表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/41

大罪の証明編 第六話―セオドア―




 明るく、豪快に笑う人だった。

 豪放磊落、という言葉が、これ程までに似合う人もそうはいないだろう。

 ベアトリス・シンクレア。セオドアの、自身の母であった人。先代を、継ぐ筈だった人。








――……駄目だ……勝てない……――


 諦念めいた思考を最後に、辛うじて保っていた意識が途切れた。

 鋭さに彩られたユンの声に、反射的に従って。動かない身体が、必死に手を伸ばした事までは覚えている。そこから先の、記憶は無い。




「……」

 意識を落としたセオドアは、揺蕩う波間に立っていた。

 色彩(いろ)の認識出来ない海が、自身の身体を攫うでも、呑み込むでもなく揺らめいて、漸くこれ(・・)は意識の無い自身が観ている夢なのだと気が付いた。

 揺らぐ水面(みなも)に映るのは、初めて対峙した魔王の容姿(すがた)。まるで第三者の視点を借りているかのように、相対するセオドア(自分)の姿も、水面は映し出している。

 一撃すら交える事無く、魔王の瞳と同色の炎に焼かれた身体が落下する様を、まるで他人の光景のように眺めるという奇妙な体験。

 実力(ちから)の差、格の違いを精神(こころ)肉体(からだ)に刻み付けられた、真紅の炎。

 サイラスを憑依(おろ)していなければ、身体は深刻な損傷を負っていたであろう事は疑いの無い(それ)

 その身に受けて理解した。あの炎は攻撃ですらない、守護の炎なのだという事を。

 地下聖堂にてオスカーと邂逅し、炎と共に消えた魔王。()の属性を有する、配下であろう狐型の魔族。追随していたかのような様子から鑑みても、魔王の側近である事が窺えると話したオスカーの言葉は恐らく正しい。

 あの真紅の炎は、魔王を守護する為の術。対象者に危険が迫ると反応し、自動的に発動する、威嚇と防護を兼ね備えた守護(まもり)()


――……それに……――


 消え逝く最期に助けを求めた、燭台から誕生した灯火の姿が水面に映る。

 炎は彼女を蝕み、やがて全て呑み込んでしまうと語った小さく赤い精霊(灯火)の、悲痛に溢れた声がセオドアの脳裡で谺する。

 彼女に纏わり付く炎を執着の表れだと、精霊の炎だと称した灯火に対して、ウィリアムが魔物の炎だと断言した理由。これは推測だが、ウィリアムは彼女に執着する何者かの正体が、魔族であると思っていたのではないだろうか。だからこそ彼女に発現した炎を、ウィリアムは魔族(それ)が使役する魔物の炎だと言ったのだ。

 あの時はまだセオドア自身も、彼女を取り巻く炎について断言出来るだけの判断材料が不足していた。地下聖堂でオスカーから語られた、魔王の話を聞くまでは。

 そして、セオドアは理解した。彼女に執着しているのは、魔族等ではない。魔王テオドール・シンクレアなのだと。

 執着心を(いだ)いているのが魔王だとすれば、山中での女魔族の言葉と最期にも合点がいく。

 あたたかい、と言っていたのは、彼女が炎を纏っていたから。最期に赦しを請うたのは、魔王の掌中之珠に許可なく触れてしまったと気付いた為だ。

 恐らく、否、確実に、彼女を取り巻いていた炎も、狐型の魔族の力に因る(もの)だろう。だから、彼女があの女魔族の蔓によって空中へ拘束された時にその()が発動し、女魔族の肉体を焼いたのではないか。


 ――では、灯火やユンが炎の攻撃対象から外れた理由は?


