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第1話

 今一度、下記注意事項を先にお読み下さい。


・本小説は菜々瀬蒼羽の日記(現代風)で2021年3月14日から2021年3月29日まで書いていた「アクアマリン」の改訂版であり、今話は2021年3月14日、15日ぶんとなっております。

・現在、菜々瀬蒼羽の日記(現代風)と菜々瀬蒼羽の日記(異世界風)は削除しているため、閲覧することは出来ません。

・空き時間に弄りながらの投稿なので、更新頻度は低めになります。


 注意事項は以上です。

 今後、前書きにこの注意事項を載せることは本小説内ではありません。

 自分が無口で愛想のない人間であることは誰よりも知っている。

 小さい頃、人と目を合わせる度に湯を沸かせるんじゃないかと思える程顔が熱くなり、それを散々揶揄われた。それが嫌で人との関わりを避けてきたものだから、普通の会話というものがどういうものを指すのか分からない。

 だから、自分が試験で面接を含む大学に受かり、その後就活でも面接を経て企業で働くことが出来ている現状は自分をもってしても不思議で仕方がなかった。


 ただ、昔からの習慣は変わらないもので、人との関わりが少ないのは相変わらずだった。



「あの、いつも傍に置いていますけど、それって何ですか?」



 パソコンと睨めっこしていると隣に座っている同僚が話しかけてきた。

 同年代だというのに敬語を使われるのは今に始まったことじゃない。自分ではそこまでではないと思うのだが、傍から見ると自分の顔は老けて見えるらしい。

 そこに自分の無口さが変な方向で作用し、年齢問わず敬語を使われるという摩訶不思議な現象が高校に上がった辺りから続いていた。

 他の人がこの環境に置かれれば一線引かれているように感じ、寂しい思いをするのだろうか。ただ自分に至っては、一歩引かれた場所に身を置けるこの環境は実に暮らしやすいものだった。


 かけられた声に従って隣の机に視線を這わせる。

 すると、ちょうど机の境界線辺りで自分のボコボコとした無骨な手と異なり、白魚のように白く繊細で綺麗な細長い指がくっついた手が視界に入った。

 ピアノをやっていたということもあり、腱筋が浮き出た手の甲は女性的でありながら力強さを感じさせる。



「……ぉ守り、です」



 目を見なければ、辛うじて言葉は出せる。

 ただし、聞こえているかも分からないような声量だが。

 質問に答えると何かが琴線に触れたらしい。清涼感のある香りを纏いながら身を乗り出してきた。



「へぇ! 自分で作ったんですか?」

「ぃや、ガワは自分だけど。……中身は、貰い物で」

「中、見てもいいですか?」



 ボッ、と顔が熱を帯びる。鏡を見なくても分かる。きっと今、自分の顔は人に見せられない程赤く染まっていることだろう。

 視線を自分のキーボードに移し、思考する。

 お守りの中身は知られて困るようなものじゃないし、開けた途端に転がり落ちても無くなるほど小さなものでもない。好奇心に駆られた人間を追い返すにはそれを満足させた方が早いだろう。

 そんな結論が出て、境界線の向こう側にお守りを押しやって自分は仕事に戻った。



「開けていいんですか?」

「……、はぃ」

「わぁ、綺麗ですね! 水晶?」



 許可を貰いながらも手はお守り袋の口を結んでいる紐に伸ばされていたんだろう。

 こちらの許可の声と同時に弾んだ声が聞こえてきた。



「……、アクアマリン、です」

「へぇ! 実物初めて見ましたよ!」



 お守りとして中に入れているのは、五百円玉サイズのアクアマリンの原石。

 昔、自分が本当に小さな子供の頃に母方の実家で生活していた時に友人から貰ったものだ。


 自分の人生において、彼女は最初で最後の友人というべき存在だった。

 彼女とだったら顔を合わせて話すことが出来た。

 彼女とだったらハイタッチなんていうコミュニケーションの最高峰技術を行使することも出来た。

 なぜなら、彼女は一度として会話の最中顔を真っ赤に染めてしまう自分を見ても笑わずにこちらが口を開くのを待っていてくれたから。急かすこともせず、話を途中で切ることもなく、二人の世界を楽しむようにただただ待ってくれた。


