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後胤の宿命編 第一話―後胤の宿命―




 シンクレア家には、初代勇者であったユージーン・シンクレアの代から、受け継がれ続ける宿命がある。

 勇者の後胤(シンクレア)に連なる者ならば誰もが知るその宿命の中で、当主となった者にのみ明かされる秘密が、一つだけ存在する。

 代々の当主(勇者)から秘密裏に継承されるそれ(・・)は、当主以外知り得ないシンクレア家の地下聖堂に、ひっそりと安置されていた。




 オスカーがその存在を知ったのは、先代から陣代として当主の座と勇者の称号を預かった時。

 同時に知る事になった、地下に造られた〝聖堂〟と呼ばれるその空間に、それ(・・)は在った。

 シンクレア家の歴史は長い。精霊大戦以前から存在する(いにしえ)の一族であるが故、それ(・・)がいつの時代から存在するのかは、その長い歴史の中で忘れ去られてしまったのだという。

 只、勇者の称号と共に、それ(・・)はシンクレア家の歴代当主に脈々と継承されていく。







「……じゃあ、あたし行くから」

「ああ」

 アナスタシアに騎乗したアリシアに、セオドアが応える。

 セオドアの任務はこの街からの依頼、だがアリシアの任務は別の街からの依頼だった。

 セオドアもアリシアも、精霊使いとして依頼を受ければ任務地へ赴く。二人は当然の事ながら単独で依頼を請け負ってはおらず、敢えて組織という言葉を用いるならば、シンクレア家という組織に所属する精霊使いであるといえる。

 そして、そのシンクレア家に寄せられる依頼は、各々の力量や移動時間を考慮した上で、シンクレア家当代当主が任務に赴く精霊使いを選定し、派遣する。

 故に、現在依頼に対する精霊使いの選定と派遣の決定権は、オスカーにあった。

「行くぞ、サイラス」

『ええ』

 蒼穹を駆け上がるアナスタシアを見送って、セオドアもサイラスと共に依頼主の元へと歩き出した。







 依頼人の屋敷に到着したら、まずは依頼内容と実際の任務に差異がないかを確認する。今回の場合は、屋敷の主人(あるじ)が所有する森に魔物が現れたとの依頼内容であり、セオドアに課せられた任務は、その魔物の討伐である。屋敷の主人の言葉と依頼内容に相違がない事を確認したセオドアは、主人の用意した使用人の案内で件の森へと向かっていた。

「……此方です……えー、では……私はこれで……」

 使用人は恐怖に彩られた表情で小さく告げると、そそくさとその場を去っていく。全身から滲み出る〝此処に居たくない〟感に、思わずセオドアから苦笑が洩れた。




 周囲を警戒しながら進んだ先で、現れた魔物の数は報告通りに、一体。だが、それは周辺の木々と同程度の、巨大な昆虫型の魔物だった。蠢く節足に顔が引き()るのを自覚しながら、セオドアは自身の契約精霊を呼び、精霊術を行使する。

 憑操術によってサイラスが身体に宿る感覚を味わいながら、セオドアはその身を預けていく。

 セオドアに宿ったサイラスが、突き出した手のひらから風を打ち出す。外皮の硬い昆虫は腹部は軟らかいと相場が決まっているが、相手は魔物。打ち出された風程度では、腹部であっても当然貫く事は出来ない。

