表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/41

大罪の証明編 第四話―邂逅―





――……そんな……馬鹿な……――


 少年は、思わず隣へ視線を移す。自身の傍らには、もう片時も離す事の出来ない愛しい者の肉体――最愛の姉を甦らせる為の器が有る(・・)。では、今目の前でシンクレア家の者達と共に在る(・・)姉と同じ容姿(すがた)の彼女は……?

「……姉上……?」

 無意識下に発した言葉は、泣き出しそうな程に掠れていた。まるで、迷子になった幼子のように……。







 寥郭(りょうかく)たる草の海上を、アナスタシアが駆け抜ける。襲撃を受けた往路と異なりライリー達を乗せた雪豹はその復路を順調に進み、やがて幾つかの村や街を過ぎた頃、漸く目的地へと到着した。

 ライリーの住む街の名は、《カザブリンド》という。捨て子であったライリーにとって、生誕の地なのかは判らない。しかし、育った街である事には違いない。長閑と活気が同居する、ライリーの故郷。

 シンクレア家を出発したのは早朝で、狭間に引き摺り込まれ、脱出し、ニールとセオドアの戦闘の後、ブラッドレイ家に到着した時には太陽は既に空高くまで昇っていた。そして、現在。斜陽、と呼ぶ程ではないが、日はやや傾きつつある。

「……帰ってきた……」

 と、言う程の長期間、街を離れていた訳ではないのだが。何やら感慨深さに駆られ、ライリーは無意識に呟いた。

 神殿の門前に着地したアナスタシアから降りて、自身の育った神殿(場所)を改めて見上げる。ただいま、と零れた言葉に、おかえりなさい、と微笑む彼女が、深緑めいたライリーの瞳を覗き込む。慈愛が彩る彼女の笑みに、ライリーの頬も緩んで……、


「――姉上……!」


 喜色に染まった少年の声が響いたのは、神殿の門を潜ろうとした時だった。

「!」

 聞き覚えの無い少年の声は、ライリー達の足を縫い付け、その視線を釘付けにするのに、充分な効果を発揮した。

 振り返った視界の先には、二人の人影。一方は夜色の外套を纏い、頭巾で頭部全体を覆っている為、その容姿は判らない。

 今一人は少年だった。長い黒髪は風と舞い躍り、宝玉めいた真紅の双眸は声と同様の色彩に満ち溢れ、その眼差しは純粋な程真っ直ぐに、彼女只一人へと向けられている。

「え……?」

 歓喜に叫ぶ少年とは対照的に、彼女にあるのは只困惑のみ。少年の相貌が、歓喜から疑念へとその座を即座に明け渡す。


――……覚えていない……?まさか、死んで魂魄(たましい)が傷付き僕のことを忘れてしまったのか……?……そんな……!――


 驚愕に見開かれた紅玉の双眸が、絶望と憤怒に染め上がる。

「……ッ、人間共めッ……!」




 少年の口から吐き出された怨嗟の声を、理性(あたま)で理解するよりも早く。本能(からだ)が自身の宿命に従い、セオドアは地を蹴っていた。

「サイラス!掟霊解放ッ!」

 跳躍したセオドアの手に、翠の風が集束する。

 サイラスの武具“翠嵐箭”の顕現と共に、少年の頭上に到達したセオドアが左腕を振り下ろし、


「……ッ!?」



 少年の瞳と同色の炎に、その全身を包まれた。


「ぅわぁあああっ!?」

「セオドアくんっ!?」

 初めて耳にするセオドアの絶叫に、ライリーと彼女は元より、ユンやアリシアの表情までもが凍り付く。受け身もとれずに落下して大地に伏したセオドアの手からは、 具現化した筈の風の弓矢が消え失せていた。

