第8話『揺れる水面、咲の告白』
文化祭まで、あと二週間。
校舎中が慌ただしさに包まれはじめるなか、俺たち2年B組も出し物の準備で教室がざわついていた。
「でさー、うちのクラス、結局メイド喫茶に決まったって知ってた?」
「男子のテンションだけが無駄に高いよな」
「お前も嬉しそうだったけどな」
澪が鋭いツッコミを入れてくる横で、俺は苦笑いしながら机を並べていた。
一応、俺は飾り付け班になっていて、ダンボールを切って看板の下書き中。
「光、そこちょっと線曲がってるよ」
「マジか、ありがとう」
澪が無言で定規を渡してくる。その手の温度に、昨日のことが思い出されて、少しだけ鼓動が速くなる。
──あの放課後、俺は確かに澪に言った。「そばにいてほしい」と。
でもそれは、“恋”って言葉からは、まだちょっと遠い曖昧な感情だった。
「……光くん、少し、いい?」
そのときだった。
教室の後ろから声をかけてきたのは──咲だった。
「咲……?」
「ちょっとだけ、廊下、来てくれる?」
俺が澪を見ると、彼女はほんの一瞬だけ驚いた表情を見せたが──すぐに目を逸らした。
「……いってきなよ」
その声が少しだけ寂しそうに聞こえたのは、気のせいじゃなかった。
*
廊下は、人通りが少なく、静かだった。
雨上がりの湿気が窓にうっすらと残り、午後の光がぼんやりと差し込んでいる。
「……光くん、昨日の放課後、澪ちゃんと一緒に帰ってたよね」
「見てたのか」
「……うん。少しだけ、ドアの外で」
咲はそう言って、少し恥ずかしそうに笑った。でもその笑顔は、いつもよりどこか弱々しい。
「私ね、ずっと言おうか迷ってたの。でも、もう言わなきゃって思った」
「……咲?」
「好き、なの。光くんのこと。ずっと前から」
言葉が、耳に直接響いた。
「中学の頃から、ずっと見てた。鈍感で、バカで、でも、優しくて。いつも誰かのことばっかり気にして、自分のことなんて二の次で……」
「……」
「ずっと隣にいたいって、思ってた。友達じゃなくて、ちゃんと……彼女として」
咲の目が、まっすぐに俺を射抜く。
俺の中で、何かが揺れた。
澪に伝えた「そばにいてほしい」という気持ち。
綾音にぶつけられた「誰か一人を選ばなきゃいけない」という言葉。
──なのに、俺はまた、言葉に詰まる。
「……ごめん、すぐに答えは出せない」
「……うん。そんな気はしてた」
咲は無理に笑った。優しい笑顔。
でも、そこにあるのは紛れもない「悲しみ」だった。
「でも、光くん。私は待たないよ」
「え……?」
「だって、待ってばかりの恋なんて、寂しすぎるから」
そう言って咲は、俺の腕を軽く掴んだ。
「次、文化祭の日。私がもう一度、光くんに告白する。──それまでに答え、出してね」
その言葉を残して、咲は廊下の向こうへと歩き去っていった。
立ち尽くす俺の胸の中には、答えの出ない“好き”が、いくつもいくつも重なっていた。
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