美しくないからと無視をする婚約者と婚約破棄をしました。後悔しても遅いのよ。
シェルリア・アシェル伯爵令嬢。
地味な茶の髪のシェルリアはとてもおとなしい令嬢だ。
シェルリアの婚約者の男、ボイド・デルトル伯爵令息は酷い男だった。
あちこちの令嬢に話しかけて、シェルリアの事を無視するのだ。
ボイドは美男という訳ではない。だが口先が上手くて、令嬢達はつい気を許してしまうのだ。
「ああ、月のような美しさ。まるで女神が降臨しているようだ。私はクラクラして、卒倒してしまいそうだ。君のあまりの魅力に」
大げさに言えば、令嬢達は面白がって。
そんな様子をシェルリアは眺めていた。
ボイドは美人好きである。シェルリアが顔立ちも地味なので、不満なのだろう。
私だって、美人になりたい。
でも、生まれ持ったこの顔、どう変えるのよ。
いかに政略とはいえ、シェルリアはボイドと良い関係を築きたい。3年前、婚約を結んだ時はそう思った。だが、もうすぐ貴族が誰しも通う王立学園を卒業する18歳。
3年間我慢した。話しかけても無視され、他の令嬢と楽しそうにするボイドに対して、我慢に我慢を重ねた。
政略だからって、婚約解消を両親は許してくれない。
だから?浮気を我慢しろというの?
美しい女性達を褒めまくって、自分を無視する男を受け入れろと言うの?
耐えられなかった。
相手が婿入りする結婚である。
許さない。
そう思えた。
卒業パーティのエスコート、さすがに、両親が来るので、ボイドはシェルリアを誘って来た。
ドレスが贈られてきた。ボイドが選んだのではないだろう。
地味な茶色のドレスで、いかに適当に贈ったかが良く解るドレスだ。
それでも我慢してそのドレスを着て、ボイドにエスコートされて卒業パーティに出た。
ボイドを見れば、不機嫌そうにシェルリアを引っ張って歩いて、あまりにも早く歩くから、ドレスに躓いて転んでしまった。
ボイドは一言。
「本当にグズだな。美人でない上にグズだ」
そう言って、エスコートをやめて行ってしまった。
転んだまま、放り出されて、困っていたら、手を差し伸べられた。
「シェルリア。大丈夫かい?」
ジルド第二王子だ。
ハリス王国の王子で、美しいと評判の金の髪に青い瞳で、令嬢達の憧れであった。
「ジルド第二王子殿下。申し訳ございません。みっともない所を見せてしまって」
「いや、いいんだ。酷い男だな。それはそうと、どう?私と婚約しない?」
「え?」
「あんな浮気者と婚約破棄して。私と婚約しよう。君の所は政略だろう?あそこと結ぶより、私と結んだ方が得だ。私の母は公爵家の出自だし、アシェル伯爵家の事業は興味を持っている。どう?私なら、君に茶色のドレスなんて贈らない。化粧も研究すれば、君は輝ける。私と一緒に輝いてみないか?」
その手を握れば、今の地獄から抜け出せる。
ジルド第二王子の言葉を信じてみることにした。
「まずは正式に申し込んで下さいませ。私は家の決定に従う事に致しますわ」
「それじゃ、決まりだ。さっそく正式に申し込むことにするよ」
結果、ボイドとの婚約を破棄することになり、ジルド第二王子からの婚約を受けることにした。
ジルド第二王子は正妃の息子である。
王妃デティシアは、
「息子の婿入り先が決まって嬉しいわ。貴方がシェルリアね。貴方、もっとお化粧に力を入れた方がいいわ。ドレスも深紅のドレスを用意しましょう。驚く程、変わるわよ。美しく変わって、元婚約者を後悔させましょう」
そう言って、色々、お化粧や似合うドレス、アクセサリーを教えてくれた。
ボイドに無視された日々は辛かった。
だから、私は美しくなるの。
外面だけではない。
領地経営の勉強等、自分を高める為に色々と励んだ。
ジルド第二王子も婿入りするため、アシェル伯爵家に通い、領地経営を学んでくれた。
二人で、手を取り合って、強く願う。
「どんどん、自分を磨いて、どんどん高みに上ろう」
「ええ、そうしましょう。私、貴方や王妃様のお陰で自分に自信がついてきたの。どんどん高みに上るわ」
高く高く高く、光に向かって高く。
ジルド第二王子と共に夜会に出て、ダンスを踊る。
いつの間にか、美しい令嬢として、有名になっていた。
深紅のドレスが花開き、夜会で華やかに舞うその姿は、大輪の薔薇のようだ。
と詩人に歌われているとか。
ジルド第二王子は、ダンスの休憩の合間に、テラスに連れ出してくれて。
