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精霊の祝福編 第二話―精霊使い―





「……精霊使い……」


 精霊使い――祝福を受けし者と呼ばれる人々の中で精霊と契約する事を、精霊自身から赦された存在。精霊契約を結んだ精霊を自らの契約精霊とし、その力を使える権限を精霊から与えられた者。精霊術を、行使する事の出来る者。

「ああ、俺は此処の司教様から依頼を受けてこの街に来た精霊使いだ」

 セオドアから放たれた精霊使いの発言に、ライリーの(うち)から、淀んでいた思考が全て吹っ飛んだ。




 精霊使いとは、祝福を受けし者達の中でも更に特別な存在と言われる。目の前にいる少年が祝福者というだけでも驚きなのに、まさか精霊使いだったとは。

 精霊使い。神殿の司教様からの依頼。そして現在この街に、魔物や魔族による被害はない。つまり、セオドアがこの街に来た用事には、精霊が絡んでいる可能性が高いのであろう。

 神殿を預かる司教は、精霊使いである事が必須である。その司教ですら解決出来ない精霊絡みと疑わしき事件が、この街で発生したのだという事。その事件解決の為に、自分と年齢(とし)の変わらないであろうセオドアが呼ばれたのだという事。


――……セオドアくんって一体……いやそれよりも……――


「その話ぼくなんかが聞いちゃってよかったの?!」

「?お前が質問したんだろう?」

「そうだけども!」

「別に秘匿任務ってわけじゃないぞ?この話自体も、禁則事項には触れてない」

 秘匿だの任務だの禁則事項だのとお堅い言葉がセオドアの口から飛び出しているが、それはセオドアが精霊使いとして何処かの組織に所属している事実の表れだ。組織所属の精霊使いの場合、個人の行動や言動が組織の評判に影響を及ぼす。要は組織から派遣された精霊使いの評価は、そのまま組織としての評価に直結するという事だ。組織という名の看板を背負って依頼任務をこなすが故に、組織から派遣された組織の顔である精霊使い達は、各組織において禁則事項等の取り決めがあるらしい。

「この街に棲む精霊達に、任務の事で聞き込みをしていたんだが……昨日話してた精霊達が、お前とティティーを知っててな。それで、少し訊きたいことがあるんだ。お前が何を遠慮してるかは知らないが、俺だって打算込みなんだぞ?」

 まぁ、話したい理由はそれだけじゃないけどな、と、明るい表情でセオドアは続ける。

「だからお前も遠慮しないで、訊きたいことがあるなら訊いてくれ。俺で話せる範囲なら話せるからな」

 すとん、と。背負っていた重い荷物が、肩から落ちたようだった。打算込みだと明るく言ったセオドアに、ライリーは余分な力がすっかり抜け落ちた心地だった。

 打算で近付いてきたのだと明かされたら、誰だって怒りが湧くだろう。騙された、なんて思う事もあるかもしれない。だがセオドアに対して、そんな感情は微塵も湧き上がらなかった。

 そもそもライリーだって、充分打算的なのだ。セオドアに精霊が見えると知って、近付いた。精霊の事が知りたくて、知っているであろうセオドアに、精霊の事を訊こうとしている。だから、これはお互い様なのではないか。

 それにきっと、打算以上にライリーはセオドアを、セオドアはライリーを知りたいと思っている。これは、ライリーの確信だった。

「……ぼくは、精霊の事が知りたくて……、セオドアくんに精霊が見えるって知って、だから教えてもらいたくて……」

「なんだ、そんな事でいいのか?」

 俺の理由の方が余程お前に迷惑じゃないか、と。少し困ったように、セオドアが微笑する。

「じゃあ、お前は俺に精霊の事を訊く。代わりに俺は、お前に任務の事を訊く。お互い様ってことで、改めてよろしくな」

 セオドアが右手を差し出した。その手を握り返しながら、ライリーも微笑む。

「うん。改めてよろしくね、セオドアくん」




 一先(ひとま)ず落ち着いて話そう、という事になり、ライリー達が選んだ場所は、先日出逢った広場だった。樹木に囲まれた小さな広場には、木製の長椅子が備え付けられている。