「……ぅ……、」

 辛うじて意識はあるものの、セオドアは伏したまま動けない。

『セオドア!』

 真紅の炎に顕現した武具を破壊され、掟霊解放どころか憑操術すら解除させられたサイラスが、セオドアの傍らに膝を突く。

「レィリィンッ!」

「ナーシャ……!」

 ユンとアリシアが自身の契約精霊の名を呼ぶ。セオドア同様二人も気付いたのだ、眼前の少年の正体に。

「……姉上……」

 掟霊解放した二人の精霊使いにも、伏したセオドアにも、その一瞥を与える事無く。憤怒から悲哀へと変遷された紅玉は、一途に彼女を見据えていた。

 困惑と蒼白に支配された彼女の相貌に、新たに恐怖が追加される。

「……姉上……、」

 少年が歩み寄る。手を伸ばす。

 徐々に近付くその距離に、彼女の肩が、少年の声に反応して小刻みに震え始めていた。

 胸の前で組まれた両手は、疾うに肩の震えと連動している。

 まるで(アカ)に囚われるかのように。彼女は、少年から目を逸らせない。

「お姉ちゃん……!」

 だから、咄嗟に。ライリーは彼女を呼んで、震えるその手を自身の手のひらで包み込んだ。

「ッ、ライリー君……」

 彼女が安堵の吐息と共に、紅玉から深緑へと視線を移した、直後。

「……今、なんて言った……?〝お姉ちゃん〟と、そう聞こえたけれど……?」

 放たれた声に、揺らめく炎を内包するかの如く双眸を以てして、少年がライリーを睥睨する。真紅の宝玉を嵌め込んだかのような瞳は今や、憎悪と嫉妬に支配されていた。

「……彼女は僕の姉上だ……僕だけの姉上だ……」

 固執と執着の宿った少年の眼差しが徐々に仄暗い光を帯びて、不気味な煌めきを増していく。迸る激情による威圧が空気に重力を纏わせて、呼吸すら強奪さ(うばわ)れるかのよう。それは、異常と呼ぶ事すらも烏滸がましい程の――狂気。


「――彼女から離れてもらおうか」


 苛烈と称して尚足りない重圧に全員が射竦められ、時すらも停滞させるかのような重苦しさを払拭し、響き渡った声の主は、白の法衣を纏う司教のもの。

 項で括った銀灰色の長髪が靡き、穏やかな湖面を彷彿とさせる紫水晶の双眸は、今は峻厳を帯びて煌めいていた。

「存外早く現れたものだな、テオドール・シンクレア。そんなに彼女は貴殿の姉君に似ているのか?」

「似ているのではない。彼女は姉上だ……そうか、お前……銀のヴァレンティン家の後裔か」

 その髪と目の色に覚えがある、と。

「そっちは紅のブラッドレイ家……なんだ、御三家とやらが揃い踏みじゃないか」

 銀のヴァレンティン、紅のブラッドレイ、そして黒のシンクレア。千年前(かつて)の光景を想起させる瞬間に、少年は――魔王、テオドール・シンクレアは、皮肉げに口角を歪ませる。

 圧倒的強者である魔王の嘲弄に対し、銀灰の司教は揺るがない。重圧に呑まれる事も無く、ライリー達へと歩み寄ったウィリアムは、アリシアに小さく言葉を掛けた。

「!」

 若き司教の言葉を理解したアリシアの、その人形めいた相貌に、珍しくも驚愕が宿る。深海を湛える双眸が、逡巡するかのように瞬いて。一拍の後、それは決意の色に染まった。

「キース……掟霊解放」

『――はい、ウィリアム様』

 白の法衣の司教の言葉に、契約精霊が(いら)える。

 とぐろを巻いた、月白色の巨大な蛇。その額部からは胴体と同色の長髪に、同色の鱗に包まれた、男性の上半身が生えている。眼の無い大蛇と、男性の閉ざされた双眸。盲いた精霊を自身に憑依(おろ)したウィリアムの右手には、白く滑らかな長杖が具現化されていた。

「『“白竜杖(はくりょうじょう)”……“細小波(いさらなみ)”……』」

 ウィリアムの身を借りて、キースが精霊術を行使する。ウイリアムを中心地とし杖から吐き出されるかのように、やがて周囲に白の幕が下りていく。




 視界を簒奪するかの如く侵食を開始する白に因って戦端が開かれた事に反応し、アリシアに憑依し(おり)ていたアナスタシアは憑操術を解除した。

「乗って!」

 アナスタシアへと飛び乗りながら、小さく、しかし鋭い声でアリシアが告げる。

 逸早く従ったのはユンだった。アリシアの意図を――延いてはウィリアムの意図を完全に理解したユンは、困惑と恐怖に縛められた彼女を抱え、素早い身熟(みごな)しでアナスタシアに騎乗する。次いで、その腕をライリーへと伸ばし、そのまま腕力で引き上げた。

