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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄した王子の母です

作者: 呈茶

「アンネリーゼ、お前との婚約を破棄する! そして私は、クロティルデと婚約して彼女を王妃とする!」



『……終わった』



 それがヴァルドリア王国の王妃フロリアナ・ヴァル・グレーヴェンの率直な気持ちだった。


 フロリアナは、各国の緊張が高まる中、同盟をより強固にするために行われた政略結婚でヴァルドリア王国へと嫁入りする事となった。

 そして、無事に長男と次女二人の子供を産む事が出来、何とか最低限の勤めを果たすことはできた。


 次に両国がフロリアナに望んだ勤めとして各国家との外交だった。国内での影響力を求めるなら国の中で力のある領主との結婚を求めるため当然と言えば当然だった。


 フロリアナが国際結婚だった為、長男であるレオポルトは国内での婚約が良いとの事で、早々に婚約者が決まった。

 その相手がシュトラウス侯爵家のアンネリーゼ侯爵令嬢だった。


 かなり早期の婚約だったのはフロリアナが国際結婚だった為、国内に派閥がない事が大きな理由の1つだった。

 将来、義理の娘にも自分の後ろ盾にもなるアンネリーゼとの関係を構築していくのはフロリアナにとってもグレーヴェン王家としても重要な様子だった。


 王妃教育の一環として、アンネリーゼとは国外の色々な所へと出掛けることもあった。これはフロリアナ自身の国内での後ろ盾が出来たアピールも含まていた。

 その際には、自分が慣れない外交に苦労したこともあって、いずれ何処かに嫁ぐことになる次女レベッカも各国との顔繋ぎの為に連れていくことも多かった。


 そういう事もあって、長男であるレオポルトよりもアンネリーゼとの交流が自然と多くなってしまった。

 だから気がつかなかったのだ。まさか、国内の貴族子女が集まる学舎の卒業式でよりにもよって実の息子がアンネリーゼとの婚約破棄を宣言するほど情勢を知らないなんて。


 もっと二人の間を取り持つことを意識すれば、このような事にならなかったのだろうか?


 レオポルトの横に立つ、令嬢、クロティルデ……名前は先ほど知ったが、その令嬢が勝ち誇った顔をしているのを見て、後悔とも悔しさとも怒りとも言えないやるせなさを感じる。


 フロリアナ自身の結婚の際には、わかりやすく早急な結び付きを他国に示す必要があった為、恋愛感情を持つより先に嫁ぐこととなった。当時はとにかく必死だった。

 だからこそ、息子がよもやシュトラウス侯爵家との婚約を破棄するなど考えてもいなかった。


 現在の外交においてフロリアナはシュトラウス侯爵家の力を前提とした駆け引きを多くしている。それを婚約破棄などとなればヴァルドリア国はかなり厳しい情勢に立たされるだろう。


 その影響を、考えれば考える程、それらに対しての対策が十分に出来ないことも容易に想像がつく。

 フロリアナが事後報告としてこれらの婚約破棄騒動を聞く立場であったら、めちゃくちゃ叫んだに違いない。少なくとも、今この瞬間にもこれらの情報を受け取るであろう宰相は叫んでいるはずだ。


 ……後の被害を考えればこの場でなんとかして事態の収束をしていくしかない。


 しかし婚約破棄の宣言、これそのものの効力が凄まじい。


 仮に例え、この後フロリアナが仲裁に入ったとしても、他国の者が知れば思うだろう。『でも、本当は関係悪いのでしょう?』とそうなってしまえば外交において今までのような駆け引きは出来ない。必ず舐められる。


 もっともシュトラウス侯爵家との関係も今まで通りとはいかないだろう。あちらにも守らなければならないメンツというものがある。


 フロリアナはもちろん、その場に居た誰もが事態の把握に勤めた一瞬の静けさの中、事態は進む。


「何よりも、アンネリーゼお前のクロティルデへの態度は到底許せるものではない。わからないとは言わせぬぞ、証拠ならある」


 最悪だ。今すぐあの愚息の口を止めたいが、王妃であるフロリアナが大衆の前で走ってあれの口を塞ぐようなことは出来ることではない。


 フロリアナにはわからないが、真実の愛とやらで血迷っただけに出来ればシュトラウス侯爵家との関係もかろうじて繋がったままだったかもしれないが、たった今その橋も粉々に砕けただろう。


