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第4話

 親のコミュニケーション能力が高いからといって、子がそうであるとは限らない。そんなことは自分がよく知っていた。もし、子が両親の持っている良い特性を全て受け継ぐことが出来るのだとすれば、世界の技術はより発展しているはずで、そうでなくても自分は他人とある程度の会話は出来るように育っていたはずだった。

 だから、義理の妹となった友人の娘がこうして他人を遠ざけるように背に隠れるのも何ら不思議なことではない。それでもこの現状を残念と思う感情がぬぐえないのは、多少なりとも昔自分の手を引いて外へ連れ出してくれた友人の姿を重ねてしまっているからなんだろう。


 生活必需品や義妹を小学校に通わせるために必要となるものを買いにやってきたのは、近場にあるデパート。そんな場所であっても交友関係が無いに等しい自分が知り合いと出会うことなんてまずない。

 そう思っていたのに、自分達の目の前にいるのは人一倍人懐っこい会社の同僚。プライベートでもいつもと違わず、キラキラと朝陽のような輝きを纏いながら同僚は挨拶をしてきたのだ。そして現在は膝を曲げて義妹の目線の高さまでしゃがんでいる。

 義妹が背に隠れているせいだろうか。不思議なことに普段とは異なり、同僚のつむじを見下ろせる程度には平静を装うことが出来ていた。



「娘さんいたんですか?」

「いや……。義妹だよ」

「妹!? 何人兄妹なんですか?」

「自分合わせて2人」

「はえ~」



 きっと同僚の視線が全て義妹の方へ向かっていることも原因なんだろう。驚きの声をあげた時も、自分に尋ねた時も、同僚は片時も義妹から目を離すことはなかった。

 自分の返答に呆けたような音を漏らしながら、同僚は義妹に向けて手を振り続ける。視覚的にも、実年齢的のも大幅に歳の差がある兄妹だ。これからも誰かとこんな会話をすることになるんだろうか。まず、義妹を小学校に通わせることで必然的に関わり合いになるだろう学校の先生とは何かしらありそうだ。


 そんなことを自分が考えている間にも同僚の舌は回り続ける。

 デパートに来た理由から始まり、家で飼っている猫の選り好みが激しいという話や最近ボーと考え込むことが多くて皿を割ってしまったという話などなど……。

 下手に相槌を打ってしまうせいか、彼の話は切れることを知らない。体感で数十分。別れる術を知らない自分には少しばかり苦痛となった時間が過ぎていく。義妹も思っているのだろうか。ひしひしと背中側から早く買い物をしたいという思いが送られてきているような気がした。



「そうだ! 君、飴舐める?」

「……いらない」



 嗜好品なのか、こういう事態を予測していたのか、同僚はポケットに手を入れると球体の飴が棒に刺さったキャンディを取り出す。飴を支える棒の長さがピアノを弾くのに向いた長い指を強調していた。

 笑顔を強める同僚に対して、更に身を隠す義妹。人を怖がっているのか、それとも知らない物を見て怖がっているのか。差し出されたキャンディが上下に振られる度に視線もそれに応じて動く様子から、キャンディ自体は怖がっていないよう。好奇心は年ごろの少女相応に備わっているのだと思う。


 そういえば、食料品を扱っている区画がない通路とは言えここは店の中だ。そんな場所で飴を舐めるのは、買った物であったとしても、持ってきた物であったとしても、流石にマナー違反のような気がする。

 気にし始めれば周りの視線が気になるもので、通路を行き交う人々の意識がこちらに向いているような気がしてならない。腹のどこかが痛くなってきているような錯覚さえした。

 そんな自分の心配事を気にした様子もなく、同僚は笑顔のままズイッと更にキャンディを前に差し出している。義妹はというと裾をより一層強く掴みながら逃げるように隠れるのだった。



「子供に避けられたの初めてだから新鮮だなぁ……」



 どれだけ頑張っても受け取ってもらえないと判断したのだろう。同僚はポケットにキャンディをしまうと立ち上がって「また」と言いながら去っていった。次、会社で会った時どんなことを聞かれるのだろうか。今まで長期の休暇を貰ったことが無かったために、それも含めて深く聞かれそうだ。上手く答えられる自信がない、というよりまずは緩衝材がない状態で会話することが出来るのだろうか。


 同僚が離れ、ようやく背中に隠れていた義妹が横に並ぶように出てくる。

 緊張の元凶が無くなり体の強張りが解けた彼女に「飴、なめてみたい?」と何の気なしに尋ねてみた。すると、僅かに抵抗するような視線をこちらに向けながらも、ゆっくりと頷いてくれる。やっぱり同僚の行動は彼女の好奇心を煽っていたようだ。