「サイラス、掟霊解放」

「『……“翠嵐箭”……“凍風”』」

 具現化された風の弓から放たれた矢は、昆虫型の魔物を外皮ごと貫いた。射抜かれた魔物は節足を痙攣させながら、空気に溶けるように消滅を始める。

 消滅とは、謂わば止めようのない水の流れのようなもの。精霊であれ魔物であれ、一度消滅が始まれば、世界にその姿を留めておく事は出来ない。


 だから、セオドアは油断した。


 サイラスが憑操術を解除して、消えていく魔物からセオドアが視線を外した瞬間だった。

『ッ!?セオドア!』

 力ずくで乗っ取られる感覚と共に、セオドアの身体が、勝手にその場から飛び退いた。

「!?」

 遠退きそうになる自身の意識を、意思の力で無理矢理押し留めながら、目の前の光景に眉を顰める。

 セオドアが先程まで立っていた場所に、消滅しかけていた筈の魔物が、巨大な節足を伸ばしていた。

「『……申し訳御座いません……咄嗟に憑依し(おり)てしまいました……』」

「……どういうことだ……?」

「『判りません……ですが、今一度消えて頂けば良いだけの事です。セオドア、掟霊解放の許可を』」

「許す」

「『有り難く』」

 消滅から復活し、振りかぶられた魔物の足を避けながら、サイラスはセオドアの身を借りて、再度顕現させた風の弓を構えて引き絞る。指を鳴らして放たれる矢が、魔物の巨体を再び射抜いた。その様を見届ける事もせず、セオドアの身体が、天空に向けて次矢を放つ。

「『自然消滅等させませんよ……?』」

 今度はね、と。

「『消えなさい……“虎落笛”……!』」

 言葉と共に、周囲に指の()が響く。

 甲高い笛の音色を奏でる風矢の雨をその身に浴びて、巨大な魔物は、今度こそ消滅した。


――……なんだったんだ……?――


 これで、依頼は達成した。セオドアに課せられた任務は、確かに完了した筈だ。だがセオドアの胸中には、釈然としない思いが、まるで波紋のように広がっていた。







「――へぇ、さすがは我が兄上の後裔……もとより兄上にも素質はあったということかな……?」

 魔物の消滅を確認しながら無言で佇むセオドアの姿を、少年が見詰めている。長い黒髪を風に遊ばせながら、その少年は宝玉にも似た真紅の双眸を愉悦に歪ませた。

『……我が君、些かお戯れが過ぎます』

 樹の上に腰掛けて楽し気に宣う少年に、不快さを滲ませた中性的な女性の声が苦言を呈する。

 女性の声は、少年の傍らに控える一体の狐から発せられていた。否、正しくは狐の額に埋め込まれた(・・・・・・)美女の口から発せられている。

「別にふざけているつもりはないよ?」

『消えゆく魔物(モノ)に仮初めの生命(イノチ)を与える等、戯れ以外の何物でもありませんが……?』

 九つある尾を苛立たし気に逆立たせ、狐は詰るかのように言葉を続ける。

「どうせ消えるだけの取るに足らない生命なんだ……最期くらい役に立ってもらわなくちゃ……そうでしょう?姉上」

 セオドアから視線を外し、少年は隣に腰掛ける、愛しい姉を視界に収める。

「……」

 少年に姉と呼ばれた人物は、頭巾の付いた長い夜色の外套にその身を包んでいた。頭部全てを覆う頭巾によって、その表情は隠されている。

 少年に、言葉は返されない。視線を合わせる事すらも、ない。

 その様に気分を害する事もなく、寧ろ恍惚とした表情で、少年は隣の姉を抱き寄せる。

 嫌がるでもなく、かといって、抱き締め返す訳でもなく。姉と呼ばれたその人物は、少年にされるがままでいる。

 視界の端でセオドアが歩き去る様を見届けて、少年は名残惜しげに隣の姉から腕を離し、腰掛けていた樹から立ち上がった。

「……あの後裔、名前はなんていったっけ?」

『セオドア・シンクレア、と』

「……へぇ、セオドアかぁ……良い名だね……」

 浮かべていた笑みを更に深めて、紅玉の瞳を細めながら、少年は満足そうに……嗤った。







 腑に落ちない思いを抱えつつも依頼完了の報告の為に、セオドアは依頼人の屋敷へと戻った。到着すれば、先程そそくさと森から退散した使用人が、セオドアの帰還の早さに驚愕と慄きを露にする。

 失礼ととっても問題ない使用人の態度を受け流し、その使用人の案内で、セオドアは再び主人の部屋へと通される。

 そこで魔物討伐の完了を屋敷の主人に改めて報告し、セオドアは屋敷を後にした。




 歩きながらもセオドアの思考の大半を占めているのは、先程討伐した魔物の、不可解な現象。

 セオドアは幼い頃から精霊使いとして数々の依頼に派遣され、多くの任務をこなしているが、消滅しかけていた魔物が復活するところ等、これまで見た事が無かった。当然、アリシアをはじめ、他の精霊使いからも、そんな報告は聞いた事がない。

