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先人の宿縁編 第一話―先人の宿縁―




 玉座に座する王の下に、絶対の忠誠を誓う臣下が居並ぶ。

 側近の中でも最古参であるジュディスから、配下の中で王自らに名を賜った者達へと召集が掛かった。今、玉座の間には、軍勢の幹部達が集結している。


 テオドールは《カザブリンド》の街からジュディスの転移で帰還してすぐに、配下達への召集を命じていた。


「――……姉上が視えない……?」


「……ッ……はい……、視えない、です……」

 三日月からの報告に応えた自身の声に、隠しきれない程の憤怒(いかり)が滲んでいた事を、テオドールは自覚した。

 三日月の持つ異能、天眼を以てしても捕捉不可能、という事は。


――……狭間……――


 同じ異能であり、他の異能の干渉ですら遮断する、狭間。しかし、そう何度も狭間に落ちる訳はない。という事は、あの御三家とかいう陣営内に、狭間の異能を有する契約精霊とやらがいるのだろう。

「……そうか……」

 目的は恐らく、セオドアの療養と、彼女の隠匿。そう正しく理解したテオドールの相貌が、歪んだ嘲笑(えみ)に支配される。

「……っ、」

 仕える王から放たれる威圧に、天眼を行使し報告を行った三日月の裡で、緊張感が膨れ上がる。

「……それで、聖騎士団とやらの拠点は?」

 王から紡がれた新たな言葉に、限界にまで膨張していた三日月の緊張感は、破裂し掛ける直前で急速に収縮を開始した。居並ぶ幹部達の間で、微かに安堵の吐息が洩らされる。

「……ぁ……、捕捉済みです……!」

 威圧感から解き放たれ、三日月は捕捉した聖騎士団の拠点を告げた。

「……あの場所か……」

 三日月の告げた拠点に、それまでテオドールの纏っていた嘲笑が消失する。浮上した一瞬の哀悼の後、次に浮かび上がったのは、再びの憤怒。

 聖騎士団等という愚かしい集団の情報は、ジュディスによって齎された。何でも聖霊使いなる者のみで構成され、正義を掲げ、魔族や魔物を聖戦の名の下に征伐しているらしい。

 報告を受けた直後には大した興味もそそられなかったその集団の正体は、しかし、実に意外なものだった。

「……奴等は一人残らず殺したと思っていたのに……全く、千年前(過去)の自分の詰めの甘さに、心底吐き気がするよ……」

 洩らされた独白は内包する激憤(いかり)を無理矢理抑制させた為か、些かざらついてしまっていた。

「……さて、では誇り高き騎士団とやらにはその先人の宿縁を、自らの生命(イノチ)で償ってもらおうか……ジュディス」

『はっ!』

 王命を帯びた呼び掛けに応え、ジュディスが居並ぶ幹部達へと向き直る。

『召集の目的は他でもない。これより我が軍勢によって戦端を開き、以て精霊大戦の幕開けとする!』

 告げられた宣戦に、長きに渡り待ち望んだ瞬間に、玉座の間全体が沸き立った。







 聖騎士団の設立は精霊大戦時下、凡そ千年前まで遡る。

 所属する騎士達は、団長、副団長以下は使徒と呼ばれ、人数こそ常に少数ながら、その全員が神に選ばれし崇高なる聖霊使いの集団である。

 現在、誇り高き騎士の人数(かず)は、団長を含め全十三名。内、征伐の任に赴き拠点を留守にしているのは一名のみ。総勢十三人の内、十二人が拠点内部に集結していた。

「……では本当に魔王は甦ったのですね?」

「――はい。お兄様」

 その歴史ある聖騎士団の現団長を務めるニール・ハミルトンは、団長室にて妹、エルシーから魔王復活の報告を受けていた。

 互いに椅子に腰掛けて、しかし報告の内容は起立を促すかのように、深刻な空気を醸し出している。

 魔王の復活が近い事は、エルシーに宿る忌まわしい瞳が何度も映し出していた。偽りの勇者であるシンクレア家、そして御三家等と呼び称されるブラッドレイ家とヴァレンティン家の交流復活の目的は、甦る魔王に対抗する為なのだろう。崇高なる正義を背負う聖騎士団(我々)と異なる、愚かで浅はかな一族の考えそうな事だ。


