しに行き…とやっていたら、あっという間に1日が終わってしまったからだ。
むしろ1日でよくここまでやったと褒めて良いと思う。本当に疲れた。全部解決したら1週間はゆっくりしたいって思うくらいに疲れた。
ほぼ一緒に行動していたサルファ殿下は私以上に疲れた顔でげっそりしていて、あんた私よりよっぽど体力ある癖に…とか思ったりもしたけど、でも、殿下は基本的にコミュ障なのだ。
人と話すのは苦手だし、人に注目されるのも苦手。愛想笑いすらまともに出来なくて、不気味な表情にならないようにすると今度は情けない表情にしかならない。
それでもずっと私についてきてくれたので、まあ頼もしさは1ミリもなかったんだけど、何ていうか、安心はしたというか…えーと、これについてはまた後で。
ちなみにラドラムも一緒に行動していたんだけど、最後の方は「ウス」にだいぶ力がなかった。やっぱりちゃんと疲れるのね…。
暗殺者は来なかった。サルファ殿下が負わせたダメージのせいか、それとも簡単には殺せないと分かって作戦を練っているのか。
何にせよ、また動き出す前に決着をつけ、私を狙う理由を無くせば良い。
「暗殺者は依頼のない殺しはしない」とはサルファ殿下の言。
ターゲットに執着したりミスした仕事にこだわり続けるような人間は暗殺者じゃなくただの殺人者で、前世の殿下はターゲットをわざと逃がした最後の任務までは、ちゃんと暗殺者だったらしい。…なるほどね?
そんな訳で、さらに翌日。
私は昼休みに、再びアンドラスと対峙していた。
「アンドラス様。お話があります」
「ハッ、何のつもりだ?散々俺に迷惑をかけた事を謝りにでも来たのか?」
「私が貴方に謝る事なんて一つもありません。…それに、話をするのはこちらの方よ」
「…!?」
ふわふわの髪を揺らし、私の隣に進み出て来たのは、チェティーネ・ポリバス伯爵令嬢。
美しく整った眉を曇らせ、しかしはっきりとアンドラスの方を見据えた。
「アンドラス様。…貴方との婚約は、お断りさせて頂きます〜!!」
「なっ…何だと!?」
周囲の生徒達がざわめく。実はアンドラスとチェティーネ様ってまだ正式に婚約してなかったのよね。
なので、これは婚約破棄ならぬ婚約拒否だ。
「お、お前…どういうつもりだ!?あの事を…その…いいのか!?」
モゴモゴと言うアンドラス。やっぱりこいつ馬鹿だわ、何とか遠回しに言おうとしてるけどバレバレじゃないの。
周りの人達も、あの事?って怪訝な顔をしてる。
「鉱山の件でしたら、どうぞご自由に〜。『ポリバス鉱山から古代王国の遺跡が出て来ました』って、もう王宮へと報告済みですので〜」
「何!?」
「確かに遺跡保護のために宝石の採掘が止まれば、我が領の財政は大きな打撃を受けます〜。でも遺跡の隠蔽は罪です〜。お父様も分かってくれました〜。ですから、バラされたくなければ俺と結婚しろなんて話は、お断りです〜!!」
周りが一気にどよめき、「あいつチェティーネ嬢を脅迫してたのか!」「チェティーネさんがあんな奴と婚約なんておかしいと思ってたんだ!」という声が次々に上がる。主に男子から。
私の時とは全然反応違うわね…分かってたけど…。
アンドラスの方はと言えば、顔を真っ赤にしている。悪いけど自業自得よ、そもそもあんたが始めた物語なんだから。
「り、リモナ、お前の仕業か!?俺を裏切ったばかりか、こんな嫌がらせを…!」
「裏切ったのも嫌がらせしたのも貴方の方でしょう。私は何もしていません」
「そうです〜。リモナさんに関する数々の悪い噂は全部、アンドラス様によるでっち上げです〜!」
この発言に、皆ちょっとザワついた。でも誰も驚いてない。やっぱり皆も、私が浮気したとか宝石を盗んだなんて話、嘘だって気付いてたんじゃないの!
