魔王の肖像編 第七話―孤軍―
自らの意思で繰り出した蹴撃が、鈍音と共に魔族に減り込んだ。受ける反動で折れ曲がる肉体と、口から吐き出される苦鳴を睥睨し、イーサンは黄金の瞳を眇める。
「……どうした?その程度か?」
「くっそがぁ……!!」
醜悪な相貌に似つかわしい悪態が魔族の口から放たれても、イーサンの表情に変化はない。好戦的でも、挑発的でもない、嘲弄や憎悪すらも、ない。
無様に頽れる魔族の体躯を、ブラッドレイ家当代当主の冷徹な眼差しが射抜いた。
精霊使いが契約精霊の力を借りて行使する精霊術は、大別して二つ。一つは物体に精霊を憑依させ、その物体自体に精霊の持つ属性の力を宿す“憑装”。宿す物体が武具である事が多いのは、精霊の力が宿る事で武具そのものの攻撃力や防御性を高める効果が付与出来るから、なのだという。が、そんなもの三日月に言わせれば、低能の無い物ねだりだ。契約精霊の具現化する武具を扱えない、武具の具現化が不可能な低劣な者共が、愚かにも羨望と憧憬を抱いて形だけを繕うかの様は見ていて本当に滑稽である。
もう一つは“憑操術”。こちらを行使出来るのは、精霊使いの中でも更に一握りの者達だけ。精霊使い自身の肉体を器として契約精霊に提供し、その支配権を譲渡する事で、憑依した精霊が精霊使いの身体を操り自らの力を実体化出来るこの精霊術は戦闘は勿論、戦闘以外にも様々な効果を発揮する。
本来、属性の力の行使とは、対精霊戦にてその真価を発揮する。何故ならば、精霊には肉体が無いから、だ。
肉体を持たない精霊相手の戦闘に於いて、唯一有効な攻撃手段。それが精霊術である。寧ろ、それ以外の攻撃は無効であると断言してもいい。しかし実体を有する双魔は、その唯一には当て嵌まらない。正直なところ、人間達の扱う農具や工具、端的に言えば拳による殴打、蹴撃等も有効となる。そもそも、如何に属性の力が宿っているとは言え、憑操術の下位に位置する憑装は特別な道具等ではなく、人間達の武具である。最も、矮小な人間は肉体も脆弱であり、例え通用すると解ってはいても双魔相手に肉弾戦を挑む者等、それこそ愚者と呼ぶに相応しいが。
精霊使いが契約精霊の力を借りて精霊術の行使に拘るのは、属性を伴う攻撃に対処、対抗する為。掟霊解放を会得している精霊使いなら尚更である。どんなに強靭に鍛えあげても限界がある肉体ではなく、どんなに強固に鍛造しても摩耗や劣化の生じる道具でもなく。属性の力を具現化した武具は、それだけ絶対的な存在なのだ。携行に難儀する、という事もない。
だが、面前の男はどうだ。精霊が憑依しているというのに繰り出される攻撃は手刀、もしくは蹴撃で、一向に武具を具現化しない。
重なり合う小柄な老婆の姿は、相手が憑操術を行使している事の証明。しかし、その精霊が精霊術を世界に具現化し、戦う為の手段である武具の顕現――精霊使いが“掟霊解放”と称する術を、老婆の容姿の精霊は行使していない。馬鹿にしやがって、と、更に三日月の苛立ちが募る。
己の攻撃が一切相手に届かぬ事も、三日月の焦燥に拍車を掛けた。爪牙は悉く回避され、一撃どころか身に纏う衣服にすら掠りもしない。
「……んの!人間風情がぁッ!!」
迸る罵声に追随して、白虎が咆哮する。どれだけ挑発しても口汚く罵っても、感情も表情も変動しない。気に食わない。不愉快が加速する。呑まれている、という自覚も無いまま三日月の、人型の側頭部を抉るかのように叩き込まれた膝蹴りに揺さぶられ、体躯は衝撃に跳ね飛ばされた。
「……はッ!?」
崩された体勢を立て直す暇等与えない、と言うかの如く、白虎の腹部に再度の攻撃が減り込んだ。鈍音の直後に届いた鈍痛と反動に、屈折した肉体からもう何度目とも知れぬ苦鳴が洩れる。
「……どうした?その程度か?」
