第5話 たった一つの冴えてるかもしれないやり方
「やあ、お前が私の所を訪ねてくるなんて珍しいね。どうしたんだい?」
にこやかに出迎えてくれたのは、ワーベル第1王子殿下だった。
「そちらはリモナ嬢だね。春の園遊会ぶりかな」
「あっ、お、お久しぶりでございます!」
慌ててスカートをつまみ上げ、挨拶をする。爽やか笑顔で王子様オーラが凄い。眩しい。サルファ殿下とまるで違う…!
そもそも全然似てないのよね、この兄弟。金髪のワーベル殿下に対してサルファ殿下は黒髪だし。
「君のことはサルファからよく聞いていたよ。色々と大変だったみたいだね。でもまさか、その日のうちに婚約を申し込みに行くなんて思わなかったなあ。あのサルファが」
「そ、それについては色々と事情がありまして…!」
うわー全部知られてるー!?よく聞いてたって何を!?サルファ殿下は私の何を話してた訳!?
つい数日前までろくに話した事もなかったじゃないの!!
「難儀な弟だけど、仲良くしてやって欲しいな」
「あ、あ、兄上!それより、が、ガレナは?」
「ガレナ?そろそろ戻ってくると思うけど」
ワーベル殿下がそう言った瞬間、部屋のドアがばーん!と開いた。
「ただいまー!いっぱいおやつもらってきた…って、おっ、サルファ殿下じゃん!珍しい!あっ、例の彼女も一緒なんだ!」
「ミ゛ッ…」
「こ、こんにちは、お久しぶりです。ガレナ様」
「こんにちは!」
うう、こっちも眩しい。このガレナ様はワーベル殿下の従者。とても珍しい浅黒い肌は、特別な血筋の証だ。色んな意味で有名人で、陽キャオーラが凄い。なんか両手にカップケーキ大量に持ってるし。
サルファ殿下なんか謎の鳴き声を上げて縮こまってる。あまりに対極の存在だものね…。
「サルファはお前に用があるみたいだよ」
「そうなのか?ほんとに珍しいなー。あっこれ食べる?」
「い、いらない…。そ、それより」
差し出されたカップケーキにふるふると首を振り、サルファ殿下は真面目な顔になった。
「あ、あれ、貸してほしい。え、エコネズくん」
エコネズくんというのは、「遠隔コントロールネズミ型魔導具」の略称らしい。
魔導具開発が趣味のガレナ様が以前作ったもので、名前の通り魔石を介して遠隔コントロールができるという。
「こいつが凄いのは、探知魔術や侵入検知結界にほとんど引っかからないところ!何しろエコネズくん本体が消費する魔力は、この足代わりについてる小さなタイヤを回す分がほとんど。それこそネズミと同じくらいの気配しかないから、見つかりようがないってわけ!」
「す、すごいですね…」
ニコニコと説明をするガレナ様に気圧されつつ、まじまじと手のひらの上のエコネズくんを見つめる。
サルファ殿下のアイディアとは、このネズミそっくりの魔導具に盗聴器を付け、トルマリン邸に忍び込ませるというものだった。
探知や結界に引っかからないのなら、こんな小さなものを屋敷内に侵入させるくらい簡単だわ。しかもそれっぽい毛皮が被せてあるから、誰かに見られたって普通にネズミが走っていっただけだと思うはず。
まあ捕まえて底を開いたら、中のあれこれが見えちゃうんだけど…うわ、何このメチャクチャ複雑で細かい魔法陣。
「…凄く小さい魔石が、前後左右に配置されてる…なるほど、どの石に魔力を通すかで進む方向を調整できるんですね」
「へえ、すごいなー、君。ひと目見ただけでそれが分かるなんて」
「魔導工学は結構得意なんです」
私は貴族の中でも魔力が少ない方だ。かと言って剣が得意なわけでもない。
貴族は魔術か剣術のどちらかは修めろと言われていて、どちらもあまり向いていなかった私は、他の科目で点数を取ろうといつも必死だった。
魔導工学は魔術の成績に加点されるし、しかも割と好きだったので、特に頑張ったのよね。いつもクラスで一番だった。
「…でもこのネズミ、目がありませんよね。この目玉、ただの飾りだし。一応鼻のとこにソナーが付いてるみたいですけど…こちらから見えない場所ではどうやって操作するんですか?」
「そう、それ!それがこいつの弱点なんだ!君ほんとすごいなー!」
「あ、あたり、まえ…り、リモナは、すごい…」
ガレナ様は嬉しそうに手を叩き、サルファ殿下は眉間にしわを寄せている。
「このサイズだと、視覚まではどうしても組み込めなくってさー。何しろ遠隔操作の術式が面倒で。超長距離遠話のやつを応用してるんだけど…分かった分かった、睨むなってサルファ殿下。まあつまりだ、見えない場所では魔力ソナーから返ってくる反応を頼りに進むしかない!」
「え!?」
