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先人の宿縁編 第四話―真実―




「――すまないが、出掛ける用事が出来てしまった」

 その日のヴァレンティン家、夕食の席にて。

「やはり一度の訪問程度では、長老(うるさ)方を納得させる事は出来なくてね……」

 やれやれ全く、困ったものだ……、等と。あからさまに溜め息を吐いてのアルフレッドの発言に、マザー以外の全員が綺麗に置いていかれた。

「……あの、大変失礼ですが……」

 皆の顔色を見渡して。ライリーを始めその場に座った彼女とユン、アリシアも、自身と同様の疑問を(いだ)いた事を察したセオドアが、代表して口を開く。

『アルフレッド、流石に言葉が少な過ぎますわ』

 人間(ひと)であったのなら、それこそ溜め息を吐いていたであろうマザーの言葉に、今度はアルフレッドが頭上に疑問符を浮かべた。が、その直後に、先の自身の発言が言葉足らずだった事を覚り、短く謝罪を口にする。

「すまない。私は何も話していなかったか」

『そもそもシンクレア家に赴いた後の不在の理由でさえ、まだセオドア達には明かしていませんわ』

 その癖、いい加減改めなさいな、と。

 不出来な息子の至らぬ点を指摘する母であるかのようなマザーに、アルフレッドは再び短く謝罪する。

「その……人とはあまり話し慣れていないから……」

『籠居も考えものですわね……少しはウィリアムを見倣いなさいな』

 それでよく御三家当主の方々と会合出来たものですわ……、の後に、更に続くであろうマザーの言葉を、アルフレッドは強引に断ち切る事にしたらしい。

「これは御三家の会合では既に話してあるんだが……」

 シンクレア家やブラッドレイ家、否、他の家系に於いても、家を継ぐのは基本的に直系の子息である事が多い。勿論、各家にも諸事情はあり、オスカーのような例外もあるが。

「……家の継承は血筋の証明(あかし)。しかし、ヴァレンティン家はそうではない」

 私とウィリアムもその例に洩れず、先代とは縁も所縁も無いのだ、と。




 ヴァレンティン家の始祖であり、初代当主であるフレデリック・ヴァレンティンは、この世に生を享ける前に母子共々《不帰之森》へと捨てられた。

 フレデリックの母は元々土地の権力者であるヴァレンティーノ家に仕える使用人であり、その容姿からお手付きとなった。しかし妊娠が発覚すると不義の子を身籠った悪女として、ヴァレンティーノ家から放逐され《不帰之森》へと遺棄されてしまったのだという。

 子を身籠り母となったと言っても、まだ年若い少女(むすめ)が、だ。

 少女は森での出産を余儀無くされ、やがて生まれてきた男児をフレデリック・ヴァレンティンと名付けた。そして、独りで育てる事を決意したのだそうだ。

 森林(もり)に棲まう精霊達は、人間を苦手とする者が多い。しかし、同じ人間(ひと)でありながら人から捨てられた二人を不憫(あわれ)に思った精霊達は、フレデリックとその母を《不帰之森》へと受け入れた。


「……これが、ヴァレンティン家に伝わる歴史だ」

『歴史は真実ですわ。フレデリックとその母は精霊達に保護されて森での生活を容認されましたわ』

 精霊の森で生きるフレデリックは、やがて精霊使いとして覚醒。人々から理不尽な理由で捨てられ、同じ人である母から愛情を受けて育ったフレデリックは、人々を嫌い、しかし、完全に憎みきる事は出来ずに、勃発した精霊大戦へ人の側として参戦した。

 戦勝を重ね、いつしかシンクレア家、ブラッドレイ家と並び称される程の功績を残し御三家の一角と言わしめる程の賞賛を浴びるが、そこへ横槍を入れてきたのが、実父(ちち)のヴァレンティーノ家だった。

