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第4話 行き先不明の作戦会議

 放課後、私はすぐにサルファ殿下を引っ張って教室を出た。第2回作戦会議のためだ。

 チェティーネ様の登場は予想外で、作戦を練り直す必要がある。まあ元々作戦とかないんだけど…。

 学院内では目立ってしょうがないのでどこかに移動しようと言ったら、殿下が馬車を呼んでお城に連れて行ってくれた。こういう所はちゃんと王子様なのよね。

 お城に入るのはちょっと気が引けたりもしたけど、陛下や王妃様はお忙しいのでその辺でばったり会う事なんてない。約束の週末までは大丈夫のはず。


 案内されたのはどうも応接間の一つらしく、室内には上品な調度品が揃えられていた。

 ちなみにラドラムは、今日もいかつい顔を引き締め無言で後ろに立っている。実は私より爵位が高い貴族家出身だし、別に一緒にソファに座ってたっていいのに。


「まさかあのカスとチェティーネ様が婚約なんて…。殿下は知ってました?」

「し、知らない。で、でも彼女、最近、アンドラスと、時々話してた。あんまり、ひ、人目のないところで…」

「人目がない?でも殿下は見てたんですよね?」

「ぼ、僕は、け、気配を消すの、得意…あ、暗殺者だったから…」


 そうかなあ…サルファ殿下は人のうちに数えられてなかっただけなんじゃ…。

 まあそれは置いといて、彼女は私から婚約者の座を奪い取るために、人目を避けて密かにアンドラスに近付いてたって訳ね。

 状況的には凄く分かりやすいんだけど、うーん。


「…本当にあのクズカス野郎と結婚したいのかしら?彼女」


 アンドラスの性格の悪さは結構有名である。金持ちで侯爵家なのを差し引いても最悪な奴なので、まともなご令嬢からは嫌われていた。

 そして私が知る限り、チェティーネ様はまともな方のご令嬢だ。おまけに実家が太い。彼女の実家ポリバス領には宝石鉱山がある。

 しかもモテるので、よりによってアンドラスを結婚相手に選ぶ必要はないし、何より…。


「私の事、睨んでたのよね。略奪成功したんだもの、普通なら勝ち誇るところじゃない?」

「…ぼ、僕たちの仲に、し、嫉妬した、のかも…えへ…」

「あぁん?」

「ヒッ…す、すみません…」


 いや、でも、案外的外れでもないのかも…?だって今の私って一応、婚約破棄されたと思ったら即座に第2王子を釣り上げた女だものね。

 彼女が本当はアンドラスなんかと結婚したくないんだとしたら、私の事は「クズから逃げた上で上手く玉の輿に乗ろうとしてる」って感じに見えるのかも。…相手がサルファ殿下だって事に目を瞑れば。



「…やっぱり彼女、何か理由があってアンドラスに近付いたんだわ。そうじゃなきゃおかしいもの」

「そ、そういうのは大体、決まってる。か、金か、弱みを握られてる、か」


 ぼんやりしたサルファ殿下にしてはシビアな発言だ。ちょっと暗殺者っぽいかもしれない。


「でもポリバス家って名門貴族なのよね。宝石価格が下落したなんて聞かないし。むしろ上昇傾向のはず…」


 貧乏貴族でもその程度の情報くらいは持っている。いやむしろ、貧乏だからこそ持っている。

 財産を売るにしても、できるだけ買取価格が高い時に売りたいものね。悲しい話すぎる。


「奴に弱みを握られてるのかしら?」

「そ、そう言えば、あ、暗夜の鴉は、ポリバス領で、結構、し、仕事してた。調査とか、や、役人を脅したり、あと…な、なんだっけ…」

「ちょっと、ちゃんと思い出してくださいよ。調査って何を?」

「わ、分からない…ぼ、僕はそういうの、苦手だったし…て、手伝わなくていいって、言われてた…」

「ああ…なるほど…」


 確かにどう見ても調査に向いてないものね。聞き込みとか無理だろうし。…それ以前に、前世の記憶とか怪しすぎて信じてないんだけど。


「で、でも、忍び込むのは、得意!だ、大事な話、盗み聞きしたり、しょ、証拠品を盗み出したり、できる…!」

「忍び込んだ所でちょうど都合よく大事な話しててくれればね。そもそも何の証拠掴めばいいのか分かってればね」

「う、うう…」


 殿下はまた涙目になっているけど、昨夜窓から飛び込んできた時の様子からすると、本当に忍び込むのは得意なのかもしれない。

 余計な音は全く立ててなかったし、屋敷内の他の人間には最後まで気付かれなかった。暗殺者設定のために練習したのかしら。

 でも、大事な話ねえ。確かにあのアホカス野郎なら割とぺらぺら喋りそうではあるけど…。


「…やってみる価値はあるかも知れないわね。私の暗殺未遂の事もあるし、全部がアンドラス一人の仕業とは思えない。誰かが入れ知恵をしているはず。あのカスは(こら)え性がないし、誰だろうがそいつを呼び出して今日の事を相談する可能性は高いわ」

「た、確かに」


 でも殿下に「じゃあちょっと忍び込んできて」とか言っても、上手く行く気は全くしない。忍び込めた所で、大事な話とそうじゃない話の区別がつくんだろうか?

