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ラケディア、麗しの  作者: 本条謙太郞
第2章 リュクルスのケイデーへの旅
18/24

会敵

 拍子がある。

 耳裏に感じる血の波と心臓の鼓動。そして目の前に広がる光景をマルガリティアはその感覚器に混然と捉えた。事実それらは別ちがたく溶け合って少女の全身を満たした。


 翳した掌に収まるほどの距離でラケディアの戦士は律動する。腰を落とし、歩幅を細かく刻み、上下に揺れながら。

 掲げた円盾と脇に構えた槍。左肩に刺さる矢をものともせず男は間合いを詰める。敵と。

 声はない。地を踏みしめる音さえもない。


 明白な命のやりとりにおいてなおリュクルスは一毫ほどの動揺も見せない。無駄もない。自身を射かけた相手を発見するや為すべきことを為そうと動き出す。その姿は図らずも少女の脳裏にかつて見た日常の一場面を想起せしめた。

 村の少年達が好んだ遊戯。地面に置いた切り株をめがけて石を投げる単調で単純な遊び。

 投げ手の熟練度は一目で分かる。得手の者が行う投石は石が手を離れる瞬間、あるいは手が石を拾い握りしめた時に既に結末を幻視しうる。それは因果の逆転である。

 手が石を放るのではない。手を離れた石が切り株に吸い寄せられる。標的に当たる様が予め定められたこと——物語——であるかのように。


 リュクルスの動きもまた行動の前に結末が定められていた。

 上下左右に間断なく動く身体は敵を見事に陽動する。先刻不意打ちで矢を受けてなお、痛む素振りは微塵もない。不規則に弧を描き、急停止し、再び走り出す。

 それは舞踊に似ていた。

 早朝木々を抜けてまだらに差し込む陽光の中を、男は踊っていた。


 襲撃直後、男の指示に従い少女と羊は大木の根に背を隠した。

 明らかな恐怖が四肢を震わせるべきであった。身の危険が輪郭も露わに迫っていたのだから。

 しかし彼女は恐れなかった。眼前で繰り広げられる静寂に満ちた戦いが怯えをすっかり取り除いたのだ。

 彼女の物語の中で帰趨は既に定められていた。


 リュクルスの接近に動転し慌てて射かけた矢のあるものは盾に刺さり、あるものは宙を空しく泳ぎ、やがて敵手の矢筒は空になった。

 戦士の足裏が蹴り上げた地は抉れ飛沫を飛ばす。

 瞬きの隙すらない。

 一部始終を視界に捉えながらも彼女の意識は把握しえなかった。いつ敵を間合いに収めたのか。どのように槍の穂先を敵の腹に差し込んだのか。

 ラケディアの戦士より一回り小柄な敵——魔物、あるいは森の民はかく在るように在った。つまり致命的な傷を負った。

 彼は突き出した右の腕を無造作に引く。手に握る槍ごと。


 少女にとってそれはあやかしの業とすら感じられた。

 極めて複雑でありながら驚くほどに単純な動きと見える。

 青年は初手の矢を喰らうやいなや即座に射手の位置を察知した。後続の矢を悉く躱し防ぎながら距離を詰め、槍の間合いに収め、あっさりと敵の腹を貫いた。

 おそらくは瞬きを10数えるまでもないほどの短時間で、ラケディアの戦士は1つの命を奪った。


 耳は左右に剣戟の音を感知する。初射を受けて即座に散開した兄妹がそれぞれどこかで会敵している。

 平地の民にとって迷宮のごとき木々の中にあって少女は恐れを抱かなかった。背は大木に守られている。唯一開けた正面は、木の根よりも遙かに頼もしい存在によって守られていた。

 ラケディアの戦士という。


 腕の中で暴れるアルカンを宥めようと彼女はその小さな頭部を優しく撫でる。しかし定かではない。あるいはアルカンこそが、()()()()()()()()()()()()()を安らがんために自身の毛並みを差し出したのかもしれない。