 灯火の精霊による彼女の失踪の原因であり、現在は消失した彼女の炎。山中の女魔族の最期の言葉。そして、魔物の消滅からの復活。


――……全てオスカー様に報告を……それから……――


 僭越かもしれないが、自身の推測も話すべきだと判断し、セオドアは歩みを進める。


「――セオドア」


「!」

 報告と推測について、思考の淵に沈みながらセオドアがシンクレア家へ帰り着いたところで、アナスタシアに騎乗したアリシアが空から降りてくる。

「……熊型一体と兎型三体だった」

「……巨大な昆虫型一体だった……」

 お互いに顔を見合わせて、なんとなく対峙した魔物の形状について伝え合う。

 巨大な昆虫型と聞いたアリシアの、無表情の中に僅かに滲み出るなんとも言えない表情に苦笑して、セオドアはアリシアと共に屋敷の門を潜った。







「……ああ、二人が戻ってくるね」

「え?」

 オスカーが、語っていた内容とは別の発言をした事に、ライリーは疑問符を飛ばした。

「……梟……?」

 彼女の洩らした呟きの通り、いつの間にかオスカーの肩には、一羽の梟が止まっている。

 小金目梟、だろうか。ライリーは以前目にした図鑑から、姿形の近い種類を思い浮かべた。

 羽毛の色彩や、両眼の色合い、全長(大きさ)も全て、図鑑で見た通りの小金目梟そのもので、完全に梟だと断定出来る程だった。ある一点を除けば。

 その梟の頭部、人で例えれば額にあたる部分が、縦に裂けている。そしてその裂け目から覗くのは、群青色に光を放つ小さな丸い宝玉。

「この子は僕の契約精霊……名前はソフィアだよ」

 肩に止まった梟を、オスカーが指先で優しく撫でる。

「ソフィアは千里眼の能力があるんだ。僕は精霊使いとしては異質で、あまり戦闘は得意じゃないんだけれど、代わりに探知や探索は得意なんだよ」

 道中彼女を危険に晒した、と、セオドアが叱責された理由。まるで見ていたかのような発言は、オスカーの契約精霊ソフィアの持つ能力らしい。

 ソフィアの有する千里眼は、距離が離れていても特定の人物の行動を見る事が出来る、というものだそうだ。

「女の子なんですね」

 オスカーの肩から飛び立って、彼女の許にソフィアが向かう。ふかふかの羽毛を撫でながら、軽い気持ちで呟いた彼女に驚きの事実が齎される。

「いや、雄なんだ」

女性名(ソフィア)なのに?!」

 彼女同様名前から完全に誤解していたライリーが、渾身のツッコミをオスカーに放った。恐らくライリーは今、オスカーがセオドア(友人)の父親であるという事を忘れている。

 今日もライリー君のツッコミは冴え渡っているなぁ、と、彼女の思考が現実逃避を開始する中、オスカーが和やかに告げた。

「精霊は雌雄関係ないからねぇ……こんな事は、別段珍しくないんだよ?」

 肉体の無い精霊は、本来雌雄の別は無い。世界に顕現した際に、何らかの生物の容姿(すがた)、もしくは容姿(それ)の類似、或いは複合した容姿(かたち)と成る為、その容姿(見た目)から便宜上、雌雄を判断するだけだそうだ。そもそも思いが姿(かたち)と成って世界に誕生する精霊は、他の生物のような繁殖行動や交尾の必要は無い。故に、雌雄の別も不要だ。精霊は誕生した時に自身の容姿(すがた)や名前を理解するが、雌雄の無い精霊側にとって、容姿や名前(それら)は個を確立する為のものでしかないという。

 例えば、容姿(すがた)が雌でも雄のような言動の精霊もいれば、オスカーのソフィアのように容姿(すがた)こそ雄だが名前が女性的という事もざらにあるらしい。それは精霊使いの間では稀有な現象という事はなく、寧ろ日常的な事だという。

