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魔王の肖像編 第三話―精霊大戦 再―




「では次は」

「吾を頼む」

 巨大な羊の体躯の上で、静謐を孕み感情を削ぎ落とした男声と女声が、一つの口から洩らされた。

「主君が殺し損ねた司教」

「銀のヴァレンティン家当主の弟」

「その実力如何なるものか」

「是非見たい」

「愉しみだ」

「実に」

 交わされる男女の声による応酬。互いが互いのみを相手とした、奇妙な一人芝居めいた言葉の掛け合いを一瞥し、全然愉しいってカオしてないじゃん、と呟く三日月の声に、当然瑪瑙は応えない。

 が、そもそも割って入る気も無かった三日月は、望む相手を視る為に、希望者である瑪瑙を放って再度彫刻と化した。やがて求める相手の捕捉に成功するも、瑪瑙は変わらず独演劇を続けており、響く鈴の音色にすら反応しない。

 呆れ(がお)で、送るよ一、と発した三日月の声はどこかおざなりで、端的な表現をすれば雑だった。


「――次はこの老翁めの転移をお願い出来ますかな?」


 それは、生きた年季の長さを思わせる、重厚な声音。

 瑪瑙を呑んだ揺らぎは消え去り。訪れた静寂から、金剛がその支配を解き放った。

 金剛が望む対戦相手は《不帰之森》に座して動かぬ御三家の一角、銀のヴァレンティン家当代当主。 契約する精霊が創造、展開する狭間内部にて絶対的鎮座の姿勢を崩さぬ、精霊の森の守護者。

 《不帰之森》の別名は、塞、惑い、或いは不帰(かえらず)。そのどれもが、森林(もり)全体に張り巡らされたヴァレンティン家当主が契約精霊に因る狭間(異能)の故。創造主(あるじ)の許可無しには不可侵という森林全土に効果を及ぼす侵入禁止の効力は、(まさ)しく閉鎖と隠蔽に因って外敵を遮断する絶対防護の領域を展開する。

「アイツは森から出ないから、やっぱり手前に落とし、て……?」

 三日月の声が不自然に途切れた。白虎の額に煌めく眼が閉ざされる。一瞬の硬直の後、呟くように洩らされた声。

「……出てる……」

 何処から?等と訊くのも愚かしい。

「おや、引き摺り出す手間が省けましたな」

 やれやれ、と、金剛が大仰に肩を竦めた。発した言葉と相反する動作には、己の手で狭間から引き摺り出したかった、即ち一暴れしたかったのだという思惑が滲む。三日月の口から呻きが零れた。

「うげぇ~……」

「うげぇ~……とはなんじゃ若造が」

 何者に対しても紳士的で慇懃な口調も、相手が三日月となれば話が別となるらしい。渋面で舌を出す三日月に対する金剛の態度は、孫を叱る祖父であるかのようだ。

「ジジイはシュミが悪いって話。送るよ」

  若造に言われたくないわ、を残し、金剛の姿も呑まれて消える。留まっているのは三日月を除き、満月、柘榴、琥珀の三体。しかし、

「行クヨ、琥珀」

 翼を一度羽撃かせ、柘榴が琥珀の名を呼んだ。緩慢な仕草で頷いた琥珀が柘榴の傍らに這いずると同時に二体の、否、柘榴の影が意思を持つかのように揺らぐ。(それ)は粘性のある液体というよりも最早軟体の生物であるかのような動きで以て、寄り添う二体を包み込んでいく。

「三日月サンノ手ハ借リナイ」

 幼く可憐な相貌は、嫌悪に歪んでも尚愛らしい。

 柘榴もジュディスや三日月と同様、転移の異能持ちである。琥珀と共に術者である柘榴を内包した陰影(かげ)は、とぷん、と音を立てて沈み、二体の消失を代償にその場に静寂を齎した。

