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後胤の宿命編 第四話―狭間と異能―




「――厄介?セオドアくんがそう言ってたの?」

 狭間と呼ばれるこの異質な空間について、アリシアがライリーに伝えた後。

「うん。すごく渋い顔してた」

「セオドアくんが、渋い顔……」

 普段、どちらかといえば穏やかな表情の多いセオドアが渋面を浮かべる程、この狭間という名称をもつ異質な空間は厄介らしい。

 だが、確かにそうなのだろう。現に今、ライリー達は離ればなれとなり、互いの状況も確認出来ない(わからない)ままでいる。この空間には、ライリーとアリシアの二人だけ。セオドア達どころか、アナスタシアやティティーの姿すら見当たらない。アリシアは何度かアナスタシアの愛称を呼び、ライリーも同様にティティーを呼んだが、声は虚しく室内に反響するだけで、一向に返事はなかった。

「どうすれば此処から出られるの……?」

 この部屋には窓もない。唯一扉はあるものの、鍵が掛かっているのか開かない事は、先刻アリシアの手によって証明されていた。

「……それは、」

 アリシアの声を断ち切るかのような、カチリ、という音が落とされた。小さい筈のその音が何故か、いやに大きく室内に響いた気がして、ライリーの意識はアリシアから扉に吸い寄せられる。


――……鍵が、開いた……?――


 ライリーが扉へと焦点を合わせるのと同時に、扉を叩く音がした。


「――ライリー君、開けて下さい」


「え?お姉ちゃん?」

 扉の外から聞こえた彼女の声に、反射的にライリーの足が扉へと向かう。しかし、取っ手に手を掛けたところで、誰かの手がライリーの行動を遮った。

「え……?」

 アリシアが厳しい表情で、ライリーの手を掴んでいる。

「……だめ」

「え? でも……」

「だめ」

 アリシアの表情に変化はない。だがその青い双眸が焦燥と緊張を孕んでいる事に、ライリーは気付いた。

「……開けないほうが、いいの……?」

 アリシアは頷く事で、ライリーの言葉に肯定を示す。扉の外からは彼女の声が開けて欲しいと訴えているが、ライリーの心は彼女の声よりアリシアの瞳を信じるようにと、その天秤を傾けた。

「……ライリー君、開けて下さい……ライリー君、開けて下さい……ライリー君、開けて下さい……ライリー君……」

 扉を叩きながら、彼女はライリーに訴え続けている。何度も何度も開けて欲しいと繰り返す彼女の言動が回を増す度に変化していく。

「……開けて……開けて……ねえ、開けて……開けて下さい……開けて……開けて……ねえ、開けて……開けてください……開けて……ねえ、開けて……ねえ、開けて……開けて……開けてください……開けて……開けて……あけて……」

 優しく叩かれていた扉の音は徐々に激しさを伴い、引き摺られるように彼女の声量も高まる。叩かれる衝撃による震動が、扉全体を揺らし始めた。


 彼女ではない。


「あけて……あけて……あけて……あけて……あけて……あけて……あけて……あけて……あけて……あけて……あけて……あけて……あけて……あけて、あけて、あけて、あけて、あけて、あけて、あけて、あけて、あけて、あけて、あけて、あけて、あけて、あけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「ひっ……!」