 いずれにせよ戦いは終わった。


 忘れた呼吸を取り戻す。小さく吸い、小さく吐く。

 そして視線を戻した。自身の元に戻ってくるであろうラケディアの戦士に。


 そこで彼女は視た。

 男が極めて自然な動作で振りかぶり、何かを投げるのを。

 自分を()()()として。

 槍を。





 ◆





 男の背丈を超える長槍は投擲に適するものではない。下手に投げれば柄が中空で撓み威力が減衰してしまう。効果——つまり敵の殺傷——を得ようと思えば、よほどの剛力を必要とする。

 少女の右の視界を掠めて飛び去ったそれは、しかし見事に地にめり込んでいた。木の背後から自身を狙った”魔物”を串刺しにして。


 駆け寄ったリュクルスは呆然と佇むマルガリティアを横目に素早く槍を抜き取る。代わりにその円盾を少女の足下に放った。

 周囲に目をやり大まかに状況を把握する。

 ゲルギウスが引きつけた敵は2名。ゲルダの方には1人。彼はゲルギウスへの加勢を決めた。既に矢戦の段階は過ぎている。ゆえに盾は必要なかった。


「盾で身を隠せ」


 返事の猶予はない。

 彼は即座に次の獲物に狙いを定めた。

 行く手に木々を伝うように距離を詰めていく。


 ゲルギウスの巨体は2人の魔物に追い立てられていた。

 槍を持たぬ彼は剣で応戦するが、体躯の割に勢いがない。辛うじて塞がったとはいえ右腕に傷を持つのだから当然のこと。

 魔物達は数の優位を生かそうと動く。

 1人が上半身を狙い意識を引きつけ、もう一人が足を狙い細かい振りを繰り返す。だがゲルギウスにとって幸いなことに、剣の届く距離においては敵を上回った。剣の長さも腕の長さも敵を圧している。

 ラケディア市民が使う諸刃の剣は特に大ぶりなものではなかったが、魔物達が使用するそれはさらに短く、肘から指先ほどの刀身は”長い短剣”とも呼びうる程度のものだ。


 弧を描きつつ後退するゲルギウスと追従する魔物達。さらにその背後をリュクルスが取った。加勢に気づいたゲルギウスが刹那視線を飛ばす。

 背後に迫る()()の存在を確かめようと振り返った魔物の片割れは、自身に迫り来る槍の穂先を受け止めることとなった。喉に。

 一点を捉えた誠に精密な刺突である。


「リュクルス(けい)!」


 ラケディアの戦士たらんと欲する戦士がラケディアの戦士に思わず喜びの声を掛ける。安堵混じりの歓声にリュクルスはしかし答えない。


 残った魔物を屠るには長槍の間合いは大きすぎる。

 彼は即座に得物を投げ捨て腰に佩いた長剣を抜き出した。

 それは節目を持たない一つの連なりである。森の影が黒く染め上げた刀身は瞬時に新たな黒を纏う。血を。

 切っ先が敵の右上腕を舐める。

 衝撃に耐え得ず短剣を取り落としたとき、魔物の行く末は明らかに定まった。

 棒立ちになった人型の生き物を肩口から切り下ろすほどに容易なことはない。ラケディアの戦士にとって。


 かくして戦いは終わった。


「意識を散らすな。ゲルダに加勢しろ」


 戦いの最中にも関わらず自身の剣闘に見とれたゲルギウスをそう短く叱咤するや、彼は槍を拾い駆けた。


 マルガリティアの元に。





 ◆





「リュクルス、それ…痛みはないんですか?」

「忍耐こそが誇りだ。それ故にラケディアは戦場(いくさば)において数えきれぬほどの勝利を得た」


 左肩を恐る恐る指さすマルガリティアに青年は淡々と述べた。兜の下の顔は平静を保ち続ける。


「でも、手当を……」

「幸い小矢(こや)だ。あとでゲルギウスに抜いてもらう」


 少女から受け取った盾に刺さる矢を一本引き抜いてその形状を確かめる。

 それはラケディアの”隊列”が使用するものに比して短く、(やじり)もまた小ぶりであった。遮蔽物の多い森の中では射程が制限されるため、弓も矢も大型のものは必要ない。これがラケディア標準の矢であれば人手で簡単に抜き取ることは不可能であったはずだ。専用の器具を使い数人がかりで取り除かねばならない。