 ライリーとセオドアが話し込んでしまった為にティティーは少しむくれていたが、今は広場の花壇の上を蝶々のように上機嫌で舞っている。

 二人は、その花壇近くの長椅子に腰掛ける事にした。まずは、セオドアが口を開く。

「ライリーに訊きたいのは、神殿で働いている女性のことなんだ」

 セオドアが受けた神殿の司教からの依頼は、神殿で働く女性の失踪についてだった。彼女は孤児で、引き取り手には恵まれなかった為、自立支援として神殿で働く事が決まった。そして司教の薦めもあり、そのまま神殿を職場としたらしい。

「彼女は失踪する少し前から、精霊の声に悩まされていたそうなんだ」

「精霊の声?」

「失踪した女性から相談された、司教様の憶測なんだけどな。姿が見えないのに、耳許で声が聴こえるって言っていたらしいんだよ『護ってやる』って」

「なにそれ怖い」

 女性の恐怖体験に、ライリーは背筋が冷たくなった。現象も恐怖だが、何よりもその言葉が怖い。護るって何からなの?

「で、昨日の朝。彼女が朝食の時間に現れなくて、心配した司教様が彼女の部屋を訪ねたことで失踪が発覚したんだそうだ」

 それで、司教様の憶測を元に彼女を捜してくれって依頼を受けた、と、セオドアは経緯を語る。

 依頼を受け街に到着したセオドアはまず、本当に精霊が関わっているのかを判断する為に、この街に棲む精霊達に聞き込みを行った。昨日出逢った時にライリーが見た、セオドアの傍にいた精霊達にも、何か知っている事はないかと確認しているところだったという。

「昨日お前が通りがかった時に女性をよく知っている人間の子と、その人間の子の傍に精霊がいるってことを聞いたんだ。で、その人間の子とやらの事を訊こうとしたら……」


『あ、あの子達だよ』

『あの子達に訊いてみろよ』

『あの者達は、貴殿の話の女性と親しかった筈です』


「……ねえ、待って。そのいなくなった女性って……」

 ライリーの顔色が、目に見えて変化する。神殿で働く女性は複数人いるが、その中で一人、ライリーの脳裡に浮かんだ女性がいた。

「その人の名前って……、」


『――只今戻りました、セオドア』


「っ!?」

 不意に加わった、初めて耳にする第三者の声に、ライリーの全身が驚愕(おどろき)で硬直する。

「あ、びっくりさせて悪い。此奴は俺の契約精霊の……」

『サイラスと申します。お見知りおきを、ライリー様』

「……え……あ、……は、はぃ……?」

 ライリーは、まともに返答出来なかった。今すごくびっくりしたとか、なんでぼくの名前知ってるの?とか、なんで契約主(あるじ)のセオドアくんは呼び捨てでぼくには様付けるの?とか。そんな疑問以前に、サイラスと名乗った精霊の、そのあまりの美麗さに思考が完全に中断していたからだ。

 その精霊は、人間の男性と寸分違わぬ容姿をしていた。恐らく後ろ姿だけならば、完全に人間(ひと)だと錯覚する程に。

 だが、美しいという言葉ですら烏滸がましい、整い過ぎた相貌が、彼は人間(ひと)ではないのだと告げている。

 結わずに垂らした髪色は、まるで晴れた日の蒼穹のよう。その美髪は長く、腰の辺りまで覆い隠し。涼やかな切れ長の双眸は、髪と同じ蒼穹(そら)の色。美声と言っても過言ではない中性的な声は、男性とも少し低めの女性ともとれる声音だった。

「サイラスには直接彼女の捜索を頼んでいたんだが……」

『お察しの通り、発見には至りませんでした……こうなると益々、司教殿の仰っていた精霊という憶測が誤りではない可能性が高まります』

 セオドアが来たのは正解でしたね、と。美麗過ぎる微笑みで、サイラスが語る。

『ライリー様、精霊とは本来〝思いが姿に成ったモノ〟なのですよ』

 精霊は土地や物に宿る。そう言われる程に、精霊の発生――誕生は、土地や物との関わりが深い。精霊の誕生する条件とは、土地ならば現象、物ならば思念であるとされている。その土地や物に残る強い思いが、精霊に成ると言われているからだ。

