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第二話 廃棄都市の亡霊

 ――全然いねぇな。


 ワラスカ大森林。そう呼ばれている場所で、ノーマンはそんなことを考える。

 この森はとにかく広かった。最後に人の手がかかったのは、確か200年ほど前だったか。かつてここには綺麗に整地された道があったらしい。が、今それは見る影もない。 

 自分が踏みしめているのは、荒れ果てた地面。石畳はひび割れ、雑草が好き放題に生えている。周囲から聞こえる虫の鳴き声。それに夕焼け空も相まって、ここには何処か幻想的な雰囲気が漂っていた。


 ――怪物共は、皆《蒼の団》の連中が倒しちまったのか。

 

 重い荷物を背負いながら、ノーマンはひたすら歩き続ける。

 余談だが、今背負っているのは元々準備していたもの。いつか来ると思っていたのだ。ああいう出来事が。だから、あらかじめ備えておいた。

 前から感じていた不穏な予感は見事的中。できれば、当たって欲しくはなかったのだが。


 もう、いい。

 奴らのことは忘れよう。

 王都には居られなかった。都市内にいれば、間違いなく《蒼の団》と遭遇する。その時、一体全体何を言われてしまうのか? 想像するだけでも嫌だ。吐き気がする。

 

「……クソッ」


 とはいえ、簡単に割り切れるわけではない。

 深い傷が心についた。こいつは簡単には癒えそうにない。しばらくは、人を信用できないだろう。この裏切りは、ノーマンにそれほどの影響を残していた。

 

 心中がグチャグチャになっている。

 そんな中でも一応、周囲に注意は払っていた。些細な音や、気配を、決して逃さないように。

 が、どうやらその苦労は徒労に終わってしまうらしい。血気盛んな《蒼の団》の面々が、危険生物たちを軒並み倒してしまったからだ。


 自分が追放される原因にもなった、その出来事。

 複雑な気持ちである。

 彼らのお陰でノーマンは、元居た場所から追い出された。けれど同時に、今自分を助けているのは、あの馬鹿共の所業なのだ。


 ――ガサッ。  


 と、思っていたのだが。

 不意に不自然な音が聞こえたことで、ノーマンの気は一瞬で引き締まった。

 まだ化け物は残っていたらしい。

 このまま見逃してくれれば良いのだが、向こうにそんな気は欠片も無いようだ。


 正面にある、木の幹。

 その陰から一体の危険生物が、ノーマンが歩いていた街道に足を踏み入れる。

 体躯は、自分と同じくらいか。茶色の剛毛をほぼ全身に生やしていた。肌が露出しているのは顔と手足。目の色は黒。その表情からは感情を読み取れない。

  

 一言で奴を言い表すなら。

 人間と同じ大きさの猿、といったところだろう。

 人と違うのは服を着ていないこと。それに、知性がそれほど高くないということ。

 第五級危険生物ガルムオオザル。奴はそう、呼ばれている。


「……メレムの蛇剣」


 ボソッと、ノーマンは呟く。

 すると、何もない空間から唐突にそれが出現した。全体が黒く染められ、いくつにも分かれた刀身の一つ一つにはギョロリとした黄色い目玉が蠢いている。

 蛇腹剣。特殊な構造を持つその剣、蛇剣は今、自分の右手にしっかりと握られていた。


 これは《ラスタ神話》に登場する蛇神、メレムが持っていたとされるものだ。

 そんな逸品を、ノーマンは召喚した。この例に限らず、神秘的な現象を起こすには印章(シジル)という、各々の神格を象徴するシンボルが必要になる。

 自分の場合、その印章(シジル)は手の甲に刻み込まれていた。普通は指輪などにあるが、こういう形の方が使い勝手はいい。


「キエエエエエェッ!!」


 大猿は甲高い声を上げ、四足歩行でこちらに迫って来る。

 対するノーマンは荷物を下ろし、手に持つ蛇腹剣を正眼に構えた。

 近づいて来る振動。物凄い形相だ。あんな奴に襲われたら、きっと一瞬で殺されてしまうだろう。

 

 ノーマンがなんの抵抗もしなければ、だが。


 ――この間合いは、剣の間合いじゃない。


 けれど。

 今手にしているのは、ただの剣ではないのだ。

 ノーマンは右手に持つ蛇腹剣を、肩に乗せるように構える。そして、勢いよく振り下ろした。まだ大猿とは、離れているというのにも関わらず。

 

 ここで特異な現象が起きる。

 いくつにも分断されているが、実際には奇妙な物質で繋がっている刀身。それが――伸びた。流石の大猿も、これには驚いたようだ。

 が、もう遅い。驚愕している頃には、蛇腹剣はとっくに奴の身体に到達している。ノーマンが強く柄を引くと、その黒い刀身は、さながらノコギリのように大猿の胴体を切断していく。