 エルシーは、厳密に言えば騎士ではない。契約聖霊のいないエルシーは聖霊使いですらなく、本来であれば聖騎士団の騎士となる資格を有してはいない。

 しかし宿した(・・・)聖霊の異能に因って騎士全員に認められ、エルシーは特例として騎士を名乗る事が許されていた。

 エルシーは自身の容姿が精霊病と呼ばれている事、赦されざる者と蔑まれている事を知っている。しかし、何も知らぬ無知蒙昧な輩には、好きに言わせておけばいいのだ。虚弱で戦闘能力の無い自身が兄達と共に正義の道を行く為に、エルシーは敢えて自らの身体を犠牲にし、そして差し出したのだから。




 偽りの栄光で虚飾された勇者の一族とは違い、エルシー達は高潔な正義を背負う聖なる一族の子として生を享けた。長女ではあるが、三兄妹の末娘だったエルシーは、生まれつき半身が不随だった。両脚(あし)自重(じじゅう)を支える事が出来ず、歩行すら儘ならない非力な身体。瞳と心臓にもそれぞれ疾患があり、いずれは視力を失う上に、長くは生きられないと診断された。それ故に、幼くして聖騎士団団長となった兄、ニールを病の所為で支える事が出来ないのだと知った時の絶望はきっと他人には(誰にも)計り知れないだろう。

 だから、エルシーは……禁忌の手段に手を染める事を決めた。

 優しい兄達の反対を押し切って、一体の聖霊に契約を強要した。何としても、自分の身に何が起きたとしても、それが赦されざる行為だとしても、兄の役に立ちたかった。

 その結果として、人間(ひと)の身では決して有する事の出来ない異能と回復力を、エルシーは手に入れた。新たな両脚(あし)は大地を踏み締め、瞳は失明を免れて、今やエルシーは敬愛する兄達の為、先人達の遺志を継ぐ為の、丈夫で健康な肉体を得る事が出来たのだ。セオドア・シンクレアに射られた矢傷等、疾うに癒えてしまっている。

 異形となったエルシーが獲得した異能は、〝邪視〟と〝魔眼〟。どちらも戦闘(たたかい)に応用する事こそ出来ないものの、稀少性が高く、汎用性のある異能だ。

 その忌まわしい魔眼に映し出された光景は、偽りの勇者であるシンクレア家が秘匿していた魔王の復活。

「我らが受け続けてきた無念を今こそ晴らし……聖典に記された教義の一節を遂に果たす時がきたのです、お兄様!」

 妹の言葉に、ニールは自身の双眸を微かに細め、その一節を想起する。


――……〝邪悪なる魔の王甦りし時、破滅と絶望が訪れん。使徒よ、人類を救済せよ〟、か……――


 千年前の精霊大戦。魔族の――魔王の目的は、人類の滅亡だった。世界から人類を一掃し、双魔だけの世界を創造する。それが、人々に訪れる破滅と絶望。

 その訪れる破滅と絶望から……即ち、魔王の目論む人類の滅亡から人々を救済するべく魔王を討滅する、その為だけに聖騎士団は設立され、親から子へ、先祖から子孫へと、脈々と受け継がれ続けてきた。