正直ムカつくけど、それは表に出さずに「その通りです」と真面目な表情でうなずく。
「チェティーネ、お前はその女に騙されてるんだ!」
「いいえ〜。リモナさんは、私とお父様が卑劣な脅しに屈しないようにと説得してくれた、恩人です〜!」
「ええ。私だけでなくチェティーネ様まで犠牲になるのは、見過ごせなかったんですもの」
…昨日、私達はまずチェティーネ様に会いに行った。鉱山の件について尋ねると、彼女はすぐに覚悟を決め、真実を話してくれた。
やっぱり鉱山からは遺跡が見つかっていて、アンドラスはそれでポリバス伯爵を脅していたらしい。
トルマリン家からの経済援助もチラつかされ、事業失敗による損失に悩んでいたポリバス伯爵は、アンドラスとチェティーネ様の婚約話に頷くしかなかった。
だがもちろん、チェティーネ様はアンドラスと結婚なんかしたくなかった。一応従うふりをしつつ、私という婚約者がいる事を理由に、正式な婚約は先延ばしにしていた。
アンドラスは最初、私の事は第二夫人にでもすれば良いと思ってたみたい。侯爵家の嫡男ともなれば何人も妻がいてもおかしくない。
でもチェティーネ様の「ポリバス伯爵家にも体面がある、他の令嬢から正妻の座を奪ったなんて噂されたくない」という主張にも一理あると思ったのか、あるいはゲサイドに何か吹き込まれたのか。
とにかく私は邪魔だと思い、あの婚約破棄に至ったのだ。
…そんなあれこれの事情とこれからの事について、私達とチェティーネ様とで話し合った。それから、一緒にポリバス伯爵の所に行った。
伯爵は初め私達を相手にしようとせず、遺跡が出た事を公表するべきだという話も断固拒否していたけれど、私が暗殺者に襲われた話をすると、流石に顔色を変えた。
ちなみにこの辺りの話では、サルファ殿下がちゃんと証言と口添えをしてくれた。王子の発言力はやっぱり大きい。
伯爵も娘をそんな男のところにやるほど冷血ではなかったようで、ようやく公表を承知してくれた。
まあ、実際にはワーベル殿下が「ポリバス領の経済状況や雇用が悪化する懸念を鑑み、研究協力金の名目で遺跡発掘の補助金を増額する」って一筆書いてくれてたのが大きかったんだろうけど。
王家に知られてる以上これ以上隠すのは無理だし、書状には遺跡発掘の作業員になるべく現地の鉱夫達を雇う事や、出てきた遺物を国で買い取る時ちょっと色をつける事なんかも書かれていたみたい。
「貴重な古代遺産の保護は王家の義務だよ」と言っていたけど、いくら感謝してもし足りない。
「う…嘘だ!そんな話はデタラメだ!チェティーネ、ついでにサルファ殿下も、その女に騙されてるんだ!!」
アンドラスが喚き、サルファ殿下が「ぼ、僕、ついでなんだ…」と呟く。
さっきから殿下は私の横で突っ立ってるだけなんだけど、こういう場面じゃ全然頼りにならないのは分かってたので別にいい。
今頼りになるのは、やっぱり彼女よ。
「…いいえ、嘘をついてるのは、アンドラス様です~!皆さん…私の事、信じてくれますよね…?」
大きな瞳を潤ませ、声を震わせながら、可憐に野次馬たちを振り返るチェティーネ様。
「…も、もちろんだとも!」
「そうだ!チェティーネ嬢が嘘をつく訳がない!」
「アンドラスめ、彼女を脅して自分のものにしようなんて、卑怯にもほどがある…!」
効果は抜群だった。皆(主に男子生徒たち)が怒りや蔑みの目でアンドラスを責め始める。
うん、本当に私の時と全然態度違うわねこいつら…別に良いんだけど…。
「そ、そうよ、リモナがそんな事する訳ないもの!全部ウソよ…!」
私を援護する声が上がる。びっくりしてそちらを見ると、友達のバナジーナだった。
バナジーナが私に向かってうなずく。その目は「今まで味方できなくてごめん」と言っていて、私は思わず笑顔になった。
友達だけでも私を気にしてくれていた、それが嬉しい。
視界の隅ではアンドラスが取り巻き達に手助けされ、その場から逃げ出そうとしていた。
…その後の事は、さらっとでいいわよね。
アンドラスは元から嫌われてた上に完全に男子生徒たちを敵に回し、学院で孤立した。
私に対する数々の仕打ちもすっかり噂になり、トルマリン家の評判はガタ落ち。暗殺未遂に関しては本人の意志じゃなかったようなので伏せておいたんだけど、それ抜きにしても酷かったから当たり前。
ゲサイドは行方不明で、正体も今のところ不明。
私なんかよりチェティーネ様を正妻にすべきだとアンドラスを唆したのはやはりゲサイドだったらしい。