「本当に君は綺麗になった。ダンスも凄く上手で、私は自慢しているよ」
「まぁ、ジルド様こそ、美しくて。ダンスも上手くて、自慢の婚約者ですわ」
二人で顔を見合わせて笑う。
そこで背後から声をかけられた。
「シェルリア?私だ。ボイドだ」
振り返れば、ボイドが立っていた。
青い顔をして、やつれた様子で。
「婚約破棄されて、私は反省した。どこの家でも私と結婚するのは嫌だと、婿入り先も決まらない。このままじゃ平民落ちだ。どうか私と婚約を結んで欲しい。それにしても美しくなったな。学生時代とは大違いだ。こんなに美しかったら、もっと大切にしていたのに」
シェルリアは頭に来た。
「学生時代に私の事を無視して、他の令嬢達と遊んでいたじゃない。卒業パーティだって、私を転ばせて、いなくなったじゃない?私は貴方を婚約破棄して、ジルド様と婚約してとても幸せ。もう、貴方とは関係ないわ。二度と話しかけないで下さる?」
ボイドはシェルリアの足に縋ってきた。
「そんなことを言うなよ。君に見捨てられたら私は終わりだ」
「見捨てるも何も、貴方と仲良かった覚えはなくてよ」
「謝る。謝るから」
ジルド第二王子が、
「私の婚約者に付き纏われても困る。二度と付き纏わないでくれないか?付き纏うというのなら、こちらにも考えがある」
ボイドは真っ青な顔をして、
「付き纏いませんっ。申し訳ございませんでしたっ」
転がるように逃げて行った。
ジルド第二王子は、シェルリアを抱き締めて、
「邪魔者はいなくなった。さぁ、また踊ろうか」
「ええ、踊りましょう」
二人でまた、ダンスを楽しんだ。
ボイドは婿入り先が見つからず、かといって、優秀でもないので、平民として生きていくことになった。
しつこくアシェル伯爵家の前をうろついたので、屑の美男が好きな辺境騎士団に引き取ってもらおうと思ったら、
「美男でないから、こちらでは受け付けない。他を当たってくれ」
と断られ、仕方ないので、警備隊に通報して連れていって貰った。
ジルド第二王子は、
「辺境騎士団め。なんて贅沢な。正義を語るなら、美男でなくても連れていくべきだろう」
と呆れて言っていた。
シェルリアは、あの男がどうなろうと関係ないと思った。
許さないと一時は憎んだ。でも、ジルド第二王子のお陰で、どうでもよくなった。
ジルド第二王子の手をそっと握る。
彼は笑って握り返してくれる。
なんて幸せなんだろう。愛しいジルド第二王子の額にそっとキスを落とした。
程なくして、二人は結婚し、沢山の子にも恵まれ幸せに暮らした。
シェルリアは大輪の社交界の華として有名になったが、美の秘訣はと聞かれたら、
「王妃様と、愛する夫のお陰で私は美しくなったのですわ。だからお二人に感謝しております」
とにこやかに語ったと言われている。
いつも寂しそうに窓の外を見つめていた。
いつもいつもいつも。私の周りには沢山の令嬢が付き纏い、色々な言葉をかけてくるけれども、寂しそうに窓の外を眺めている令嬢から目が離せなくなっていた。
綺麗な茶の髪を後ろに束ねて、本当に寂しそうで。
その令嬢の事を調べた。
シェルリア・アシェル伯爵令嬢。
ボイド・デルトル伯爵令息と婚約を結んでいるけれども、彼は彼女が話しかけても無視しているようで。
幼い頃の自分の姿と重なった。
母は心を病んでいた。幼い頃、寂しい思いをした。
そんな母を一生懸命慰めて、一生懸命自分に関心を向けて欲しくて。
今では母は立ち直って、社交界の中心で輝いている。
兄の王太子にも自分にも優しく、時には厳しく接してくれている。
シェルリアを見ていると、幼い頃の傷を思い出す。
だから、思わず、卒業パーティで転んでいる彼女に手を差し出して、婚約を申し込んでいた。
一緒に輝きたい。
彼女を明るい日差しの中へ導きたい。
その想いを強く感じた。
そして、シェルリアは一緒に輝いてくれた。
ああ、愛しいシェルリア。
彼女と出会えて感謝している。
今、愛しい妻と可愛い子供達が、庭で遊んでいる。
遠い日に、窓の外を眺めていた寂しそうな少女はもういない。
そして、幼い日に寂しい思いをした自分ももういない。
ただ、ただ、今は‥‥‥寂しい幻影を静かに胸の奥へ仕舞い込んだ。
ジルドはいつも、
「愛する妻のお陰で、私は心の傷を癒すことが出来た。共に輝く事が出来た。シェルリアには本当に感謝している」
と、幸せそうに語っていたと言われている。