 道理でユンが平然としている筈だ。驚きを露にしているのは、ライリーと彼女の二名のみ。精霊に関しては素人の二人だけだった。

 一方で精霊であるティティーとレィリィンも、当たり前だが特に反応は示さない。精霊にとっての名前が、個を確立する為だけのものであるならば、そもそも精霊にとって容姿(すがた)や名前が男性的か女性的か等は些末な事なのかもしれない。

 ティティーに至っては、驚いたライリーに対して驚いているくらいだ。

 これまでに出逢い、言葉を交わしてきたティティーやサイラス、レィリィンやアナスタシアは、たまたま容姿(すがた)や名前が雌雄と一致していただけのようだ。

 ライリーが精霊について、新たな知識を記憶に刻んでいた時だった。


「――オスカー様」


 扉を叩く音と共に、聞き慣れたセオドアの声が部屋の外からオスカーの名を呼ぶ。

 セオドアに名を呼ばれた途端、オスカーの纏っていた麗らかな春の日のような、暖かい穏やかさが掻き消えた。代わりに、凍てつく冬の夜のような寒々しさが、オスカーの全身を包み込む。

「……ッ」

 その冷然たる雰囲気は、先程までの友人の父親からは程遠い。張り詰めた緊張感に呑み込まれ、ライリーの背筋を冷たさが伝っていった。

 シンクレア家現当主、オスカー・シンクレアとしての仮面を被り、オスカーはセオドアに入室を促す。

「入りなさい」

「はい、失礼致します」

 当主の許可を得て入室したセオドアとアリシアの姿を、遠山の青を宿した瞳でオスカーが見据える。

「――さて、では本題に入ろうか……全員、私について来るように」

 掛けていたソファから立ち上がり、冷ややかな声でオスカーが告げた。







 ライリー達が案内された先は、オスカーの私室だった。公的な空間である執務室から、私的な空間であるオスカーの私室へと、わざわざ移動した理由。

 その答えが、この場所に在った。

 執務室同様、品の良い調度類が並べられた、シンクレア家当主の私室。そこには、当主が勇者の称号と共に、先代から秘かに受け継ぐ、隠し通路が存在していた。

 巧妙に擬装され、隠されていた地下道へと続く階段(それ)は、今やオスカーの手によってライリー達の眼前に開け放たれている。

「……地下への、階段……」

 暗闇へと(いざな)われているかのような感覚に襲われ、ライリーの口から、呻きを伴った呟きが洩れる。

 友人(セオドア)の育った屋敷。その父の私室に隠された地下への階段は、ぽっかりと闇色の口を開けて、ライリー達を待ち受けていた。




「……」

 沈黙に見初められたのか、誰一人として言葉を発する事もなく。保たれた静寂を侵さないまま、深く、長い階段を、燭台(あかり)を持ったオスカーを先頭に下りて行く。

 下るにつれて荒々しさを増していく剥き出しの岩肌が、蝋燭の火で浮かび上がった影を揺るがせ、蠢かせる。

 永遠を錯覚する程の時間と距離に、ライリーの精神(こころ)が不安と恐怖の(かいな)で抱き竦められた。

「……、……、……ッ……」

 距離(長さ)に対する疲労だけではない理由で、自然とライリーの呼吸が荒くなっていく。

「……ッ!」

 不意に、手のひらに感じた温かな感触。目を見開いて隣を見れば、仄かな灯りに照らされた、彼女の微笑み。その相貌の蒼白さに、彼女の不安と恐怖を覚り、同時に浮かべられた微笑みに、彼女の優しさを感じ取る。