 そして、振り抜いた。


 振り下ろした奇妙な剣は、《ガラムオオザル》の身体を袈裟懸けに切り裂き、あっさりと両断した。


「……あれ。戻んねぇな」


 伸びきった刀身。

 その先端が石畳の割れ目に引っかかっているせいで、綺麗に刃が戻ってこない。

 グッ、グッと柄を引っ張っている間。大猿の身体からは鮮血が飛び散り、周囲の木々は血で染まる。

 

「フンッ!」


 一声上げて強く引っ張ると、ようやく蛇腹剣が向こうから戻って来た。

 刀身が元の長さに戻ったのを確認すると、ノーマンは柄から手を離す。すると当然、メレムの蛇剣は地面に落ちていく。だが、石畳に触れる直前、その剣は宙に溶けるように消える。

 微かな疲労感を感じながら、始めに下ろした荷物を再び背負った。背中に重さが戻ってきて、思わず顔をしかめてしまう。


 ――重っ。


 心中でそうぼやきつつ、ノーマンは何事も無かったかのように歩き出した。

 自分が真っ二つにした大猿の前を通り過ぎる。血だまりの上をすまし顔で踏みしめて、尚も歩を進めていく。

 数十歩歩いた辺りで、一度後ろを振り返ってみた。そこには相も変わらず猿の死体があり、街道には血の足跡がついている。


 ――あとで洗わないとな。


 胸中にあるのは『害虫を駆除した』、という程度の想いしかない。

 勿論、始めはあったのだ。危険生物の殺生に対する忌避の気持ちが。人間ならば、一部の例外を除いて誰もが持ち合わせている感情が、つい数年前にはあった。

 が、今はそんなもの、麻痺している。あの大猿に限らず、数多の生き物を殺してきた。その中には勿論、人間も含まれているのだ。


 躊躇は皆無。 

 迷いは捨てろ。

 心からの信頼は抱くな。

 誰も信用するな。

 手ひどいしっぺ返しを食らって、心が傷ついてしまうぞ。


 殺さなければ殺される。

 殺らなきゃ殺られる。  


 ゆえに、殺さなければ。

 

 殺さなければ。

 殺さなければ。

 殺さなければ――。


       ☆

 

 夜。

 ノーマンは、廃棄都市に辿り着いた。

 今日はここで野営をする。周囲はいつ倒壊するか分からない廃墟だらけ。普通は考慮すらしない選択肢だ。

 

 けれど、自分は知っている。

 周りに建物が少ない場所。つまるところ、野営に向いている地形がある場所を知っていた。現に昼間、《蒼の団》はここで休憩をとったのだ。が。

 ここでノーマンは、二つの出来事に遭遇した。どれも驚嘆すべき事柄だったので、順番に回想してみようと思う。


 ――廃棄都市内を歩いていると、突然巨大な怪鳥が現れた。

 

 第二級危険生物ニビイロカラス

 巨大なカラスに、ノーマンは襲われかけてしまったのだ。当時は骨の折れる相手だと、呆れると同時に若干の恐怖を覚えていたのだが。

 その怪物を更に上回る化け物に遭遇した。そいつは瞬く間に《ニビイロカラス》の片翼を切り裂き、奴が地面に降り立った直後に首を跳ねたのだ。


 今、その存在は目の前にいる。

 最早物言わぬ死体と化した巨大カラス。奇しくもそこは、自分が野営をしようとしていた場所だった。建物は少し離れたところにあり、したがって廃墟の倒壊に巻き込まれる心配はない。

 そんな空間で、異常な事態が起きていた。

 《ニビイロカラス》の巨体の上に、一人の少女が乗っていた。

 

 肩辺りにまで伸びる銀髪。赤い瞳。白い長袖シャツに、茶色のズボンを着用。足にはロングブーツを履いている。シャツの上には軽鎧、手には革製の籠手を着けていた。あんな装備で外に出ているだなんて、まず正気の沙汰ではない。


 ああ、分かる。

 もう分かった。彼女が、何者なのか。

 滅ぼされた都市内を彷徨う、謎の少女。 


「……廃棄都市の、亡霊」


 呆然としながら、ノーマンはそう呟く。

 

 その、直後。

 

 彼女が。


 物を見るような。


 温度を感じない、冷ややかな目で。


 こちらを。


 

 見た。


 

 ――背筋が、凍った。


「メレムの蛇剣!!」


 気づけば、叫んでいた。

 自身が最も愛用している武器を召喚し、構える。

 同時に。

 彼女もまた、遠くの方で何事かを呟いた。


「――悪魔殺し(デモン・スレイヤー)


 戦いが、始まる。 

 


 



 


 













 


 

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