「ぅわっ!?」

「掴まって!」

 反射的に飛び出したライリーの声を封じるように、アリシアが鋭さを保ったままの声音を放つ。

「アリシア嬢!」

「うん、ナーシャ!」

 周囲()に紛れるかのような雪豹の巨大な体躯が、充満す(みち)る白を掻き分けながら大地に伏したセオドアへと向かっていく。

「セオドア!手を伸ばせッ!」

 鋭さが伝播したユンの声を拾い上げ、未だ自由の利かない身体でセオドアが必死に手を伸ばす。

 駆ける速度を落とさぬままのアナスタシアから、ユンは限界まで身体を傾け。

 雪豹の巨体がすり抜けるのと同時に、セオドアの身体はアナスタシアの背中へと引き上げられていた。





「!」

 立ち込める白に簒奪さ(うばわ)れていたのは、視界だけではなかったらしい。

 意識はあった。しかし、滞留するかの如く淀んだ思考は、どうやら強制的に停止させられていたようだ。


――……この霧が原因か……――


 ヴァレンティン家の後裔は、中々面白い術を使う。テオドールは、嘲弄に細められていた紅玉を瞠目させた。

「――ジュディス」

 自身が絶対の忠誠を誓う王の声に、臣下が応じて姿を顕す。九つの尾を持つ大柄な狐の額に埋め込まれた美女の、その縦に裂けた瞳孔は、見えない(あるじ)の敵を()め付けるかのように煌めいていた。

 直後、眼光を体現する激しさを伴い、狐の尾から真紅の炎が立ち昇る。

 放たれた烈炎は周囲(あたり)一帯を覆っていた白を喰らうかの如く貪欲さを以てして、簒奪者から視界を奪還する事に成功する。


 ――霧が、晴れた。


 (アカ)が白を喰らい尽くし晴らされた視界の先には、恐怖に立ち尽くす彼女の姿も、負傷し倒れ伏した筈のセオドアの姿も見えない。


――……逃がした、か……――


 セオドア達が逃亡する為の時間稼ぎをまだ行うつもりなのか、黄昏が残留する神殿前には、銀灰の司教が一人佇んでいるのみ。

「……」

 彼女へと伸ばして、掴めなかった手のひらを握る。

 もう少しで、この手に取り戻せた筈だった。千年の歳月(とき)を隔てた再会を妨害されたという仄暗い激情が、テオドールを蝕んでいく。

「……」

 目の前の司教()を殺したところで、この溜飲は下がらない。しかし、ヴァレンティン家の後裔は、殺されるだけの罪を犯した。

「……僕と姉上の再会に水を差したんだ……当然、覚悟は出来ているよね……?」

 ならば、殺されて然るべきだ。奴等(・・)のように。

「ジュディス――焼き尽くせ」

 その骨の、否、魂魄(たましい)の一欠片ですら、遺す事等赦さない。

 王の命令(めい)(いら)えた臣下が、再び真紅の烈炎(ほのお)を放った。

 それは威嚇と防護、牢獄を兼ね備えたかの如く堅固さを構築し、銀灰の司教を取り囲む。

 さながら巨大な怪物(ばけもの)が紛れ込んでいるかのように、炎は凶悪な顎門を開き、ウィリアムを呑み込まんと牙を剥く。

「『……“水簾すいれん”』」

 しかし、烈炎(それ)は一瞬にして、白煙に取って代わられた。

「!」

 (アカ)から白に占拠され、役目を放棄したテオドールの視覚の代わりに、聴覚がウィリアムの声を拾う。

「火とは水で消えるものだ」


――……水使い……――


 中空から滝の如く流れ落ちる水流が、ジュディスの炎を消し去っていた。銀のヴァレンティンの後裔は、どうやら“水”の属性を持つ精霊を使役しているらしい。だが、

「……そうかなぁ……?」

 嘲笑を孕んだ声が、今度は司教の耳朶へと到った、その刹那。

 残忍が具現化したかと錯覚する程の真紅の炎が、ウィリアムの足下から更なる凶悪さを伴って帰還を果たした。

「――!」

「火だって水を消すんだよ……?」

 流れ落ちる水は立ち昇る炎の接吻により、断末魔と共に次々と消失する。拮抗していた筈の均衡は、徐々に炎へと傾いていく。

「……蒸発か」

 己の足下から這い上がる炎に視線を落とし、ウィリアムは静かに呟いた。







「時間を稼ぐ……その間に離脱して《不帰(フキ)()(モリ)》を目指せ」

 其処に、兄君が当主を務める我がヴァレンティン家の屋敷がある、と。

「――私も、適当に相手をしたら離脱する」


 それが、アリシアに囁かれたウィリアムからの言葉の全て。眼前の魔王の威圧に揺らぐ事すら無く、あまつさえ魔王に対し適当に相手をしたら、とは、一体どういう心境での発言なのか。

 魔王相手に単身(ひとり)で足留めを買って出たウィリアムの技量を、当然ながらアリシアは知らない。そもそも顔を合わせたのですら、今回でまだ二回目だ。ウィリアムの精霊使いとしての力量等アリシアが知る筈もない。