 冷たくなっていた手のひらに、彼女の手のひらが重なって。温かさが増す毎に、不安と恐怖が逃げていく。

 いつの間にか、呼吸は穏やかさを取り戻している。

「……」

 だから、同じ温度になった手のひらを、ライリーも優しく握り返した。




 当主以外は知り得ない、長い長い地下階段(隠し通路)を抜けて、漸く辿り着いた先。

 ライリー達は、寂寥と静謐に支配された空間に立っていた。

「此処は〝聖堂〟と呼ばれている。本来なら、当主以外の入室は固く禁じられている場所だ」

「……ッ」

 地下独特の冷え冷えとした空気が、静謐に魅入られたライリーの緊張感に拍車を掛ける。無意識の内に、身体が震えた。

 シンクレア家当主以外は、何人たりとも入室不可侵の〝地下聖堂〟。アリシアは勿論、屋敷の住人であるセオドアですら、その存在を知らずにいた地下に造られた巨大な空間。この場所こそ、オスカーの目的地だった。

「私が彼女を客人としてシンクレア家に呼んだ理由……その答えが此処にある……いや、在ったが正しい、かな……?」

 この巨大な地下聖堂は、先程下りてきた階段以外に出入り口の無い、閉ざされた空間らしい。

 その最奥に、祭壇のような場所があった。

 オスカーの歩みに従って、ライリー達は最奥部まで歩を進める。他より一段高く造られ、さらにその上には石棺めいた石の箱が置かれていた。

「シンクレア家には、当主となった者にのみ明かされる秘密が、一つだけ存在する」

 それは、初代勇者の称号を冠するユージーン・シンクレアの代から受け継がれ続ける、勇者の後胤(シンクレア)の宿命。

 その宿命の中で、当主となった者にのみ明かされる……秘密。


 当主(勇者)から次代(勇者)へと、秘密裏に継承される、それ(・・)

 それ(・・)は、この地下聖堂に、ひっそりと安置されていた。

 オスカーがその存在を知ったのは、先代から陣代として当主の座と勇者の称号を預かった時。

 同時に知る事になった、地下に造られた〝聖堂〟と呼ばれるその空間に、それ(・・)は在った。

 それ(・・)は、人間の――女性の遺骸だった。

 木乃伊等ではない。その肢体は、瑞々しさを保ったままでいる。まるで、まだ生きていて、眠っているだけではないのかと錯覚する程に、欠損はおろか腐敗すらない女性の遺骸。

 何故、遺骸は腐敗していないのか。何故、女性の遺骸はこの地下に安置されているのか。そもそも、この遺骸(女性)は何者なのか。その答えを、先代はもっていなかった。それは、先々代も同様だったらしい。

 精霊大戦以前から現存するシンクレア家。古く、長い一族であるが故、この遺骸が誰で、いつの時代から存在するのかは、その長い歴史の中に(うず)もれて、いつしか忘れ去られてしまったのだろう。

「……歴史に埋もれ、忘れ去られ、謎に包まれた女性の正体を、まさか私が知る事になるとは、流石に思ってもみなかったよ」

 先代の当主から次代へと、代々継承され続けているその秘密とは、この地下聖堂の存在。正確には、この地下聖堂に安置された、とある女性の遺骸(・・・・・・・・)なのだと、オスカーは言う。

「……え?あの、でも、なにも……」

 ライリーの言葉は、この場にいる者達の総意だった。

 寂寥を伴う静謐なる聖堂には、祭壇らしき物や、その女性の遺骸が納められていたのであろう石の棺こそあるが、オスカーの言う、〝女性の遺骸〟とやらは、何処にも確認出来ない。

「ああ、持ち去られてしまったからね」

「……持ち去られた……?」

 当主以外はその存在すら知らされない地下聖堂(この場所)から、一体誰が、しかも遺骸を持ち去るというのか。否、そもそも何故、その遺骸は安置されていたのか。その女性とは、誰なのか。

「……オスカー様、先ほど達成した任務の件で、ご報告があります」

 山中の女魔族と対峙した時から、ずっとセオドアの胸に燻り続ける焦燥感。警鐘にも似たそれに従い、セオドアが己の推測を述べる。

「魔物は一体だったのですが……一度は消滅しかけたところから復活し、再攻撃を受けました。これは今まで見たこともない事例です。そして、山中で遭遇した女魔族が最期に〝陛下〟と口にした……」

 通常、消滅する魔物が復活する事等あり得ない。あり得ない事が起こったという事は、これまでとは異なる何かが起きているのではないか。何よりも、セオドアは聞いてしまっている。女魔族が燃え尽きる前にか細く発した、最期の言葉を。