 驚愕と恐怖に苛まれ、ライリーの咽頭(のど)が引き攣った。







「さて、答えてもらおうか……シンクレア家(此処)に来た目的を……」

「……ッ……」

 満月自身の陰影(かげ)をその喉元に鋭く突き付け、微笑みを崩さないまま、オスカーが問う。

 僅かに身動(みじろ)ぎするだけで刺し貫かれるであろう鋭利な陰影に、満月が相貌を強張らせたのは一瞬だった。次の瞬間には口角を吊り上げ、嘲笑を吐き捨てる。

「やれやれ、陣代殿はご冗談がお上手だ……我が王への忠義がこの程度で崩されるとでも?」

「答える気がないのならこのまま貫くだけだよ」

 遠山の青と月を思わせる黄金が、中空で交錯する。


――……言動は軽薄だが忠義心は本物か……どうやら本当に口を割る気はないようだ……それに……――


 眼前の魔族自身は、まだ此方に攻勢を仕掛けていない。

 巨大馬の背から伸びる人型の咽頭(のど)へと、オスカーは陰影(かげ)を突き付けているが、咽頭(そこ)が急所だと判断を下すのは早計だ。魔族は精霊のように様々な容姿(すがた)形状(かたち)をもつが、精霊とは違い実体を有する。しかし魔族の肉体の構造には謎が多く、急所や弱点は個体によって異なっている。故に人型をなしている部位が、人と同様に急所であるとは限らない。

 オスカーの、ソフィアの操る影が喉元を貫いたとして、果たしてそれが満月にとって致命傷となり得るか。

 この一角獣めいた巨大な魔族が、どの属性に相当するかも不明のままだ。この状況を覆せる属性を満月が秘めていたとして、此方の油断を誘うべく、敢えて劣勢を装っているのだとしたら。逆に此方の攻撃後の隙を突かれる可能性もある。

「……」

 互いの硬直は暫く続いた。お互いが微動だにせず、言の葉を交わす事もせず。あたかも沈黙に魅入られたかのようなこの奇妙なまでの膠着状態に終止符を打ったのは、あまりにも場違いな〝音〟だった。




 ちり、と。小さく響いた鈴の()を、オスカーの耳が拾った。

 何処から?という疑問と共に、オスカーの脳内が本能に従って警鐘を鳴らす。と、同時に。オスカーの身体は、その場から飛び退いていた。

 オスカーがその場を退いた刹那、まるで波紋が広がるように大地が鳴動し、揺らぐ。

「ッ!?待て!まだ……!」

 満月の怒声は、波紋と共に響き渡る鈴の音に掻き消された。

 波紋は満月を起点として波打つかのように揺蕩い、漣はやがて波浪へと変わる。荒らげる声すら包み込むように揺らぐ大地は、驚愕と憤怒に装飾された満月を、一瞬で呑み込んでみせた。

「……」

 満月を呑んだ途端大地の鳴動も波紋も消え去り、水面のように揺らいだ大地が本来の姿を取り戻す。

 玲瓏とした鈴の音も、もう聴こえない。

「『……オスカー、いなくなったよ』」

 警戒するように周囲を見渡したソフィアが、オスカーに報告する。敵の気配は完全に喪失し、魔物の軍勢は一体残らず消滅していた。

「『援軍……それから再進攻も、今のところはまだ視えないよ』」

「……そうか」

 敵の目的(襲撃の理由)は聞き出せないまでも、一先ずの脅威は去ったか、と、オスカーはソフィアに憑操術の解除を命じた。







「……ぐ……!」

 肉体を無理矢理揺さぶられる独特の感覚を味わいながら、満月の身体が落下し(おち)ていく。

 疑う余地も無く、これはあのいけ好かない同胞(はらから)の――三日月の転移術だろう。果然、落下の執着地点では、あのいけ好かない同胞(はらから)が、いけ好かない嗤いで立っていた。

「なっさけないなぁ、大言壮語はオマエの方じゃん?この三日月サマに感謝しろよ?」

 耳障りな甲高い声で、三日月が悪し様に言い放つ。

 年若い少年の(かお)が、満月の眼前で嘲笑を纏っていた。

 少年は三つ眼の虎に――白虎に座していた。否、満月同様少年の下半身は白虎に埋め込まれ、上半身は直接白虎の体躯から生えている。敢えて相違点をあげるなら、白虎の脇腹から白い羽毛の翼が生えている事くらいか。人としては白過ぎる肌に、同色の髪。その白の中で、少年の瞳だけが黄金色の輝きを放って嗤っている。