「ライリー、それを踏まえて訊きたい。失踪した女性は精霊が関わる、もしくは誕生するような物を、何か身に着けてはいなかったか?」

「え……うーん……?」

 セオドアに言われ、ライリーは必死に記憶を探る。神殿は極貧ではないが、財が有り余っている訳ではない。どちらかと言えば質素倹約を重んじており、華美や贅沢は忌避され易い。

 彼女も装飾品の類いは、特に身に着けていなかった筈だ。

『装飾品に限らず、調度品という可能性も御座います。彼女が大切にしていた物等に、何かお心当たりは御座いませんか?』

 サイラスの言葉に、彼女の部屋の内装を思い出す。調度品ならば、一つ思い至る品がライリーにはあった。


「……燭台……」


「燭台?」

「うん。三本立ての燭台で、彼女が孤児として神殿に来た時からずっと寝台の傍に置いてるって聞いたことがある。長く使っているから愛着があって、大事にしてるって言ってた」

『成る程、精霊が誕生する条件は満たしておりますね』

「ああ、物には思念が残りやすい。大事にされている物なら尚更な」

 セオドア達はライリーの話した燭台から精霊が誕生し、その精霊が彼女の失踪に関わっていると推測しているようだが、ライリーには信じられなかった。大切にされている物から誕生した精霊が、その物を大切にしていた人に対して、害を成す事等あるのだろうか?


――……あれ?でも、確か……――


 ライリーは、セオドアの話した内容を思い返してみた。精霊らしき声の主は、彼女に言っていたのではなかったか?『護ってやる』と。

「……護る為の手段が、失踪……?」

 胸中の思考が声となって、ライリーの口から零れ出た。その声に応えるように、サイラスが優しく、諭すように言葉を紡ぐ。

『人の思いと精霊の思いは別物です。種族が異なるので当然ですが、思考回路そのものが違う。精霊側が良かれと思ってした事が、結果的に人に害を(もたら)すといった事例は、精霊絡みの事件に於いてはそう珍しい事ではないのですよ』

 残酷な事にね、と、哀しそうにサイラスは告げた。

 彼女に大切にされていた燭台。彼女がまるで、愛おしいものに触れるかのように、優しい手つきで燭台を撫でていた事を、ライリーは覚えている。

「失踪に精霊が関わっているなら、普通に捜しても見つからない。捜索方法を切り替えよう」

『異界を探索なさいますか?』

「……そうだな……、ティティー」

『なぁにー?』

 セオドアは、花壇で蝶々と戯れていたティティーを呼ぶ。声に応えて戻ってきたティティーは、セオドア達の異様な雰囲気に気付き、不安そうにライリーに近付く。

「ライリー、悪いがティティーと一緒にいてくれ。ティティーも、ライリーから離れちゃ駄目だぞ?」

 セオドアの言葉に頷きながら、ライリーは聞き慣れない捜索先について訊ねた。

「セオドアくん、異界って……?」

「簡単に言えば、世界の裏側だ。〖幻獣の棲処〗って言ったら分かるか?」

 幻獣の棲処(すみか)。世界には様々な生物(いきもの)がいるが、その中でも殊更珍しいのが、幻獣と呼ばれる生物達だ。

 幻獣達は人間や精霊、その他の生物達と違い、世界の此方側では生まれない。生まれる場所は、世界の裏側。人々には、世界とは異なるといった理由から〖異界〗、一般的には〖幻獣の棲処〗と呼ばれている。

 人とは異なる世界で生まれる幻獣が、何故人々に認知されているのか。幻獣達は、世界を渡航す(わた)る力を持っているからだ。その力で以て、幻獣は世界と異界を往き来する。その過程で一部の人間達に目撃され、やがて幻獣達は多くの人々から認知されるに至った。実際に見た事がある者こそ少ないが、その存在は多くの人間に知られている。それが幻獣という存在だ。

「あまり……というか、精霊使いですら知らない者は多いんだが、精霊も幻獣と同じように世界と異界を往き来することが出来るんだ」

「じゃあ、サイラスさんに異界を捜してもらうの?」

 セオドアに訊きながら、ライリーは違和感を覚えた。どうしてセオドアは、ライリーとティティーに離れないようにと言ったのだろう。

 セオドアは、いや、と首を振る。

「世界と異界は表裏一体。本来精霊使いとは、〝世界と異界を繋ぐ為に在る者〟なんだ……サイラス」

 セオドアの、契約主(あるじ)としての呼び掛けに、サイラスが応える。

『――はい』

 瞬間。それまでライリーが見ていた景色が、一変した。







「……此処って……」

 戸惑いを隠し切れないライリーが、思わず声を洩らす。

 それはまるで、視界が二重になったかのようだった。場所は一切変わっていない。自分達は広場にいて、長椅子に座っている。ティティーが遊んでいた花壇も、広場を囲んでいる樹木も、そこにいる精霊達も、先程まで見ていた景色と変わらない。