 彼女は唯一心を許せる存在だった。

 だから、彼女から貰ったそれは今も尚肌身離さず持ち歩いている。

 自分が引っ越すことになり、別れ際鈍く輝く原石を渡してきた彼女の至極寂しそうに顔を歪めた姿が忘れられなかったから、という理由もないわけでは無い。

 ただ、どちらにせよ宝物であることは変わりなかった。



「ありがとうございました! いやー、いいもの見たなー!」



 今、彼女は何処でどんな生活をしているのだろう。

 まだあの村で暮らしているのだろうか。

 それとも自分と同じようにどこかへ引っ越してしまったのだろうか。

 どちらにせよ、幸せに暮らしていて欲しいと思う。


 返されたお守りを定位置に戻しながら、ふとそんなことを考えた。

 そんなことを考えた上で、何故自分はあんなにも楽しかった時間を手放したままにしてしまったのだろうと自問する。

 大人になり、時間がいくらか過ぎ去った。

 仕事で忙しい毎日だが、休日が全くないというわけでは無い。それに、大学生時代は今よりもずっと自由な時間があった。

 それなのに何故、自分は故郷と呼ぶに相応しいあの場所に一度として帰らなかったのだろう。


 問いかけても、問いかけても、答えと言えるものは湧いて出てこない。

 別にあの日々を忘れたというわけでは無い。あの地を離れてからというもの一日として思い返さない日は無かった。

 ただ、何といえばいいのか……。

 引っ越してから数日は泣きわめく程帰りたかったというのに、いつからかすっかりと思わなくなっていたのである。



「あの?」

「……」

「あ! の!」

「……ッ!?」



 突然、人の顔が目の前に割り込んでくる。

 考え事をしていたせいか身構える余裕もなく、驚きに肩を跳ねさせ尻が僅かに椅子から浮いてしまう。

 視界に割り込んできた人物は、隣で作業をしているはずの同僚だった。

 逸らそうと努力を重ねてきた視線が交差する。それによって、驚きで早鐘を打っていた心臓は別の意味でさらに高鳴り、熱を帯びた血液を全身に送り込んできた。



「ぁ……、ぇ、と……」

「もうお昼ですよ? 仕事好きすぎません? 呼びかけにも答えてくれないし」



 考え事をしていたら時間を忘れていたらしい。

 無意識下で行われていた仕事は今日のノルマを三分の一程度しか消化しておらず、自分がどれほど昔の記憶に没頭していたのかが実感することが出来た。



「一緒にご飯行きませんか? 同期で食べていない人って日高さんだけなんですよ。だから一緒にご飯食べに行きましょう!」

「ぁ……と」



 人懐っこい人間は嫌いだ。

 そういった者達は決まってこのように無理やり視線を合わせようとしてきたり、過度なスキンシップを取ろうとしてきたりする。

 こちらの事情なんてお構いなし。人の周りを好奇心で歩き回り、自分が満足するまで引っ掻き回し、飽きたらまるで子供がおもちゃを捨てるような感覚で遠ざかっていく。

 だから、自分は人懐っこい人間が嫌いだ。


 しかしながら、嫌いだからといってここで申し出を断れば「何か用事でも?」と詮索してくるのは目に見えている。

 用事なんて一人で昼食を食べる以外にあるわけがない。

 自分のような人間にとって一人になることは重要な意味を持つ。だけど、それを説明して説得出来る程話せる力を自分は持っていなかった。


 何も言わず小さく頷くと、同僚は「ついてきてください」と一言、鼻歌を奏でながらお気に入りだという場所まで案内してくれた。



「ここです! ここ!」



 同僚の一人語りに頷くなどして無言の相槌を打ちながら歩くこと数分。着いた場所は会社の裏手にある小さな空きスペースだった。

 普段誰も使わないそこは、とても静かで人の視線を気にすることなく昼食を食べることが出来る自分にとっての安地だったはず。