「——ラケディアの戦士様は、お強いんですね」

「この程度。ラケディアの強さは(いくさ)において発揮される。これは(いくさ)ではない」

「でも、わたしは何もできませんでした……」


 男と二人きりであれば決して生まれなかったであろう思いを少女は抱く。自身と同性、背格好もさして変わらぬゲルダが敵と刃を交える中で、羊を抱いて木の根に隠れることしかできなかった自分を惨めとすら感じた。


「おまえは隷民の女だ。戦いは戦士のもの」


 男の言葉には慰めも同情もなかった。


「わたしは戦えませんか?」

「戦うことは誰にもできる。だがそれだけだ。勝利を得るには団結せねばならない」

「団結、ですか」


 得意げに言いがかりをつけてくるのが常のところ、妙に大人しい少女の姿を眼下に収め、リュクルスは柄にもなく言葉を付け加えた。かつてならば嘲笑ったことだろう。隷民の女、と。しかし今、彼は別の選択肢を選んだ。それが真正の選択であったかどうか定かではない。あるいは定められていたとも思うほどに言葉は自然と口を衝いて出た。


「皆が適所にあることだ。おれとあの兄妹は戦い、おまえはここに隠れた。皆為すべき事を為した」

「わたしはここに隠れているべきだったんですね」

「そうだ。それは容易いことではない。おまえは恐れに満たされてあらぬ方向に駆け出すこともできたはずだ。羊を放り出して。しかしおまえはここにいた」

「でも、それは足が動かなかっただけで……」


 そこまで口にしたところではたと気づく。つまりこれはある種の慰め、ある種の労りであると。

 ラケディア、麗しの都の誇り高き市民が、取るに足らぬ隷民の女に対して。


「そうですね。わたしはそうです、リュクルスが戦いやすいようにあえてここにじっとしていました。これは凄いことです。勇気を示したのですから!」


 緊張が解けた後収まらぬ震えもそのままに少女は敢えて誇らしげにそう述べた。汗で頬に張り付いた髪を耳に流しながら。


「認めよう。おまえは勇気を示した」


 木の幹にもたれアルカンを腹に抱んで顫動するマルガリティア。男は少女の無防備な正面を塞ぐように立つ。彼女はまさに抱き留められていた。木と、リュクルスに。


 マルガリティアと向かい合った青年の視界に2つの人影が近づいてくる。戦いは終わった。

 手を下した3人の敵を思い起こす限りその能力は大したものではない。リュクルスはそう予測したがゆえにあえて加勢に赴かなかった。

 敵は狩人の技量を持つ。だがそれだけの話だ。意思と知恵を持ち経験を備えた相手と戦うには全く以て足りない。それを理解するがゆえに最後の1人は兄妹に任せたのだ。彼らもまた学ばねばならない。

 戦いにおける学びとは体験以外から得られるものではない。人を殺すという。

 槍の柄を通じて届く内臓のぬめり。刀身に伝わる骨の軽やかさ。血の飛沫。見開かれた瞳。瞬間凍り付く顔の筋。糞尿の匂い。全てを。


 こちらに戻ろうと歩を進める兄妹、ことに兄ゲルギウスの足取りは勇壮なものだ。戦闘経験の浅い者にありがちな、恐怖を興奮で上書きしようとする佇まいである。威勢よく歩み豪放に手柄を語る。それは怯えと弛緩の裏返しである。