「しかもこれ、出力制御もついてないんだ。スピードを調節するには、エコネズくんに送る魔力の量でコントロールするしかない。…だから、要望通りこれに盗聴器を載せるのは簡単なんだけどさー。操作、めっちゃくちゃ難しいよ?」
軽く言ってるけど、これ本当の本気で難しいやつだわ。
魔力ソナーは近くにある物にごくごく微弱な魔力をぶつけ、その形を読み取るというものだ。
つまり周辺の地形が分かるんだけど、目で見るみたいにはっきり分かる訳じゃない。例えるならグラフとして表示される感じ。正確に読むのは結構コツがいるし難しい。
しかもスピード制御がついてない。操作する人間がちょっとでも魔力の加減を間違えれば、エコネズくんはそこら辺に高速で激突する。
もちろんその音や魔力は探知や結界に引っかかるだろう。下手をすればオーバーヒートで壊れたり爆発する。
…要するにエコネズくんをトルマリン邸に侵入させるには、ソナーのグラフを素早く読み取りつつ、物凄く繊細な魔力コントロールを続ける技術が必要。
いや、これ、はっきり言って無理なんじゃ…?と思う私の前で、ガレナ様がからからと笑う。
「あはは、試作だけで終わらせたのは、そこの問題解決できなかったからなんだよねー!俺もやってみたんだけど、あっちこっちぶつかってばっかで全然思い通りに動かせなくて無理だった!!あはは!!」
「あははじゃない!!」
相手はガレナ様だというのに、思わず突っ込んでしまった。
だってこんなの、首につけた鈴を鳴らさないように注意しながら松明一本で暗闇を歩くようなもの。しかも自分の手足じゃなく、この小さなネズミで?無理に決まってるじゃないの!
でも、横で聞いてたサルファ殿下が言った。
「だ、だ、大丈夫。リモナなら、そ、操作、できる」
「は!?私!?殿下じゃなくて!?」
「う、うん。ぼ、僕、魔力コントロール、すごく苦手…」
「昔っからそうだよな。身体強化の制御はめっちゃ上手いのにさー」
「私だって無理よ!こんなの難しすぎるし、失敗したら大変な事に…!」
「で、でも、リモナは、と、得意だよね、魔力コントロール」
「え…」
妙に確信的に言われて、つい反論しそこねてしまった。…確かにそれは得意だけど。
でも魔力コントロールの細かさなんて、地味すぎてよっぽどしっかり見てなきゃ他人からは分からない。気付かないはず、なんだけど…。
「…み、見てたの?」
「うん。ま、魔術訓練とか、テストとか、い、いつもすごいなって、思ってた。コントロールだけなら、クラスの誰より、上手い」
「……」
「それに、リモナは、あ、頭いい。ま、魔導工学のテストは、いつも満点。ま、魔力ソナーの問題が出た時のも、だよね?…す、凄く頑張ったんだよ、ね」
…なんで。何で見てるのよ。
そうよ、凄く頑張った。魔力コントロールの上手さは、魔力量が少なくて威力が出せない分、せめて精度を上げようと思って練習した成果。
でも、先生だって褒めてくれなかったのに。
魔力ソナーの勉強だってちゃんとやった。
魔導工学の中でも特に面倒臭くて、皆から嫌がられてた授業だったけど、少しでも良い点、良い成績を取りたかったから頑張った。
だって私は、貧乏で男爵家出身なんだもの。美人でもないし、大した魔力もない。
それでも、少しでも侯爵夫人に相応しくなりたくて頑張った。
勉強して、完璧なマナーを身に着けて、一生懸命笑顔でいようとした。
アンドラスに威張り散らされて、バカにされて、メチャクチャ腹が立って、それでも我慢した。
…結局全部報われなくて、本当に無駄な努力だったって、そう思ってたのに。
「り、リモナは、本当に、すごい。きっと、え、エコネズくんも、操作できる。…ぜ、絶対!」
サルファ殿下はらしくもなくグッと拳を握りしめ、断言した。
何だかその顔を見ていられなくなって、思わずうつむく。
「り、リモナ、か、顔が真っ赤…」
「あー、ダメだってサルファ殿下。そういう事口に出しちゃうからモテないんだよー」
「……!?も、モテ…」
「あれ、何か刺さっちゃった?いいじゃん、こんな良い子見つけたんだからさー」
「そ、それは…え、エヘヘ…」
「それについては異論があるんですけど!」
「え、エヘヘ」
「笑うとこじゃないんですけど!?」
「だ、だ、だって」
サルファ殿下はニタニタした。相変わらずの笑い方。
でも何故か、もう前ほどキモいと思わなくなってる。
「り、リモナ、元気になった…や、やる気出た、顔、してる…」
「…まあね」
今まで逃げる事ばかり考えてた。でも、この王子様のおかげで、ほんのちょっと前向きになれた。
だってこいつを見ていたら、うつむいてるのがあまりにバカバカしくなって来るんだもの。
だから。
「やってやろうじゃないの!!私の凄さ、見せつけてあげるわ…!!」




