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後胤の宿命編 第三話―襲来―




『――我が君、申し上げたき儀が御座います』

 九つの尾を持つ狐の額に埋め込まれた美女が、中性的な声を発した。

「なんだい?」

 千年という長きに渡り、忠誠を示し仕え続けるその配下が、王の許可を得て発言を続ける。

『我が()が、同胞(はらから)を焼いたようです』

「……なに?」

 自身の口から紡がれた声が低くなった事を少年は自覚し、紅玉の瞳を訝し気に細めた。

「……ジュディス」

『――はっ』

 王に名を呼ばれた配下――ジュディスは、命令(めい)を賜るべく(こうべ)を垂れる。

「三日月と満月を呼べ」

『……はい』

 それが自身へと与えられた命令(もの)ではない事に内心歯噛みしながら、ジュディスは王命に従った。







 アナスタシアの背に乗って瞬く間に到達した中空は、快晴と呼ぶに相応しい蒼穹が広がっていた。天候に恵まれているのか、ライリー達は街を出発してから未だに雨天とは遭遇せずにいる。

「……そうだ、ティティー」

『なぁにー?』

 無言でいるのもどうなのかと思ったライリーは、以前にティティーが言っていた独り言を思い出す。

「ユンくんと逢う前にティティーが言ってた〝いいこと〟ってなんだったの?」

 それは、ユンとの出逢いの前。彼女と共に、蜜入りの菓子を食べた時の事。

 精霊であるが故、当然のように菓子には興味を示さなかったティティーは、ライリーの肩に座りながら小さな独白を洩らしていた。よく聞き取れなかったがあの時ティティーは、セオドアにたのむ、と言っていた筈だ。

 そして神殿へ向かうライリーに、早く行こうと促した。いいことを思いついたのだ、と。

 その後のユンの強襲から、旅立ちと、山中での女魔族との遭遇。更にはシンクレア家当主、オスカーによる地下聖堂での衝撃的な発言によって、すっかり有耶無耶になっていたが、ライリーはあの時ティティーの言っていた〝いいこと〟が、実はずっと気になっていた。

 ライリーに問われたティティーは〝……あ……〟というより〝はっ!〟とした顔をした。どうやら今まですっかり忘れていたらしい。

『もうだいじょうぶ!』

「なにが?!」

 両手で拳を握って満面の笑みで答えたティティーだが、それはライリーの求めていた回答ではなかった。いいことが、もうだいじょうぶ、とは、一体どういう事なのか。

『うんと、最初はセオドアにえいっ!ってしてもらいたくて……』

「……俺に、えい……?」

 ティティーの口から名が飛び出したセオドアが会話に加わるが、ティティーの言う、えいっ!の意味は解らないらしい。

『セオドアがえいっ!ってすれば、お姉ちゃんがティティーを見つけられると思って』

「……セオドアくんにそんな力が……?」

「ないぞ?」

 精霊使いであるセオドアにはそんな特別な力もあったのかと、ライリーはセオドアを見るが、当のセオドアは真顔で首を振っている。勿論、左右に。

 セオドアの答えがお気に召さなかったのか、ティティーはぷくっ、と頬を膨らませた。

『ライリーと話せるようにしてくれた!』

「あれはライリーの思いの強さだって言っただろ?」

 幼子を諭すかのような口調で、セオドアがティティーに話を続ける。

 セオドアはああ言っているが、ライリー自身もティティーと話せるようになったのは、セオドアのお陰だと思っている。思いの強さも確かにライリーの(うち)にあったのだろうが、あの時きっかけをくれたのは、間違いなくセオドアの言動だ。

 セオドアに諭されても、ティティーはまだ不満気だった。だが、ティティーの言うセオドアのえいっ!がなくても、既に彼女は精霊が見えるようになっている。それでティティーはライリーの問いに対して、もうだいじょうぶ!と答えたようだ。