 あえてここで指摘する必要もない。リュクルスはいつものように平然と二人を待った。

 しかし、ゲルギウスが右手に持った剣を高く掲げたとき、青年の落ち着きは見事に霧散した。

 剣の先端に刺さる()を目撃して。


「リュクルス(けい)! 私たちもやりました! 見てください。しっかりと仕留めましたよ。やはり我らはラケディアの戦士です」


 切っ先に突き刺した()()が垂れ流す体液は刀身を伝いゲルギウスの腕を満遍なく濡らす。血の匂い。猛然と立ちこめる。


「ゲルギウス。そのようなことをするな」


 叫び出す寸前の喉をきつく締め、リュクルスは低声で語りかけた。


「何をです?」


 期待した賞賛の代わりに与えられた言葉にゲルギウスは得心しない。その黒い瞳を疑問で満たし首をかしげる。


「その()を下ろせ!!」


 一月に渡る同行の中で初めて聞いた怒声。足下のマルガリティアは肩を振るわせ再びアルカンを頼った。少女は子羊をより強く抱き込み毛並みの中に顔を埋める。


「聞け、ゲルギウス! ゲルギウス! ラケディア、麗しの都の市民はそのようなことはしない。決して! 刃を交えた敵を晒し者にするなどまさに唾棄すべき行為だ。きみはその光輝ある身分を恥で塗りつぶすか?」

「いえ! しかし……」

「それは魔物の仕草だ。きみに問う。きみは同胞か? ラケディアの。あるいは魔物か?」

「私は同胞です! 私たちはラケディアの市民」

「ならばきみの行動は無知故のこと。今おれはきみたちに教えたぞ。その(こうべ)を下ろせ。そして別たれた身体の元に返せ」


 ラケディアにおいて倒した敵の首を狩り晒すことは明白な禁忌である。

 戦闘における死は恥ではない。卑怯卑劣な罪人を処断するのではない。対等な敵を堂々と討ち取ることにこそ価値がある。倒した敵を貶めれば、それは自身と賭けた命を侮蔑することになる。

 ラケディア市民は手柄を誇示することを好まない。勝利は共同体に捧げられるものであり個人の専有物ではないのだから。

 幼時から度々教え込まれたこの考えは戦士達の心の奥底に深く刻まれる。「敵」ではない者達、つまり「仕事」の対象たる従民や隷民に対してさえ遺体の損壊には多少の後ろめたさを感じるほどに。


 リュクルスの父テセウスの首はテルパエの野で晒された。顛末を聞いた彼はそれを為した帝国に対して限りない憎悪と軽蔑を抱いた。そして確信もまた。

 10を10重ねたほどに巨大な帝国に対してもラケディアが膝を屈することは決してあるまいと。個人の功名——それが王のものであれ兵のものであれ——を目指して戦う軍は弱兵である。共同体(コムネス)という唯一の光輝ある存在に全てを賭けるラケディアの隊列は汚らわしい利己の群れを一蹴するだろう、と。


 図抜けて巨大な身体を心なしか縮めて刈り取った頭部を戻しに向かうゲルギウス。妹だけが残った。


「リュクルス。それはラケディアの法。ゲルダたちの法ではない」

「では今後は法となせ」

「なぜ? なぜゲルダたちがラケディアに従う。あれはゲルダたちが狩った。ゲルダたちに優先権がある」


 彼我の戦力差をものともせずゲルダはリュクルスと相対した。

 マルガリティアと変わらぬ背丈は青年の目元にすら届かない。木の葉で編んだ外套から生えた腕は驚くほどに白く透き通る。緩い巻き毛の中から繊細な顔が覗く。黒い瞳と目元の赤い筋が微かに光った。


「勝利ゆえに敵を自由にする権利を持つということか」

「勝ったものが得る」

「なるほど。ではおれときみたちで戦ってもよい。おれに勝てばこの首を落とせ。おれが勝てばおれに従え。勝者の権利だ」


 目を細め唇を噛みしめ、ゲルダは黙り込んだ。

 勝ち目がなかろうことは理解していた。自身と兄が二人がかりでなんとか倒した敵でさえ、リュクルスであれば瞬く間にさしたる苦労もなく決着を付けるだろう。


 対するリュクルスもまた、眼前の少女に強いた自身の理屈に若干の不合理を感じている。

 力を以て相手に服従を強いるならば、それは魔物の理屈そのものということになる。だが、そうあってなお敵の首を落とすが如き行為は断じて許容できなかった。是非はさておき彼らはリュクルスの”隊列”である。”隊列”の者が為した不名誉は”隊列”全体を貶める。


