大罪の証明編 挿話―奇縁なる茶席―
ブラッドレイ家応接室にて。
シーラから供された茶器を前に、ライリーは盛大に疑問符を飛ばしていた。心境としては〝え、なにこのお茶、初見なんだけど?〟である。
予期せぬ初めましてとの遭遇に同志を捜してさ迷った視線が、隣の彼女に吸い寄せられる。
「ありがとうございます、頂きます……!」
――……お姉ちゃんすごく嬉しそう……!――
この世界に於いて流通しているお茶、と言えば紅茶を示す。故に彼女が胸中にて前世と縁深い緑茶との再会に狂喜乱舞しているとは知らず、ライリーは新たな疑問〝なんで?〟を大量発生させながらも、彼女に倣って見慣れぬ茶器を手に取った。
お茶という名の緩衝材によって大分和やかとなった室内で改めて自己紹介を終え、現在。
「嬉しいわぁ、まさか家の子に友達がいて、しかも遊びに来てくれるなんて……!」
「……彼等は遊びに来ている訳ではない……」
「……母上、どうか冷静に……」
緩く巻かれた桃色の髪と、柔らかな光の藤色の双眸。瞳に宿った喜色は、眼前の女性の感情を憚る事なく知らしめる。
「初めまして、ブラッドレイ家当主イーサンが妻、タニア・ブラッドレイよ。よろしくねぇ」
髪型と同様に緩やかな声で名乗った女性はイーサンの細君であり、ユンの実母であるという。
ユンの容姿や言動はイーサンと通じるところがあり二人は紛れも無く親子なのだという事が判るが、逆を言えば喜色満面で微笑むタニアの面影は、どこを探してもユンには見当たらない。
遺伝子の神秘という言葉が彼女の脳裡を駆け抜けて行くのと同時にあれ?このパターン前にもあったなと考える。
「いやぁ、実は息子が友人を連れて来るなんて初めてでね……いや、嬉しいよ」
想起するのは、陽だまりのように穏やかで優しい声音と微笑。
当主ではなく、息子の友人の来訪を喜ぶオスカーの、父親としての顔。
精霊使いとは特殊な生い立ちが殆どである、らしい。が、とはいえこれはあまりにも。
――……ぼっちばっかりなの……?――
精霊使いはどれだけ友達いないんだよ。と、珍しくもツッコミにまわってしまった。別名、眼前の光景に対する現実逃避とも言う。
頬に手を添え嬉しそうに感嘆を続ける妻兼母親を、夫と息子が宥めるという中々衝撃的な光景。宥める声に諦念と疲労感が滲み出ている為か、はたまたハイテンションの化身は聞く耳を持たないのか、或いは話を聞かないのはいつもの事であるが故の諦念と疲労感なのか。正解があるかも不明だが、現状は変化に見向きもせずに、ひたすら平行線を辿っている。
「……母上、その……僭越ながら、お戻りになられたのでしたら……」
まずは任務完了の報告をあげるべきでは……?と。
宥める事を諦めたユンがタニアとは正反対の沈んだ声で紡いだ正論は、どうやら耳に届いたらしい。藤色の瞳が瞬いて、歓喜による光が落ち着きを取り戻す。どうやらユンによる話題の転換は、見事テンションの鎮静化に成功したようだ。
「あ。そうだったわぁ、私ったら……」
嬉しくて、つい、と微笑を浮かべたタニアが改めてイーサンに向き直る。
「あなた、《カュワラン集落》に出現した双魔の討伐が完了したわ」
双魔とは、魔物と魔族を併せた呼称である。つまり、今回タニアが討伐したのは魔物だけではなく、魔族も含まれていたのだという事だ。御三家の一角たるブラッドレイ家当主の細君であるならば当然精霊使いだとは思っていたが、やはり誤りではなかったらしい。
ブラッドレイ家に双魔討伐の依頼を出した《カュワラン集落》周辺は辺境の地であり、同時に未開の地でもある。依頼がなければ赴かない程の辺境に存在する集落にて、タニアは複数の魔物の発生と、その魔物を率いる魔族の出現を確認。戦闘の末、無事魔族共々全ての魔物の討伐に成功したと報告を行った。
「只、一つ気になる事があるのだけれど……」
思案するように、指先を口元に添えてタニアが語ったのは、消滅寸前に魔族が発した断末魔。
「〝陛下に栄光あれ〟……魔族の討伐経験は何度もあるけれどこんな事を言う魔族は初めてだったわ」
魔族を従えるのが魔王であるならば、魔族の口にした〝陛下〟とは当然、魔王を示す敬称である筈。
セオドアの頬が、ぴくりと蠢き、タニアの言葉に反応した事を示したが、気付いた者はいなかった。
「……ねぇ、あなた。先日あなたが読み解いた文献と、シンクレア家当主殿から届いた書状の件……この子達、本当はその為に来たんでしょう?」
勿論、この子達がユンの友達っていうのも本当なのでしょうけれど……、と。
イーサンに向けたタニアの藤色に、貫くような、僅かな剣呑さが宿る。その双眸が孕んだ光はユンの黄金と酷似して、やはり二人は親子なのだと思うと同時に、タニアも戦闘に身を置く精霊使いなのだと、来訪者達は理解した。
そして、と、タニアは続ける。
「あなたは当主として、書状にあった御三家の交流復活を受諾した、茶席はその為にシーラが用意したのではなくて……?」
正解でしょう?と問うた瞳に、もう剣呑さは見当たらない。言葉通りに正解を言い当てられた当主は、自身の伴侶に頷きで以て答えを与える。
「……そう、」
時代が動き出すかしら、と、タニアは艶然と微笑んだ。
「――お見送り出来なくてごめんなさいねぇ。また必ず会いましょう」
ゆっくりしていってね、とは言えない状況下である事を心底残念がった後、次なる依頼が入ってしまったタニアは忙しなく屋敷を発つ事になった。
――……母親、か……――
和やかに手を振って、最後に「ユンと仲良くしてあげてね、素直で良い子な自慢の息子なのよぉ」との言葉でユンから赤面と「……母上っ!」という叫びを引き出したタニアは、慌ただしくも母たる面差しをしていた事がセオドアの心情に印象付いた。
【奇縁なる茶席】