 このいけ好かない同胞(はらから)が王から与えられた名の由来が、己と同様瞳の色にある事、そしてお互いの体躯の相似点、何よりこの傍若無人な振る舞いが、満月が三日月を嫌悪する最大の理由だった。

「そうですなぁ……助けて頂き感謝を、と言いたいところですが情報に誤りがありましてな……やれやれ、これだから新参者は……」

「あぁ゛!?」

『やめろ見苦しい!我が君の御前だぞ!』

「――いいよ、ジュディス」

 王に一番長く仕えるジュディス(側近)を、満月が絶対の忠誠を誓う王の声が制止する。

 玉座の面前に落とされていたのだと気付き、満月の三日月に対する嫌悪が更に増していく。全くなんというところに落としてくれたのだ、このいけ好かない同胞(はらから)は。

「配下は全滅したんだね……陣代とはいえ今の当主も侮れない、ということか……」

 我が兄上の一族を預かるだけのことはある、と、玉座の上で少年が独りごちる。

「申し訳御座いません、我が王よ……次こそ必ず」

 巨体を屈め、満月は王の眼前に跪いた。

「うん、でもしばらくはいいよ……どうやら屋敷にはいないみたいだし……三日月」

「はーい」

 王に名を呼ばれた三日月が、満月の隣で同じように跪く。その巫山戯た返事を改めてやりたい思いを、満月は王の御前だと己の奥底に押し止めた。

「セオドアは視えるか?」

「えーと……」

 三日月が、白虎の三つ眼の内の一つ――額部分の眼を閉じる。そのまま微動だにせず、三日月の体躯は彫像のように硬直した。

「……すみません」

 暫く閉ざしていた額の眼が開かれるが、三日月の(かお)からは纏っていた笑みが消えている。

「視えないです」

 三日月の持つ異能は、天眼。範囲、もしくは個体を指定し、指定した範囲や個体を見通す力。

 個体を指定した場合は、通常その個体が何処にいようと見通す事が出来る筈だが。

「……そうか……なら狭間に落ちた、かな?」

 見通せないならセオドアは今、世界にも異界にも存在しないという事になる。となれば、逆にいる場所は限られる。玉座に座する少年にとって、答えを導き出す事は呼吸よりも容易だった。

 “狭間”。それは異能持ちが創り出す特異な空間。その異能は狭間内でこそ真価を発揮するという特性故、狭間の異能持ちは自身の創造、展開した狭間内でしか、その特異性を発揮する事が出来ない。しかしだからこそ、一度創造、展開された狭間は堅牢堅固を誇り、世界や異界、果ては他の異能からの干渉を全て遮断する。

 それは当然、三日月の天眼も例外ではない。

「セオドアの傍にいるのか視て欲しかったけど……まぁいいや。ありがとう……二人共、もう下がっていいよ」

「――はっ、御前失礼致します」

「はい」

 二体同時に(こうべ)を垂れる。いけ好かない同胞(はらから)も、流石に巫山戯(間延びし)た返事はしていない。

 いけ好かない、が、その異能は貴重でもある。第一、自身の王が傍に置く存在だ。いけ好かないからと満月の一存で排斥、ましてや排除等出来る筈がない。その事に更に苛立ちながら、満月は三日月と共に玉座の間から退室した。







『我が君、僭越ながら三日月の言動には些か問題が多いかと』

 満月と三日月が退室した、玉座の間。怒気を含んだジュディスの声に、玉座の少年が姿勢を崩す。

「三日月の異能は貴重だ……天眼に加えて、ジュディスと同じように転移もある」

 異能は属性とは無関係な特異性の力の発現だが、“転移”とは属性に類する術だ。

 異能と酷似し、異能と異なる転移術は、自身の属性を利用して行使する移動術である。飛行よりも(すぐ)れた移動手段であり、一瞬で自身を別の地点へと到達させる転移は、異能と同様、一部の精霊や幻獣、魔族しか扱う事が出来ない。