 同僚がこの場を訪れたことは、自分が昼休憩をとっている時は一度としてなかった。

 それなのにどうしてこの場所のことを知っているのだろう。


 そんな考えが過ってしまうのは自分が浅はかな人間だからだろうか。

 ここは会社の敷地内にある一角であり、自分専用の場所ではないというのに。

 同僚は休憩と銘打って時折菓子を詰めた袋を手に姿を消すことがある。その時にここを使っているとしたら、知っていてもおかしくないはずだった。昼休憩の時以外利用してはいけないという規則なんて無いのだから。



「ほら、ご飯食べましょうよ」



 いち早く座る場所を決めた同僚は自身の横を手で叩き、こちらを誘導してくる。

 それに従うように人一人が余裕で座れる程度の隙間を開けながら腰を下ろすも、開いた距離は一瞬にして詰められてしまう。

 横にずれようとしても既に壁が右肩に当たっている。

 逃げ場は存在しなかった。


 同僚が一方的に話して、一方的に満足していく時間が過ぎる。

 終始短い「うん」とか「ああ」といった受け答えしか出来ない自分と違って話し続けているというのに、同僚の弁当箱の中身は自分と同等のペースで減っていた。

 それとも自分の食べるペースが遅いのだろうか。

 隣に誰かがいる食事はとても久しぶりで緊張が絶えない。そのせいか、口に含む食べ物は自分好みの味付けにしているはずなのに何も感じない。まるで味のしないガムを延々と噛み続けているような感覚であり、口に含んでから飲み込むのが普段より遅くなっている気がした。



「そういえば、アクアマリンの石言葉調べてみたんですよ!」



 食事が終わりに近づいた頃。「あ!」と何かを思い出したように大きめの声を上げてから同僚はそんなことを口にした。


 石言葉。

 花一つ一つに与えられた意味である花言葉と同様の、宝石に対する意味付けということだろうか。

 田舎で一時期共に過ごした友人はどんな思いでアクアマリンの原石を送ってくれたのだろう。

 始めて同僚の口から出た言葉に興味がそそられた気がした。



「自由、健康、幸福らしいですよ。アクアマリンってお守りにぴったりの宝石なんですね」

「そぅ、なんだ……」



 自由と健康と幸福。

 贈り物として考えるならこれほど基本に忠実なものは無いだろう。

 きっと、ひねくれた考え方をする人間以外はこの同僚と同じように「素敵な贈り物ですね」と表情を和らげるのだと思う。

 それなのに何故か、自分はその答えを聞いて違うと感じた。


 あの日、あの時。

 今でも鮮明な情景を思い出すことの出来る、記憶深くに刻まれた彼女と過ごした最後の一日。その別れ際……。


 あと一時間と待たず自分は車に乗せられ離れ離れになるという時にみせた、彼女の寂しそうに眉を寄せた表情が頭から離れない。

 果たして、アクアマリンを送ってきた彼女は自分に対して健康で幸福な自由な暮らしを営んでほしいと送ってきたのだろうか。


 別れを寂しがるのはきっと当たり前のことだ。

 あの時、自分も唯一無二の友人と離れることを実感し、顔を俯かせ泣いた。

 他の誰かに聞いてもその反応は正常だと言ってくれるだろう。だから、彼女が寂しそうにするのも当たり前だったはずで、その際遠方の地へ向かうこちらを想って用意した贈り物にそんな意味が込められていても不思議ではないはずだった。


 それなのに、どうしてだろう。

 短くも長い時間を共に過ごした仲だからだろうか。

 彼女の意思を汲み取ろうとすればする程、どうにもあの時の彼女がそんな想いを込めて渡してきたとは到底思うことが出来なかった。


 第1話を最後まで読んでいただきありがとうございました。

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