「……誰殺るかくらい言ってから行けよ……」

 別に視えるからいいけどさ、と。

 だが、二体の標的が満月と被る事はないだろう。何せ満月は王の面前でシンクレア家当主との再戦を望み、そして再戦(それ)許可(ゆる)されたのだから。

「えーと……、屋敷の中に居るみたいだけど?」

 シンクレア家当代当主を預かる陣代の姿を捕捉して、三日月が満月へ視線を向ける。交差した瞳から読み取れた、目の前と屋敷の前どっちがいい?に満月は答えた。

「では、屋敷の前で」

「じゃあ送るよー」

 間延びした声と共に、満月の耳朶を鈴の()が掠める。次いで、もう何度も体験している独特の感覚が、満月の全身を呑み込んだ。




 満月をシンクレア家に転移させ、三日月は己の異能――天眼によって先に消えた柘榴と琥珀の姿を視る。何も言わずに消えた二体は、誰の元へ転移したのか。そして、自身の相手は誰なのか。

「……げ、」

 余りモノでいっかー、等と、三日月は軽く考えていた。だがそれは、愉悦を何よりの是とする己にとって、少しも愉しめなさそうな相手であった。







 寝台に横たわる姉の隣で、テオドールは無気力に寝転ぶ。神殿の前で邂逅し彼女の容姿(すがた)を直接確認した時から、テオドールは姉の身体に施した魔術を一つ解いていた。

 肉体は魂魄(たましい)容器(イレモノ)。だから、テオドールが執着し、結果千年という長きに渡り現世に留まる事となったこの遺骸は魂魄の無い只の器で、単なる抜け殻だった。

 綺麗な世界を見せたくて。今度こそ、一緒に幸福(しあわせ)生き(なり)たくて。世界の浄化が完了してから、この肉体に唯一にして最愛である姉の魂魄を呼び寄せて、甦らせる筈だった。その為だけに、テオドールはこの肉体に執着し、そして魔術を施した。

 それでも、あの時のように(・・・・・・・ )動かない肉体(からだ)に堪えられなくて。テオドールは姉の肉体を自身の魔術に因って動かし、行動を共にさせていた。でも、今は……。

『――我が君、幹部を切り捨てるおつもりですか?』

 あれ程傍にいたのに、と、ジュディスの声音(こえ)が言っている。

 テオドールが気まぐれに名を与え、深い理由もなく選び取った、九体の魔族達。

「……勝手に傍にいただけだ」

「私も、ご不要ですか?」

 寂寥も、失望も。憎悪や憤怒すらも無い静かな問いに、テオドールは囁いた。

「……僕には姉上だけでいい……」







「……まさか、依頼先にアリシア嬢がいるとは思わなかった」

「……うん」

 アリシアが頷いた事で、結われた金糸のような髪がふわり、と舞った。相も変わらずその表情は無感動めいて、しかし、自身と同様の驚きが宿っているのだと、ユンは正確に把握する。

 シンクレア家の咎人の間にて、オスカーの契約精霊ソフィアの告げた言葉。


『魔王が軍勢を放つよ』


 場に満ちた緊張感から慌ただしい別れとなってしまったが、永劫の別離という訳ではない。古の精霊大戦が再び幕を開ける、となれば、近い内に再会や共闘の機会はあると思ってはいた。だが、再会があまりにも早過ぎる。

 各地で活発化した魔物の襲撃に、御三家といわず精霊使いに寄せられる依頼の数が増加した。故にブラッドレイ家に戻ったユンを待っていたのも、当然魔物討伐依頼の任務だった。しかし、討伐任務(そんな事)は想定の範囲内である。だから、当主である父、イーサンへ速やかに報告を済ませた後、ユンは依頼地へと赴いた、のだが。

「依頼の重複か……」

 珍しい事態(こと)ではあるが全く有り得ない訳ではないのが、魔物や魔族に対する討伐依頼の重複だ。

 街や村からの依頼であれば大抵は村長(むらおさ)街長(まちおさ)といった代表者が、独断、もしくは住民からの嘆願、或いは住民会議によって決定されて、依頼を出す。その(ほか)、家で所有する土地や森林(もり)で魔物の発生や被害が発覚した場合は、その家の当主が依頼を出す、という事もある。更に街の裕福な者が自身の潤沢な金銭を使用して……という事もあるのだが、これに因って生じるのが依頼の重複だ。