「……エルシー、使徒を広間に集めて下さい。これより……」


「――兄さん……!」


 荒々しい声を伴い、常ならば考えられない乱雑さで以てして、団長室の扉が開かれた。

「?ルイ?何事です?」

 純白の髪と、玲瓏な月を思わせる銀色の双眸。身に纏うのは、聖騎士団の正装である金で縁取られた黒の詰襟。

 ニールより二つ年下の実弟であり、エルシーより二つ年上の実兄であるルイの、まだ十二歳という幼い顔立ちが孕んだ焦燥に、ニールの眉間が顰められる。

 冷静と沈着を重んじるルイが、扉を叩き誰何に応えて入室するという一連の動作を怠る程の何かが起こったのだという事に、エルシーも不安を隠せない。

「大変です!騎士団が……双魔共に襲撃されていますッ!」

「!?」

「そんな……!」

 ルイ自身の口から放たれた言葉が冷静さを欠いた行動の動機を明らかにする中、ニールとエルシーにもルイの焦燥が伝播する。

「軍勢の規模は!?魔族は何体いるのです!?」

「二体です!現在使徒達を総動員して応戦中ですが……率いる魔物の数が多過ぎて……ッ」

「イルハンは!?」

「まだ戻りません……!」

 現在聖騎士団に於いて“憑装”ではなく“憑操術”を扱えるのは、団長であるニールの他には副団長であるイルハン、そして実弟であるルイの三名のみ。

 使徒達の中でも、団長であるニールが弟妹以外で最も信頼を置く副団長、イルハン・サレハは現在遠方の魔族の征伐に赴いている。

 この瞬間の襲撃が副団長の不在を狙って、という訳ではないだろうが、間合いの悪さにニールは苛立ちが拭えない。

「……ルイはエルシーを。双魔の征伐は……」

 逡巡は一瞬だった。ニールは団長として指示を下す。

「――僕が出ます」







 絶対的忠誠を誓う王の覇道に、脆弱な人類ごときが無謀にも立ちはだかる。

 何が神に選ばれし聖騎士団か。先人の行った残虐極まりない非道も知らずに、我等が王を邪悪呼ばわりとは。

 全く以て、愚かしくて仕方がない。

「――でもこの愚かしさは、いっそ賞賛に値するよねぇ……ねぇ、ねぇ、真珠ちゃんもそう思うでしょ?」

「思わない。珊瑚ちゃんうるさい」

 中空に立つ人影は二つ。どちらも少女と違わぬ容姿(すがた)をして、揃いのドレスに揃いの装飾。人形めいた装いと、同色(金色)の髪の結い上げ方まで揃えた相貌の酷似を見れば、良く似た双子と思うだろう。その相似した外見の中で、唯一、互いの両眼(まなこ)の色だけが異なる。

 其々の名に相応しく片方は真珠、もう片方も紅珊瑚をそのまま嵌め込んだのではないかと疑う程の、硬質な光の宿る双眸。その煌めきに、珊瑚と呼ばれた少女は愉悦を、真珠と呼ばれた少女は嫌悪を滲ませて、眼下に蔓延る黒の集団を睥睨している。

 応戦の意思を強奪する圧倒的な戦力差に、質より量の整合性を示されるかの如く理不尽さ。無様に地を這う事しか出来ない愚かな人間達の肉体からは次々と鮮血が吹き上がり、先を争うかのように大地へと倒れ伏していく。

 崇高なる意志により双魔を征伐するという神聖なる聖霊使い、聖騎士団の高潔な使徒とやらが聞いて呆れる。たかだか数に頼った魔物共に為す術無く蹂躙を許し、塵芥の如く矮小な生命(イノチ)を唯々散らせていくだけの、無価値な集団ではないか。

「あ、また死んだ!ねぇ、ねぇ、アタシらいなくても壊滅とか余裕じゃない!?」

 真珠に「うるさい」と一刀された事を忘却の彼方に押しやって、珊瑚が嘲笑に声音(こえ)を高めた。

 己が屍を列ねるは因果。先人の宿縁によるものとも理解せず、愚かな輩の生命(イノチ)とやらは、罪に対する罰の正当なる対価として精算されていく。

 眼下は既に従える軍勢の独壇場。もとより少数であった黒は一人残らず頽れて、赤に塗れて土の上、だ。

「……、……っ!?」

 隣で嗤う珊瑚の姿を無機質な眼で一瞥し、開き掛けた真珠の口を閉ざさせたのは、眼下に迸る夥しいまでの閃光(ひかり)の群勢だった。




 執務室を飛び出して、眼前に示された光景。日輪はやや傾き、蒼穹と黄昏が同居する下で行われる惨劇。残虐という言葉すら勝利を譲り渡すであろう惨状に、ニールは言葉を喪失し(うしない)、暫しの間立ち尽くす。

 大地に数多染み込んだ赤は、鮮明というより灰暗で。折り重なる使徒達の身体は、死者と生者の差別化をより困難なかたちにした上で、死者の天秤へと残った生者達を乗せていく。