 灯火は彼女に憑依して、ユンは彼女を自らの手で拘束している。しかし女魔族とは異なり、両者に対して炎は発動しなかった。

 こちらは完全に憶測になるが、恐らく炎の発動には何らかの条件があったのだろう。

 セオドアが受けたテオドールから発動された炎と、女魔族を焼き尽くした彼女の炎。発動時間の差が術の形式を異とするが故の事だとしたら、蔓による一度目の拘束ではなく二度目の拘束時に炎が発生したという奇妙さも、術に何らかの発動条件や引き金が存在する為だと考えられる。

 現に彼女の身を包む炎は、消失するまでセオドア達には視認出来ていた。しかし魔王は、その身を炎が取り巻いてはいなかった。これだけでも、両者に施された術の形式は異なる可能性が高い。

 女魔族を焼いた炎が、その後彼女から消失したのは、発動の条件内に一度きり、という制約でもあるのかもしれない。


『あの炎はダメよ!あれは暖める為のものじゃない……全てを焼き尽くす猛火なの!』


 攻撃こそ最大の防御であると証明するかのような、苛烈な()。それ故にティティーは恐怖を、サイラスは嫌悪を感じた。

 そしてその()は魔王でも、ましてや精霊使いでもない彼女がその身に纏うには強烈(つよ)過ぎる。だからこそ、灯火は危機を感じたのだ。

 次に映し出されたのは、白んだ空の下で微笑む彼女の姿。

 彼女は、何者なのだろう。何故魔王が、テオドールが姉と呼ぶ人物と、同じ容姿(すがた)をしているのだろうか。


――……いや、違う……――


 眼前に現れた魔王は、彼女を〝姉上〟と呼んでいる。即ちテオドールは、彼女を自身の姉だと認識していたのだ。

 地下聖堂で語られたオスカーの憶測通り、彼女に炎が発現した時期と、魔王テオドール・シンクレアの復活した時期が一致していたとしたら?魔王の覚醒に伴って、炎が彼女を取り巻いたのだとは言えないだろうか?そして、もしそうであるならば。

 自身が仕える魔王テオドール・シンクレアが甦った事を契機として、配下である狐型の魔族の炎が、魔王の姉である彼女の身を守護する為に顕れた、という事になる。

 精霊使いや精霊に炎が視認出来た理由は、(まさ)しく威嚇の為だったのではないか。


――……あの時……――


 二人きりで夜明けを待った、〝本当の初めまして〟。

 彼女の観た夢。ぼろぼろの服を着た、小さな男の子の話。炎に包まれて消えたように見えたのが、狐型の魔族の行使する転移なのだとしたら。つまり、彼女の話した小さな男の子の正体とは……、

「!」

 再び、水面(みなも)が揺らぐ。遠い過去に置き去りして、記憶の(なか)に封じ込めた、懐かしい人の声がした。




 明るく、豪快に笑う人だった。

 豪放磊落、という言葉が、これ程までに似合う人もそうはいないだろう。

 あの人の髪と瞳の色は、セオドアと同様の(おなじ)黒と橙。否、セオドア()同色(おなじ)なのではなく、セオドア()同様の色彩(おなじいろ)なのだろう。

 その豊かで長い黒髪は、活発さを体現するかの如く頭頂部にて髪紐で結われ、本質を表すかのような瞳は、朝焼けのように煌めいていた。

 ベアトリス・シンクレア。セオドアの、自身の母であった人。先代を、継ぐ筈だった人。

 子に恵まれなかった先代が晩年になって漸く授かったベアトリスは、息子であるセオドアがまだ幼い頃に、病に罹って亡くなった。死の淵に両足が浸かっているのに、儚さとは最期まで無縁の人だった。

 セオドアが、ベアトリスについて覚えている事は少ない。当然ながら幼少期の出来事全てを、明確な思い出として鮮明に記憶している者は少数であろう。只、セオドアの記憶の中のあの人は、いつも明るく笑っている。

 その数少ない記憶の中で、一番鮮烈に覚えている記憶(もの)が揺らめく水面に映し出されて、セオドアは思わず苦笑した。


「そーら高い高い!着地は自分で頑張れよ!」


「ビィ!?ベアトリス!?着地(それ)はまだ早いんじゃないかな!?」

 そうだった。母は――ベアトリスは、父親であるオスカーからは〝ビィ〟という愛称で呼ばれていた。他の誰も呼べない愛称(それ)夫婦(ふたり)の親密さと特別感に満ちていて、幼心にひどく羨ましく思ったものだ。

 我が子を腕に抱き上げたまでは良かった。しかし、その後がよろしくない。

 街に住む夫婦が子供をあやす為にしていた事を、実践してみようと思ったのだろう。本来であれば持ち上げる側の大人は自身の頭より上の位置まで子供を上げたら、後は下げたり揺すったりするだけで手を離したりはしない筈だ。