 その上三日月の扱う転移は自身の天眼(異能)と組み合わせ、天眼で捕捉した先にいる相手を自身を到達点として転移させる事が可能である。近くにいる個体を自身と共に転移させる事は出来ても、自身から遠く離れた個体を正確に認識し、自身の傍へと転移させる事は、転移術の中でも最高峰と賞される。その稀少性の高さは他の転移の群を抜き、故に多少の問題点は瞑目しても構わないのだと、少年はジュディスに言葉を返す。

「……利用価値がある間は傍に置くさ……」







『……引き離されましたね……』

 四方を壁に囲われて扉や窓すらない空間に、嘆息するかの如くサイラスの声が落とされた。

 その言葉に同意するかのように、アナスタシアが小さく唸る。

『せめてユン様とレィリィン殿が共にいてくだされば良いのですが……』

『――この状況では高望みだな』

 それまでアナスタシアがいた場所に、一人の女性が立っていた。女性にしてはやや長身ですらりと伸びた手足は細いが、豊満な肉体美を誇る、蠱惑的で妖艶な美女。

『妾達が引き離されておるのだ……共にされる訳がなかろう?』

 銀にも黒にも見える不思議な髪色の美女は、その緩い巻き毛を掻きあげながら艶やかな声音でサイラスの言葉を否定した。

 この美女はアリシアの契約精霊――アナスタシアが、人型(人の姿)をとったもの。

 アナスタシアが髪を掻きあげる(この仕草をする)のは怒りを抑えている時なのだと、サイラスは知っている。現に黄色味がかった灰色の瞳に静かな、しかし確実に怒気が含まれている事を、サイラスは悟った。

『セオドアの呼び声も聴こえませんね……そちらは?』

『同じくだ。アリシアの声も聴こえぬわ』

 通常、精霊使いと契約精霊は、契約を結んだ直後から可視化出来ない何かに因って結ばれる。それを絆と呼ぶものもいるが、何であるかは精霊使いにも、契約を赦した精霊自身にも解らない。しかし、その結ばれた何かに因って、精霊使いの呼び声は必ず契約精霊に届く。そして名を呼ばれた精霊は、例えどんなに距離があろうとも契約主(あるじ)の元へと導かれる。

 それは、召喚されると言っても過言ではない。

 故に、突発的な事態によって契約精霊と引き離された精霊使いは、必ず最初に自身の契約精霊の名を呼ぶ。名を呼ばれさえすれば、契約精霊はその声を頼りに、精霊使いの元へと辿り着く。

精霊使い(セオドア)達と精霊()達を引き離したという事は、この狭間の異能持ちの攻撃は少し特殊なのでしょうね……』

 属性による物理的な攻撃を得手としているのなら、精霊使いと契約精霊を引き離すような回りくどい事等せずに、直接攻撃を仕掛ければいい。それを敢えて引き離したという事は、この狭間の創造主は直接攻撃(それ)を不得手としているという事。裏返せばそれは、攻撃の特異性の表れだという事ではないか。