 この重複発生の理由に於いて、原因は二つある。一つは長が依頼を出していた事を知らず、土地の所有者や金満家が依頼を出して重複する場合。そしてもう一つは、長が依頼した事を知っているが、慎重を期して自費で依頼する場合だ。

「精霊使いのお方々(・・・)には申し訳御座いませんが、何分魔物の数が多いものでして……」

「左様。念には念を、という事です」

 ユンがアリシアと再会した今回は、どうやら後者だったらしい。街長らしい禿頭(とくとう)の老人と、ふくよかで血色の良い中年男性が、揃って丁寧に頭を下げる。だが低頭とは裏腹に、老人の眼差しには失望が、中年男性の瞳には嘲弄が色濃く浮かんでいた。

 あの御三家に依頼したというのに、こんな孺子を寄越すとは。大方そんなところだろう。毎回、という訳ではないが、身に覚えの無い視線でもない。最早怒りも屈辱も湧かず、ユンは淡々と依頼内容と実際の任務に差異がないかを確認した。




 やはり街長だった老人との会話を必要最低限に、現在ユンはアリシアと魔物の発生が確認された郊外の田畑へと足を運んでいる。

「……ああいうの、気持ちはわかるけど……やっぱりちょっとむかつく」

「?」

 それまで無言を貫いていたアリシアが、ぽつりと小さく声を落とした。

「依頼料を侮辱料で割り増ししてやりたい」

「それは少し面白いな」

 面白い。が、駄目だろう。だがしかし、言うだけならば確かに面白い。アリシアに同調するかの如く不満げに唸るアナスタシアが、どうやら見た目以上に怒っていたらしいとユンが気付いたのは、鬱憤を晴らすかのように魔物の群れを薙ぎ倒す様を見てからだった。




「『……(しま)いか?つまらん……』」

 足りぬわ、と。

 足りぬの前に〝暴れ〟が付くぞ。と言わんばかりの相貌で、アリシア()憑依(おろ)したアナスタシアが鬱陶しげに髪を掻きあげた。雪豹の体躯(からだ)であったなら、間違いなく不機嫌を尻尾で表していたであろう事は疑いないと、その仕草が主張する。

 ユン()憑依(おろ)したレイリィンの槍もそれなりの数を屠ったが、アナスタシアの短剣はより多くの魔物を倒減した。率いる魔族の姿も確認出来ない今回の任務は、正直アリシアとアナスタシアだけで充分だったであろう。街か個人かは最早どうでも良いが、結果として精霊使い一人分の依頼金を無駄に支払う羽目になったという訳だ。


――……だが確かに、あの発生数では不安にもなるか……――


 街長の証言の通りに、魔物の数は多かった。しかしユンも、恐らくアリシアにとっても、あの程度の数等何らの問題にもならなかったが。

「帰る。次に行かないと」

「ああ、そうだな」

 各地で魔物の発生が多発している。多発(これ)がソフィアの読んだ魔王の放った軍勢か否かを問うよりも先ずは、依頼に応えて魔物を討伐する事が精霊使いとしての義務である。

 屋敷に帰還すれば、きっともう次に赴く任務地が決定しているだろう。早過ぎる再会に比例する別れの早さだな、等とユンが胸中で独りごちた、直後。


 ――足下に付き従う影が、不自然に揺らいだ。


「――ッ!?」


 異常を覚った本能が自身の肉体を支配して、身体を空中に避難させるのと、影から翼の羽撃きが耳朶を打つのとが、ほぼ同時。

「ユン!」

 跳躍した此方を見上げたアリシアの瞳が驚愕に彩られる中で、ユンは己の影から顕現する二体の魔族の容姿(すがた)を捉えた。

「……アラ……?」

 周囲の空気すら切り裂く程の鋭利(するど)さで以て振り上げられた鎌状の脚は、標的を失い空を掻き、大地にざくり、と突き刺さる。

「……残念。避ケラレタ……」

 巨大な犬鷲の上半身に、蟷螂の下半身。犬鷲の胸部に埋め込まれた幼女の口から、独特の語調と抑揚を孕む愛らしい声が発された。

「大丈夫……!?」

 しなやかに身を翻し大地への帰還を果たしたユンの隣に、眉根を寄せたアリシアが駆け寄る。犬鷲と蟷螂とを歪に合成したかのような魔族の傍らに並ぶ、やはり巨大な芋虫型の魔族の異形に、アリシアの表情(かお)が微かに動いた。