「いいか、ティティー。何度も言うが、俺はえいっ!は出来ない」

「そんなことない!できる!」

 両者一歩も譲らない。ライリーは少しだけ、この話題を振った事を後悔した。

「……ねぇ、ティティー。よく考えたらあの時セオドアくん、えいっ!とはしてなくない……?」

 発信者の責任を取らねばと、ライリーは未だに平行線を辿り続けるティティーとセオドアの会話に参戦する。

『ティティーは時折面白い事を言いますね』

『不思議な精霊ではあるな……先の村でも結局感染はしなかった』

 くつくつと上品に笑うサイラスに、同意を示すかのようにレィリィンも頷いた。

『アリシアもユンも、えいっ!ってできる!』

「……まさかの飛び火」

「……出来たら今頃全人類に精霊が見えているだろう……」

 ティティーによって完全に巻き込まれたアリシアとユンも、なし崩し的に口を挟む事になる。


――……ああ……楽しいな……――


 自身の口から控え目な笑みが洩れた事に、彼女は気付いた。

 シンクレア家地下聖堂での衝撃は、正直まだ心に色濃く影を落として、気持ちも燻ったままでいる。それは恐らく、この場にいる全員が感じている事だろう。

 精霊大戦を始めると告げた、甦った魔王テオドール・シンクレア。千年前の戦争(あらそい)がどんなに熾烈を極めるものだったのかは、人々に語り継がれる伝承の中にしか今まで存在していなかった。実際に起こった歴史上での戦争の筈なのに、まるでお伽噺のように過去の戦争を事実として受け入れてはいなかったのだと、現実を突き付けられた思いだった。

 事実が歴史に変わる瞬間とは、その事実を事実として知る者が、世界から消滅した時なのだという。事実の体験者が全てこの世を去って初めて、事実は歴史に変わるのだと。過去の事実が歴史に変わり、次の事実がその歴史の上に被さって。そうして数多の歴史は積み重なって、どんなに忘れまいとしても、いずれは埋もれて沈み込む。忘却の淵へと、落ちていく。人々の記憶の、奥底へと。

 だが、その忘却が罪であるかのように、歴史は再び繰り返される。それは人が学習と慣性、忘却を繰り返しているからだ。どんなに学んでも人は慣れて、遂には学んだ事すら忘れてしまう。そして人は、また学ぶ事を繰り返す。

 千年前の精霊大戦。その歴史もまた、繰り返されようとしている。

 大戦。大規模な戦争を、人はそう呼ぶ。そして戦争とは、大なり小なり世界全土に影響を及ぼすものなのだ。


――……この世界の全てが、もうすぐ戦乱に巻き込まれる……――


 そして今、彼女の目の前で談笑する皆はその渦中に、中心に位置する事になるのだろう。それは恐らく、彼女自身も。

 だからこそ、このなんでもない、なんの変哲もない平和な光景を、彼女は瞳に焼き付ける。戦争(あらそい)の記憶に塗り替えられて、いつかは色褪せ忘れてしまう事になったとしても。僅かでもいい。少しでも、ほんの一時でも長く、この平和な光景を覚えていたいと思うから。




「……見えた」

 眼下に広がるライリー達の街を逸早く捉え、会話から外れたアリシアの声に、会話自体が中断された。アリシアが伸ばした指の先。その示された指の先に見える街を、全員が視線に収めた瞬間。


 ――空が、割れた。


 罅割れた硝子が、限界を迎えて砕け散るかのように。際限なく広がる蒼穹の一部分だけが、突如走った罅割れを起点として、次々に剥落していく。

 その剥がれ落ちた空の先にあるのは、闇。

 ライリーの脳裡に、女魔族の疑似餌だった少女の相貌(かお)が想起された。

 少女の目と口の代わりにあった、ぽっかりとした(うろ)。その洞に似た、虚ろな闇。

「……え……?」

 小さく呟かれた声は自身から発されたものなのか、それとも別の誰かだったのかと、ライリーが考える暇もなかった。

 水面が波打つように、洞めいた闇が揺らいだ。揺らぎはやがて波紋と成り、広がり、歪んで。

「――ッ!誰でもいい!掴まれ!一人になるなッ!」

 聞いた事のない程の荒々しさを纏った、セオドアの声が響き渡る。必死な形相は、余裕のなさの表れだった。

 反射的に、全員がその言葉に従った、刹那。

 闇が、その腕を伸ばすかのように。顎門(あぎと)を開くかのように……、

 ライリー達は、歪んだ闇に引き摺り込まれた。







 オスカーの契約精霊、ソフィアの持つ千里眼の能力、見通す力。

 ともすれば視え過ぎて、未来視であるかの如く感じてしまう程のその力で、ソフィアは軍勢の襲来を視た。




 地下聖堂で、敢えて詰問とも取れるような言い方をした。結果として彼女はオスカーに呑まれてしまい、オスカーはセオドアの制止を受ける事になった。

 あの時の彼女は困惑と、何よりも、恐怖に支配されていた。そして彼女を支配した恐怖心が、彼女から呼吸を奪った。だがその恐怖は、質問者であるオスカーに対するものではなかった。