「……っ、……だ……だ、ん……ちょう……」

「!」

 残酷の鎧を纏う穢らわしい魔物の群れのみが闊歩を許可(ゆる)されるかのような忌まわしさと、血風が運ぶ鉄錆の臭い。

 凄惨が絶対王者として君臨する大地に伏した使徒の一人が、死に逝く最期の瞳に映した姿を呼んだ。

「……団、長……どうか……我、々の……無……念も……共、に……ッ……」

 鮮血の交じる呼吸が止まり、瞳から光が消失する。亡骸(むくろ)の仲間入りを果たした使徒へと歩み寄るニールに気付いた魔物が、新たな獲物の来訪に沸き立つ。

「……はい、貴方達の誇りにかけて」

 血腥い場景にあって尚衰えない、否、だからこそ煌めく純白の髪と、冴えた月光を帯びるかような銀の双眸。

 金糸で縁取られた黒の詰襟と、団長の証明(あかし)である外套を身に纏い、ニールは自身の聖霊の名を口にする。

「……メルヒオール、掟霊解放を許可します」

『……』

 呼び掛けに無言で(いら)えるは、創世の光の化身たる長身痩躯の聖霊。王者の光の名を冠し、金糸めいた長髪を揺らめかせたメルヒオールは、ニールの傍らで五対の翼をはためかせた。

「『……』」

 自身に憑依(おろ)したメルヒオールの、その絶世の美貌を誇る相貌の中で、伏せられていた両の瞼がゆっくりと開かれていく。

「――此度の戦闘行為の目的は、襲撃者である双魔の征伐……正義を執行する、この聖戦を御許し下さい……」

 跪き、祈請の言葉を口にして。

「……我々聖騎士団に戦いを挑んだその愚かさを、自らの生命(いのち)浄化(贖い)なさい……」

「『……“金光盾(きんこうじゅん)”……』」

 陽光を模したかのような盾の具現化に伴って複数の光球(ひかり)が顕現すれば、それらは煌めきを宿して揺蕩い、そして舞い躍る。輝光の群勢の躍動はやがて、徐々に激しさを増していき……、

「『――“極光”』」

 放たれた閃光が、周囲を皓く染め上げた。




「はぁ!?」

 視力を奪う程の強烈な光から一瞬でひっくり返された戦況に、浮かべた珊瑚の愉悦が消える。

「何アイツ!こっちが全滅したんだけど!?」

 眼下を闊歩していた配下の魔物は、皆、閃光の消失と運命を共にするかのように消滅していく。

「……服がちょっと違う。多分あいつが団長」

「……って、事はぁ……」

 静かに紡がれた真珠の言葉に、珊瑚の表情に愉悦が再び舞い戻った。

「やった!引きずり出せたんだ!ねぇ、ねぇ、真珠ちゃん!早く殺そ!?」

「先に珊瑚ちゃんが行って。珊瑚ちゃんが死んだら真珠が出るから」

「えぇー!真珠ちゃん冷たーい!」

「――そこの魔族、降りて来なさい。二体まとめて相手をして差し上げます」

 此方を見上げて発された声に、潜んだ激憤を読み取って。珊瑚の両眼(まなこ)口唇(くちびる)が、嘲弄で歪んだ弧を描く。

「ほらほらぁ、真珠ちゃんもご指名だって!」

 優位を得たりと笑んだ珊瑚を、嫌悪を宿したままの真珠が見据えた。「おっ先にー!」と降下を始めた珊瑚に対して、あからさまに溜め息を吐く。

「真珠が出るほどじゃないのに……」

 人形めいた少女の相貌(かお)に、眉を顰める事で更なる嫌悪を募らせた真珠も、続いて降下を開始した。




 ふわり、と。その優雅な所作とは似つかわしくない残虐な愉悦を浮かべた魔族が、ニールの面前に着地する。

 同種の装いのもう一体は少し遅れて、嫌悪を露に舞い降りた。

 容姿は人間の少女というより、少女を模した人形めいた印象をニールに与えた。魔族とは通常、複数の生物(いきもの)の特徴を併せ持つ醜悪な肉体を有しているが、一見した二体には、その身体的特徴が見当たらない。まるで人間のように揃いのドレスや装飾品を身に着けて、髪型までも双子のように似通った二体の髪色は黄金というより金密陀に近い。