しかし企みが明らかになった途端にあっさりアンドラスを見捨てたようで、もはやどこにも姿が見当たらなかった。指名手配し捜索を始めているけど、今のところ手がかり一つないらしい。
なので、私はもう暗殺のターゲットからは外れた可能性が高い。これ以上私を狙う理由なんかないものね。
なお、アンドラスの父のトルマリン侯爵はゲサイドをただの商人だと思っていたようで、そんな怪しい奴に唆され勝手な事をしていた息子に激怒したという。廃嫡も考えているとか何とか。
侯爵は私との婚約破棄には反対していて、チェティーネ様については「向こうから言い寄って来た」というアンドラスの言葉を特に疑ってなかったらしい。ポリバス伯爵の事業失敗の話は知っていたので、「思ったより金に困ってるんだな」程度に思っていたようだ。
私には丁寧に謝罪をしてきて、「バカ息子でも、君のようなしっかりしたご令嬢が側にいてくれれば安心だと思っていたんだが…」と申し訳なさそうに言ってきたりもして、かなり複雑な気持ちになった。
私は大いに同情を集める立場になったので、悪い噂はほぼ払拭されそうだ。アンドラスと婚約してたのは事実なので偏見の目は残るかも知れないけど、前に比べたら遥かに良い。
それに、今回の件でちょっと仲良くなったチェティーネ様も私の名誉回復を手伝うって言ってくれてる。彼女は交友関係が広いので本当に頼もしい。
彼女とは今度バナジーナも交えて小さなお茶会をする約束で、結構楽しみだったりする。
…で、あと残る問題は一つ。サルファ殿下だ。
陛下や王妃様との夕食会の前に2人だけで話したいと言うと、殿下は「僕も話したかった」とすぐに了承してくれた。
応接室の中、オドオドと私の方を見て口を開く。
「あ、あの、ゆ、夕食会、来てくれて、ありがとう…」
「当然でしょう。ワーベル殿下にお礼を言いたいし、陛下と王妃様には今回の件についてちゃんとお話ししないといけないもの」
「う、うん。それで、その…。ぼ、僕との、こ、婚約の事は…」
やっぱりその話よね。でも物事には順序ってものがある。
「その前に、はっきり聞いておきたいんですけど。…どうして、私に婚約を申し込んだの?死ぬのを止めたいだけなら、他にいくらでも方法ありますよね?」
「そ、それは…」
殿下は気持ちを落ち着けるように紅茶を一口飲み、それから口を開いた。
「…ぼ、僕の前世が暗殺者だったって思い出したのは、13歳の頃。す、すぐに気が付いた。あ、アンドラスの婚約者のあの子が、あの時のターゲットだって…」
その頃にはアンドラスはもう、サルファ殿下の親友を名乗っていた。
殿下は以前からアンドラスが苦手で、私の事はアンドラスのおまけとしか思っていなかったけれど、前世を思い出してからは密かに気にするようになったと言う。
自分が殺したという罪悪感もあったし、いつもアンドラスの理不尽な我儘に振り回されている私を見て、殿下は同情していた。
この子はこうやって、だんだん生きる事に絶望していったのだろうか…だとか思っていたらしい。
「で、でも、ある日…。き、君は食堂で、アンドラスに昼食を取ってこいって言われて。ビュッフェから、ば、バッファローチキンを山盛り持ってきた。ホットソースを、た、たっぷりかけて」
…そんな事もあったわね。あいつの態度に腹が立って、こっそりと激辛仕様にしてあげた。
「あ、アンドラスは、悲鳴を上げてて。き、君は、澄まし顔してたけど…後ろ向いた時、一瞬だけ、わ、笑ってた。い、いたずらっぽく」
「結局その後、アンドラスにめちゃくちゃ罵倒されたけどね…」
「で、でも、僕、びっくりした。き、君は本当は、アンドラスに黙って従うような、そ、そんな弱い子じゃないんだって、思った」
「……」
「それから、も、もっとリモナの事、見るようになった。…君は、ど、努力家で、我慢強くて、でも時々、辛そうにしてて…いつも、す、すごく頑張ってた」
サルファ殿下が、じっと私の目を見る。
「き、気が付いたら、…そ、そんなリモナのこと、好きになってた…」
…さすがにこれは恥ずかしい。というか、予想外。
まさか、サルファ殿下がこんな、正面切ってはっきり言うなんて。
「り、リモナ、顔が真っ赤」
「だからそういう事口に出すとモテないって言われたでしょ!!」
「う、うん、でもよく考えたら、リモナ以外には別に、も、モテなくていいかなって…」
「〜〜〜〜〜!!!」
「だ、だから、あの…こ、婚約。せ、正式に、受けてくれると、う、嬉しい」
「……」
なんで。
いっつもオドオドして、何考えてるか分かんない顔して、言いたい事もろくに言えないでいるくせに、なんでこういう時に限ってストレートなの?