 彼女は恐れていた。その恐怖の根幹は、彼女自身の裡にあった事を、オスカーは見逃さなかった。

 その瞬間に察しがついた。恐怖心の正体が、秘匿の露顕に対するものであるという事に。

 彼女は何かを知っている。正しくは、何かを隠している。その何かまでは、流石にオスカーでも判らない。

 只、悪いものではない筈だ。当初オスカーが危惧していたように、彼女がテオドール・シンクレアの手勢であるとは、もう疑っていない。現に彼女はテオドール・シンクレアの名を聞いても、動揺する兆しすら見せなかったのだから。

 だからこそ、オスカーは確信した。彼女はテオドール・シンクレアを知らないと。

 だが、テオドール・シンクレアの方はどうであろうか。

 テオドール・シンクレアが、はじめからその手に取り戻す為だけに、現世に留め置かれ続けた遺骸。

 姉上と呼び、愛おし気な眼差しで見詰める程に強い執着を示す遺骸と、全く同じ容姿した、彼女。


――……本当は留めておきたかったけれど……ソフィアの読みがあったからね……――


 ソフィアが千里眼で視た、軍勢の襲来。

 視え過ぎるその能力を、オスカーは〝ソフィアの読み〟と呼んでいる。

 ソフィアの読みは外れない。それを知っているオスカーは、本来であればシンクレア家に留めておきたかった彼女を、神殿へと帰す決断を下した。

 軍勢襲来の目的が彼女にあるのか、はたまた何か別の理由があるのかは不明だ。しかし、確実に戦場になると判っている場所に彼女を留めておくという選択肢を、オスカーが選び取る筈もない。




 間近に迫る地響きと砂塵が、軍勢の規模を如実に物語っている。

「さあ、ソフィア……不粋なお客様方に礼儀を教えて差し上げようか」

『……戦闘は苦手なのに?』

 揶揄うかのような問い掛けに、オスカーは自身の契約精霊を見据えた。楽し気な表情(かお)のソフィアを視界に収めたオスカーは、艶然と微笑み、言葉を返す。

「……あまり得意じゃないだけだよ……」

 人であるオスカーの双眸に、漸く押し寄せる魔物の姿が捉えられた。

 砂塵に紛れていた醜悪な姿は、多種類の魔物の軍勢だった。獣型、半獣型、昆虫型に爬虫型。醜悪さ以外は何ら共通点を持たない魔物が、大群となってオスカーの眼前に肉薄する。

 軍勢の先頭を率いているのは、その中でも一際巨大な体躯をしていた。

 銅色(あかがねいろ)の巨体は馬に酷似して、頭部等完全に馬のそれだが、額から伸びる白銀の一本角と黄金色に輝く四つの(まなこ)は、巨体が馬である事を否定する。

「おやおやおやぁ?これはこれは陣代殿。まさかこの大軍勢相手にお一人で敵うとでも?」

 巨大馬に似た四つ()の一角獣の背には、男が一人騎乗していた。放った言葉に嘲笑を滲ませて、馬上の男がオスカーに告げる。軍勢を率いるその男は、一見すると巨大馬に騎乗する騎士にも見えた。

 しかし、騎乗している筈の男に下半身は存在せず、上半身が一角獣の背から直接伸びている。赤銅色の髪と肌、黄金の双眸。人語を解すが、凡そ人ではあり得ないその容姿(なり)と、背後に従える魔物の軍勢。それは男、否、一角獣が、精霊でも魔物でもない、魔族である事の証明だった。

