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男だと思っていた友達に、「お前が女子だったらとっくに好きになってた」とノリで言ったら、その子が本当は女子で大変なことに。

作者: 和家有

「急に降り出したな……」

「そうだね。傘、持ってきてないや」


 授業での小テストが終わって教室を出ると、窓の外に見えるのは土砂降りの雨だった。

 今日は朝から雨が降るという予報だったが、せいぜい小雨程度と耳にしていた。


 そのためか、俺の隣にいる友人。

 雨宮雫(あめみやしずく)は傘すら持ってきていない様子だった。


「折り畳み傘も持ってきてないのか?」

「うんー、荷物になっちゃうのが嫌で、あんまり持ち歩かないんだ」

「そうなのか」


 そんな会話をしつつ、大学構内を一歩出てみる。


 外に出た瞬間、雨が地面を打つ音で耳がいっぱいいっぱいになった。

 二人の声量もそれに負けないよう、自然と大きくなる。


「雨宮どうすんのこれ、電車動いてんのか?」

「あ、動いてない可能性もあるのか……ちょっと調べてみる」

「ん」


 ぽちぽちとスマホをいじって十数秒、雨宮はうわっと声を漏らした。


「やっぱ止まってる……」

「まあだろうな、この雨じゃ流石にな」

「ど、どうしよ……かげ君」


 困った顔で俺を見つめてくる雨宮。

 ちなみにかげ君ってのは、俺の名前の影人(かげひと)から由来している。まあそんなことはどうでもよくて。


 つってもなぁと頭をぽりぽり掻きながら、あたりを見回してみる。


 周囲にいる人たちもこの雨のせいで遅延の影響を受けているのか、その会話の内容までは聞こえないが、友達と「やばくねー」「どうするー?」みたいな会話をしているのがその表情から想像できた。


 中には一度外に出たにもかかわらず、また大学構内に戻っていく人の姿も見受けられる。雨が止むまで、大学内で雨宿りしていくつもりなのだろう。

 彼らの様子を見て、雨宮が呟く。


「雨止むまで待つしかないかな?」

「ああ、まあそれしか……あ、俺ん家来る?」

「え?」


 一人暮らしをしている俺は、この大学から程近いところに家がある。

 徒歩圏内なので、電車が止まっていても問題なく帰れる。

 

「大学のすぐ近くに住んでんだよ」

「あ、そうなんだ」

「おう、だから電車が動くまで俺ん家いろよ。最悪泊まってもいいしな」

「……いいの?」

「全然いいよ」

「じゃあ、そうさせてもらおうかな」

「おっけー、じゃあ行こう」


 そう言って俺は手に持つ傘をさして歩き出す。

 ぴしゃぴしゃと4、5歩水が溜まった地面を歩いたところで、雨宮がついてきていないことに気づいた。


 振り向くと、雨宮が「あ……」と何か言いたげな顔をしていた。


「ああそっか、傘持ってないんだったな」


 俺は引き返して雨宮の元に戻ると、傘を雨宮に近づける。


「ほれ、早く入れ」

「ごめん……ありがとう」


 照れ臭そうに笑うと、雨宮は遠慮がちに傘へと入った。


        ✳︎ ✳︎ ✳︎


「わ……びしょびしょだ……」


 俺の住むアパートの一室についてすぐ、びしょ濡れになった自分の服を見ながら雨宮が言った。


「全然寄らねえ雨宮が悪いんだろ」


 傘は俺が持つ一本しかなかったから、二人してそれに入っていたわけだが、遠慮するかのように全然体を寄せて来なかったので、お陰で雨宮は右肩から腕にかけてがずぶ濡れになっていた。

 寄れって何回も言ったのに。


「だってぇ……」

「だって、なんだよ」


 聞くと、雨宮はふいっと目を逸らした。


「な、なんでもない……」

「……まあいいや、そのままいたら風邪ひくぞ」

「うん、でも着替えとかないし」

「俺ので良ければ貸してやるよ。サイズが合わないかもしんないけど、まあ大きい分には問題ないだろ」

 

 ちょっと待ってろ、と棚から適当な服を見繕うと、それを雨宮に向かって放り投げた。


「それ着ていいよ。ちゃんと洗濯してあるから」

「あ、うん……ありがとう……」


 雨宮は服を受け取るが、着替え始めるでもなく、もじもじと所在なげに体をくねらせている。


「どした?着替えないのか?」

「え、えと……洗面所で着替えてもいい?」

「なんで?」

「ここで着替えるの、恥ずかしいから……」


 恥ずかしい?男同士なのに?と疑問に思ったが、まあ同性でも下着やらなんやらを見られるのに恥ずかしさを抱くのは別に不思議なことではないか、と納得すると、俺は洗面所のある方を指さした。