 何もかも酷似する二体の、しかし浮かべる表情は、対極に位置すると言っていい。

「こんにちは!そしてさようなら!珊瑚ちゃんでーす!ねぇ、ねぇ、真珠ちゃんも挨拶しよ?」

「しない。意味ない」

 どうやら表情だけでなく、性格も真逆であるようだ。否、性格の対極さ故に、表情が真逆なのだろう。ただし互いの名であるらしい両眼に滲む、残酷な光は同様だ。

「矮小な人間ごときが真珠に敵うはずない。すぐ死ぬやつに挨拶なんて無意味なこと、真珠はしない」

 その名の通り嵌め込まれたような真珠色に宿り続ける嫌悪と、新たに浮上した侮蔑に、珊瑚が愉悦を混じえて嗤う。

「真珠ちゃんも殺る気だし、さっさと死んでね?団長さん?」

「おや、心外ですね。貴女方こそすぐ悔い改める事になりますよ?自らの犯した罪状をね……」

 ニールの周囲(まわり)で浮遊する煌めきの群集が、躍動と共に舞踏する。

「『……“極光”……』」

 美麗なる光の聖霊が、ニールの口を借りて声を発した。呟きの如く落とされた声が音として響き渡ると同時に、大地と視界を強制的に染め上げる(シロ)が、金色(こんじき)の盾から放たれて、直後。

「『――“幻日(げんじつ)”』」

「……は?」

「……うそ……」

 光球から発した閃光(ひかり)が線を描き別の光球へ到達すれば、光球(それ)を起点に再度閃光が迸る。

 光球(ひかり)閃光(ひかり)を乱反射して、直線的な攻撃は、一変して乱撃と化した。

「……う……!?」

「……このッ……!」

 初撃の術を一斉射撃と称するならば、二撃目の(これ)は正に弾幕。各個射撃と称されるのが相応しいだろう。

 退避の好機を完全に断絶さ(たた)れた珊瑚と真珠に、眼を焼く閃光の奔流が暴風雨(あらし)の如く凄絶さで強襲する。

 回避は迎撃の瞬間を逃し、防御の無意味さを無情なまでに突き付ける。互いの安否すら確認不可能な程の煌めきが漸く終息した頃には、揃いの髪は乱雑に、装飾品は損傷、もしくは破壊され、ドレスは無惨な布地(ぬの)となり、珊瑚は右肩から先と左触肢(・・・)を、真珠は左腕と脚を三本(・・・・)欠損していた。

 ドレスによって隠されていた肉体に、ニールの相貌が嘲笑に歪む。

「……やはり魔族とは、醜悪な姿をしているものですね」

 露になった二体の下半身は、当然人間(ひと)両脚(それ)ではなかった。珊瑚の腰から下は蠍、真珠の腰から下は蜘蛛。紅珊瑚色の触肢()と脚、毒針を有する尾の傍らで、真珠色をした五本の脚が不気味に蠢いている。

スカートの中(乙女のヒミツ)を暴いたわね!?」

「……殺す……!」

 愉悦と嫌悪、侮蔑を消し去る恥辱を憤怒で上書きし、二体の脚が大地を蹴った。







 ブラッドレイ家の屋敷が建つ《シェンナィ連山》の麓から広がる《ツァオハィ平原》を回避する為、平原を越えた先の街にはイーサンの契約精霊であるシーラの異能に因って転移門が設置してある。

 ブラッドレイ家を発ち、まずは麓の転移門から街の転移門まで転移。その街の司教の契約精霊が転移の異能持ちだったのは、イーサンにとって僥倖だった。

 村街間の移動は馬車や徒歩が基本ではあるが、事態の深刻さを鑑みてイーサンは司教に《アンリブレア》までの転移を依頼した。通常、災害時の避難等による緊急事態を除き精霊使いに転移を依頼する事も、逆に依頼を受諾する事も推奨されてはいないが、ブラッドレイ家当主自らがシンクレア家のお膝元と呼ばれる《アンリブレア》まで赴くという事情を汲んだ司教に転移の協力を得られた事で、イーサンは移動に掛ける時間の制約から解放された。

「……改めて、シンクレア家への来訪、感謝致します。イーサン殿、アルフレッド君」

 その結果としてユンから書状を受け取ったその日の内に、イーサンはシンクレア家へと到着。オスカー・シンクレア、そしてアルフレッド・ヴァレンティン、両名との対面を果たしていた。

「――これより、ブラッドレイ家、ヴァレンティン家、そして、シンクレア家……当代当主達による御三家の会合を開始致します」

 今、《アンリブレア》のシンクレア家に於いて、御三家と並び称される精霊使いの一族の当主達が一堂に会する。

 それは、ユージーン・シンクレア、レナード・ブラッドレイ、フレデリック・ヴァレンティンの三名が共闘した精霊大戦の終結から遥かなる悠久を超越し、千年という果てしない歳月(とき)を隔てた歴史的な邂逅だった。




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