惨めに這い蹲って呻く等、三日月の矜持が許さない。が、激憤に昂る本能とは裏腹に、打撃を受けた肉体は意思に反して大地の抱擁を受け入れた。自身を睥睨する怜悧な眼差しに触発され、憎悪と殺意を滲ませて叫ぶ。
「くっそがぁ……!!」
自身の口を衝いて出た悪態に、不快感が増加する。油断と慢心という二つの単語が三日月の脳裡で渦を巻き、金剛の放った言葉を体感する、という状況が、更なる嫌悪の感情を産み落とす。
歴代最強を謳われていても、所詮は人間。如何に精霊使いとはいえ魔術を行使するまでもなく軍配はこちらに上がるだろう。厳めしく、感情の起伏に乏しそうな、もっと明け透けな表現をすれば陰気そうな男の相手なんて、酷い貧乏籤を引いたものだと短慮した過去の己を罵ってやりたい。引いたのは確かに貧乏籤だ。それも、飛び切り悪辣な。
追撃に落とされる踵が、白虎の巨体ではなく大地を穿つ。驚愕の表情を拝めないのは癪だが、相手が魔術に掛かった事を確信し、三日月の口元が愉悦を描く。
「――聞いたなっ!」
無防備に立ち尽くすイーサンの背に、白虎の鋭爪が伸ばされた。
「興醒めだ」
「同感だ」
「閉幕としよう」
「然り」
御三家の一角ヴァレンティン家当主の実弟にして、神殿を預かる司教、ウィリアム・ヴァレンティン。その契約精霊の属性が“水”であるという事は、瑪瑙が全身全霊で以て仕える主君との一戦で知れている。だが、自身と同属性という事に高揚していた精神は、今や完全に平坦を過ぎて下降の一途を辿っていた。
開戦と同時に発生した白霧は拍子抜けする程呆気なく、瑪瑙の水弾に対する盾にすら成り得なかった。続けて放たれた漣も、正しく小波と称するが相応しく、瑪瑙の心身に何らの異常も来さない。水とは全てのものの根源。千に万に変化する水を使いこなせず、その特性も生かせずして何が水使いか。
瑪瑙が掲げる右手の先。中空に集結させた水が、徐々に巨大さを道連れにその粘性を増していく。瑪瑙の魔力を練り込んで温度と粘度を自在に操り創造した水の球体。絶対堅固を誇る牢獄は、瞬きの間に司教の身体をその胎内へと呑み込んだ。
「――!?」
揺蕩いながらも流動し、世界と水中とを隔絶させる水中牢獄。囚われた司教の双眸が、驚愕に、恐怖に、見開かれる。
「無駄な足掻きだ」
「暴れれば暴れる程に」
「その牢獄は」
「強固となる」
捕らえたという事実に因って仄かに昂った情感から、普段は閉ざしている瞼を開く。映る視界で相手を見れば、事態を好転される為か司教は手にした長杖を振っていた。が、粘度を高めた水牢の中では抵抗等全て徒労に終わる。
水属性唯一の難点は、氷結が不可能だという事。水属性とは似て非なる“氷”属性の特性こそ、氷結であるからだ。故に瑪瑙の魔術では相手を捕らえる水牢を凍結させて、永劫閉じ込めておく事は出来ない。だが、このままでも効果は十二分に発揮されるであろう事は疑い無い。この男の見目は悪くない。澄んだ紫水晶の如き瞳が死という終焉に因って濁るのは惜しいが、美しい屍蝋なら観賞用としては申し分ない。
「……ッ、……!」
ごぼり、と。開いた口から、気泡が逃げる。杖を握った指先が弛緩し、脱力した肉体はやがて、意識を――果ては生命を喪失して水中を漂うだろう。
「他愛ないな」
「所詮は人の身」
「このまま緩やかに」
「死を授けよう」
敬愛する王と、虜囚と化した眼前の男との一戦。互いに抗し、消すか消されるかの間柄である水と炎の対決は、命令を受けた一番の術に因り司教の死という終局を成して幕引きとなった筈だった。
が、事実ウィリアムは生還し、怪我も後遺症も無く瑪瑙との戦闘に臨んだ。これは如何なる事なのか。
興味と、知的好奇心。食指が動かないでもないが、賜ったのは抹殺。この王命は絶対だ。
如何なる精霊術を行使してジュディスの炎から逃れたのかは不明だが、人間の肉体とは脆弱なもの。こうして呼吸を阻んでしまえば、いとも容易く身体機能は停止する。