 マルガリティアは自身の頭越しに行われる静かな角逐を息を潜めて見守った。

 ラケディアは力により周囲の全てを支配する。にもかかわらず個人が為す同様の行為を厳に戒める。明らかな矛盾がそこにあるように思われた。

 一方でリュクルスはその矛盾を貫き通してもいる。彼は村を襲った戦士達と決定的に異なる。他者からは歪に、あるいは滑稽とさえ映る規範を彼は墨守する。いかに挑発を重ねようと彼は少女を殺さなかった。強烈な怒りを抑えようと努めていたことは他者たる彼女にもはっきりと分かった。

 勇ましい言葉を吐きながら一向に剣を振るわぬ男の姿に、もしや見かけ倒しかと侮りを覚えたこともあった。ラケディアラケディアと連呼しながら実は大したことがない男なのではないかと。

 しかし悩ましいことに、あるいは()()()()ことに、まさにこの日この場で彼は力量を示した。ゆえにマルガリティアもまた体内に混乱を抱えることになる。


 彼女は喜悦を覚えたのだ。

 男の精強さに。彼がラケディアにおいても類い希な戦士であることに。その戦士が自分を守護している事実に。


 (アルカン)の首筋に埋めた顔を上げ、マルガリティアは青年を見た。

 兜に覆われた顔は全貌を露わにすることはない。鼻を保護する金属の隙間からのぞく深い茶の瞳と薄い唇。剣で手入れしてなお無精髭の残る顎。そして大きな喉の突起。

 それはつまり()であった。彼女の身体にはないものがあった。


「戻してきました! リュクルス(けい)


 小走りに駆け戻ったゲルギウスの声は張り詰めた空気を緩めるに足るほどの情けなさを含んでいた。


「それでいい。ゲルギウス。きみとゲルダはよく戦った。ラケディアの誇りをもって」

「私たちはやりました。恥じぬ戦いをすることができた」


 首肯に兜を揺らしてゲルギウスは明るく言い放った。無言でリュクルスをにらみ付ける傍らの少女と対照的に。


「この者達は、きみたちが言う”上の集い”の?」

「はい。おそらくは。しかし気取られたかというと難しいところです。総勢で4名とは。我らを待ち伏せて倒すつもりならばもう少し数を揃えてもおかしくない」

「では遭遇か」

「我らの集いの者が復讐に来るとは予想していないことでしょう。私とゲルダが姿を消したことは知られているでしょうが、(けい)の存在は知られていない。光輝あるラケディアの戦士と我ら兄妹が共にあることは!」


 憧れたラケディアの戦士と”隊列”を組む喜びをゲルギウスは素朴に表出した。


「その”集い”はもう近いな?」

「陽が天頂を過ぎたあたりには辿り着きます」

「では少し休む。決行は夕に。陽が短い死を迎える刻限に。敵が最も緩むときに」


 言い終えるとリュクルスは地に腰を下ろした。マルガリティアの左隣に。兜を脱ぐと大木に背を預け、自身の左肩を指し示す。


「ゲルギウス。少し手を貸してくれ」


 肩と腕の境界に刺さった矢を見て巨躯の青年は大きく頷く。(矢軸)の大部分が巨大な両の手に覆われた。


(けい)、いきますよ?」

「頼む」


 瞬間、リュクルスは不可思議な感触を得た。

 左肩ではない。身体を幹に押しつけるべく地に張った右の手に。


 甲に涼やかさを覚えたのだ。小さな。

 少女の手のひらを。


「マルガリティア?」

「……」


 答えはなかった。

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