 ことこの状況に至っては、もはやフロリアナが打てる手立てはないに等しい。このような事が起きないように注意を払うべきだった。


 後はもう、アンネリーゼ次第だ。

 皆の視線が集まる中、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「……何をおっしゃっているのか分かりかねますが、本当によろしいのですか?」


 今ならまだ、うやむやにしてやると、そういうことだろうか。そうであるならフロリアナがアンリネーゼやシュトラウス侯爵家の関係が良行な関係が作れていた事に心底安堵する。


「わからない? わからないだと……。そんな訳があるものか! クロティルデにおこなった非道の数々を!」


──殺すか。これ以上あの愚息を野放しには出来ない。息子を暗殺できるような指示は設定していないが、この状況だ兵にも伝わるだろう。

 思わず反射的に浮かんだがいくらなんでもそれはデメリットが想定出来ないほど大きい。


 が、アンリネーゼの意図が全く伝わってない上に、それを全て嘲笑うかのようにレオポルトは事態を悪化させていっている。


 怒鳴りたいのはこちらだ。


 レオポルトは、ふんっと鼻をは鳴らして一枚の紙をアンリネーゼに手渡した。


「……これは?」


「はっ見てわからぬのか。お前の、罪だ」


 何故このようなやり取りを群衆の前でやるのか、罪というのはこの息子のことを言うのではないだろうか。

 その愚息にぴったりと付いている、クロティルデの顔を見れば誰の筋書きかわかると言うものだ。


 この最悪の状況を用意したのが、クロティルデ令嬢とその裏の者たちであり、それがこの国、ヴァルドリア王国と祖国モリアナ大公国の影響を落とす狙いがあったとしたら見事に成功したと言って良い。


 アンリネーゼがクロティルデを一瞥するのを見て、レオポルトがさらに怒りに声を染める。


「そういうところだ、アンリネーゼ!」


 もう見ていたくなかった。次女であるレベッカは生徒に紛れて状況を静観する振る舞いすら見せているのに、どうしてレオポルトはこんな、このように育ってしまったのだろうか。


「そういうところ、と仰られましても。このような内容全く身に覚えがありませんが。……しかし殿下、本当によろしいのですね? 婚約を破棄しても」


「そう言っているだろう。なんだ、今になって後悔しているのか?」


 なんなんだ、この男は。


 もはやフロリアナは先々のあらゆる事よりも、将来の義理の娘だったアンリネーゼにこの場でこの愚息に言い勝って欲しかった。


「いえ……そのようなことは、全く。けれど、婚約を破棄するということは殿下はシュトラウス侯爵家の後ろ盾を失うということ。それはおわかりですか?」


「それが何だというのだ。お前を切った所で俺が王子である事には変わりない」


 その通りだ。


 次女を産んだ時が難産だったのもあり、外交の事を考えたら体にそれ以上の負担をかけるリスクがあまりにも多かった。

 しかし、こんな事なら無理にでも次男を産むべきだった。


「そうですね、王子である事には変わりないでしょう。けれど────」


 アンリネーゼが言葉を言い切る前に、会場に笑い声が聞こえた。

 

 笑い声の中心を避けるように自然と人が離れ、場違いな人物をあらわにした。


「ああ、ごめん、ごめん。我慢できなかった。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、ここまでだとは思ってなくってさ。血は繋がっているのに不思議だねぇ、お兄様」