 だが、その景色に被さるように、違う景色が視えている(・・・・・)

 空は晴れていた筈だった。現に蒼穹が広がっている。その蒼を覆い隠す、緋色の空。樹木や花壇の植物は色鮮やかで、しかし同じくらいに靄がかった、鈍色。

 其処は正に〖異界〗と呼ぶに相応しい。

 腰掛けていた長椅子から立ち上がり、セオドアはライリーを振り返る。

「さっきも言ったが、世界と異界は表裏一体。景色が重なって視えるだろ?」

 セオドアの言葉に頷いて、ライリーも長椅子から腰を上げた。歩きながら、セオドアは説明を続ける。

「世界の何処かに異界が在るわけじゃない。世界と異界は表と裏、彼方と此方。互いに重なり合って存在してるんだ」

 世界の生物(いきもの)は人間を含め、世界を渡航す(わた)る事は出来ない。それは生物達が、正確にはその肉体(からだ)が、世界に存在するからだとセオドアは言う。

「幻獣や精霊はそうじゃない。異界に生まれた幻獣は世界にも異界にも存在出来るし、思いが姿に成った精霊は、基本的に肉体(からだ)を持たない」

 ティティーも壁をすり抜けてただろ?と。

「世界に生まれ、世界に生きる俺達は、身体を世界に固定されるんだ」

 世界は固定されている。だから、世界に生まれた生物達は、世界に固定されるのだという。

「世界と違い、異界は(うつ)ろう。何処にでも在って、何処にも無い。虚ろい続けて固定されない異界では、肉体(からだ)を固定することも出来ない。出来ないからこそ、幻獣達や精霊達は何処へでも渡航し(わたっ)て行けるんだ」

 世界と異界を往き来する力とは、異界の存在そのものによって齎されたもの。

「精霊使いは契約した精霊の力を借りて、世界の固定から外れることが出来る」

 ライリーとセオドアに、人間(ひと)である身に今異界が視えているのは、精霊の力に()るものなのだ。

「外れると言っても完全に外れるわけじゃない。俺達の身体は世界に残ったまま、精神……簡単に言うと意識だけが実体化して異界に来ている状態だ。だから世界が二重に視える」

 身体の瞳で世界を見て、精神の瞳で異界を視る。だから、世界と異界が重なり合って視えている。

「とは言っても精神が異界に繋がった時点で、俺達の身体は世界から認識出来なくなるけどな」

 要するに身体は世界に残っていても、世界の生物からは視認出来なくなる、という事らしい。それは世界に来ている幻獣や精霊の目から見ても同様なので、精霊であるサイラスの目を以てしても、現在異界にいるであろう彼女の発見には至らなかったそうだ。

「じゃあ異界に来ている幻獣や精霊には、今のぼく達みたいに世界が重なって視えないってこと?」

 ライリーの問い掛けに頷いたセオドアは、ティティーに空の色を問う。

「ティティー、空は何色に見える?」

『あか!』

「……あかい、だけ?」

『?そうだよ?』

 ライリーからの念押しに、首を傾げながらティティーは答えた。青く小さな精霊には、本当に空が〝あか〟にしか見えていないらしい。

 ティティーの話題が出た事で、ライリーはサイラスの存在に思い当たった。異界を視る直前、セオドアの呼び掛けに応えてからサイラスの姿を見ていない。

「セオドアくん、サイラスさんは……?」


「『此方です、ライリー様』」


 サイラスの声は、セオドアの声と重なって聴こえてきた。慌ててセオドアの姿を見れば、周辺(まわり)の景色と同じ様に、二人の姿が重なって視える。

「え?え?どういうこと!?」

 セオドアと出逢ってから、ライリーは驚いてばかりいるが、今回は特別驚いた。さっきまで重なってなかったでしょ?!と、盛大に叫んだ程には驚いた。もう正直理解が及ばない。