「柘榴。どっち?」

 芋虫の頭部から伸びる幼子が、鷲に埋め込まれた幼女に疑問の声を投げ掛ける。幼子特有の高い声音で発された問い(それ)に、柘榴と呼ばれた魔族が(いら)えた。

「ユン・ブラッドレイハ、男ノ方……」

見レバ分カルデショ?と。

 自らの名が魔族の口から零れた事で、ユンの眼差しに剣呑な光が宿る。柘榴を映す黄金色が煌めきを増した。

「ユン・ブラッドレイ。陛下ガ貴方ノ死ヲ、オ望ミデス」

「フン……魔族が態々のご指名とはな……オレとの戦いをお望み(・・・)か?」

 口元を挑発の形に歪め、ユンは敢えて同じ口調で言葉を返す。

「……ねえ、柘榴。もう一人は誰?」

 両者の間に横たわる、ひりつきを孕んだ緊張感を拭い去る、睡魔に彩られた声音。憂鬱と怠惰を混ぜ合わせた表情で、芋虫の頭部で幼子が訊ねた。

「……アリシア・リー」

 芋虫型の魔族の問いは同族に対して発されたのであろうが、質問者に回答(こたえ)を与えたのはアリシア本人だった。

「――!琥珀が殺る」

 アリシアの名に反応を示した二体の内から、自らを琥珀と呼んだ芋虫型が進み出る。人形めいたアリシアの相貌が再び僅かに引き攣った事に、アナスタシアだけが気が付いた。

「申シ遅レマシタ。陛下二仕エシ五番ノ柘榴ト申シマス」

「九番、琥珀」

 柘榴の広げた翼が巨体を更に強調させる傍らで、蠢く琥珀がずるり、と這いずる。

「敬愛スル陛下ノ為……オ二人ノ生命(イノチ)ヲ頂戴シマス」

「――レィリィン……」

「……ナーシャ……」

「「掟霊解放」」

 臨戦の構えを見せる二体の魔族を正眼に据え、二人の精霊使いの口から契約主(あるじ)としての命令(めい)が静かに紡がれた。







 聖なる白樹の袂には、邪悪なる双魔は踏み入れられぬ。これは神話でも、伝承でもない。純然たる事実である。

 主人(あるじ)帰還(かえり)を待つかの如く不可思議な小屋の傍らで、静謐に佇む一本の古木。聖騎士団は歴代の団長を筆頭に、その周囲に広がる森林を聖域として代々守護してきた。

 しかし、その聖なる森林(もり)が今、二体の穢らわしい魔族によって蹂躙されている。少女と違わぬ容姿(すがた)を装う、揃いのドレスに揃いの装飾。髪の結い上げ方も揃えた、双子のような相貌の酷似。ニールにとって記憶に沈める事すら度し難い、蠍と蜘蛛の醜悪な魔族。

「……ルイ、イルハン」

 あの日、眼前の二体を滅せられなかった事を、二ールは心底悔いている。受け継いだ己の代で拠点に魔族の侵入を許し、使徒である騎士達を死なせた挙げ句、聖騎士団は壊滅。団長の地位にある自身は魔族の攻撃によって負傷し、そして今度は、聖域である森林(もり)ですら魔族に侵されているなんて。

 なんと無様で、なんと愚かしい事なのか。

「――此度の戦闘行為の目的は、侵入者である魔族の征伐……正義を執行する、この聖戦を御許し下さい」

「「御許し下さい」」

 跪き、祈請の言葉を決意と紡げば、ルイとイルハンも追随し、同様に(おなじ)言葉を口にする。

「我々聖騎士団に戦いを挑んだその愚かさを…… 今度こそ、自らの生命(いのち)浄化さ(贖わ)せます……共に戦って頂けますか?」

「無論です、団長」

「この身は何時(いつ)何時(なんどき)も兄さんと共に!」

「お兄様、ご武運を……!」

 エルシーを小屋の内部(うち)に残し。誇りある聖騎士団として、ニールは再度、二体の魔族と相対する。あの日の――夕暮れ刻には愉悦と嫌悪を浮かべていた二体の魔族の相貌は、今は憎悪一色に染め上げられていた。