「いいけど……そこな」

「ありがとう」

  

 言ってそそくさと洗面所に入り扉を閉めると、3分ほどで出てきた。


「やっぱ結構大きいね、ぶかぶかだ」


 雨宮は男にしてはかなり小柄だ。

 俺が大きいと言うわけではないが、雨宮の小柄さも相まって、もはや小さな子供が大人の服を着ているかのような感じになっていた。


 雨宮は着ているスウェットの裾をぎゅっと握り込み、なんだか気恥ずかしそうに明後日の方向へと視線をやる。


「雨宮チビだもんな」

「チビじゃないし……」


 俺の一言に、雨宮がむーっと頬を膨らませた。

 いやチビだろうと内心思うが、これ以上言って怒らせるのもなんだしと、話を切り替えることに。


「適当にそこらへん座れよ」

「うん」


 6畳ほどの広さがある居間の真ん中、低めのテーブルが置かれているその周囲に敷かれたクッションを指さした。

 雨宮はそのうちの一つにストンと腰を落とす。


 それからふうと息を吐くと、雨宮は長めの前髪をいじりながら口を開いた。


「……なんか、人の家来るのって初めてだから、どきどきする」

「そうなのか、まあ、俺も人のこと家に招待すんのとか初めてだな」

「へ、へぇ……そう、なんだ……」


 そこから会話が打ち切られる。


「……」


 普段二人でいる時も、別に全く沈黙の時間が流れないってわけじゃない。   

 二人とも、元々あまり発言数が多い方ではないのだ。しかし、今までそういった沈黙の時間が苦痛だと思うことはなかった。


 ただ、今はいつもより居心地が悪い。それは雨宮も同じなのか、きょろきょろと周囲を見渡してはぽりぽり頬を掻いていた。


 俺はその沈黙を破るようにリモコンに手を伸ばすと、テレビをつけた。


 つけた番組はニュース番組。ちょうど、この豪雨についてのタイムリーな話題について報道していた。


「まだしばらく止みそうにないな」

「そうだね、ていうかさ……」


 雨宮はそこで言葉を区切る。

 ん?と思いテレビから目を離し雨宮に視線をやると、雨宮は俺の部屋をじろーっと一周見やっていた。


「かげ君。部屋汚すぎ」

「え、そうか?」


 言われて俺も部屋を見渡す。


 アマゾンで頼んだ荷物の箱はそのまんまだし、そこらじゅうに大学の教科書や飲み干したペットボトルは散らばってるし、服も何着かほったらかしになっている。とてもじゃないが、綺麗とは程遠いのは間違いない。


 それを見かねた雨宮が、ほいっと立ち上がる。


「片付け手伝ってあげるよ」

「え、いいよ別に……」

「いいからいいから、こういう機会じゃないと片付けしないでしょ?」

「まあ、そりゃそうだけど」


 というわけで、部屋のお片付けが始まった。

 正直めんどくさいなーと思いつつも、雨宮の厚意を無駄にしないよう、俺も真剣に片付けに取り組んだ。

 荷物の箱を畳んで、散らばった服や教科書、ゴミを拾い上げ整理整頓。

 そんなこんなを十数分しているうちに、部屋はみるみる綺麗になっていった。


「おお、だいぶ綺麗になった。雨宮のお片付けスキルたけーな」


 適確に部屋を片付けるお母さん的な何かを俺が雨宮に感じていたところで、雨宮が部屋の片隅で固まっていることに気づいた。

 俺はその背中に声をかける。


「どした?」

「か、かげ君って……こういうの、見るんだ……?」


 ぎぎぎっと油の足りていない機械のようにゆっくり振り向く雨宮が手にしていたものは、俺がいつの日か購入したグラビア雑誌だった。

 もう捨ててしまったものかと思っていたが、どこかに埋もれていたみたいだ。


「ん?ああ、別に見るけど?」

「そ、そだよね……男の子だもんね。やっぱ、こ、こういうのが好きなんだ……へぇ〜……」


 と、何故か雨宮は自分の胸あたりを見ながらそう呟いていた。


 こいつ、なにしてんだ……?