 くすくすと笑いながら人の波を割って歩くのは、フロリアナの娘、次女レベッカだった。


「馬鹿だと……?」


「そうさ。だから、こういう事になる」


 レベッカは、アンリネーゼの腰に手を回して自ら寄りかからせた。


「ちょっと、レベッカ人前では……」


 アンリネーゼの頬が赤く染まる様子は、先ほどまでの毅然とした態度とはまるで違い、その姿はどう見ても恋をしている乙女そのものだった。


「は……?」


 今の漏れ出た声は、フロリアナだったのかレオポルトだったのか、もしかしたら群衆の貴族だったのかもしれない。

 しかし、この場の中心である彼女たちを除いた全員の疑問だった。


「おや? お兄様も真実の愛とやら見つけたのならわかるだろう? それともそれも理解出来ないのかな」


 小首をかいしげる、ニヤリと笑うレベッカにレオポルトが吠えた。


「ばっ、馬鹿にするな! そのお前たちが、その、何だ。……いや、え? ともかく、それが何だというのだ」


 混乱するレオポルトを見ているうちに、フロリアナの頭も再起動する。


 実の娘と将来の義理の娘がデキていた。


 その衝撃の事実に、二人の顔に視線が何度も行き来する。

 一体いつからだろうか。二人とは国外に何度も共に出かけたことはあるが全く気がつかなかった。


「うん? さっきアンリネーゼが言っていたでしょう? お兄様は、シュトラウス侯爵家の後ろ盾を失うって。変わりにそこのムスハーフェン子爵家を選んだみたいだけど……それで私に勝てるのかな」


 まさか、レベッカはレオポルトの変わりに王女に?


「────何を言っているのだ。そのような事が、出来るわけ……」


「出来るさ。シュトラウス侯爵家との政略結婚はヴァルドリア王国にとっては不可欠。そうですよね、親愛なるお母様」


 その言葉に、全ての視線がフロリアナに向けられた事が感じられた。


 そして、この一連の騒動がレベッカによる企みだとも気がついた。

 教育が上手くいって良かったと喜ぶべきなのか、こういう計略は心臓に悪いから最初から伝えて欲しかったと怒るべきか。


 しかし、フロリアナが今すべきことは明らかだ。それが実の娘と義理の娘となる者達の手の上だとしても。


「ええ、そうね。ヴァルドリア王国にもグレーヴェン王家にしてもシュトラウス侯爵家が必要。だからこその婚約だった。そして、それは今も変わらない」


 フロリアナはチラリとレオポルトを見る。先ほどまでとはうって変わり、血の気の引いた表情をしていた。

 レベッカとアンリネーゼを見る。肩を寄せる姿には確かな信頼を感じ取れた。

 

 一度僅かに目を瞑る。このような事を決めるのは王妃である私だけなく国王も判断をすべき事だ。しかし元はただの卒業式、こんな予定ではなかったので当然居ない。


 フロリアナは強い意思を持って言葉を紡ぐ。


「────故に、グレーヴェン王家とシュトラウス侯爵家の令嬢アンリネーゼ・シュトラウスと婚約している者こそが次期、国王」


 レベッカはその言葉に満足げに頷くと、アンリネーゼを連れ添いフロリアナの前と立つ。


「はい、これ」


 言葉とは裏腹に優雅な姿で礼をし、一枚の紙をフロリアナに手渡した。


「何だその紙は!」


 レオポルトの叫びに、レベッカは嗤う。


「見てわからない? ラブラブの証さ」


「ちょっとレベッカ!」


 目の前でイチャイチャする娘たちを隅に入れながら、フロリアナは紙に目を通す。


 二人の婚約を承諾する内容だった。


 アンリネーゼから渡されたペンでサインを書きながら尋ねる。


「二人はいつから? お母さん知らなかったのだけど」


 レベッカはアンリネーゼを流し見た。


「一目見た時からね。でも告白したのはアンリネーゼからだったよ」


「えっ、ちがっ。違うよ、モリアナ大公国に行った時にレベッカが!」


 言った後に直ぐに、ハッとしたアンリネーゼが口を手で抑えるが、頬の朱色がその答えを表しにしている。


「そう。まぁあ後でたっぷり聞くわ、色々とね」


 レベッカに紙を返すと、彼女はくるりと回り綺麗なカーテシーを披露した。


「では、お兄様。ご機嫌よう」



<end>




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