「君達程度の相手なら、私一人で充分だよ」

「これはこれは大した自信がおありのようだ……大言壮語を吐くだけの余裕があるようですなぁ」

 嘲りを含んだ魔族の言葉を受け流し、オスカーはソフィアにその身を委ねる。

 身体の支配権を明け渡せば、ソフィアの操る自身の右腕が、オスカーの頭上へと掲げられていく。

 契約精霊(ソフィア)を身体に宿した精霊使い(オスカー)の行動に応戦の意思を見てとった魔族が、残忍な笑みを浮かべた。

「ではその余裕、この満月が突き崩して差し上げましょう!」

 満月と名乗った魔族の号令に従って、配下の魔物の軍勢が躍り狂ってオスカーに迫り……、


 自身の影に、一体残らず刺し貫かれた。



「……な……」


 余裕と嘲笑、自信に満ち溢れていた満月の相貌が凍り付く。

「『……』」

 オスカーは――ソフィアは只、手を振り下ろした。そう、只手を振り下ろす、たったそれだけの動作で、ソフィアは魔物の軍勢全てを無力化してみせたのだ。

「……馬鹿な、こんな……事が……」

 あのいけ好かない同胞(はらから)は、確かに言っていた。この陣代は戦闘が苦手だと洩らしていた、と。

 苦手どころか一瞬でつけられた勝敗に、満月の表情は、今や完全に驚愕と蒼白に彩られている。

「さぁ、どうする満月とやら……まだ続けるか?それとも無様な大敗を引っ提げ、君の陛下に拝謁するかい……?」

「ぐ……っ」

 満月の喉元に、漆黒の影が突き付けられる。それは先程、配下の魔物を貫いた影と同じもの。

「……影使い……闇属性か……!」

 太陽に因って作られる陰影(かげ)。実体を持つ魔物にも、当然自身の陰影は出来る。闇に属するソフィアの力は、その影を自在に変化させ操る事が出来る。今、満月に突き付けられた影の先端は刃と同様、否、それ以上の鋭さを帯びて、本体である筈の満月自身に牙を剥いていた。

 配下の魔物は既に消滅が始まっている。しかも、目の前の精霊使いは、まだ掟霊解放していない(・・・・・)のだ。

「……馬鹿な……戦闘は苦手だと……!」

 表情の変わった満月に対して、オスカーの表情は変わらない。対峙した時から変わらず、艶然とした微笑のままだ。

「やはりそちらの陣営にも異能持ちがいるようだ……だが、一つ勘違いをしているらしいね……」

 恐らくオスカー(こちら)の言動を見聞きする類いの、ソフィアと似た能力の持ち主が、魔王軍にもいるのだろう。

「……戦闘は得意じゃない(・・・・・・)と言った筈だよ……?」

 そのオスカーに被せるように、揶揄い混じりのソフィアの声が、オスカーの口から落とされる。


「『……オスカーが戦うと……戦闘じゃなくて、只の虐殺……』」







 自然と眠りから覚めるように、ゆっくりと、ライリーの意識は浮上した。

「……」

 鈍ったままの思考回路で、何故意識を失っていたのかと考えた瞬間。気を失う直前の光景が掠めて、漸く思考が正常に戻る。

「!」

 響き渡るようなセオドアの声に従い、咄嗟に誰かを掴んだような。

「気が付いた?」

「……え?」

 やけに近くからアリシアの声が聞こえた。どうしてこんなに近くから、と、声がした方に顔を向ければ、視界に飛び込んできたのはアリシアと、アリシアの服を握り締めたままの、自身の手。

「うわっ、ごめんなさい……!」

 距離が近かった理由は、ライリーがアリシアの服を握り締めたまま意識を失っていた為なのだと、この状況が物語っていた。アリシアは離れたくても、離れられなかったのだろうという事も。慌てて手を離したが、アリシアの服には少しシワが出来ていた。


――……おもいっきり掴んじゃってた……!――


 女性の服を掴んだ挙げ句、握り締めたまま気を失って服にシワまでつけてしまった。状況としては仕方がないのかもしれないが、申し訳なさに支配されたライリーは、アリシアに再度頭を下げる。

「?掴まれって言ったの、セオドア」

 相も変わらず無表情だが、アリシアは小首を傾げている。掴まれと言われたライリーが何故掴んだ事を謝っているのか心底理解出来ないと、深海めいた青い瞳が言っている。

 アリシアは感情が表情に反映されにくいが、言動や双眸には表れやすいのだと、その時初めて、ライリーは気付いた。

「……あ、えっと……そういえば、ぼく達どうなって……あれ……?お姉ちゃん達は?」

 今までアリシアへと向けていた視線を外し、ライリーは周囲を見渡した。どういう理由(わけ)か、今ライリー達がいるのは何処かの室内のようだった。四方を壁に囲まれて、木製の扉が一枚あるだけの部屋のようだが、セオドア達の姿は見当たらない。