        ✳︎ ✳︎ ✳︎


 部屋の片付けも済んですっきりしたところで、俺たちは映画を見ていた。

 最近話題のホラー映画だ。

 

 ホラーと聞いて雨宮は渋っていたが、いいじゃんいいじゃんと無理を通して二人で見ることに。

 

 雨宮は途中うわーとかきゃーとか悲鳴をあげては俺にくっついてきていた。それが面白くて俺は映画どころではなかったが、当の本人は至って真剣に驚いていたらしく、映画が終わる頃には汗だくで、少し息を切らしていた。


「どんだけ怖がりなんだお前」

「もう無理……2度とホラー映画は見ない、絶対……」


 はははっと笑う俺の一方で、雨宮はそう意思を強く固めていた。

 

 ただ、いい時間潰しにはなっただろう。

 はぁはぁ言ってる雨宮から時計に視線を移すと、時刻はもう21時を回ろうとしていた。


「だいぶ時間が経ったな。雨もまだ降ってるみたいだけど、電車はどんな感じだ?」

「うん、調べてみる。えっと……あ、もう動いてるみたい」

「そっか、どうすんだ?」

「え、あ、じゃあ……帰ろ、っかな……迷惑に、なっちゃだろし」

「別に迷惑ってことはねえよ、全然泊まっていっていいし。なんなら泊まっていって欲しいまである。雨宮といるの楽しいし」

「そうなの……?じゃあ、まあ、そこまでいうなら、泊まってあげなくも、ないけど」


 そう言う雨宮の言葉は途切れ途切れで、視線が右往左往し、最後まで俺と目が合うことはなかった。


「なんだその上から目線は。まあおっけ、泊まるってことで。よーしじゃあ晩酌しようぜ。宅飲みっていうの?今からスーパー行って酒とつまみ買ってこよう、晩飯もまだだし、適当に済ませちゃおうぜ」

「う、うん!」

「よし決まりだ行くぞ!」


 いかにも大学生らしいノリで家を飛び出すと、近所のスーパーへと向かう。

 先ほどまでの豪雨はもう止んでおり、今はパラパラと優しい雨が降っていた。

 傘一本で二人、その小雨を凌ぎつつ夜道を歩いていると、ふと雨宮が口を開いた。


「そういえばさ、かげ君って普段ご飯はどうしてるの?」

「ん、そうだな……スーパーの惣菜とかよく食べてる、自炊とかできないし。あとは冷凍品とか、カップ麺にもよく頼ってるな。あとお菓子で済ませるなんて日もある」

「お菓子で!?……栄養偏ってるんじゃない?それ」

「栄養とかよくわからんけど、まあ腹満たせればいいだろう精神だな」

「だめだめな精神だね……」

「ほっとけ」


 ほんとは自炊とかできればいいんだろうけどな。時間はあっても、いかせんやる気がない。手間もかかるし、それならちゃちゃっと済ませられるカップ麺やら冷凍品やらに逃げてしまうのも無理はないだろう。


 むしろ、大学生の一人暮らしで、特に男子で自炊しているなんて人の方が少なそうだ。だから俺は全然だめだめなんかじゃない。

 

 そう内心自論を展開していると、雨宮が何か言いたげにこちらをちらちら見ていることに気がついた。


「どした?」

「あ、いや……えっと、夜ご飯、僕が作ってあげようか?」

「え、まじ?作ってくれるの?」

 

 ていうか作れるの?と思ったが、雨宮って所々女子っぽいとこあるし。さっきの片付けなんてもろ女子っていうかもはやあれはお母さんだったな。

 そんなところがあるから、別に料理の一つや二つ作れても違和感はなかった。


「うん、そんな大したものは作れないかもだけど」

「え、普通にありがたい」

「あんま期待はしないでね」


 と言うわけで、夜ご飯は雨宮が作ってくれることとなった。

 立ち寄ったスーパーで酒と適当なつまみ、そして雨宮が作ってくれるという料理の食材を買い揃えると、家に戻ってくる。


 時刻はもう9時半だ。

 友達が家に泊まるというイレギュラーな事態が発生していて晩飯を食い逃していたこともあり、腹はすっかりぺこぺこだった。


 俺が無意識にぎゅ〜っと腹を鳴らすと、雨宮は「すぐに作るね」と早速料理に取り掛かった。

 一応料理道具一式は実家にあった、もう使っていないものを持ってきているので自炊するには困らない。それと調味料も、自炊するようにと家から送られてきているので事欠かない。

 どっちも全然使ってないんだけどな。ごめん母ちゃん。


 雨宮は包丁を取り出すと、手慣れた手つきで食材を切っていく。

 

