第一話 追放宣言
「ノーマン! おまえをこのパーティーから追放する!」
――は?
この時。ノーマン・ナイゼルは、自分が何を言われたのかを理解できていなかった。
そう宣告された場所は、冒険者組合と呼ばれる場所だ。
目の前には《蒼の団》の面々、特に創設メンバーの三人が無表情で立っている。
《蒼の団》副団長、ナイジェル・テンパートン。
斥候の少女、ティファニー・ヘンフリー。
前衛の青年、マシュー・ラッシュ。
彼らは皆、共に苦楽を分かち合って来た仲間だ。
なのにどうして、そんな顔をしているのだろうか。
彼らと向かいあうように、ノーマンは立っている。そしてそこで、パーティ―メンバーと相対していた。
周囲には大勢の人が集まり、人だかりが形成されている。
数えきれないくらいに感じる奇異の視線。正直、酷く居心地が悪い。今すぐこの場から立ち去りたい。逃げてしまいたい。
なぜ、Sランク冒険者パーティ―《蒼の団》を追放されなければならないのか?
どうして?
その理由は?
脳内が疑問で埋め尽くされる。
ノーマンは、それら全てを目の前の人物――ナイジェル・テンパートンにぶつけた。たった一言に、全てを凝縮して。
「なんで、だよ」
ノーマンはかつてないほどに動揺していた。
足元の地面が、急に無くなってしまったような気分だ。自身の身体は暗闇の中を真っ逆さまに落ちていく。その状況を、自分の手では何も変えられない。
眩暈がする。息が荒くなっていく。周囲の景色がドロリと溶けて、足元が覚束なくなってしまう。そんなノーマンに、ナイジェルは冷ややかな視線を向けている。
「おまえが《蒼の団》の団長として、相応しくないことをしたからだ」
「……俺は何もしてないぞ」
「いいや、したのだ。分からないのなら教えてやろうか? ……ほら、言ってやれ」
彼がそう促すと、その隣にいたティファニーはゆっくりと口を開く。
「あんたのせいで死んだの。うちのパーティ―のメンバーがね」
「心当たりが無いな」
今や《蒼の団》は、冒険者の中で最も巨大なパーティーになってしまった。
初めは自分を含めた四人だったのだ。それが、時が経つ度に数を増やしていった。団長であるノーマンにも、その数の全容は把握していない。
「ッ! ほんっとに、あんたって奴は! もういい! 今この場で斬り殺してやる!」
「落ち着け、ティファニー」
「でもッ! こんなの許せる!? いいえ、許せるわけがないわ! 実質こいつに殺されたようなものなのよ!? 私たちの、大切な仲間たちが!!」
「落ち着けと言っている」
冷静に、ナイジェルが彼女をなだめる。
その言葉を聞いて、多少は理性を取り戻したようだ。けれど、ノーマンに向ける視線の質は変わらない。ナイジェルの瞳に宿っているのは、紛れもなく、憎悪だった。
――心当たりが本当に無い。
仲間を死なせた。しかも、自分のせいで。これが彼女の言い分だ。恐らく周囲の認識もそうなのだろう。だからノーマンは宣告されたのだ。『おまえを追放する!』と。
そのような思考をした直後、改めて今日の出来事を回想した。
朝。都市の出入り口に《蒼の団》全員で集合して、危険極まりない都市外へと進出。これは先日受けた仕事をするためだ。曰く、『数多の冒険者たちを殺してきた怪物を駆除して欲しい』、という。
十時頃に、冒険者がモンスターと呼ぶ化け物と遭遇した。が、その窮地を難なく突破し、先へ先へと歩を進める。
昼。少女の姿をした亡霊が出現する、という噂が流れている廃棄都市で休憩をとった。余談だが、そこはかつて王都があった場所だ。けれど、強大な龍の襲撃に遭い都市は廃棄され、今の場所に新しく《王建都市》が造られた。
十三時半。再び廃棄都市周辺を探索していたところ、件の怪物に遭遇。ノーマンたち《蒼の団》は抗戦を開始して、苦戦の末にどうにか勝利する。