 母が既に亡くなっていた事もあり、ヴァレンティーノ家はフレデリックの功績を血筋に因るものだとして、フレデリックの親権を主張したのだという。

『当然、フレデリックはこの主張を撥ね除けましたわ』

 精霊使いの家系には、確かに祝福を受けし者が生まれ易い。だが祝福とは、単に血筋に因るものだけではないのだ。

「現に、今までヴァレンティーノ家に祝福者が生まれた事は無い」

 アルフレッドとマザーの語る、フレデリック・ヴァレンティンの経歴。ライリーは漸く、アルフレッドの言う〝うるさ方〟が誰なのかを理解した。

「つまり、訪問とはヴァレンティーノ家に?」

 セオドアの言葉に、アルフレッドは肯定を示す。

「いつかは精霊使いにと、しぶとく生き永らえている方々だ。最も、今はご老体の長老方しか残っていないが」

 長老方、の前にわざわざ〝ご老体〟を付けるところに、アルフレッドの隠す気の無い悪意を感じる。

 我が子(フレデリック)に名を与える際に、少女(母親)は何故、家名をヴァレンティンとしたのか。似通った名に繋がりを求めたのか、はたまた意趣返しのつもりだったのか。

 自ら望んだ事ではないものの、自身の肉体に流れるヴァレンティーノ家の血を嫌悪したフレデリックは、結果として生涯独身を貫いた。フレデリックに、ヴァレンティン家を存続させる意思はなかったとマザーは言う。

 しかし大戦終結後、フレデリックにある転機が訪れる。

 大戦後、早々に《不帰之森》へ戻ったフレデリックは、ある日森に迷い込んだ少年を保護する事になった。少年はあまり多くは語らなかったが、家族を亡くし、死に場所を求めて森へと辿り着いたらしい。

『結果としてその子がフレデリックの後継者に……ヴァレンティン家の二代目となりましたわ』

「ヴァレンティン家の継承は血筋ではなく森の精霊達によって選ばれる。森がその子を認めれば、その子が次代の継承者となる」

 私とウィリアムは棄児(きじ)だ、と。

「正確に言えば、幼い頃に両親(おや)に売られた。先代に拾って頂けなければ私もウィリアムも野垂れ死んでいただろう」

 淡々と明かされたアルフレッドの、ウィリアムの生い立ち。神殿の司教として慈愛をもって孤児達に接する司教様にそんな過去があったなんて。

 アルフレッドを通して見たウィリアムの面影に、何故か脳裡を過るのは、《カザブリンド》の神殿前で対峙した魔王、テオドール・シンクレアの放った言葉。


「銀のヴァレンティン家の後裔か」


 銀のヴァレンティン、紅のブラッドレイ、そして黒のシンクレア。その髪と目の色に覚えがある、と。

「……髪の、色が……」

 この世には遺伝なるものが存在する。髪と瞳、そして肌。生まれを示すその色彩(いろ)は、血を分けた肉親と同色となる。

 ヴァレンティン家が代々縁も所縁も無いのなら、何故色彩は同色となるのか。

『それは森の精霊達との契約に因るものですわ』

 独白にも似たライリーの声に、マザーが答える。

 人間達の言う、遺伝とやらはマザーには解らない。只、《不帰之森》に棲む精霊と契約を交わした精霊使いは、皆等しく髪と目の色彩が変化するのだとマザーは語った。

『フレデリックも元の髪と瞳の色は確か異なった筈ですわ』

「私達の髪は、元は黒茶……だったか?」

 瞳も確か……同色だったな、と。

 編まれた髪を指先で摘まみながらのアルフレッドは、少し自信無さ気だった。言外に隠れた〝覚えていない〟が、アルフレッドの契約時の年齢を物語っているかのようだ。

『……話が逸れましたわ。アルフレッドがヴァレンティーノ家へ赴くなら、セオドア達はどうなさいますの?』

 ここで漸く、話が戻る。

 好きなだけ居てくれて構わないと話すアルフレッドに対し、セオドアは丁寧に礼を述べた後、シンクレア家に戻る旨を告げた。

「一度シンクレア家に?」

「はい」

 決意を秘めた夕暮れ色に、アルフレッドは口元に手を当てる。紫水晶めいた双眸に、刹那の逡巡が投影された。

「森を出れば恐らく魔王方に捕捉される。君等は兎も角、彼女はどうする?」

 甦った魔王、テオドール・シンクレアが〝姉上〟と呼び、異常な程の執着を見せた彼女の容姿(すがた)を、アルフレッドの眼差しが射抜く。

 オスカーの契約精霊ソフィアと同様に、魔王テオドール・シンクレアの陣営にも個を把握、もしくは捕捉し、言動を見聞きする類いの異能持ちがいる、というのは満月と名乗った魔族と戦ったオスカーの推測だ。