 神殿を預かる司教であり、御三家の一角、ヴァレンティン家の人間。アリシアが知るウィリアム・ヴァレンティンとは、精々その程度だ。


――……でも、あの状況だと……――


 ウィリアム一人をあの場に残して戦線を離脱する事に、不安がなかった訳ではない。かと言って留まったところで、事態は悪化こそすれど、決して良化はしないだろう。

 あの状況下では、例えウィリアムが戦闘に加わったところで、戦局が此方に好転するとは到底思えなかった。まして、対峙するのは甦った魔王。セオドアを一撃で行動不能となるまでに負傷させる程、圧倒的な実力差を有する相手――テオドール・シンクレアなのだから。

 ウィリアムの判断は正しい。あのまま全員で対峙を続けるのは、明らかに悪手。戦闘を続行していたら、遅かれ早かれ此方は全滅していただろう。

 あの場で打てる最善の手は、戦線(あの場)からの迅速(すみやか)な離脱だ。

 離脱(その為)の殿を、ウィリアムは引き受けた。

 如何に離脱の為とは言え、かつての御三家当主ですら敵わなかった魔王相手に単独戦を行う事がどれだけ危ういか解らぬ程、アリシアは蒙昧ではない。

 しかし、いつまでも逡巡している事は出来ず、またその時間も此方には無かった。

 故に、胸中に湧き上がる不安を、アリシアは理性で捩じ伏せた。迷い等、瞬きの内に決意に変えて。


――……きっと、大丈夫……――


 ウィリアムは言っていたではないか。適当に相手をする、自身も離脱する、と。

 それはその手段も実力も、あの銀灰の司教が有しているという事。

「……」

 何度も浮上し続ける不安を、その度に身の裡の深淵へと落とし込み、沈ませながら。

 アリシアは、後方の同乗者(セオドア)達へと視線を移す。

 ユンに引き上げられた後、否、腕を掴まれた直後から、脱力してしまった身体。今や完全に、セオドアは意識を失っていた。

 彼女の顔色は蒼白に支配されたままで、ユンに支えられていなければ倒れてしまいそうな程に血の気が引いている。

 彼女を支えるユンの相貌にも、苦い感情(おもい)が渦巻いて。黄金色の瞳には、常よりも厳しい煌めきが宿る。

 レィリィンも、サイラスも、重苦しい気配が濃い。

「……」

 最後にちらり、と、アリシアの視界はライリーを映す。意識の無いセオドアがアナスタシアから落下したりしないようにと気を配るライリーとて、暗澹の統治から完全には脱け出せていない。いつもならライリーの肩を定位置とするティティーは、今はセオドアの顔の傍にいる。

「……満身創痍……」

 それは決して身体の状態だけを指す言葉ではない事を、アリシアは体感した。







 自身の銀灰()が頬に掛かり、ふと、邪魔だと感じると同時に、結っていた筈だと思い至る。次いで、焼き切れて熱風(かぜ)に煽られた髪紐が、視界の端で燃え尽きた。

 キースの“水簾”は、攻防一体というよりは、攻よりも守にその重きを置く。生半可な攻撃は、掲げた長杖の先端によって中空に出現する水流の壁に阻まれて、ウィリアムへは届かない。

 しかし、臣下であろう狐型の魔族から放たれる炎は、キースの術を完全に凌駕している。

 真紅の炎による牢獄は再度完成し、虜囚となったウィリアムに、死刑を執行せんとしていた。


――……ここまで力の差があるとは……――


 勇者(称号)の継承者たるセオドア・シンクレアを、一撃の下に沈めてみせた炎。そして今、ウィリアムの足下に巣食う炎。

 これ程の力を持つ魔族に忠誠を誓わせ、従える存在。

「……流石は魔王といったところか……」

 胸中での独白が声として洩れている事すら気付かず、ウィリアムは諦念と共に苦笑した。

 身体を蝕む熱気(あつさ)は既に、苦痛(いたみ)となって皮膚から全身を進軍している。


――……あわよくば、と思ったが……やはり倒せんか……――


 自分程度では、討滅等河清(かせい)を待つに等しいのだろう。

 叶う事ならもう暫し時間を稼ぎたかったが、当初の予定通り、そろそろ離脱するべきだ。

 “水簾”は通じない。視界を奪い、思考力を停滞させる“細小波”も、もう無意味だろう。だとすれば、

「……キース」

 呼吸すら熱風に奪われて、肺腑すら焼かれているのではないかと錯覚する中、ウィリアムは自身の契約精霊の名を呼ぶ。

 契約主(あるじ)の声に(いら)えたキースが新たな精霊術を行使するべく、焦土と化し始めた大地へと長杖の底部を接触させた。

「『――……“にわたずみ”』」

 瞬間。接地した杖を起点として、小さな漣が発生した。生み出される波紋は緩やかに勢力を拡大し、ジュディスやテオドールの足下にまで到達するものの、波紋(それ)自体が攻勢へと転じる事はない。やがて、波紋は静かに消えていく。

