第4話『心が追いつく、その前に。』
次の日の朝、俺は少しだけ早く家を出た。
理由は簡単。
……どちらにも会いたくなかったからだ。
澪の告白みたいな言葉。
咲の「本気」って宣言。
俺の心は、まだどちらにもちゃんと向き合える状態じゃなかった。
(俺は、逃げてるだけなんだろうな……)
自分でも、わかってる。でも、どうすればいいのかは、まだわからなかった。
そんなことを考えて歩いていたら──
「おはよ、光くん」
前から、咲が歩いてきた。
(あっ……やばい、早く出た意味が……)
「……お、おはよう」
「今日は、早いね。もしかして、私のこと……避けてる?」
その言葉にドキッとした。
「そ、そんなことは……」
「うん、そう思ってくれてるだけでいいよ」
咲は微笑んだ。いつもの、柔らかいけど、どこか切ない笑顔だった。
「私ね、こう見えても……ちゃんと覚悟してるんだよ」
「……覚悟?」
「うん。“本気で好きになる”って、きっと、どこかで傷つくってことだから」
咲は、歩きながらぽつりとつぶやいた。
「でも、それでもいいって思える人なんだもん。……光くんは」
何も言えなかった。
咲の言葉が、まっすぐすぎて──俺には、受け止める資格がない気がして。
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昼休み。
案の定、今度は澪がやってきた。
「ねぇ、昨日のこと……まだ答えはいらないけど、変に避けないでよね」
「……うん、ごめん」
「謝らなくていい。……ただ、私も、ちゃんと“本気”だから」
その言葉に、また心が揺れる。
「光が決めるまで、私、あきらめないよ。咲ちゃんにだって、負けたくないし」
「……でも、俺……」
「わかってるよ。光が“優しい”のは昔から。そういうとこ、変わらないでね」
そう言って、澪は教室を出ていった。
──俺の中で、何かがゆっくり崩れはじめていた。
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放課後。
俺は、どちらとも一緒に帰らなかった。
校舎の裏で、一人ベンチに座っていた。
「……どうして、俺なんだよ……」
ただの平凡な男子で、運動も中の下、勉強もそこそこ。
目立つわけでもなく、特別でもない俺。
「俺なんかを、本気で好きになるなんて……」
「──そう思ってる時点で、まだ何も見えてないよ」
声がして振り向くと、そこには**生徒会副会長の相原 綾音**がいた。
「な、なんでここに……」
「……たまたま通りかかった。って言ったら信じる?」
綾音は、落ち着いた雰囲気の、成績優秀で美人と噂の先輩。
俺とはほぼ接点がないはずだった。
「あなた、咲とも澪とも仲いいよね。……何を迷ってるの?」
「……え?」
「気づいてないようだから言うけど。恋愛って、“選ばれる側”だと思ってる人ほど、何も始まらない」
「……俺には、よくわかんないです」
「だろうね。でもね──」
綾音は、俺の目を真っ直ぐ見て言った。
「選ぶのは、いつだって“自分自身”だよ」
──その言葉は、まるで雷のように胸を打った。
(……俺が、選ぶ?)
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帰り道。
空は薄曇りで、風が少し冷たい。
俺の頭の中には、三人の言葉がぐるぐると渦巻いていた。
咲の「救われる」
澪の「ずっと好きだった」
そして綾音先輩の「選ぶのは自分」
(俺は……どうしたいんだ)
答えはまだ出ない。
でも、心の中の何かが、ゆっくりと動き出していた。
──“逃げない”って、きっとこういうことなんだろう。
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