実はそうじゃないかなとか思わないでもなかったし、そう言われた時の返事も、考えてはいたんだけど。
こんなにまっすぐ言われると、上手く口に出せなくなってしまう。
「…へ、返事をする前に!私からも、話しておきたい事があるの!」
早口でまくしたてると、サルファ殿下は「う、うん」と真面目な顔でうなずいた。
大きく息を吸い込み、話し始める。
「私、正直言ってまだ、殿下の話を全部信じるのは無理。前世は暗殺者だとか、そんなのやっぱり信じられないもの。別に、嘘を付いてるとか思ってる訳じゃないけど…でもやっぱり、頭から信じるのは無理」
「う、うん」
「…でも、サルファ殿下が私を助けてくれたのは本当。私のためにうちまで来て、ワーベル殿下やガレナ様に協力を頼んで、一緒にトルマリン邸を探りに行って、私を守って2度も暗殺者と戦ってくれて…他にも、いっぱい」
数え切れないくらい助けてもらった。全然頼りなかったけど、それでも一人じゃないのは本当に心強かった。
殿下がいなかったら私はアンドラスをぎゃふんと言わせる事なんてできなかったし、今頃は天国にいたと思う。
何一つ報われず、ただ無力感だけ抱えて、抵抗することもなく暗殺者に殺されていたはずだ。
「…だから、本当にありがとう。貴方に、心から感謝しています」
深々と頭を下げる。
ああ、やっと言えた。ずっと言いたかったけど、なかなか口に出せなかった言葉。
これですっきりしたと顔を上げると、サルファ殿下は赤くなってもじもじしていた。その様子におかしさが込み上げてきて、つい噴き出してしまう。
すると、殿下もまたニヤニヤと笑った。
「…え、エヘヘ…」
「なんで殿下まで笑うんですか」
「り、リモナが…笑ってくれるの、う、嬉しい…」
「……」
…だから!なんでこういうとこは妙にストレートなのよ!!
顔色が変わらないように必死で耐えていると、サルファ殿下は更に畳み掛けて来た。
「…それで、あの、へ、返事は…?」
「……。保留」
「え」
「保留よ!!だって私、婚約破棄されてからまだ数日しか経ってないのよ!?そんなにすぐ次の相手を決められる訳ないでしょ!もうちょっと考える時間が欲しいの、分かる!?」
「…わ、分かる…」
私の剣幕に押され、殿下はこくこく頷いた。
そうよ、私はこれでも淑女なの。あのゴミカス野郎の事ははっきり言って大っっ嫌いだったけど、だからってすぐ次の相手に乗り換えられる訳じゃないのよ。
「で、でもつまり、それって…ま、前向きに、検討…ってコト…!!」
…サルファ殿下は思ったよりポジティブだった。だから、なんでこういうとこだけ…。
でも、まあ。やたら嬉しそうにしてる顔を見たら、別にそれでいいかなとか思わなくもなかったりするんだけど。
「そ、そうだ、リモナ。ぼ、僕、君に頼みたい事、あるんだ」
「頼み…?別に構いませんけど」
ちょっと戸惑いつつもうなずく。
今回の事でサルファ殿下には大きな恩ができた。できるだけきちんと返したいので、頼み事は大歓迎。
「ぼ、僕が前世で暗殺したターゲット、ぜ、全部で、9人。君を除いて、8人、いる。まだ、皆、死んでない」
……。
なんだろう、凄く嫌な予感がする。
「で、できれば、全員助けたい。…そ、それを君に、て、手伝って欲しい」
「はあ!??」
「ひ、人助け、だから。…ど、どうかな?い、一緒に…」
もじもじと、上目遣いで言うサルファ殿下。
それ絶対婚約申し込んでる相手に頼むような事じゃないでしょ。めちゃくちゃ面倒で厄介な話でしょ。
だいたい私は前世の話なんか信じてない。信じてないんだけど、放っておいて誰か死んだりしたら…そんなの最悪に寝覚めが悪い。
それに殿下には借りがある。ここで断るのは女がすたる。
「…分かったわよ!やれば良いんでしょ、やれば…!!」
そう全力で叫ぶしかなくて、せめてもの抵抗として、嬉しそうに笑ったサルファ殿下の顔を精一杯睨みつけた。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
次回作も準備中ですので、よろしくお願いします。