「なんか俺に手伝えることあるか?」

「大丈夫!かげ君はテレビでも見ながらゆっくりしてて!」

「んー、包丁気をつけろよ?」

「わかってるよー」


 言われた通りテレビを見ながらくつろぐことしばし。


 雨宮ができたよーと2品の料理を運んできた。

 一品目は青青しいピーマンとにんじん、そして細切りにした肉が炒められた料理、チンジャオロースだった。


「おお」

「野菜も取って欲しいからね」

 

 そして二品目。

 ほのかに焼き目がついたお米には、卵やベーコンが絡まっている。丸く形取られたそのてっぺんには、デコレーションのごとくグリーンピースが飾られていた。


「チャーハンだ……うまそう」

「どっちも簡単なものだけど、冷めないうちに食べて」


 簡単?俺からしたら難関なんだが。

 改めて雨宮の女子力って高いな、なんて思いつつも。


 いただきますと手を合わせ、さっそく料理に。の前に、買った酒を開け、二人でその缶を合わせた。

 ぐびっと一口煽り、ぐはーっと息を吐いたところで、チャーハンに手をつける。

 パクりと一口、むぐむぐと口を動かしている俺を、雨宮はちょっと心配そうな顔で見つめていた。


「うま……」


 俺がそういうと、雨宮の肩の力がふっと抜けた。

 どうやら、自分の作った料理が俺の舌に合うかどうかを不安に思っていたらしい。


「よかったー……」

「え、まじうまい。雨宮って料理得意なんだな」

「得意ってほどでもないけどね、たまにするくらい」

「へぇー……」


 実家でお母さんの代わりにご飯を作る、なんてことをしているのだろうか。だとしたらすごい親孝行だ。


 俺も迷惑かけてばっかじゃダメだよな……。

 今度実家に帰るときは何か手料理を振る舞えるよう、簡単なものでも1、2個作り方を覚えて行くか。


 あ、そうだ、あとで雨宮にチンジャオロースーとチャーハンの作り方を教えてもらおう。

 そんなことを考えながらぱくぱく食べ進めていると、ふと雨宮が何かを咎めるように「ん!」っと声を出した。


「こらー、野菜よけちゃだめだよー」


 雨宮は俺のチンジャオロースの皿を指さす。

 その皿の端には、おそらく野菜嫌いの俺が無意識によけていたのであろう、ピーマンの集合体があった。

 

 おわ……ピーマン嫌いすぎて体が勝手に。


 雨宮の言葉に、だって嫌いなんだもんと口にしようと思ったが、せっかく作ってくれているのだ。いくら嫌いな野菜といえど、それは失礼に値するのではないか、そう考え、端に寄せていた野菜を一気に口に放り投げた。


「うん、えらい」


 うん……苦い。

 ピーマンを水で押し流す。それを見ていた雨宮はくすくすと肩を揺らしていた。


 笑い事じゃないぜ全くもう……。

 そんなやりとりをしていると、二人とも料理を食べ終わったみたいだ。

 手を合わせて、ご馳走様と口にする。


「いやー、うまかったな」


 それにしても、久しぶりに人の手料理なんて食べた気がする。


 年末年始や長期休暇の時は実家に帰るから、別に母親の作った料理を食べることくらいはあるけど、それでも一年に一、二回だし、もう誰かの手料理を食べるなんて半年以上ぶりだった。それが母親以外のものともなると、もやは初めてかもしれない。