「『――“戯”』」
「がッ!?」
勝利の愉悦に微かに綻ぶ相貌が、驚愕と苦痛に彩られた。大地を踏み締めていた四脚が切断という別離に強制されて、支えを失い傾覆した巨羊の体躯が鈍音を伴侶に大地へ落ちる。
水牢に縛められている筈の司教が、具現化した長杖を片手に立っていた。陽光に輝かんばかりの白の法衣が、一陣の風に翻る。
「馬鹿な」
「いつから」
いつも何も、と、ウィリアムの口元が弧を描く。
「初撃からキースの術中だ」
「『“白竜杖”……“細小波”』」
大地を踏み鳴らす相手の仕草に突進を推測し、視界を染めて、更に思考能力を奪う精霊術をまずは発動させた。小手調べ、の意味もある。
白く揺蕩う幕を貫き、球体状の水が撃ち出された事で、相対する魔族が己が契約精霊と同属性であると悟り、ウィリアムは即座に戦略と戦術を組み立てる。同時に“水”という属性に於いて、人間を効率良く殺害する方法が脳裡で幾つか候補にあがった。
水は恵みという名の生を齎し、同時に死という畏怖を与える。僅かな間隙も障害とせず、巨巖すら穿ち、時には全てを押し流す。正に千変万化の特性を有し、状況に応じて幾多にもその姿を変化させる。
――……硬質化して貫くか、はたまた刃を成して切り裂くか……――
もしくは、最も正統と言える溺死か。
他にもまだ候補はあるが、導き出した可能性の攻撃に柔軟に対応し、尚且つ隙を作っての反撃も可能な精霊術の行使をウィリアムは決断する。
「……映すは水鏡、映るは幻影……キース」
「『“潦”』」
応えたキースが長杖の底部を大地へと接触させれば、接地した杖を起点として漣が発生する。小さな波紋は緩やかに、しかし確実に広がりを保ち、対峙する魔族の足下へと到達した。
「『掛かりましたね』」
漣との接触は、行使する術の発動条件。消えた波紋を疑問に思う暇すら、既にキースの手の内だ。
相手の意識が切り替わった証左は、瑪瑙と名乗った巨羊型の魔族から放たれた攻撃が証明する。人間等容易に内包出来る程に巨大な水の球体は、ウィリアムの肢体を掠める事無く何も無い中空を揺蕩っていた。
「無駄な足掻きだ」
「暴れれば暴れる程に」
「その牢獄は」
「強固となる」
――……溺死、か……――
何を視ているのかは知らないが、それでも経験上大方の想像はつく。
閉瞼していた筈の魔族の両眼には、様々な縞模様が揺らめいていた。閉ざされた瞼の様子からキース同様盲なのかと考察していたが、どうやら違っていたらしい。
「他愛ないな」
「所詮は人の身」
「このまま緩やかに」
「死を授けよう」
勝利の愉悦に微かに綻ぶ相貌は、ウィリアムが死に瀕する幻影を視ているのだろう。攻め時かと判断した司教の契約精霊が、新たな術を行使して攻勢に転じた。
「『――“戯”』」
「がッ!?」
驚愕と苦痛に彩られ、大地を踏み締めていた四脚に切断という名の別離を強制する。傾覆した魔族の巨体が鈍音と共に大地へ落ちた。
「馬鹿な」
「いつから」
「いつも何も……初撃からキースの術中だ」
弧を描く口元に敢えての侮蔑と嘲笑を乗せれば、想定通り魔族から激昂が返される。
「おのれ……!」
「小癪なッ!」
手堅い勝利への布石とは、相手の油断や慢心……だけではない。それまで保っていた筈の優位性、その突然の消失は、思考を奪い、余裕を削いで、結果敗北を呼び込む焦燥を生み出す。
だからこそ、ウィリアムは冷笑を浮かべる。格下だと見下すように、抑え切れぬ嗤いを滲ませ、嘲弄という色彩を加えるかの如く。
「あまり吼えるな……、程度が知れるぞ?」
「お久しぶりですなぁ、陣代殿」
お元気そうでなによりです、と。
慇懃な口調と丁寧な仕草で一礼する、赤銅色の肌の魔族。巨大馬にも似た一角獣と、その背から生える人型という異形の名前は、当然オスカーの記憶に深く刻み付けられていた。
