第3話 エクストリームカス野郎
翌日。
改めて我が家を訪ねてきた(もちろん、ちゃんと玄関から)サルファ殿下、従者のラドラム、そして私は、作戦会議を始めていた。
「…王子のくせに何でまともな人脈持ってないのよ!!アンドラスとその取り巻き以外の友達ゼロってふざけてんの!?」
「ご、ごめ…」
キレた私に、サルファ殿下はオロオロとした。
そう、王子の人脈と権力を利用して私の悪い噂を消そう計画は、あっという間に暗礁に乗り上げていた。
何しろ協力を頼める相手がいない。情報拡散力じゃアンドラス(金持ち)に圧倒的に負けている。
私の知り合いは似たような弱小貧乏貴族か、アンドラスの息がかかってる連中ばっかりだし…。
「あっ、一応、ら、ラドラムもいるけど…」
「人間の言葉を喋れるようになってから言って!!」
「…ウス」
ラドラムは両手を後ろに組み、口元をぐっと引き締め目を見開きつつ言った。
何その表情、怖いんですけど。恐る恐る殿下に尋ねる。
「もしかして彼、怒ってます?」
「ち、違う。き、傷付いてる。ラドラムは、これで、結構繊細」
「……」
鬼の顔真似みたいな表情だけど、傷付いてるんだ、これ…。もしかしてただの口下手?
なんか申し訳無いので一応「ごめんなさい、言い過ぎたわ」と謝ると、小さく頭を下げて「ウス」と言った。顔は怖いけど悪い人じゃないのかも知れない。
でも役立たずなのは事実なのよね…この主従マジで友達いねえ。
「やっぱ婚約とかやめていいですか?メリット一切なさそうなんで」
「だ、だ、駄目だ!」
「なんで?」
「も、もう父上と母上に、は、話しちゃった…こ、今週末、リモナを城に連れて来いって言われてる…」
「そういう事はもっと早く言えやこのスカタン!!!!」
待って、こいつの父母って、つまり王様と王妃様ですよね?
ご挨拶くらいはしたことあるけど、貧乏男爵家の娘からしたら天上人も同然、それがまさか…婚約者として、紹介されちゃう流れ…!?
「何で話したりしたわけ!!?」
「さ、サンストン男爵家を訪ねた理由について、訊かれたから…。こ、婚約、申し込んで、OKされたって、言った」
「あとで解消する予定だって言ったでしょ!!!!なんで適当に誤魔化しておかないの!!!!」
私は本気でブチギレた。
いや、こいつにそんな細かな対応求める方が間違ってるのかも知れない、事前にちゃんと注意しておかなかった私も悪いのかも知れない。
でもやっぱメチャクチャ腹が立ったのでブチギレた。
「ご、ごめ…で、でも、二人ともすごい、喜んでて…ぼ、僕、全然女の子と仲良くなれないから、し、心配してたんだって…」
「ああああああああああああ」
嘘でしょ…こんな貧乏男爵家の娘との婚約なんてどうせ反対されるだろうし、「本人同士の口約束でした」って事ですぐ解消できると思ってたのに、国王陛下と王妃様が認めたとなったら話は全然違ってくる。
でも確かにこいつの様子を見てたら「このままじゃ嫁なんて見つからないだろうから、相手の家柄には目を瞑る」ってなってもおかしくない…誤算だった…!
…あっ、でもまだ認められたと決まった訳じゃないわよね!