 思わず疑いの目で見ると、サルファ殿下はハッとして私を見た。


「あっ、こ、今夜は無理…ま、また暗殺者が、来るかも、だから。警戒、しないと」

「え?」

「い、一回しくじった、くらいじゃ、諦めない。ま、またきっと、君を殺しに来る」

「……」


 …あの覆面男が、また来る…?

 想像しただけで血の気が引いていく。

 あの時はヤケクソで覚悟が決まってたけど、今またあいつが現れて、あの殺気を向けられたら、私はきっとバカみたいに取り乱してガタガタ震えるだけで精一杯だ。

 だってあの昏い気配、あの殺気は、本当に死神みたいだった。あれが前世の殿下だって話が信じられないのは、あいつが纏ってたあの空気のせいもある。


「で、できれば今日は、城に泊まってほしい…。こ、ここは、君の家よりずっと、安全だから。僕も、毎晩抜け出すのは、結構大変だし…」

「…って、殿下が自ら私の警護をするつもりなんですか!?」

「う、うん。僕、強いし。や、奴らの手口も、よく知ってるし…て、徹夜も、慣れてる…。ふ、2日や3日は、大丈夫」

「え、2日や3日って…まさか昨夜も?」


 驚いて尋ね返した私に、サルファ殿下は困ったように視線を彷徨わせた。

 昨夜、私の部屋を出た後はてっきり城に帰ったんだと思ってた。でも、あの後もずっと私の事を守ってたの…?朝まで…?


「…そういう事、早く言って下さいよ…」


 絞り出して何とか出てきたのは、そんな言葉だった。

 今言うべきなのはそんな言葉じゃないって分かってるのに。どうしてか上手く言えない。

 こんな自分は嫌いだ。本当に嫌になる。…こんな私だから、アンドラスも私のことを…。


 …いや、違うわね、絶対。あいつ最初から男爵家の私の事見下しまくってたわ。

 バカカス野郎のムカつく顔を思い出すと腹が立ってくる。そうよ、何もかもあいつが悪いんだわ。そもそもこんな状況になってるのも全部あいつのせいだし!


「…決めた!!私もトルマリン侯爵邸に潜入して、クソカス野郎の背後にいる奴の正体を確かめる!!」

「!?せ、潜入!?…君も!?」

「そうよ、一緒に行動してれば私の警護とか考える必要なくなるでしょう?」

「む、無理無理!絶対無理!」

「は?できないの?」

「で、できない…!!」


 殿下は激しく首を振った。こんなに拒否するのは初めてで、思わずびっくりしてしまう。


「どうして?」

「と、トルマリン侯爵邸は、警備が、厳しい」

「忍び込むのは得意って言ってたじゃない」

「ぼ、僕だけなら、入れる…。でも、君みたいな素人を潜入させるのは、あ、暗殺者の仕事じゃ、ない…!」

「私を警護するのだって、暗殺者の仕事じゃないと思いますけど」

「り、リモナ!」


 サルファ殿下は珍しく少し大きな声を出した。


「焦るのは分かる、けど。む、無茶は、よくない。…き、危険な事、しないでくれ」

「……」


 …そりゃそうよね。

 私は別に暗殺者じゃないし、警備の厳しい侯爵家の屋敷に忍び込めるはずがない。いえ殿下だって別に暗殺者じゃないんだけど。妄想なんだけど。

 それに自分だけなら入れるって言ってるけど、万が一見つかって捕まりでもしたら、殿下だってただじゃ済まない。トルマリン侯爵家はそれくらいの力を持っている。そうなったら私には助けられない。

 私のために行動してくれたサルファ殿下が窮地に陥るのを、ただ見ているだけになる。


 それに、あの暗殺者。昨夜の殿下は互角以上に渡り合っていたように見えたけど、次もそうだとは限らない。

 向こうが応援を呼ぶ可能性だってあるし、何かの間違いで殿下がやられちゃったりしたら。

 私だって嗜み程度の魔術は使えるけど、とても助けられるとは思えない。きっと足を引っ張るだけだ。


 そう、私はただの貧乏男爵家の娘で、何の力も持っていない。

 自分一人じゃ現状を変える事なんて何一つできない。…それが私。

 だから、()()()()()()()()()()()()のに。

 バカみたいな事ばかり続いて、そんな当たり前の事を忘れそうになっていた。



 …ダメだ。

 なんでだろう、こんなの分かってたはずなのに、急に身体から力が抜けていく。…分かってたはずじゃないの!!

 しっかりしなきゃ。殿下に謝らなきゃ。無茶言ってごめんなさいって。このままじゃ本当に殿下は、トルマリン邸に一人で潜入するか、徹夜で私の警護をするかも知れない。絶対に危険なのに。

 サルファ殿下はすごく変な人で、妄想癖があってキモくてコミュ障だけど、でも優しい。だから甘えてた。

 本当は私なんか、こうやって話すことだって恐れ多いのに、忘れてた。


「り、リモナ、ごめん」

「どうして殿下が謝るんですか」

「そ、そんな顔、さ、させたかった訳じゃない。ご、ごめん」

「だから、謝らないで下さいよ」


 サルファ殿下が優しければ優しいほど、惨めに感じる。本当に嫌だ。こんな自分が。

 強く唇を噛み締めた瞬間、殿下が「あっ」と声を上げた。


「…で、できる、かも。ぼ、僕たち二人で、トルマリン邸を、探る」

「いえ、もういいです。そんな危険な事、殿下にさせられないですし」

「き、危険は、あんまりない…と思う。た、多分。…で、でも、君の力が、必要」

「…え?」

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