「でも、ちょっと量少なかったね。買ったおつまみ食べよー?」

「おう、まだ酒もあるしな」


 そう言って晩酌が始まった。あたりめだとかチータラだとかのつまみを肴に酒を飲み、談笑を交わす。

 酒が入っているからか、その話の内容はいつもより花が咲いていた。


 そういや、こうやって雨宮と酒を飲むことってあんまりなかったな。たまにご飯食べに行ったりすることくらいはあったけど、飲みって感じのことはした覚えがない。

 だから知らなかったが、雨宮はあまり酒に強い方ではないらしい。むしろ弱い方なのか、缶一本飲み干した頃には顔が真っ赤になっていた。


「大丈夫か?酔ってる?アルコール4%の1缶だけだけど……」

「ふぇ……?大丈夫だよ、酔ってないし……」


 その言葉とは反対に、雨宮の目はとろんとしていた。


 あー、これは確実に酔ってますね。

 え、てか酒弱すぎだろ、4%缶一本で酔うってどんだけ弱いんだよ。


「酒弱いなら弱いって先言っとけよ……」

「弱くないってー!ほら、もう一本飲もう?」


 雨宮はもう1缶開けようと酒に手を伸ばすが、これ以上酔わせるとどうなっちまうかわからないので、俺はその缶をすっとこっちに引き寄せる。

 飲もうとしていた酒を奪われた雨宮は、ぐあ〜っと、声にもならない声を上げながら、机にぐたっと倒れ込んだ。


「やめとけ……」

「んー、別に大丈夫だよ〜……」


 どこも大丈夫ではない。酒に弱い人間ほど酒には注意するべきだ。

 たった一缶でこの様ともなると、あと一缶も飲めばきっと酔い潰れてしまうだろう。なんなら急性アルコール中毒になる可能性すらある。

 そんな事態は御免なので、雨宮には悪いがお酒はここで打ち切りだ。


「まだ飲めるのにぃ〜……」


 雨宮は涙声をあげながらじたばたしていたが、水を出してやり、「はいはいわかったよ」と宥めていると、しばらくして、すーっと寝息を立て始めた。


「え……寝た?」


 おいおいマジかよどんなところで寝てるんだこいつは。しかもそんな一瞬で?睡眠薬でも入ってたのかと疑いたくなるレベルの入眠の早さ。俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 

「ったく……」


 これから雨宮と酒を飲むときは要注意だな。というか、ここまで弱いんなら飲んじゃダメなレベル。家だからよかったけど、居酒屋かなんかで急に寝られたらそれはそれは困っただろう。


 仕方ねえな、と思いつつ、俺は毛布を背中にかけてやる

 はぁとため息をついてから時計に目をやると、時刻は22時を回っていた。

 雨宮はもう寝てしまったが、俺的にはまだ寝るには早い時間帯だ。


 まだ残っている酒を飲みながら、少し音量を下げたテレビ画面を見る。たまたまつけていたチャンネルでは、なにやら恋愛リアリティーショーとやらがやっていた。


 男女数名のリアルな恋愛模様を描いたドキュメンタリー番組だ。その番組をなんの気無しに、つまみを口にしながらぼーっと眺めていた。


 うん……つまんねえな。チャンネル変えるか。

 そうリモコンに手を伸ばそうとしたところで、ふと甘い声がした。


「ねぇ……かげ君」

「……」


 雨宮がそう口にする。

 起きてたのか、それとも寝言か?


「なに?」


 問うと、雨宮から反応が返ってきた。

 やっぱり起きているみたいだ。


「かげ君ってさ……今、恋とか、してるの?」

「……恋?」


 なんで急にそんな話を?と思ったが、多分今やってる恋愛リアリティショーに引っ張られてるみたいだ。

 画面は見ていなくても、おそらく耳でその内容を聞いていたのだろう。


「どうだろうな。今は、してないかな」

「ふーん……。昔は?」

「昔な……うんー、恋っていう恋はしたことないかも」

「へ、へぇ……彼女とか、いたことあるの……?」

「ないな。欲しいとは思うんだけど、誰かを好きになるってこともなかったし」

「そう……なんだ」


 そこから会話が途切れる、かと思いきや、数秒間を開けて雨宮がまた口を開いた。


「じゃあ、どんな子が好きなの?やっぱ、胸の大きい子……?」

「え、なんで胸?いや、胸とかどうでもいいし、タイプっていうタイプもあんまないけどさ……」

「……つまんないのー」


 自分で聞いといてつまんないって……。まあ、つまんないこと言ってる自覚はあるからいいんだけどさ。

 

「てか、そういう雨宮はどうなんだよ。今彼女とかいるの?」

 

 聞き返すと、雨宮は突っ伏したまま、ふるふると頭を振った。


「いるわけないじゃん……」


 いるわけなかったみたいです。

 なんでそんな当たり前みたいな言い方なんですかね。


「じゃあ、どんな子がタイプなんだー?」

「うんー……、かげ君みたいな人、かな……」

「はぁ?」


 俺みたいな人?男勝りな女の子が好きっことか?