私がお二人の前でとんでもない粗相とかして、「婚約者としてふさわしくない」って呆れられたら…、はい、アンドラスとは別の件で人生が詰むだけですね。
「終わった…完全に終わった…」
「だ、大丈夫、僕たちの人生は、は、始まったばかり…」
「馬鹿じゃないの?」
我ながら絶対零度の声が出て、サルファ殿下は「ヒッ」と悲鳴を上げて涙目になった。おい元暗殺者。
こいつ、もしかして本気で私と結婚したがってない?てっきり自殺を思いとどまらせるためのでまかせかと思ったけど。
あれかしら、陰キャが初めて女の子とまともに会話できて舞い上がっちゃってる的なやつ。…想像したら辛くなってきた。一応王子でしょあんた…。
「…こうなったら、爆速で問題解決するしかないわ…!!週末までにアホカス野郎をぎゃふんと言わせて、謝らせて、私は悪くなかったって宣言してもらう…!!それで、サルファ殿下には冤罪を晴らすお手伝いをしてもらっただけで、婚約の件はただの方便ですって陛下たちに言うのよ!!」
自分で言っておいて無理じゃない?と思った。あいつが謝る訳ないし。
でもぎゃふんと言わせて私の無実を学院の皆に知ってもらうくらいは最低限やらないと…。
問題抱えたまま陛下と王妃様に紹介されるのが一番まずい、下手したら本当に我が家が取り潰しになる。
多分、私の婚約破棄騒動はまだお二人の耳には入ってないのだ。知ってたら「自分の不貞で婚約破棄されたのに、すぐ別の男に取り入ろうとするなど恥を知れ!!」とか激怒してるだろうし。
「あ、安心して、父上も、母上も、優しい…き、君の事も、ちゃんと」
「どんな聖人だって息子が悪い女に騙されたら怒るわよ!!…って、もうこんな時間じゃない!学校いかなきゃ…!」
昨日は昼休みにあのケチカス野郎が婚約破棄とか言い出したせいで、午後の授業には出ず早退していた。大勢の前であんな事言われて、教室にいられるはずがない。
そして今日は午前の授業をサボっている。クラスメイトは私が休むと思ってるだろう。
私だって行きたくないけど、今は時間がない。アンドラスの好きにさせておいたらどんどん私の悪口を言いふらすに決まってるし。
ろくな作戦もなく敵地に乗り込むようなものだけど、とりあえず行くしかない。
「…あの、ほんとに私の味方、してくれるんですよね?」
「も、も、もちろん」
つい念を押すと、サルファ殿下はこくこくうなずいた。
正直信用できない部分も多いけど、今はこの殿下を信じるより他に道はない。それに腐っても第2王子、何かの役に立ってくれるはず…多分。
「…頼りにしてますからね」
「……!!う、うん!」
殿下はぱぁっと嬉しそうな顔をした。
…え、そんな顔できるんだ。ちょっとびっくりしてしまう。
「ぼ、僕、が、頑張るよ、リモナ。い、行こう」
「え、ええ…」
何故か私までどもってしまった。何なの。
教室に入ると、ほぼ全員がザワッとした。物凄い視線が集中してる。居づらいなんてもんじゃない。
何とかギリギリ耐えているのは、視線の半分が隣の殿下に向けられているからだ。
サルファ殿下は、胸を張って堂々とそれらの視線を受け止め…たりできるはずもなく、挙動不審な様子でオドオドしていた。
…まあ、そうなるとは思ったけどね…。やっぱだめだこの人頼りにならない。
「おや、サルファ殿下、こんにちは。遅い登校ですね」
「…アンドラス」
ドブカス野郎が早速絡んで来た。相変わらずムカつく顔で私の方を睨む。
「実はちょうど殿下の噂をしてたんですよ。そこのアバズレ女に騙されたんじゃないかって」
やっぱり、サルファ殿下が私に会いに来てた事を知ってる。貴族って皆耳が早いのよね。殿下がうちの屋敷に出入りしてる所を誰かが見てたんだろう。
それはともかく、今の言葉は聞き捨てならない。
「誰がアバズレよ!!私は何もしてない、あんたが根も葉もない噂を流したんじゃない!!」
「その口の利き方はなんだ、男爵令嬢のくせに!!だいたい、婚約破棄された当日にもう別の男に色目使ってた女が何を言ってる!!」
「使ってないわよ!!そうですよね、殿下!?」
「い、色目は、使われて、ない…。で、でも、僕は、君がアバズレでも、気にしない…」
「最悪のフォロー入れてんじゃないわよ!!むしろ誤解を深めるじゃないの!!」
「ご、ごめ…」
クラスメイトたちはあっけに取られているみたいだ。そりゃそうよね、私はこれまでアンドラスの婚約者として、できるだけ淑女らしく過ごして来たんだもの。
でももう猫を被る必要はないし、いざとなったら死ぬつもりの私に怖いものなんてないのよ。人はそれをヤケクソと呼ぶ。
私達のやりとりを見ていたアンドラスが信じられないという顔になる。
「おい待て…お前、まさか本当にサルファ殿下と…?」
「だとしても、貴方には関係ないでしょう」
サルファ殿下が余計な事を言う前に、慌てて答える。この件に関して言質を取られる訳にはいかない。
婚約、最初は良いアイディアだと思ったけど一つ間違えたら我が家ごと終わるし、曖昧でウヤムヤな感じにして、皆が忘れた頃にひっそりと「あ、そんな話もありましたね」ってしたい。…殿下が横で「え、えへ…」とか照れ笑いしてるのは見なかった事にする。
アンドラスがまた私を睨んだ。
「…殿下。後でその女のいない所で話をしましょう」
「だめよ!殿下は私と約束があるんだから!」
「え、エヘヘ、独占欲…あ、愛を感じる…」
「う、うふふふふ」
私は作り笑いを浮かべた。
何でって、そうしなきゃサルファ殿下の口からまろび出す戯言に血管が切れそうだからよ…!どうしてこんなのしか味方がいないのよ!!
