要編 7 映画鑑賞
シーン7 映画鑑賞
要と宗弥は学年も違えば所属する班も異なっていたが、2人は昼休みに図書館で会うようになった。その日の午後や次の日の予定を互いにどちらともなく聞き、次の日、昼休みに会って話をする、ランデブーさながらに。そして2人は、自由なるほとんどの時間を図書館で過ごす様になった。同じテーマの本を読んでは感想を話したり、近代史の事件や事柄を調べては意見し合ったり、どこかの誰かの噂話をしたりして過ごす。
そんなある日、宗弥が読んでいた“世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド“から、ヒョイと顔を上げ「要、なんで国防大進学を選んだんだ?」と何気なく聞く。
読んでいた“夜光虫“から顔を上げた要は、宗弥の視線を受け止めたが何も言わず、ふと、左右のバランスが取れない顔で微かに笑い「居場所がなかったからです」と応え、咄嗟に「どういう意味だ?」と宗弥は言った。
要の顔から表情が抜け落ちる。
宗弥の顔を見ていた目を瞬きもせず、本に戻した要は「素水さん、図書館では静かにして下さい」と平坦な声で言い、その声色に居心地の悪さを感じながらも宗弥は「お前だって、普段、このぐらいの声で、話すだろうが・・」と言葉が尻切れになる。聞いちゃいけない事だったか・・。宗弥は要の顔つきになぜだか富士子を思い出し、全然似ていないだろうがと思いつつ要の顔を見ていた宗弥が突然、閃く。ああ・・そうか、目か。人を信じてない目つき。だからかと納得する。
素水さんの目を無視して、3ページほど読み進んだ。素水さんはあきらめない。言い出したらきかない。ため息を吐いた僕は「志望理由には、国家公務員になれるからと書きましたが、自立できる安住の地がほしかったんです」他人事のような言い方になってしまった。
宗弥はそう言った要の瞳に憂いの影が一瞬、横切ったのを見逃さなかった。要はページを開いたままの本を机に伏せ、机に肘をついた右掌に顎を乗せて、無口になった宗弥に「素水さんはどうしてですか?」と聞く。
富士子に似ていると認識した要の目に宗弥は、息苦しさを覚えて天を仰ぐ。クソ、墓穴掘った。
仰いだ視線をゆっくりと要の目に戻し「…俺はさー、自分の力で、医師になりたかったからだ」と表面上の理由を口にするが、徐々に隠し切れなくなってゆく心で、自傷するように「幼なじみの女性と、少し距離が欲しかったんだ。その女性は俺の気持ちに、その、全く気づいていない。あくまでも、幼なじみとしてしか、俺を見ていないんだ。それが俺を混乱させるから、俺は、ここに来た」言葉をつまずかせながら、切ない男心を宗弥は正直に語る。
宗弥の率直さに触れた要は自分は素直さに欠けていたと、この大学を希望した理由を補足しようと思うが、どこから、どう説明すればいいかがわからず、ならば、幼少期から話した方がいいだろうと生い立ちから語り始めた。
誕生時や幼年期の写真が、兄や姉より極端に少ないこと。
ラムネが酸っぱくて、嫌いだったこと。
自分の帰宅を待たずに、家族の夕食が始まっていたこと。
母に「どこに行ってたの?」と聞かれたことがなかったこと。
疑問に思っても「どうして⁈」と聞く前に諦めていたこと。
1人が気楽だったこと。
今も家族の中で浮いた存在なこと。
なんで、生まれてきたのだろうと、幼い頃から考えていること。
話している自分に、親に大切にされなかったという羞恥はなかった。人に話した事がない家庭事情に触れれば、辿々しくも女々しく、内心が混乱するのではないかと身構えながら話していたが、逆に気持ちが整頓されていく。相手が素水さんだからなのか・・・・親戚でも・・兄でもないこの人を・・・僕は信頼しているというのか・・・。不思議な感覚を要は味わう。
話し終わった要に、宗弥はbigな笑顔を向け「そうか。お前意外に可哀想な奴なんだな。お前が無愛想な理由もわかった気がする。これからは俺が、お前の話を聞いてやる。何でも話をするんだぞ、この俺に。わかったか?」と言い、「保護者ですか?」と照れ隠しに言った要は、しんみりされたらたまらないと思っていたが、宗弥のbigな笑顔に救われた。