 あの時は、胸中で否定した。信じたくはなかった。けれど、今は。

 父子(おやこ)の視線が、絡み合う。遠山の青と、夕暮れの空が、空中で静かに交錯した。

「――セオドア・シンクレア。君が、我が一族の宿命を果たす事になった……テオドール・シンクレアが甦ったんだ……」

「ッ!」

 オスカーの言葉に反応を示したのは、セオドアとアリシアの二人。

 セオドアは息を呑み、アリシアは瞳を見開いた。

「……」

 異常な程の反応を示す二人は、沈黙の呪縛に捕らわれてしまったかの如く、声すら発せられないでいる。

 先代すら知らなかった、謎に包まれた女性の正体。その答えは、歴代当主の中では異質の存在であろう陣代のオスカーに、最悪のかたちで示される事になった。







 オスカーはその日、地下聖堂に足を運んでいた。

 胸騒ぎがしたとか、違和感を覚えたといった訳ではない。継承した地下聖堂を次代の為に保つ事も、当主の役割であるからだ。

 だが、その行動が結果としてオスカーに、シンクレア家に、最大の転機を齎す事になる。


「やあ、君が今の当主かい?」


 地下聖堂の最奥部、祭壇に置かれた石の柩に安置されている遺骸の傍に、一人の少年が立っていた。

 長い黒髪に、紅玉のような双眸を煌めかせた少年は、眺めていた柩から視線を外し、オスカーを見据えている。

「!」

 この地下聖堂は、当主の私室に設置された隠し通路からしか出入り出来ない筈。では何故、この少年は此処にいるのか。


――……一体何処から……いや、何者……――


 背筋に冷たい汗が伝うのを、オスカーは自覚する。

「ん?君は我が兄上の血筋ではないね……人にとっては長過ぎる時の流れの中で、直系の男児が跡を継ぐという歴史は、失われてしまったのかな……?」

 まだ声変わりもしていない少年は、どこか唄うような口調で呟く。

『――その男の名はオスカー・シンクレア。男児に恵まれなかった先代当主が、次代の繋ぎの為に陣代とした者です』

「!?」

 いつの間に顕現したのか、少年の傍らには一体の狐が控えていた。否、狐ではない。通常の狐より、一回り以上は大きい体躯。長く、美しさすら感じる尾の数は、九つ。そして狐の額には、美女と呼ぶに相応しい、臈長けた女性が埋め込まれていた。艶かしい褐色の肌と、うねりを帯びた射干玉の髪。射抜くかのような金の眼は、獣のように瞳孔が縦になっている。

 先程聞こえた中性的な女性の声は、その美女の口から発せられたものだった。

「……そうか……血が絶やされたわけではないのか……」

 残念そうな、安堵したような、相反する感情を感じさせる声で、少年が言葉を落とす。

「……魔族……?」

 美女が埋め込まれた狐も、少年も、人間ではないのだろう。無意識の内にオスカーの口から紡がれた声は、酷く掠れていた。

 だが、目の前の少年の放った言葉の数々は、ただの魔族というよりは……寧ろ……、

「僕はテオドール・シンクレア……こう名乗れば、当主の君には解るよね(・・・・)?オスカー?」

「……ッ!?」

 自身の予測が的中した事に、これ程絶望した事はなかった。

「今日はね、姉上を迎えに来たんだ……今まで護ってくれたこと、心からお礼を言うよ……でも、そろそろ返してもらうからね……?」

 少年が、女性の遺骸を抱き寄せる。大切な(もの)なのだと主張するかのように、愛おし気に、優しく女性を抱き上げた。

 そして、慈愛に満ちた眼差しで、その額に口付ける。

 禁忌の光景を見ているかような背徳感と罪悪感が、何故かオスカーの身の内に迫り上がる。


「――さあ、精霊大戦を始めよう」


 玲瓏とした鈴の()を響かせるように、涼やかな声が大戦の開幕を告げる中、少年の(かいな)(いだ)かれた女性の瞼が、小さく震えた。




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