「これはこれは、満月殿……本日は孤軍のようだが……一体どういったご用向きかな?」
艶然と微笑み、シンクレア家当代当主を預かる男性に鷹揚に頷き、満月は告げる。
「ええ、雌雄を決しに参りました」
あの時。半ば無理矢理中断され、決め損ねた勝敗を今度こそ。軽薄な言動の裡に確固たる決意を滲ませた黄金色が、怜悧な光でオスカーを見据える。
「……成る程」
言葉を返し、警戒を怠らないまま、オスカーの脳裡で思考が廻る。魔族や魔物を、敢えて生物と類するのならば、その階級の圧倒的強者に位置するであろう魔族という種に、これ程までの忠義心を抱かせる存在。テオドール・シンクレアとは、魔王とは、一体どれ程の存在なのか。
咎人の間で語られた、初代シンクレア家当主の子の話。生まれた男児は双子であり、忌まわしい力を有した片割れはシンクレア家から放逐されている。双子のどちらが放逐されたのかは、テオドール自身の発言からも明白である。恐らくは、
――……我が兄上の後裔、か……――
放逐されたのは、即ち祝福者であったのは、双子の弟。片割れである兄は父である当主の跡を継ぎ、次代の当主となったのだとすれば。兄の血はユージーンやドミニクを経て、現代のセオドアまで続いているという事になる。それならば、テオドールがユージーンやオスカーに放った〝我が兄上の後裔〟という言葉にも得心がいくのだ。だが、だからこそ。
だからこそ大きな矛盾が生じ、オスカーは疑問を拭えない。精霊を見るという事が、その特異性故に畏怖の対象となる事は解る。忌まわしい力と呼ばれる事も。しかし、シンクレア家は精霊使いの家系である筈。御三家、等というある種称号に近しい呼び名は精霊大戦の戦績や功績の結果だとしても、だ。精霊使いの家系に生まれた祝福者を、精霊を見る事の出来る子を、忌まわしい力を有する子として放逐する等、そもそもおかしいではないか。
ではシンクレア家とは、いつから精霊使いとなったのか。
オスカー自身は、初代当主の記録を目にした事がない。故に燻り続ける疑問に対して、解答を導き出す事が出来ない。
それに、と、オスカーは思考を続ける。
咎人の間に侵入しようとしている、生き物ではない誰かの存在も気掛かりだ。向かったのであろうセオドアが、自分と同じように足止めを食らっている可能性も充分に考えられる。
「おやおやぁ、考え事とは随分と余裕ですなぁ」
「君の仕える魔王について考えていたんだ」
初代当主の記録。記された忌まわしい力。シンクレア家の本当の始祖。彼女と遺骸。魔王となった双子の弟。その関係性。
散乱する疑問は、魔物と魔族の――双魔の存在すら解き明かす為の鍵なのではないか。
「!」
唐突に湧き上がった、何の根拠もない臆測に目を瞠る。何故、そんな考えに思い至ったのか。
だが今は、と、臆測にオスカーは蓋をする。何故なら今は、眼前の魔族を斃す事こそ肝要なのだから。
「――ソフィア」
戦闘は、現在でも怖い。故にその恐怖を抱えて、オスカーはその身にソフィアを宿す。
私も怖いと、死にたくないと微笑んだ、愛しい女性の鮮烈な記憶。色褪せる事の無い眩い容姿が、オスカーの怪物を抱き締める。恐怖という名の鎧の上から。
肉体の支配権を契約精霊と交代した精霊使いが、掲げた右手を振り下ろす。闇属性のソフィアの精霊術は、陰影を自在に操るという力。時に拘束具よりも堅固に、真綿よりも柔軟に。そして、刃よりも鋭利に。
攻撃は威嚇でも牽制でもなく、確実に相手の肉体に傷を与える為の一撃だった。荒野の果てから魔物の軍勢を率いて襲来した前回に、人型の咽頭へ突き付けたのとは異なる。
だが、身の裡に湧いた臆測にほんの僅かに意識を逸らされていた事に、オスカー自身は気付いていなかった。