「……テオドール・シンクレア、一つ問う」

 意図の掴めぬ精霊術に眉を(ひそ)めたテオドールに対し、ウィリアムが口を開いた。

「貴殿は何故魔王となった?」

「……なった(・・・)……?」

 テオドールの頬が、ぴくり、と蠢く。

 不審から、激憤へ。その相貌(かおいろ)が鮮烈に染め上がり、紅玉に炎を纏わせた眼差しが対峙する司教を貫いた。

人間共(お前達)がッ、僕を魔王にしたんだろう……!ジュディスッ!」

 炎を使役する王の臣下の、その巨大な狐の九尾から、新たな炎が迸る。上騰する炎柱(はしら)と化したそれは更に渦を巻き、徐々に造型(かたち)を変えていく。

「『“鯨波げいは”……!』」

 水を行使する司教の契約精霊も、新たな力を発現させた。

 迸る炎に対抗するかの如く、触れる者全てを押し流す程の巨浪(おおなみ)が、キースの長杖から解き放たれた。

 並の魔族等瞬きの内に消滅せしめるであろう波濤が、凄まじき速度と質量を伴いテオドールへと押し迫る。

「……なんだ、所詮この程度か……」

 自身の落とした独白に、失望と落胆が含まれていた事をテオドールが自覚する間も無く。

「っ……!?」

 巨大な波壁を突き破りウィリアムを捕縛したのは、龍の容姿(すがた)を模した炎。

 紫水晶めいた双眸が、驚愕に見開かれた、直後。声を洩らす間も、瞬きすらも赦されぬままに、炎の龍に拘束された銀灰の司教は、真紅の炎により死の抱擁を授けられた。白の法衣も、銀灰の髪も、全てが黒へと塗り潰される。かつてウィリアムだった肉体は、もの言わぬ炭へと瞬時の変貌を遂げた後、テオドールの言葉通り骨の一片も遺らずに、その灰すらも焼き尽くされた。

「……」

 やはり、テオドールの溜飲は下がらない。

「……姉上……」

 何度も自分の名を呼んでくれた優しい声は、今は別の名を呼んでいて。沢山撫でてくれた手は、拒絶するかのように震え、微笑みを向けてくれていた瞳は困惑と恐怖に彩られていた。

「……姉上……」

 もう少しで抱き寄せられた筈の彼女は、今はもう、影すら見えない。

「……」

 外套を纏った姉の肉体が歩み寄り、いつの間にか溢れていた涙を拭うかのように、テオドールの頬を撫でる。その手首を掴み、引き寄せ、荒々しく掻き(いだ)く。姉の肉体は抵抗もせず、かといってテオドールを抱き締め返す訳でもなく、されるがままになっている。

 肉体とは魂魄(たましい)容器(イレモノ)。魂魄をこの世界に繋ぎ留める為の、単なる〝器〟に過ぎない。だが、甦らせる為の器とはいえ、仮初めの魂魄等に大切な姉の肉体を使わせる筈もない。だから、今の姉の肉体は、魂魄の無い抜け殻だ。テオドールの魔術に因って動くだけの、只の人形。それでも姉弟だった頃の記憶の名残でも身体のどこかに存在するのか、肉体から伸ばされた手は千年前(あのとき)と同じ感触(優しさ)で、千年前(あのとき)と違う温度(冷たさ)を宿してテオドールに触れてくる。


――……僕が真に王となるまで……それまでは、魂魄は我慢するはずだった……綺麗な世界で姉上を迎えたかったから……――


 だが、今彼女の魂魄は新たな肉体を得て転生を果たし、あろう事かシンクレア家やブラッドレイ家、ヴァレンティン家の者と共にいた。しかも、あの時最も、彼女の傍にいた少年()。緑の目をしたあの少年()は、彼女の事をなんと呼んだ?


「お姉ちゃん……!」


「……ふふっ……面白いじゃないか……」

 姉の器を抱き締めながら、呟き嘲笑する(わらう)その(かお)は、妬心と狂気に歪んでいた。




ウィリアム・ヴァレンティン〈William・Valentin〉

William:断固とした保護者

髪=銀灰色(長髪)/瞳=紫色/年齢=32/性別=男

長所:洞察力が鋭い/短所:発言が独特

ライリーの街の神殿を預かる年若い司教。驚異の昇格その2。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