 セオドアが流石に言葉に詰まる。守護(まも)ります、と断言出来る程の実力(ちから)が無い事は、神殿前での戦闘(たたかい)と敗北とで痛感している。かと言って彼女を此処へ残して行くと自身が決断を下すのは、果たして正しい事なのだろうか。

『……ならば、彼女には呪いを授けますわ』

 アルフレッドも、それでよろしいですわね、と。

 舞い降り掛けた沈黙の支配は、マザーの声に遮られる。しかし〝呪い〟というあまり良い印象の無い単語に、ライリーと彼女の瞳が不安げに揺らいだ。

『魔王の側近であろう魔族の執着から解放されている今ならば、吾等の呪いが通じる筈ですわ』

「……あ、の……呪いって……?」

 自身に何をされるのか、聞くのも怖いが聞かないのも怖い。双方の恐怖を天秤に掛けて、傾いたのは聞かない恐怖。故に零れた質問だったが、彼女の声は些かの震えを伴って響いた。


――……呪い……あれ……?――


 彼女と同様に不安が溢れたライリーの脳裡に何故か、ユンと初めて逢った瞬間が想起された。しかし、その事に疑問を(いだ)いた直後に、その疑問は氷解する。


「なんだ貴様は……呪われているのか?」


 そうだ。初めて相対した時、ユンは確かに呪いという言葉を口にした。その後は執着という言葉を紡ぎ、駆けつけたセオドアとの戦闘によって〝呪い〟という言葉はライリーの記憶の奥深くへと沈み込み、その後は浮上してくる事すらなかった。

「呪いは精霊が特定の人間に施す、自身の力の一端だ」

 彼女の問いに答えたセオドアが、そのまま呪いについて続ける。

「灯火が彼女に憑依したのは炎から守護(まも)る為だって言ってただろ?」

 燭台から誕生した灯火の精霊が危機感を(いだ)き、彼女を幻獣の棲処へ――異界へと連れ去る原因となった炎。灯火は精霊の炎と呼び、ウィリアムは魔物の炎と断言した彼女を取り巻いていた炎は、魔王の側近である狐型の魔族に因る力の発現であろう。対象者に危険が迫ると自動的に発動する、威嚇と防護を兼ね備えた守護の炎だろう、と、セオドアが自身の推測を口にする。

「精霊は自身の力の一部を対象者に移す事が出来るんだ」

 勿論精霊だけじゃなく、属性の力を有する者――幻獣や聖霊、魔族や魔物もそうなんだが、と。

 自身に宿す属性の力を、自身が定めた人間に纏わせる。それは力の移譲という訳ではなく、あくまでもその対象者に対する守護や庇護、執着の元に行われる。

「……ただ、精霊側の独断で行われる事の方が圧倒的に多くてな……」

 お気に入りの人間に、勝手に自身が持つ属性の力を纏わせる。精霊からすればそれは守護や庇護の為なのだが、時には祝福者ではない人間がその対象者となる場合もある。そして、その力が齎すのは決して良い事ばかりではない。

「だから人間達からは、いつしか精霊の呪いだなんて呼ばれ始めて……で、いつの間にかそれが正式名称みたいになった」

 今ではマザーが口にしたように、寧ろ精霊の側が呪いという名称を使用する。呪い()の中でも特に庇護や守護が強いものを、人間側である精霊使い達は〝執着〟と呼び、彼女に纏わり付いていた炎のように視覚に訴える程の(もの)を〝蝕まれる〟と言うのだそうだ。