「……ッ!?」
その僅少たる意識の齟齬は一瞬の隙を生み、満月の一角から放たれた閃光に因って、オスカーの肩口に創傷という名の代償を齎した。眩む視界で反射的に押さえた手のひらに、じわり、と濡れる感触が伝わる。
――……光属性……――
その属性は対峙する者の視覚を奪い、肉体に切創や裂傷、熱傷といった外傷を与える。己が契約精霊とは、真逆の位置に置かれる力。
属性に於いて、相性の良し悪しといったものは存在しない。制約の多少こそあれど相対する属性に因って己が有利に、もしくは不利になる事はない。水は火を消すが、火もまた水を消すように、相反する属性のどちらかが一方的な蹂躙を許すという訳ではないのだ。
そしてそれは、光と闇もまた同様。火と水と同程度に正反対な属性として比較され、一見すると陰影を操る闇属性に軍配が上がると誤解され勝ちだとしても。確かに光は影を生む。生じた闇を変化させ、他者の陰影であったとしても使役するかの如く自在に操る闇使いの前では光等所詮無力であろう、と。だが属性の力とは、そんな単純な話ではない。
現に、己が影による襲撃と追尾を逃れた魔族は、オスカーを迎撃し肉体に損傷を加えたのだから。
幸い、出血は然程多くないらしい。精霊が憑依していた事もあり、傷自体が浅いのだろう。が、魔族は止血する間を待ってくれるような輩ではない。寧ろ今、追撃を仕掛けてこない事が不思議な程だ。
「……雌雄を決すると言っていた割に攻撃が浅いのは、一体どういう了見だい?」
一角獣めいた巨大な魔族に、あくまで艶然とした笑みを崩す事無く問い掛ける。当主としての矜持ではない。単なる仮面だ。
いやなに、と、満月が応えの言葉を紡ぐ。
「本気の貴方方と戦ってみたい、という事ですよ。小手先の術等行使せずに掟霊解放したら如何です?」
それは挑発等ではない。額面通り、シンクレア家当代当主の座を預かる陣代の、その契約精霊たるソフィアの実力を知りたいと、交戦したいと言っているのだ。
――……ああ、これは……少し厄介な相手かな……?――
初戦の軽薄な言動は、確かに眼前の魔族の本質の一面なのだろう。だが、全面ではなかった。あの時本物だと感じた忠義心、そして滲み出る重厚な気配は、唯々諾々と王命に従うだけでなく、全身全霊で以て下された命令を遂行し、完遂し、期待に応え、信頼を勝ち得ようという献身の表れ。更に武を争い合う相手に対して、本気が見たい等という発言。その裡に巣食う交戦の激情に、オスカーは傲慢ではなく誠実を感じ取る。恐らくこれこそが、満月という名の魔族の本質なのであろう、と。
自尊心が故に我が強く、そしてそれ故に傲慢な気質を宿す魔族。知能や感情、理性無き獰猛なる本能のみを孕み、秩序や統率に無縁たる魔物を唯一操り、軍勢と呼べる程にまで従える魔族。生態や棲息地、正体すら明らかになっていない高等種族。名称すらも自称の末に広まり定着させた、魔物と相似し、人間と似て非なる危険な存在。人語を解し、知性を有する高等種族を、絶対的に従え、否、自ら服従の意志を持たせる魔王。シンクレア家の、忌み子。
出口を見失い迷宮を彷徨うかの如く思考は巡り、オスカーの脳裡で回帰した結果、唐突にオスカーは理解した。
それこそが、双魔の宿業なのではないか、と。
自身に齎された解答。衝撃に硬直するオスカーに対し好機よりも不審に傾いた感情に因って、満月もまた動きを停止する。
恰も初戦の再現であるかのような奇妙な沈黙と膠着が、戦場の支配権を掌握した。
【魔王の肖像】
【肖像の裏側】
『おいチビ。ちょっと来い』
『チビじゃないもん!ティティーだもん!』
『あ?んじゃ、ちびすけ。ちょっと来い』
『ティティーだもん!!』
『……ンだよ、めんどくせェなァ……じゃあ坊主、こっち来い』
「え?あ、はい!……え?なんで?」