『愚かな事よ……かような事態にアリシアは揺らがぬ。セオドア・シンクレアとてそうであろう?』

『二人はそうでしょうが……ユン様は兎も角、ライリー様達は些か不安ですね……』

 歪みに呑まれる瞬間、セオドアの声に全員が本能的に従った筈だ。しかし、誰が誰と共にいるのか、現状でサイラス達にそれを確認し、判断する(すべ)はない。

 それこそ、セオドア達と共にいれば良いのですが、と、サイラスが再度呟いた。その吐息めいた言葉を遮るように、アナスタシアがそれに、と続けた。

『アリシアと妾を断ち切る事等不可能よ』







『……レィリィン……ここどこ?ライリーは……?』

 ティティーが悲し気に問い掛ける。問われたレィリィンも、残念ながらその答えを持ち合わせてはいなかった。

 四方を壁に囲われて、窓や扉も見当たらない程の狭い空間(部屋)。室内にいるのは、レィリィンとティティーのみ。

『主君の姿も見えぬ上、呼び声も聴こえぬとは……ご無事であれば良いのだが……』

『通れないー!なんでぇ!』

 壁をすり抜けようとしたティティーが、弾かれて悲痛な声をあげる。

 常ならば肉体(実体)のない精霊にとっては壁等あってないようなもの、移動(動き)を制限される筈のないものだ。

 しかし、この異質な空間に於いては、どうやらその理は通用しないらしい。

『ライリー!』

 ティティーがとうとう泣き出した。小さな精霊の小さな瞳から、限界を迎えた悲しみがぽろぽろと零れ落ちていく。

 肉体がない故に痛覚等とは無縁の精霊にも、当然喜怒哀楽といった感情は存在する。思いが容姿(すがた)と成って世界に誕生する精霊は、容姿(すがた)を得る前に自我を得るからだ。

 自我が芽生え、感情を知る事が、思いが容姿(すがた)を得る条件であると考える人間もいるらしいが、当の精霊達にとっては精霊と成った事実こそが大事であり過程等には拘らない。

『……ライリー……どこ……?ライリー……』

 ティティーは何度もライリー・マークスの名を呼ぶが、それに応える優しい少年の声は聴こえてこない。


「――ッ!誰でもいい!掴まれ!一人になるなッ!」


 あの闇を具現化したかのような歪みに引き摺り込まれる瞬間に、セオドア・シンクレアの放った荒々しい声。

 まだ出逢って日は浅いものの、レィリィンの知るセオドア・シンクレアという精霊使いは常に穏やかな口調で話し、声を荒らげる事等なかった。例外的に己が主君と対峙した際や、山中での戦闘時に於いて口調が鋭くなる事もあったが、あれは戦闘下故の混乱と興奮とに因るものだとレィリィンは正しく理解している。

 そのセオドア・シンクレアが、焦燥に彩られた叫びを発したのだという事。

 それは、この事態の深刻さをより顕著なものにしている。

『……主君……!』

 ユンの声は聴こえない。名を呼ばない筈はない故、声が届かない、もしくは呼べない状況におかれているのだと、レィリィンは推測する。そして願わくば、前者であるように、と。

 悲しみに染まった小さな青い精霊を慰めながら、レィリィンは拳を握り締めた。







「……厄介、なんですか……?魔族よりも……?」

 苦渋の表情のまま話を続けるセオドアに、ユンと彼女の相貌も引き摺られる。

「狭間は閉ざされた特殊な空間……世界を歪ませ、自身の領域を創造、展開する……というより狭間の異能持ちは、展開した狭間内(領域内)でしかその特異性を発揮出来ない」

「ハッ、蜘蛛のようだな……巣を張り獲物を待ち受ける、ということか?」

 吐き捨てるように毒づくユンに、セオドアが苦笑する。言い得て妙だと、その表情が答えていた。

「離された、というのは……?」

 空が罅割れ闇が歪むという現象を目の当たりにした混乱の中、セオドアの声に理性ではなく本能的に従った。咄嗟に掴んだ相手が今共にいるセオドアとユンのどちらだったのかすら、あの時の彼女には記憶がない。

「狭間に引き摺り込まれると、歪みの中で離される……」

 狭間を家に例えるならば、歪みは門に相当する。歪みとはその名称通り歪形した空間であり、多少強引な言い方をすれば細く曲がりくねった小道が複雑に絡み合ったようなもの。故に共に呑み込まれても別の小道へと別れてしまい、結果的に引き離されてしまうのだそうだ。