「……不吉過ぎない……?」

 思考がそのまま零れ落ちたライリーにその場の人間全てが同意する中で、逆に精霊達は解せない、という表情を浮かべている。ティティーは首を傾げて、ライリーに『なんでー?』と問うている。

「え、いや……なんでって言うか……」

『〝呪い〟、という言葉自体を人間達(貴方方)が不吉と感じている事は理解出来ますが……』

 呪いが不吉な言葉だと、精霊側も理解はしているのですが……、と、サイラスが精霊側を代表して言葉を発した。

 人間と精霊は、そもそも種族が異なる。故に思考回路そのものが違うのだと、サイラスは以前も口にしている。その精霊達が呪いを不吉な言葉だと理解しているのは、〝人間達が不吉な言葉だと言っているから〟、なのだそうだ。

『そう。理解は出来ても、感情による共感はありませんわ』

 人間が不吉だと言っているから、不吉なのだと理解はしている。だが、何故不吉だと感じているのかまでは共感が出来ないのだと、赤薔薇に咲く精霊が補足する。

『言葉等、意思伝達を明確、かつ、速やかに行う為の手段の一つに過ぎません』

『言葉自体に何らかの意味を持たせ、感情を乗せるという感覚は人間ならではですわ』

 感情があって、知性も理性もあり、人間(ひと)の言葉を解しても、やはり精霊達(彼等)人間達(自分達)とは異なる(違う)存在(モノ)なのだとライリーは改めて実感した。

『――では、』

 自身の口にした事に対する彼女からの問い掛けが一応の決着をみたと見做したマザーが、音もなく床を滑り彼女の傍へと移動する。

 ――そして、


「……ぇ、」


 (かお)を寄せ、そのまま彼女の頬へと口付けを落とした。

 口唇(それ)は、まるで花びらが触れるかの如く繊細さで以てして、彼女へと与えられる。

 呟きとも、疑問とも判別が付かない無意識下の吐息が、彼女から零れる。(あで)やかな薔薇の薫香が一瞬の酩酊感を齎した後、すぐ様霧散した。

『発動は一度きりですが……彼女が何らかの危機に陥った場合はこの狭間へと繋がりますわ』

 彼女の心身に危機が迫った瞬間に、呪いは自動的に発動する。

 薔薇のマザーが移した力は威嚇でも、迎撃でも、防御でもない。退避の為の(もの)

 授けた呪いは発動したら解除は不可能。対象者をヴァレンティン家、否、赤薔薇のマザーの傍らに、狭間内部へと強制的に送還する。更に発動時に彼女に触れていた者も送還の対象となる事を、マザーは続けた。ただし、危機を齎した者の接触は、送還の対象外であるそうだ。

『これで、憂いの幾らかは晴れますわ』

 大輪の薔薇が咲き誇るかのような微笑に、セオドア達と共に行きたい本心(こころ)がマザーに覚られていた事を彼女は理解する。

「……あ、ありがとう、ございます……」

 嬉しさと面映ゆさに、彼女の頬が紅潮した。先程瞬間的に過ぎ去った酩酊感が、舞い戻ってきたかのようだ。

『では、アルフレッドもセオドア達も……明日に備えてもう休息なさいな』

 マザーの発したこの言葉によって、夕食の席は解散となった。







 《不帰之森》に――ヴァレンティン家に到着し目覚めないセオドアを見詰めながら彼女が思い出していたのは、神殿前で逢った少年の事だった。今考えなければ駄目な事なのだと、きっと本能的に理解していたからだ。

 あれはまだ、シンクレア家に向かう前。濃紺から紫紺へ、そして徐々に白んでいく天空(そら)大地(もと)で、暁に観た夢を思い出す。ぼろぼろの服は、神殿前で見た服装(もの)とは明らかに違っていたけれど、はっきりとわかった。

 セオドア達が、皆が魔王と呼ぶあの少年は、夢で泣いていた男の子だった。笑って欲しいと望んで、行かないでと言いたくて、泣かないで欲しいと願った、優しい子。

 知らない筈のあの子の事を、夢では確かに知っていた。それはやはり、今では遠い前世となった、この異世界に転移した後の生活と……記憶から消えてしまっている死因と、何らかの関係があるのではないか。


