仲睦まじき
三題噺もどき―ごひゃくきゅうじゅうきゅう。
玄関の開く音がした。
夕食後。
あまりの寒さに部屋に戻る気にもなれず、リビングの炬燵に入ったまま携帯をいじっていた。テレビには何かのクイズ番組が流されている。今年最後の放送らしい。
こうして徐々に面白い番組は年内最後の放送を迎え、面白くもない年末特番が始まっていくんだろうな。
「……」
どちらにせよテレビは見ないので、どうでもいいのだけど。見たいものといえばまぁ、音楽番組くらい。変な特集とかしていなかったら見るかもしれない。
とは言ったって、結局携帯をいじっているのだから見ないのだけど。
「……」
そういえば最近、翼を授けるエナジードリンクのCM見ないんだけど、気のせいだろうか。
あの文言と言えばいいのか、結構耳に残るしリズム感が好きだったりするし、映像も結構好きだったんだけど。年末セールのCMしか見ない。車とか家具とかの。あと、面白くもなさそうな年末番組の予告。
……テレビ見てないから、見てないのか。
「……」
玄関の鍵が閉まる音と同時に、玄関とリビングを仕切るドアが開かれる。
冷えた空気が入り込み、外に出ていた父が寒そうに入ってくる。
なんのためにといえば、単純に煙草を吸うために外に出ていただけだ。
「……」
もっと幼い頃は普通に室内で吸っていたのに、この家に引っ越してきてから絶対に外で煙草を吸うようになった。車を運転するときも窓を必ず開けてからとか、気にするようになっていた。別に今更気にもしないのにな。
「……」
実を言うと、私は父の吸っている煙草の匂いが好きだったりする。
独特な、一度嗅いでしまえばそれだと分かるようなあの匂いが好きだった。……外を歩いている時なんかは、たまに甘ったるい匂いのを嗅いだりするんだけど、アレは苦手だ。嫌な意味で鼻に残って気持ちが悪くなる。
「……」
でも今は、冷えた空気の匂いしかしない。
あの煙草の匂いがかげるのは、車に乗っている時くらいかな。
その時だって私は助手席側の後部座席に乗っているから、ほんの少し香るくらいなんだけど。それでもなんとなく、いいにおいだと思ってしまう程にはあの煙草の匂いに慣らされている。
「……」
まぁ、煙草なんてほんとはやめさせた方がいいんだけどな。百害あって一利なしだから。
その上父が結構な量の飲酒を毎日するので、不健康極まりないはずなのだ。実際我が家で一番体調を崩すのは父だったりする。その次に私って感じ。自慢ではない。
「……」
その父は、もちろん母も。
それなりにいい年なのに、それなりに長年連れ添っているはずなのに。
毎夜毎夜、互いに酒を飲みかわし、楽し気に会話をして、たまに討論みたいなこともして、こちらが恥ずかしくなるほどに、馬鹿馬鹿しくなるほどに、呆れるほどに。
仲が良い。
「……」
それなりに長年続く夫婦なんて、たくさんいるだろうけど。
こんなに子供の前で仲良くしながら暮らす夫婦っているんだろうかと思うくらいに仲がいいのだ。家族で出かけたら二人で歩くからな。手こそつながないものの、腕は組んでる。
今だって煙草から戻ってきた父に母が絡んでいる。こちらに話しを振ってこさえしなければいいので、そのまま二人で会話していてくれ。
「……」
この人たちは、鋏でその縁を切っても、どうせどこかでつながるんだろうなと思う。
だって、お互い気づいていなかっただけで、幼稚園保育園の頃からの同級生だぞ。そんなときから同じ場所にいて小・中・高は違ったのに、結婚しているんだぞ。
この人たちがいつから付き合っていたかなんて気にもしていないし興味もないが、それなりに長いんじゃないんだろうか。知らないし興味もないが。
「……」
そんな二人を見ていると、理想の夫婦ってこんなのなのかなと思うが。
まぁ、そんなものは人に寄るし、もっといい夫婦関係だってあるだろう。
でもこの二人は、あまりこの言葉好きではないが、運命というものがあったんだろうなと思う。切っても切りきれない縁があったんだろうなと思う。
「……」
まぁ、だから何だと言う感じだが。
話が飛躍して申し訳ないが……これを見ているからこそ、私は結婚も付き合うと言うのもできないんだろうなと思ってもおかしくないと思う。
だってこんな運命的な出会いをして、ここまで長年一緒に居るのが当然だと思っているんだから。
「……」
そうでなくても、私自身まぁ、色々あって異性という物に対して若干の恐怖を抱いてしまう所があるので、恋愛というのは難しいのだけど。そもそももう、恋心という物を少々忘れている。なんだったかなそんな甘いものは。美味しくもない。
「……」
あぁなんかそろそろこっちに絡んできそうなので。
さっさと部屋に戻るとしよう。
お題:鋏・翼・煙草