 へぇ……雨宮そういうのがタイプなんだ、なんか意外だ。


 でもまあ、女子っぽい雨宮からすると、男っぽい女子に魅力を感じていたりするんだろうか。それはそれで、確かにお似合いそうではある。


「……それで言うなら、俺は雨宮みたいな人、結構好きだけどな」


 女子力高いし、料理もできる。生真面目でいい奴だけど、決してつまんない奴じゃない、ちゃんと面白いところもあるし。一緒にいて楽しいと思える。


「もし雨宮が女子だったら、多分とっくに好きになってたかも」


 俺は笑いながらそう言うが、雨宮からの反応はなかった。


 また寝ちゃったのか。

 酒が入っているということもあり、多分結構恥ずかしいことを言ったし、別に聞かれてなくたっていいんだけど。


 俺は小さくため息をつくと、立ち上がる。

 まだ早いけど、もうやることもないし、話し相手も寝てしまった。

 俺も寝るか……。


 適当に歯を磨いて後片付けをしてから、寝ようとして、まだ机に突っ伏している雨宮に一応声をかけておいた。


「そんな格好で寝てたら腰悪くするぞ」


 つっても、ベッドは一つしかないから他に寝る場所があるってわけでもないんだけど。


「あれだったら、ベッド、入ってきてもいいからな」


 そう言うと、俺は部屋の照明を落とした。


「おやすみ」


        ✳︎ ✳︎ ✳︎


 ことり、と食器のようなものを置く音で目が覚める。 

 うん……?と寝ぼけた頭で起き上がると、何かいい匂いが鼻を刺激した。


 目を擦って匂いの発生源の方を見てみると、テーブルには目玉焼きとベーコンが乗ったお皿が置いてあった。

 ぼーっとそのお皿を見ていると、奥の方から雨宮が出てくる。

 

「あ、起きた?おはよ。昨日買った食材のあまりで朝ごはん作ったから、よかったら食べて」

「あ、ああ……おはよ」


 朝食なんて作ってくれたのか。なんて女子力が高いんだ。

 ていうか、酔いは覚めたのだろうか。


「雨宮は大丈夫なのか……昨日、結構酔っ払ってたろ」


 ベッドから降りて、テーブル近くのクッションに腰を落とす。

 すると、雨宮も同じくクッションへと腰を下ろした。


「うん、全然平気。ていうか、酔っ払ってなかったし」

「酔ってたろ……途中寝ちゃったしよ、机で」


 言いながら、作ってくれた朝食をもぐもぐと食べる。

 

 うまい……。

 一人暮らしを始めてからは朝食を取ると言う習慣がすっかり無くなっていた。大学のある日はぎりぎりに起きるから朝食を取る時間ないし、休みの日は昼まで寝てるし、だから物珍しい。


 雨宮も自分の作った朝食に手をつける。


「いつ起きたんだ?」

「ついさっきだよ」

「ちゃんと寝れたのか?つかどこで寝た?」

「床で寝たけど、ちゃんと寝れたよ?」

「ベッド入っていいって言っといたのに」


 やっぱ聞いてなかったんだな。

 まあ、カーペットは敷いてあったし、別に寝られないこともなかったんだろうけど。

 

「てかさ、かげ君」

「んー……?」

「昨日言ってたの、ほんとう?」

「昨日言ってたのって?」

「あの、雨宮が女だったら、好きになってたって……あれ……」


 言われ、手が止まる。


「……聞いてたのかよ」

「うん……」

 

 起きてたのか、てっきり寝たもんだとばかり。

 

「まあ……ほんとだよ。真面目でいい奴だし、でも面白いところもあるし。女子力も高いし。何より一緒にいて楽しいって思える。女子だったら、本当に、多分本気で好きになってたと思う」

「……」


 それを聞いた雨宮は無反応だった。

 なんか言ってくれよ恥ずかしい……と視線を送ると、雨宮は顔を赤らめていた。


「へ、へぇ……じ、じゃあ。もし僕が今、本当は男じゃなくて、女でしたーって言ったら、ど、どう思う?」

「どうもなにも、そりゃやべーなって思うけどな。だとしたら男女で一夜を共に過ごしちゃったわけだし……てか、こんなもしも話に意味はないだろ」


 俺がそう言うと雨宮は立ち上がり、なにやら自分の鞄を漁り出した。

 なにやってんだ?と朝食をもぐもぐしながら見ていると、戻ってきた雨宮はテーブルに一枚のカードを置いた。


「……もしもじゃない。性別のところ、見て」


 雨宮が持ってきたのは保険証だった。

 なぜこんなものを今……。

 

「ん?」


 言われた通りに性別表記のところを見る。

 「男」と書いていなければならないはずのそこには、なぜか「女」と記されていた。


「誰の保険証?これ」

「ぼくの……」


 名前を見るが、雨宮雫。

 確かに、今目の前にいる彼の名前だ。

 生年月日と照らしわせても、これが雨宮のものであることは間違いない。


「え、どゆこと……?」


 なんで雨宮の保険証に『女』って書いてあるんだ?

 その真意を問おうと顔を上げると、雨宮は不機嫌そうに、そして少し悲しそうな、切なげな表情を浮かべていた。

 

「かげ君のばか……女だよ、僕……」


 ふぇぇぇえ……??