 だがベアトリスの行った〝高い高い〟は、持ち上げたセオドアをそのまま空中へと放り投げた。

 ベアトリス自身の発言と、その言葉に被せるように焦ったオスカーの声が響いた事からしても、勢い余ってすっぽ抜けたという事故(わけ)ではなく故意であるのは明らかだ。

 水面に映るあの時の自分は、到達した空の青さと広さに高揚して楽しそうに笑っている。意識した事等なかったが、その表情(かお)笑声(こえ)も、自身の母親(ベアトリス)に酷似していた。

 人には空を飛ぶ(すべ)が無い。故に当然、幼いセオドアの身体は重力に従って落下する。

 自身の置かれた状況等全く理解する事なく笑いながら落ちていく幼子はベアトリスの契約精霊の腕に辛うじて抱き留められ、無茶振りであった自身での着地を免れた。


『ッだぁくそッ!あッぶねェッ!』


 橙よりは金茶に近い長髪を振り乱した、人型の精霊。その同色の双眸は、焦燥(あせり)に因って齎された憤怒(いかり)に支配され常より輝きを増していた。

 サイラス同様に人型であるベアトリスの契約精霊は、正面から見れば人との区別がつかないだろう。そう、正面から見れば。

 正面の、青年と見紛う外見の背面――その腰部(こし)から、もう一人の上半身が生えている。背中を合わせるような表裏一体の精霊の、背面に生える上半身の頭部から伸びた長髪は、正面の人型の長髪と繋がり。恰もお互いを縛めるように、体躯には鎖が絡み付いている。背面の半身の相貌(かお)を隠す白の仮面が、この口の悪い精霊の容姿(すがた)に更なる異様さを加えていた。

『ベアトリス!テメェ!』

「ビィ!全く、君って人は……!」

 眦を吊り上げて迫る自身の契約精霊と、自身の夫とに挟まれながら説教される、というなんとも言えない母の図が、揺らめく水面に消えていく。

 消え去った途端に浮かび上がる次の光景は、病床の母の姿。

 相も変わらず明るく笑って、苦し気に咳き込むベアトリスの寝台に幼いセオドアが乗り上げている。

「すぐ治すから心配するな!」

 快活に笑うベアトリスの言葉とは裏腹に、体調はどんどん悪くなり、病状は悪化の一途を辿った。当然、精霊使いとしての依頼に赴く事等出来る訳もなく、しかし、死期等覚れる筈もないセオドアは純粋にベアトリスと過ごす時間が増えた事を嬉しく思っていた。だが、まるで代償(かわり)であるかのように、否、本当に代理(かわり)だったのであろうオスカーが依頼に向かう頻度が増え、親子三人が揃わない日々は幼いセオドアにとっては大変不満だった。

 そういえば、アリシアとの婚約が先代によって決定されたのは……と、セオドアが想起した途端、病床の母の姿が消える。そして浮かび上がったのは、幼さの残る婚約者(アリシア)の姿。アリシアは祖母の遠縁だが、祖母はセオドアが生まれる前に、既にこの世を去っている。


「……アリシア・リー……よろしく……」


 祖父と祖母が婚姻した事でシンクレア家に連なる家系となったリー家は、一族の集まりの度にセオドアと同年代であるアリシアを連れて来ていた。故にお互いに小さな頃から面識があり、逆にお互いに特別な感情はなかった。そしてお互いに幼子であったセオドアとアリシアは、年齢(とし)の近い精霊使い同士である、という理由によって、当時の当主であった先代の決定により、お互い婚約者同士となった。