「だけど、食べ物は後回しにして初めは学校に行くための道具を揃えに行こうか」

「学校……。やっぱり行かなきゃダメ?」

「まずは一週間行ってみよう? それで辛かったら行かなくてもいい。学校に通わなきゃいけない、て周りは言うだろうけれどその限りじゃないことを自分は知っているから。その時は、自分が仕事に行っている間は一人になっちゃうけれど家に居てくれていいよ」



 文房具売り場と食料品売り場は不便なことに離れている。往復するのは小さな体には苦だろうとそんな提案をすると、義妹は不安そうな顔を浮かべて学校に行きたくないと伝えてきた。

 見知らぬ他人と会うのが怖いのだろうか。それとも見知った人間と離れるのが怖いのだろうか。どちらにせよ仕事場に彼女を連れていくのは難しい。実家にいるのなら専業主婦の母が遊んであげられるだろうが、ここには自分と彼女以外住んでいない。この家でたった一人自分の帰りを待っているよりは、喧騒の中に身を置いて寂しさを紛らわせてほしいと思う。

 そして、あわよくば自分が友人と出会ったように、彼女にとってかけがえのない友人が見つかればいいとも考えつつ返答した。


 これは願いだ。

 強制したいわけでは無いし、別に友人を作って自分から離れて欲しいという意味でもない。どちらかというと、友人の忘れ形見である彼女はずっと自分の側に居て欲しいと思う。だけどそれは無理なことだから。

 側に置くことが出来ないのだとすれば、彼女のこれからの生涯を温もりに満ちたものにして欲しい。きっと心優しいあの友人もそれを望んでいることだろう。今まであの場所に一人でいたのだから、一生分の寂しい思いを重ねてきたのだから、これからは大切な人を見つけて自分のようにはならずその人と共に在って欲しいと切に願う。



「……。分かった」

「ありがとう。学校から決められたもの以外は好きなものを選んでいいからね」



 小さな手が横から差し出され、その手を握り返す。

 そういえば、周りの目に自分たちはどのように映っているのだろうか。兄妹か、親子か、どちらにせよ仲の良い家族と思われたいものだ。諦めたようにヘラリと笑う寂し気な表情が別れ際の友人と重なって見えた。


 何時間デパートに居たのだろう。


 空高く昇っていた太陽は山の稜線まで迫っており空の色は青から茜色へ、浮かぶ雲もそれに合わせて影を濃くしていた。

 手には今まで購入したことのない量の荷物がぶら下がっている。用意したエコバッグにも入りきらず、他にも大きなサイズのビニール袋がいくつか。ビニール袋の取っ手は張り詰め、指をそのまま千切ってしまうのではと心配になる程食い込んできていた。車で来ていなかったら本当に千切れていたんじゃないだろうか。


 義妹とつないでいた手はとうの昔に離れ、彼女の腕には透明なビニール袋に包まれた新品のランドセルが抱えられている。抱えるとしたらお菓子の袋だと思ったのだが、どういう心境の変化だろう。あんなに学校に行きたくないという雰囲気を出していた彼女の興味は今、お菓子よりも学校に向いているようだ。



「ねえ……」

「ん?」

「お弁当、本当に作ってくれる?」

「給食がないときにね。運動会とか、そういう特別な日に作ってあげる」

「うん、それでもいい……」



 車へと向かう短い道すがら、他愛のない会話を交わす。

 昼過ぎに来た時は停めるところを探すことが一苦労だった駐車場も、今ではすっかり遠くに停めた自家用車を視認できる程まで空いている。ただ、帰路につく人が多いせいか車通りは昼過ぎと変わらず多かった。

 ランドセルを抱えたまま前を向いていなかった義妹の前に荷物を持ったままの手を差し出す。キョトンとした表情でこちらを見て固まった直ぐ後に、車がサーと静かに通り過ぎていく。



「あっちは車が少なかったけど、こっちは多いから周りをしっかり確認しようね」

「うん」



 こういったこともしっかり教えていかなければ。

 日常の半分以上を自分は見守ることが出来ないのだから、その間は彼女が自分自身で身の安全を確保しなければならない。サバイバル術は悲しいことに長い孤独生活で培われたようなので自分から教えられるものはこんな些細なものだけだろうけれど。

 そんな思いを胸に、再び二人そろって前に一歩足を進めるのだった。

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