        ✳︎ ✳︎ ✳︎


「なんで今まで言わなかったんだ……」


 俺はベッドに寄りかかり、天井を見つめながらそう言った。


 まさか、男だと思っていた友達が女だったとは。

 雨宮のこれまでの挙動を考えても、確かに怪訝に思う点は多々あった。

 

 一緒にトイレに行ったことはなかったし、昨日、俺の目の前での着替えを拒んだのもそれが理由だったのだろうと考えれば辻褄が合う。それに加え、保険証の性別表記とかいう確固たる証拠の提示をされては、俺も認めざるを得なかった。


「だって、かげ君最初っから勘違いしてたし。僕のこと完璧に男だと思ってたし。言うタイミングとかなかった……」

「馬鹿かよ……無理矢理にでも言うべきだろ……」

「だってだって……男だと思ってるから仲良くしてくれてたんだろうし、女って言ったら、友達でいてくれなくなるかもって思って……。初めての友達だったから……」

「まじか……信じられない……」


 俺はあまりの衝撃に頭を押さえる。


 背丈は確かに、男にしちゃ低い方だけど。顔が中性的で、整っているからこそ性別の見分けがつかなかった。

 なんならちょっとキリッとしてて男寄りであったし、髪型からもあからさまに女子ってわかることはなく、男子にしてはちょっと長いかなって感じる程度。女子にしちゃ相当短いはずだ。

 服装もそうだ。スカートとかなんだとか、THE・レディース物を雨宮が着ているのを見たことがない。いつもシンプルな服装で、下はズボンばっかりだった。そういった服装からは男子を思わせる。

 それに、男子にしてはちょっと高いが、女子にしてはちょっと低めだと感じるほどの微妙なラインの声も相まってか、色々と考えた挙句、俺の脳内CPUは完全に雨宮を男だと認識していた。

 あと、胸もないし……。多分最後のが一番でかいかもしれない。雨宮のはでかくないんだけど。


 と、そんなことを言えるはずもなく、ただ黙っていると、雨宮はまだ疑っていると思ったのか、


「まだ信じられないなら、証拠……見せるけど」


 と、ゆっくりとズボンへ手を伸ばした。


「いやいい、それはダメな気がする。倫理的に。いや、うん、ダメだ。絶対に」

「じゃあ信じてよ……」

「信じてるさ……ただ、ちょっとびっくりしてるだけだ」

「鈍感すぎなんだよ……ばか」


 俺以外の者は雨宮が女子だとわかっていたのだろうか。

 一目見ただけでは女子だとは分からないはずだ。だから俺が鈍感だとか、そんなことはないと思うんだが……いや、そんなことよりも、これからどうしていけばいいのだろうか。

 男だと思っていたから、俺は雨宮と気兼ねなく接することができていた。それが女とわかっちゃ、どう接していいのかもわからなくなってしまう。

 それは雨宮も同じことなはずだ。さっき、女だと告白したら俺が仲良くしてくれないかもと言っていたように。

 なら、なぜこのタイミングでカミングアウトをしたのだろうか。別に俺が気づいたわけじゃない。あっちから言ってきたのだ。黙っていれば、きっと一生気づくこともなかっただろう。


「ていうか、なんでこのタイミングで言ってきたんだ……」


 俺はその真意を問う。

 すると、雨宮は麺を食らったかのように少し驚いた顔をしたのち、気恥ずかしそうに視線を右往左往させる。


「それは、えっと……かげ君が、僕が女だったら好きになってたとか……そんなこと言ってくるから……」


 ごくりと唾を飲み込む音が聞こえてくる。雨宮は、どこか緊張している風だった。

 ちなみに俺も緊張してる。目の前にいる男友達が急に女に変わるとかいう訳のわからん事態にドキがムネムネしている。


「好き、なんだよね?僕のこと」

 

 女であるとわかったなら。昨日の俺の言葉が本当であったのなら、俺は雨宮のことが好きであるはずだと、それを確認してくる雨宮。


「まあ、そうなる、な……」


 こくりと頷くと、雨宮は安心したかのようにため息をついた。


「そっか……僕も好きだからさ、かげ君のこと」

「そう……え、え!?」


 ちゃんと聞こえてはいたのだが、耳に入ってきた言葉がちょっと予想外なものだったため、聞き間違いじゃないかだけを確かめるべく、今なんて?と目線で問うと、雨宮はかーっと顔を赤く染めた。