十四時頃。戦いの中で疲弊した《蒼の団》に、都市外を跋扈する怪物共は容赦なく襲い掛かって来た。確かあの時、自分はなるべく交戦は避けるように言っておいたはずだ。
けれど、彼らはノーマンの言いつけを守らなかった。
その結果。
血気盛んな若者たちは、奴らに殺されてしまう。
戦うなと言ったのに。
どれだけ弱くとも、群れれば厄介な存在になる。
Sランク冒険者パーティ―に所属している以上、分かっているはずなのだ。その、常識は。
――ああ、なるほど。そういうことか。
ようやく理解する。
ティファニーの言い分は、つまりこういうことなのだ。
「もしかして、俺の判断ミスだとでも言いたいのか? あいつらが死んだのは、俺がちゃんと指示を出しておかなかったからだとでも?」
「そうよ! 全部あんたのせいなんだ! こんな無能なリーダーのせいで、本来勝てるはずだった相手にも勝てなくなった!!」
「……違う。あの連中が死んだのは、俺じゃなくてあいつらの判断ミスだ。俺はしっかり言いつけておいたぞ。無用な戦闘は避けるようにってな」
「なら、そういう人たちのことをちゃんと止めてよ!」
「こっちの言い分を聞き入れもしなかったんだぜ? そんなの、どうしろっていうんだよ」
「力づくでもいい! とにかくあんたは止められたの! それを止めなかったのは、もうそっちの責任でしょう!?」
駄目だ。話にならない。
あまりの馬鹿々々しさに、心もすっかり落ち着いてしまった。
ため息でもつきたい気分だ。
彼女は理解していない。世の中には、話が通じない人間もいるということを。どんな手段を講じたところで、無理なものは無理なのである。
止められなかった。その試みは無駄に終わった。だから、人が死んだ。
「……で? おまえら。この一件、全部俺の責任にするつもりか?」
「当り前だろう。ノーマンは《蒼の団》の団長だ。一組織の長として、責任はきっちりとってもらわないとな」
「そう、か」
――俺は今まで、こんな連中を仲間だと思っていたのか。
この話を聞いた時。
初めは動揺した。
次に冷静さを取り戻し、最後には失望した。
つまるところ。
ノーマンは、仲間に抱いていた信頼を裏切られたのだ。本来自己責任で片付けるべき事柄を、よりにもよって自分に責任を押し付けられた。
「俺は《蒼の団》団長として、相応しくないのか?」
「そうだ。だから決めたのさ。僕たちはおまえを追放する、ってね」
と。
今まで口を開かなかったマシュー・ラッシュは、軽薄な笑みを浮かべながらそう言った。
「ノーマン。この日を以ておまえを《蒼の団》から追放する。次の団長には俺がなる。能無しのおまえとは違う。有能な俺が、今後は皆を引っ張っていくのだ」
「それがいいわね。そうしましょう。ナイジェルなら《蒼の団》を任せられるわ。ノーマンとは違って、ね」
「僕も賛成。考えてみれば、ナイジェルが団長になるのが一番だったね。この役立たずとは違って、組織のリーダーに必要な要素を全て持ち合わせている」
――ふざけやがって。
どうせ口裏でも合わせていたのだろう。
衆目に晒されて、こんな恥をかかされる。全ては仕組まれていたのだ。そうに違いない。
ため息をつく。
胸中には、ドロドロとしたものが渦巻いていた。
「……分かった。出ていくよ」
そう言い放ち、かつて仲間だった者たちに背を向ける。
「じゃあな」
ノーマンは人込みに向かって歩いていく。
途端に彼らは道を開けた。
「もう二度と、会うことはないだろうぜ」
そうしてノーマンは、冒険者組合から出ていった。
この王都からも、姿を消した。
☆
夕刻。
「…………」
ノーマンは一人、都市外を歩いていた。
そんな自分に。
危険生物たちは、容赦なく牙を剥く。