「これが精霊の力を借りるってことだ」

 今度はセオドアの声だけ聞こえた。だが、姿はそのまま重なって視える。

「精霊使いは精霊の力を借りて、精霊術を行使する。精霊術は大まかに分けると二種類あって、一つは“憑操術”、もう一つが“憑装”だ」

 憑操術とは、身体に精霊を憑依させる(おろす)術。自らの身体を明け渡し、代わりに憑依(おろ)した精霊が精霊使いの身体を操る事で、その精霊の力を実体化するという術である。つまり、今セオドアの身体には、サイラスが宿っているのだという。この憑操術の最大の特徴は、精霊使いが身体に憑依(おろ)した精霊を操るのではなく、身体の支配権はあくまで精霊側にあるという事だ。かと言って、精霊使いの意識まで乗っ取られる訳ではない。憑操術を扱う精霊使いは、強靭な精神力で以て、自らの意識を保ち続けなければならないそうだ。

「どうして?」

「死ぬからだ」

「いや簡潔過ぎるよ?!」

「精霊は身体は使えても、状態を維持することは出来ないんだよ。元々肉体を持ってないからな。人と同じ姿をしていても精霊には心臓も肺もない」

 必然的に、精霊達は食事や排泄も行わない。行う為の器官である肉体が存在しない為だ。

 その説明に、ライリーはセオドアの簡潔過ぎる「死ぬからだ」に納得がいった。

「ぼく達は呼吸しているし、無意識に心臓も動かすことで生命活動が維持出来るけど……精霊にはそれが出来ないっていう事?」

 セオドアは、そうだ、と頷いて続ける。

「精霊は呼吸しないから、息を吸う必要も、同時に吐く必要もない。でも俺達は呼吸しないとその内心臓が止まるだろ?」

 身体と意識を、完全に明け渡してしまった場合。精霊は身体の生命活動を維持する事が出来ず、身体の主である精霊使いの呼吸が止まり、そして、やがては心臓が止まる。そうして、最悪死に至る。

「そうならないように、意識を保ち続けて生命活動を維持する。その上で精霊が身体を自由に扱えるようにする、それが今行使している憑操術だ」

 憑操術を行使する事によって、サイラスの宿ったセオドアの身体は、精霊の持つ世界を渡航す(わた)る力を、間接的に使用する事が出来る。この力でセオドアは世界の固定から外れ、ライリーの固定も外し、精神を異界に繋げているらしい。

 ライリーは改めて、精霊使いの――セオドアの凄さを感じた。

「じゃあ、憑装は?」

「身体ではなく物体に、精霊を憑依させる術だ」

 精霊を物体に憑依させる事で、その物体自体に精霊の持つ属性の力を宿す事が出来るのだという。

「物体は武具であることが多いな。精霊の力が宿ることで、武具そのものの攻撃力や防御力を上げるんだ」

 精霊使いならば、この憑装を行使出来て漸く一人前という事らしい。という事は精霊術の位置付けは憑装の上に憑操術が位置するという事。


――……やっぱりセオドアくんってすごいんだ……――


「……セオドアくんって何歳……?」

「ん?十七だな」

 何で急に年齢?と思いつつ答えるセオドアに、同い年なのにこの差って……、と、ライリーの呟きが洩れた。




 世界と重なる異界を歩き、見覚えのある、配色の異なる景色を進む。

『ライリー!あそこ!』

 何かを見つけたらしいティティーが、ライリーの袖を引っ張った。言われたところに視線を向けて、ライリーも声を上げる。

「あそこにいるのって……」

 黒く視える道の先に、見知った彼女の姿を見つけて、ライリーが指を差す。セオドアの瞳が彼女の姿を捉えた瞬間、その相貌に緊張が走った。

「!彼奴……」

「セオドアくん?」

 焦りを露にしたセオドアは、ライリーが初めて見る鋭い目付きで彼女を見据える。

「おい、お前。何でその人に憑いてるんだ?」

「セオドアくん?何言って…」

 セオドアの言っている意味が解らず疑問符を浮かべるライリーに、セオドアと重なるサイラスの声が応える。


「『ライリー様、彼女は精霊に憑依されております』」



「なんだってー?!」


 ライリーの絶叫が、重なった世界に響き渡った。




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