何かを感じ取ったのか、アンドラスがちょっと後退りする。
「くっ…見せつけやがって…リモナのくせに…!!」
こいつやっぱ馬鹿だわ。
こんなの相手に死ぬほど思い詰めてた私って何なんだろう…まあ怖いのはこいつ本人じゃなく侯爵家だものね…。どんな馬鹿でもその財力と権力は本物だ。
「チッ、まあいい!俺にだって新しい婚約者ぐらいいるんだからな!お前よりずっと美人できょに…、可愛くて、優しいんだ!!」
「は???」
今巨乳とか言いかけなかった?いやそれより、新しい婚約者?私のことをアバズレ呼ばわりしておいて???
マジでこいつ、自分を棚に上げる事に関しては天才的だわー。ほんとすごいわー。何一つ尊敬できないけどね!!
でも相手は誰よ、まさかラベンディア様?…いえ違うわね、あの人アンドラスの事嫌ってたもの。じゃあ一体誰?
「おい、お前ちょっと呼んでこい!」
「あ、はい」
アンドラスが取り巻きの一人に命じる。その婚約者とやらをここに呼ぶつもりらしい。私もああしてよく、取り巻きが呼びに来てアンドラスの所に駆けつけていたもの…。
しかし、こうして第三者目線で見るとまた新鮮なムカつきがあるわね。おかげで大変な事になってるけど、このクソ男と結婚しなくて済んで本当に良かったとそれだけは思う。
「アンドラス様~。お呼びですかぁ~~?」
取り巻きはすぐに一人の令嬢を連れて戻ってきた。
オレンジ色のふわふわの髪に、揺れる胸…チェティーネ様だわ。私より一つ年下の、ポリバス伯爵家のご令嬢。かなりの名家、しかも巨乳で美人と有名な方。
もちろん貴族令息たちからも人気が高く、求婚者も多い方だって聞いていたけど…何でよりによってアンドラスと?
「見ろ、リモナ!お前にはなかったこの可愛さとおっp…愛想の良さ!しかも伯爵家だ!トルマリン家の婚約者にふさわしい!!」
今おっぱいって言いかけただろこの色カス野郎。
チェティーネ様は本当にこんなのと婚約を…?と疑問に思った瞬間、彼女と目が合った。
……え?
「思い知ったかアバズレ性悪女め!!陰キャでモテなくて女子に免疫がない殿下をたらし込んでいい気になっているみたいだが、お前に勝ち目なんか無いんだからな!!」
ちょっと衝撃を受けている私を尻目に、アンドラスは勝ち誇ったように叫んだ。
何の勝負よ一体。でも今のところ勝てない気がするのが本当に腹が立つ。このチャラカス絶対ぎゃふんと言わせたい。
と言うか、めちゃくちゃ殿下の悪口言ってない?さては私側についたと知って切り捨てたの?親友とか言ってたくせに友情の欠片もないじゃないの。
「い、陰キャ…モテない…」
サルファ殿下は落ち込んでいた。面倒くさすぎる…。