「!……ゴドフリード様……」


 橙の双眸に厳しい光を湛えた老翁の姿が、揺らぐ水面(みなも)に浮かび上がった。




 精霊使いの家系、しかも御三家の筆頭であるシンクレア家に生を享けたセオドアは、祝福を受けし者であり、精霊使いとしての資質を生まれながらに備えていた。

 しかも男児であったが故、セオドアは生まれたその瞬間から、将来勇者の称号を継承する事が決定付けられた。

 精霊使いとしてのセオドアの師は、当時の当主である先代であり、セオドアの実の祖父であるゴドフリード・シンクレア。

 血縁であるが故か祖父の瞳はやはり橙の色彩(いろ)をしていたが、快活に煌めいていたベアトリスの瞳と異なり、ゴドフリードの双眸には常に峻厳が鎮座していた。

 初孫に接する祖父ではなく、次代を継ぐ者としてセオドアに接するゴドフリードは、生来の厳格さも手伝ってか修練に於いて一切の情けを掛けず、また妥協を許さなかった。

 しきたりに叛いて娘に勇者の称号を継承させるか否か決めかねている内に、ベアトリスが病に罹り亡くなって。それからより一層の厳しさを増したゴドフリードが己が父から受けた教え、恐らくベアトリスにも授けたであろう教えは、全てセオドアへと伝授された。心身を鍛え、精霊についての知識、戦闘方法を身に付けたセオドアはサイラスと契約し、幼いながらも精霊使いとして任務に当たっていた。

 そんな日々が日常となる中で、ゴドフリードは陣代として当主の座をオスカーに預けてこの世を去った。


「……いいかい。次は君が、この称号を継ぐんだよ……」


 ゴドフリードの死の直後、オスカーによって紡がれた言葉。

 母と同様に祖父にももう二度と会えないのだと覚り泣きじゃくる幼いセオドアを、オスカーが抱き上げる。

 本当は嫌だった。そんな称号(モノ)必要(いら)ない。

「それが、我が一族に課せられた運命(さだめ)……栄光という名の虚構の裏に隠された、一族の大罪に対する贖罪の証……勇者の宿命なのだから……」

 でも、この称号は、一族の使命と共に代々受け継がれてきたものなのだと知ってしまったら……もう、拒否する事なんて出来なかった。

 本能で継承を拒絶する自身を、理性では受け入れなければならない矛盾。

 水面に映る幼い自分の涙に溺れた橙色に、今の自分と同じ光が宿っている。

 自身の眼差しに諦念が混合し(まじっ)ている事をセオドアは理解していたし、その諦念(あきらめ)がいつから頭をもたげていたのかも、セオドアは認識し(みとめ)ていた。ここからだ。

 オスカーの放った言葉は恰も呪術(のろい)であるかのように、セオドアに宿命という名の楔を打ち込んだ。

 今もまだ、楔は抜けない。矛盾は常に傍らに在って、継承を拒否する本能は幼い自分の容姿(すがた)模倣(まね)して、嫌だ嫌だと泣きじゃくる。


 嫌だ。継ぎたくない。どうして?好きで勇者の家系(いえ)に生まれてきたわけじゃないのに。


 本能が泣き声を上げる度に理性は母の、祖父の容姿(すがた)にとって代わる。そして、父の声音(こえ)を発する理性は、いつの間にかセオドア自身の容姿(すがた)に成る。そうしてセオドアは自覚するのだ。自分はもう、泣きじゃくるだけの幼子ではない事を。

 先人達の思いを背負い、誰かが為さねば成らぬなら。それは、後裔である己が為さねば成らぬ事。今はもう、呪術(のろい)だなんて思っていない。拒否(本能)受諾(理性)も培われた諦念も含んで、自分は称号の継承者(セオドア・シンクレア)なのだから。

 水面(みなも)が揺らぐ。セオドアの心境(こころ)を映す鏡面(かがみ)が、知らない部屋、知らない寝台に横たわる、自身の姿を映し出す。

「……」

 蒼白に支配を許した相貌に苦痛を同居させたまま、彫像のように椅子に座して微動だにしない彼女が見える。


――……駄目だ……勝てない……――


 今のままじゃ、護れない。だから、


「……眠ってる場合じゃないだろ……」


 独白(呟き)が波間に落ちて、波紋となって海に色彩(いろ)が帰還する。揺蕩う鮮やかな漣はやがて波濤へと転身し、佇んでいる身体を今度こそ攫わんと誘惑(さそい)を掛ける。


 何故、護れないと、否、守護し(まもり)たいと思うのか。その答え(おもい)に明確な名前(かたち)を与えられぬまま……、セオドアの意識は、感覚ごと呑み込まれた。




                  【大罪の証明】

【証明の裏側】


『シーラ!シーラ!シーラはカメ?』

『左様で御座いますよティティーさん』

『ティティーはちょうちょ!ねぇライリー、シーラおっきいねぇ!』

「え……?小柄じゃない……?」

『……ふふふ、どうで御座いましょうか……?』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