 歪みに引き摺り込まれる直前にセオドアが声を発した理由は、創造主の展開する領域内での分断を避ける為だった。

「……此処から出るには、どうすれば……」

「狭間を脱出するには創造主を倒す必要があるが……」

 謂わば狭間は敵の手中。狭間を創造し、展開している異能持ちは、この異空間の支配者と言っても決して過言ではない。

「狭間は異能が創り出す空間……その創造主の領域……独壇場と言い換えてもいい」

 以前セオドアが引き摺り込まれた狭間では、契約精霊(サイラス)の属性を制限されてしまったのだという。

 契約精霊が属性による攻撃を制限される、という事は、人にとっては武器を強奪さ(うばわ)れる事に等しい。

 加えて、異能持ちは特異性が高い。そんな厄介な相手に戦う(すべ)を剥奪、もしくは制限される可能性が高い上、始めから戦う(すべ)すらもたないライリーや彼女を孤立させる訳にはいかなかったと、セオドアは語った。

「……孤立は避けられたがこの状況では……」

「ああ、決して良いとは言えない」

 眉を顰めたまま呟くユンに、セオドアが首肯する。

 仲間と分断され、お互いが孤立する、という最悪の事態は辛うじて防ぐ事が出来ただろう。あの瞬間、歪みに呑み込まれる直前に、セオドアは彼女を掴んだ。同時に視界の端でアリシアとライリーが互いを掴んでいたのを視認したと、セオドアはユンと彼女に報告する。どちらか一方でも手を離さずにいれば、今のセオドア達のように二人は共にいる筈だ。

 しかし、事態は好転しているとは言い難く、決して楽観視出来る状態ではない。何よりも……、

「サイラス!」

「レィリィン!」

 セオドアとユンが、もう何度目かも分からない自身の契約精霊の名を呼ぶ。しかし、二人に応える精霊の声は聞こえない。

「くそッ!」

「駄目か……!」

 怒気の込められた悪態を吐き捨てるユンに、セオドアも歯噛みする。

 そう、何よりも……、精霊使いの呼び声に契約精霊が応えない、という事が、それを証明しているのだ。

 この異質な空間に囲われてから二人は幾度も自身の契約精霊の名を呼んでいるが、一度として精霊が(いら)える事はなかった。それはつまり、精霊が応えられない状況におかれているか、室外にはセオドア達の声が届かないかのどちらかだろう。この状況からして後者かと、セオドアは推測する。

 呼び声が届かないとすれば、狭間自体に精霊使いの声を阻害する何かがあるのか、または狭間の創造主である異能持ちの属性が関係している可能性が高い。その上で、契約精霊を呼ばせないという事は、この狭間を創り出した異能持ちは物理的、かつ直接的な攻撃が不得手であるとも考えられる。

 契約精霊が属性を制限される事を、武器を奪われると例えるならば、契約精霊を呼べない精霊使いは、戦闘手段そのものを奪われるという事。

 つまり狭間の創造主は、精霊使いが精霊術を行使出来ないようにしているのではないか。


――……サイラス達は呼べない……空間も閉ざされている……――


 室内には扉の枚数こそあるが、そのどれもが別の空間には繋がっていない。しかも閉じ込められて随分経つが、未だに狭間の創造主による攻撃がない事が、セオドアの推測を裏付けていく。

 勿論、只閉じ込めて衰弱を待つ、という可能性もまだ捨てきれないが。


――……だがこの状況……アリシアなら……――


「ユン。俺達がサイラス達と引き離されているのなら、恐らくアリシアも同じ筈だ」

 異能が創り出す特異な空間、狭間。空間は創造主の独壇場。そしてこの狭間の特異性は、精霊使いに精霊術を行使させない事。その理由は、創造主である異能持ちが直接的な攻撃を不得手としているから。

 現状から組み立てられるこの推測が正しいとすれば、脱出は案外容易かもしれないとセオドアは続ける。

「?どういうことだ?」

「アリシアには俺達には無い特異性がある。それは……」

 ユンが訝し気に眉根を寄せる様を視界に映し、セオドアは再度口を開いた。




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