「っ……2回も言わせないでよ……」

「お、おう……ごめん」


 赤面した雨宮の顔を見て、つい謝ってしまう。

 なんかすごいさらっと告白されたんだけど……え、好きってlikeの方じゃないよな?この話の流れと雰囲気的に。僕も、って言ってたし。

 ていうか、その前に俺も雨宮に告白しちゃってるし……。昨日の時点でそれを言った相手は俺の中では男であったわけだし、てんでその気は無かったのだが、女であると言う前提が露呈すると、あの言葉は正真正銘の告白に変化してしまう。

 なんだ、このアハ体験的な告白の仕方は。新しい告白の仕方?みんなも是非試してみてね!……いや、試せるような状況はかなりレアケースだろうな……。

 そんなことを考えている間も、部屋はずっと静かなまま。二人とも黙っているだけだった。

 今更だが、知らず知らずのうちに女子に告白してしまったという事実を目の当たりにし、俺の緊張はマックスに、鼓動が高鳴る。

 雨宮も先程のさらっと流れるような告白に恥ずかしさや緊張を覚えているのか、服の上から胸を押さえつけていた。


「あー……、えっと、雨宮、俺のこと……好きなんだ?」


 何かを言おうと言葉を絞り出す。

 率直な感想を言っただけなのだが、雨宮はふしゅーっと頭から煙が出ちゃうんじゃないかと思うほどに顔を赤くすると、ビシッと俺を指さして言い募る。


「で、でででも!最初にこ、告白してきたのはそっちだからね!?」

「告白って……!い、いや……!俺は雨宮が女だなんて知らなかったから、ふざけて言っただけで」


 途端、雨宮の表情が曇った。


「え、ふざけて言ったの……?じゃあ、好きじゃないってこと?」

「あ、……いや、あれは本音だ」

「そっか……よかった」


 ぱぁっと雨宮の表情は輝きを取り戻す。

 ほぅっと小さく息を吐くと、微笑を湛えた雨宮は遠慮がちにちらと俺のことを見た。

 

「じゃあ、ちゃんと両想いだね……」

「そ……そうだな、確かに、そうかもな……」


 うわ、なにこれやばい……超ドキドキするんだけどこれ今どういう状況?

 事の展開が予想外の方へと向かっていることに緊張を覚え、俺はつい視線を逸らしてしまう。朝日に照らされたカーペットをじっと見つめていると、雨宮がわざとらしく咳払いをした。


「な、なに……その曖昧な反応」


 顔を上げると、雨宮はむっと少しお怒りの表情だった。

 どうやら、俺の誤魔化すような相槌が気に食わなかったらしい。


「いや……なんて言っていいかわかんなくて。びっくりだし、その、好き、だなんて……」


 なんて言えばいいか分からずしどろもどろ。

 こ、こういう時なんて言うのが正解なの?教えて神様!しかし、神様は教えてくれない。自分で考えろってか……。

 俺が神様による無言の啓示を噛み締めていると、雨宮が口を切った。

 優しい声音で、儚げな笑顔を浮かべながら。


「好きだよ……僕は。かげ君のこと」


 真正面から言われ、俺は言葉を失ってしまう。

 一方で、雨宮はなおも続けた。


「僕のこと男の子だと勘違いしちゃう鈍感さはどうかな?って思うけど、それ以外は全部好き。……いや、その鈍感さももはや好きかも」


 雨宮はふふっと微笑み、過去のことを思い返しているかのような遠い目で床を見つめていた。


「かげ君の昨日の言葉、すごい嬉しかった……」


 そして、現在のことに目を向けるかの如く、雨宮は俺の目を見つめる。

 俺も、逸らさずにその目を見ていた。


「そっか……」

「うん。でもさ、僕まだ……ちゃんと、好き、って……言ってもらってないんだけど……」


 そう、ジト目で見つめてくる。


「え、いや……それは流石に恥ずいって言うか、なんと言うか……」

「僕は言ったのに……?超恥ずかしかったけど?」


 自分も同じ思いをしてるんだからお前も言え、と言わんばかりにアピールをしてくる。

 い、いや……と一応渋るが、雨宮はずっと無言のアピールをしてくるだけだった。これは言わないと、先に進まなさそうだな……。


「雨宮、……」


 そして、俺は改めて口にする。

 言い淀んでいただろうが、確かに言った。


 その瞬間に、多分変わった。

 男から女へと。

 そして、友達から恋人へと。


 大きな変化が二つあった日だった。

じれったい……。


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[良い点] ぁぁぁあぁ…しみるぅ…
[良い点] 後半の掛け合いがリアル感あってよかった。 いかにも青春の一ページっぽくてよかった。
[良い点] 良きだねぇ
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