「今度こそ死んで」

「決着つけよ?団長さん」

「ええ、僕も愚かな慢心は棄てて仲間と共に臨みましょう」

 硬質な光の双眸に宿る殺意を見据え、自身の聖霊に身を委ねながらニールは艶然と微笑んだ。







 《不帰之森》の精霊達に受け入れられた初代、フレデリック・ヴァレンティンの母、そしてフレデリックを含め歴代のヴァレンティン家当主が眠る霊廟は、現在御三家の一角たるブラッドレイ家当代当主イーサン・ブラッドレイの契約精霊シーラの異能である転移門が築かれている。

 ブラッドレイ家とを結ぶ転移門から、見知らぬ誰かが訪ねて来たのだと森林(もり)の精霊から報告を受けたアルフレッドは、その訪問者を迎える為に霊廟へと赴いた。

「御初に御目文字叶います、タニア・ブラッドレイと申します」

 本日はブラッドレイ家が当主、イーサン・ブラッドレイの名代として参りました、と。

 桃色の髪をきっちりと結い上げた藤色の瞳のご婦人は、優雅かつ、気品溢れる所作で以てアルフレッドへ礼をする。

 息子も此方でお世話になったそうで、と、礼を重ねるタニアの言葉に、アルフレッドは訪問者である婦人の素性を知った。イーサン・ブラッドレイの細君であり、ユン・ブラッドレイの母君である、と。

 当主の名代を名乗っての訪問という事に、形式上の挨拶もそこそこにアルフレッドは用件を問う。

「ええ、実は……、っ!?」

「――!」

 桜色の唇が、訪問の理由(わけ)を紡ぎ出す刹那。場違いな鈴の()が、アルフレッドの耳朶を掠めて響いた。

 自身に聞こえた鈴の音色(おと)がタニアにも届いている事は、その相貌を見れば明白で。

 互いが互いに異常を感じ取ったのだと、互いの表情から察した二人は、示し合わせたかの如く同一の(おなじ)動作(うごき)で閉ざされていた霊廟の()を開け放つ。


「――おやおや、これは……」


 御出迎え有難う御座います、と。

「陛下に仕えし四番、名を金剛と申す老翁(もの)に御座います」

 胸元に手を添え片足を引き瀟洒に一礼する様は、双肩に牛頭という異形を除けば、慇懃な老紳士であるかのような出で立ちで。しかし、隠された老翁の瞳の代わり――両極で露になる(まなこ)は、飢餓の(うえた)(ケダモノ)であるかの如く好戦的な眼差しに満ちている。

「御相手は森の守護者殿を希望致しましたが……はて、そちらの御婦人は?」

「……そう、覚えていないのね……」

 独白めいたタニアの呟きに、アルフレッドは金剛と名乗った魔族から隣へと視線を移し……、驚愕した。

 豊かな髭を蓄えた顎に手を当てて、世間話でもするかのような穏やかさで問うた魔族と相反し、タニアの相貌は仄暗く、藤色は峻険な煌めきを帯びる。

「……私も参戦させて頂くわ。まさか魔族である貴方が矮小な人間ごときに二対一は卑怯だなんて……、言わないわよねぇ?」

 驚愕。得心。怨嗟。憎怒。そして、憎悪。あらゆる感情に色を乗せたそれらが一斉に集約し、等しく統合された末に放たれたような、硬質な声音(こえ)。 それはタニアが、眼前の魔族と何らかの因縁があるのだという事実(こと)をアルフレッドに覚らせる。

 そして事実(それ)は間を置かず、タニア自身から明かされた。

「私はタニア……かつて貴方に滅ぼされた《旧カュワラン峡谷》……その唯一の生き残りよ」

 不倶戴天の仇敵と意想外の場で対峙したタニアの傍らで、青白い炎がゆらり、と揺らいだ。




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