「君は一体何者なんだい?」


 シンクレア家の地下聖堂で、オスカーから問われた言葉。何者なのかという言葉には、未だに答えを見出だせないでいる。

 あの子と神殿前で逢ったあの時。あの子に、姉上と呼ばれた事。そして戦いを挑んだセオドアが一瞬で炎に包まれた事に因る混乱と恐怖とで、彼女の思考は一斉に職務を放棄し、一気に停止した。あの子から呼ばれた〝姉上〟と、ライリーに呼ばれた〝お姉ちゃん〟。ライリーに精神(こころ)が傾いたのは、今生で呼ばれ慣れていたからに過ぎないのだと、冷静さを取り戻した頭が漸く動き出したのは、寝台に横たえられたセオドアを見てからだった。

 だからこそ今、彼女は皆が魔王と呼ぶテオドール・シンクレアの事を知りたいと思った。

 テオドール・シンクレアは、シンクレア家の一族に連なる者だという。ならばシンクレア家には、テオドール・シンクレアについて何らかの記録が残っているという可能性はないだろうか?そして、本当に記録があるのなら。


――……自分の目で確かめたい……――


 セオドアがどんな思考(かんがえ)の下で、一度シンクレア家へ戻ると決断したのかは分からない。だが、セオドアの発言に対して、彼女は帰還(それ)好機(チャンス)だと感じた。

 しかしアルフレッドの言う通り、自身はテオドール・シンクレアから狙われている事もやはり、彼女は理解している。まだまだ知識不足だが、他者の異能を遮断する精霊(マザー)狭間(異能)に因って身の安全と行動の自由が許されているという事も、勿論理解の上だ。

 それでもきっと、隠れているだけでは駄目なのだ。

 テオドール・シンクレアなら、自身が忘却し(わすれ)ている前世(過去)を知っているかもしれない。また、甦った魔王について交流が復活した御三家が精霊大戦当時の記録を精査する事で積み重なる歴史に(うず)もれていた新たな事実が発覚したりすれば、その中に、自身の過去(素性)が書かれている事があるかもしれない。


――……ちゃんと知りたい……自分の事も、あの子の事も……――


 真実は、他人(だれか)から与えられる情報(もの)じゃないから。








――……真実、か……――


 ヴァレンティン家に滞在する為に与えられた室内で、セオドアは自身の思考の淵へと沈んでいた。


『――よォ、後裔……真実を知りたくねェか?』


 まだ幼いセオドアが、サイラスとの精霊契約に臨んだ、あの日。

 サイラスに認められ、セオドアとサイラスの精霊契約は無事終了した。その契約の場であり、サイラスの居場所でもあったシンクレア家の〝咎人の間〟で、哄笑と共に落とされた声がセオドアの裡で谺する。

 生前の母が契約を結んでいた、ハルという名の精霊もまた、サイラス同様に咎人の間を居場所としている。否。咎人の間とは、二体の精霊の牢獄なのだ。

 母ベアトリスの死後は咎人の間へと戻り、一切姿を現さずにいる精霊(ハル)は、あの契約の日もセオドアの眼前に立つ事は無かった。只、退出する瞬間に、セオドアは耳許で嗤うハルの声を確かに聞いた。

 その時にハルから発された、〝真実〟という言葉。

 シンクレア家に伝わる魔王の正体。シンクレア家の血筋に連なるテオドール・シンクレアが魔王となり、率いる魔族の操る魔物を使い人類を襲撃し勃発した精霊大戦。そして、その大戦の本当の結末。それが世界から隠された真実であり、全部(すべて)だと思っていた。だが、まだ自身の、否、シンクレア家の当主(勇者)達ですら知らない、秘匿された真実があるのだとしたら。

「……やっぱり、今が知る時なんだ……」

 真実は、いつも簡単に他人(だれか)によって虚飾(かざり)虚偽(うそ)を身に纏う。例えそれが善意からくる慈悲(優しさ)であっても、偽りの装飾で仕立て上げられた情報(もの)に意味は無いと思うから。




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