この会話以降、要と宗弥は互いに、些細な心の機微も話すようになる。要はいつも言葉短く簡潔に、宗弥は大らかに声をクレッシェンドさせて、要に「少し、声を抑えて頂けますか」と注意されながら。
グレーの雲がどんよりと垂れ込んだ7月の空に、ポツポツと降り出した雨を眺めていた宗弥が「たまにはPC室って、手もあるとは思わないか、要。検索エンジン使わなきゃ、わからない事だってあるぞ。どうだ?今日はそっちに移動しないか?」ぼんやりと口にした。要は人体解剖図鑑を読みながら「PC検索のニュース情報は間違いが多いから嫌いです。それに見出しの言葉選びが刺激的すぎます。粗悪で雑な文字は脳に焼き付いて離れなくなる。脳は素直に言葉を受け入れるから」と応え、「相変わらず、面白いこと言うな。わかるよ、言ってる意味」と共感した宗弥は「じゃあ、シアタールームはどうだ?」と言った。
本から視線を上げた要は宗弥の顔を見ながら、大いに思索する。その顔を見た宗弥がオイオイというような表情で「どうした⁈」と聞き、「素水さん、下級生の自分と、ここ以外でも一緒なのはどうなんですか?構いませんか?」と要が聞く。宗弥は「俺がそんなこと気にすると思うか?お前はどうなんだ?」と聞き返し、要は「多少、同期になぜだとは聞かれると思いますが、自分も構いません」キッパリとそう答え、2人はシアタールームへと移動した。
シアタールームには巻き下げ式スクリーンが設置され、そのスクリーンを映画館のような深赤色のソファー式の椅子が、段差をつけて取り囲んでいる。
世界のあらゆる場所で実戦された戦闘作戦を地形図、海図、地図をスクリーンに映し出し、陣形、展開された作戦行動、投入された兵器などを再現させてより理解を深める授業等々にも使用されていた。DVD機器も投写機の隣に完備され、その左横の棚には多種多様な演目のDVDが置いてあった。
この日、宗弥が選んだのは“悪人“だった。
自室で人が観ているのを本を読んでいる合間にぼんやりと、なんとなく、要は眺めたことがあったがその時は興味を持てず、詳しいストーリーは知らなかった。
スカイラインが峠を登り始めた頃、左隣に座る宗弥に要は「なぜこの映画を選んだんですか?」と聞く。「作り手の思惑を一切入れずに、なぜそうなったかを、淡々と乾いた質感で綴ってる映画だからさ。脇役の物語も丁寧に折り重なってる。この監督好きなんだ、俺。YouTubeでムー一族を見て、樹木希林のファンになった俺だ。それに俺とお前とで最初に観る映画のタイトルが“悪人“だなんて、なんか洒落てるだろう」ニヒルに笑う。
「どういう意味ですか?それ。素水さんはそんな感じ似合いますが、僕は違います」と生真面目に言った要に、宗弥は「そんな水くさいこと言うなよ。俺の見立てだとお前、俺よりも充分にその要素あるぞ」と言ってうなずく。「僕には、素水さんのような人間的魅力はありません」と言うと、「そう思ってくれてんの。ありがとう」軽快に笑った素水さんを僕は若干、憎たらしいと思う。
「なぁ、要。新しい映画も、気に入ってる過去の映画も、これからは一緒に観よう」宗弥はそう言った。
この日から2人が観た映画は、
神に愛された男
インサイド・ジョブ
スペシャルリスト
グレン・グルード
キングダム・オブ・ヘブン
この世界の終わりに
風の谷のナウシカ
アメリカン・アサシン
ザ・アウトロー
火宅の人
アメリカン・ヒストリー
シェイプ・オブ・ウォーター
アリスのままで
ザ・ダウン
幼女戦記
アンダーワールド
スペシャル・フォース
トワイライト
ババールの涙
アイアン・クロス
ハムレット
足跡をかき消して
野蛮なやつら
鬼龍院花子の生涯
第三の男
柳生一族の陰謀
暁に祈れ
機動戦士ガンダム
ラストコーション
ミニミニ大作戦
メディウス
ウォリスとエドワード
アイルトン・セナ
クリントイーストウッドの全監督作品
007
ガチ星
ゲド戦記
ザ・イースト
美しすぎる母、
GUNDAMサンダーボルト、他
今に至るまでに観た映画は1678本。要と宗弥は観終わった後、互いに感想を話し、お互いの感性を分かち合う。
映画鑑賞は2人にとって、その時々の相手の思考回路を理解するのに役立っていた。