 それ程広くもなく、おまけに家具や調度品の類いもない、酷く殺風景な部屋だった。蝋燭等の光源もないが、何故か室内はうっすらと明るく、周囲を見るのに不便はない。

 しかし、ライリーが何度見渡しても、部屋にはアリシア以外の姿はなかった。どうしてだろうかと視線を彷徨わせ続けるライリーに、アリシアは淡々と答えを紡ぐ。

「はぐれた。此処にいないってことは、多分別の場所にいる」

「はぐれたって……」

 ライリーの脳裡に、今一度セオドアの声が再生される。あれ程焦燥感に駆られたセオドアの声を、ライリーは初めて聞いた。

「……此処は多分、前にセオドアが言ってた場所……狭間」

 アリシアは少しの間目を伏せて、やや自信無さ気に呟いた。







「――やはり駄目だな……此方にも何も無い」

 四方の壁に取り付けられた、木製であろう四枚の扉。その全てを確認したユンから、苦々し気な声が落とされる。

「……そうか」

 セオドアは、ユンの答えを予想していたようだ。落胆、というには些か落ち着いた声音をしていた。

 光源もないのに明るい室内は、家具や調度品、窓すらもない。唯一の例外である扉の先は、全て何も無い閉ざされた空間だったと、舌打ちせんばかりの表情でユンが続ける。部屋と呼ぶには異質過ぎるこの室内には今、セオドアとユン、彼女の姿しかなかった。

 ライリーとアリシア、サイラスにレィリィン、ティティーとアナスタシア。一緒にいた筈の彼等は何処へ行ってしまったのかと、目覚めてすぐに問い掛けた彼女に、セオドアは静かに答えを述べた。

「はぐれた……いや、正確には離された(・・・・)

 眉根を寄せて彼女に答えたセオドアは、続けてこの不可解な室内の名称を口にする。此処は、狭間なのだと。

「……狭間……?」

「ああ、間違いない……前に一度来たことがある……俺達は、あの歪みに引き摺り込まれたんだ」

 罅割れた空の先にあった、歪んだ闇。あれがこの異質な空間――狭間の入り口だったのだという。

 狭間、という名称に、ユンが反応を示した。

「貴様よく無事だったな」

「ユンも知ってるのか?」

 ユンの言葉に、今度はセオドアが反応を示す番だった。

「ああ、父上も一度引き摺り込まれたらしい……共にいた精霊使いは帰ってこられずに亡くなったと聞いた」

「……」

 人が亡くなったと聞いて、彼女の背筋が冷たくなる。同時に、あの闇が揺らいだ瞬間に発された、セオドアの荒々しい声の理由を理解した。

「……狭間って、一体……?」

 不安を含んだ彼女の声には、緊張感が伴っていた。まだ年若いが、優秀な精霊使いであろう二人が真剣な表情をしている事も、彼女の不安に一層の拍車を掛けていく。

「精霊や幻獣、魔族には属性の他に特異な能力を持つ個体がいるんだ……」

 属性とは精霊や幻獣、魔物や魔族に備わったもので、サイラスならば“風”、レィリィンは“雷”といったように、個体によって各々の属性は異なる。

 そして、一部の精霊や幻獣、魔族の中には、属性の他に特異な能力を持つ個体もいるらしい。

 異能(それ)は属性とは関係性がなく、その特異性を発現する。アナスタシアの飛行能力や、オスカーのソフィアが有する千里眼はその特異能力――異能なのだという。

 勿論、全ての精霊や幻獣、魔族が異能を発現するという訳ではないが、異能持ちは一定数存在する事は既に確認されている。そして“狭間”とは、その異能によって創り出された特殊な空間なのだとセオドアは続けた。

「じゃあ此処は、その異能持ちが創り出した空間……ということですか?」

 彼女の言葉を肯定するように、セオドアが頷く。

「以前アリシアにも話したが……この狭間(異能)は厄介だ……正直、ただの魔族より余程(たち)が悪い……」




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