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要編  67 しびれる日々



  シーン67  しびれる日々



 ボスは姿が見えない要の評判を聞くばかりの3か月半後、痺れを切らして要に伝令役でんれいやくまかせるようになった。



 日に数度、要と対面するようになったボスは、イタリア人にしては珍しく、シャイな態度で要に接し、船長室のドアの前に立った要の顔や姿を、ただ黙って、しばらく見つめては、各部署へのメモや伝言をたくす。




 だが、ボスは要にレッドゾーンのOAルームと、操舵室の伝令は頼まなかった。まだ、信用にると思われてはいない。要にはもどかしくも、ボスとの間には時間が必要だった。




 レットゾーンへの侵入方法を探る目的で、僕は警護の傭兵ようへい達と会話する。




 そうしているうちに、このコンテナ船は非合法の武器輸送に使われ、航路こうろはその時々で違い、船名を政情不安定の国を経由し、船籍登録をだし直して出港し、各寄港地で買い手に渡していると教えられた。不本意ながら、ボスの庇護を受けている僕には、どいつもこいつも知っているだろう的な感じで口が軽くなる。お稚児さんじゃねえよ!!クソたれ!!




 早急に証拠を掴んで、自分の行方を捜索しているであろうアルファーに、知らせることはできないだろうかと思案する。



 傭兵や船員がなぜ、この船にたどり着いたか、その理由わけも知る。



 軍籍を退いた後、仕事がなく傭兵になった者。子供の頃、内戦地の村から誘拐されて戦闘訓練を受け、こういう生き方しか知らない者。生まれた時から国籍がない者。密航者。臓器提供しても、借金が残っている者。



 ボスは、そんな人間を好んでやとい入れ、乗船した後、パスポートを取り上げていた。



 段々とスパルタンの姿を、船内で見かけなくなる。船室に籠っているらしい、サヤと共に。崩れ、破綻し、スパルタンは惰性だせいで、日々を暮らしているのだろう。そうしようと思えば、この船では簡単だ。誰も干渉などしない。



 スパルタンが定める目的地など、最初からなかったのだ。命運の尽きた男。人が清く生きて行こうとするならば、最大限の努力と、それを支える精神的な持久力が必要で、自身に謙虚さをし、奥ゆかしく他人を思いやる。しかし、他人(ひと)には何も求めてはならない。自分にさえ何も求めず、自分の弱さを腐ることなく受け入れ、瞬間の瞬間を見つめて生きる。そして待つ。ただ、ただ、未来を信じて、待つという名の修行生活を重ねてゆく。




 それをあきらめるのは簡単だ。

 人は3日もあれば、堕落だらくできる。

 そういう人を、僕は知っている。




 ある国の大使だった。その人は枯渇こかつした気力を、毎晩、女をらう事でおぎなっていた。それをあろう事か周りは許し、協力さえして与えていた。自分たちの生活が破綻しないように。金魚のフンで居られるように。当の大使は哀れながら、それに全く気づいていなかった。自分はモテると思い込んでいた。情けない。裸の王様から落ちてくる何かのために、周りにはべる人間は、必死で王様好みの女を毎夜探す。警護していて吐き気がした。そういう人達が幅をかせる世界もある。




 契約の箱には、神の人に対する良心が入っているのかもしれない。争うをやめない限り、真実を語らない限り、契約の箱は姿を現さないのか・・。



 道徳心とは・・・何だろう。



 ボスは要にり寄りはじめる。慣れたのだ。要はボスに気ままに接し、魅力満点の笑顔を見せたり、伝言とは関係のない事を聞いてみたり、たまの日、ボスを邪気じゃけあつかう。




 ボスがしつこい態度を見せた瞬間、要は姿を消し、ボスをはぐらかし続けた。



 男娼のようだと、心が疲弊ひへいする。

 逃げれば、追う。

 れば、手繰たぐろうとする。



 人のさがだ。



 嫌気が刺す。

 忍耐が、要の精神に負荷ふかをかける。




 あちこちの部署に出入りする内に、コンテナ船の寄港地はフィンランド、スウェーデン、デンマーク、パキスタン、サウジアラビア、トルコ、インドだとわかった。証拠になりそうな書類を、目にする機会があれば、要は記憶にとどめていく。




 トルコでコンテナを下ろす日、売店と呼ばれている傭兵が地上要員として上陸し、街に買い出しに出た隙に、要は売店の船室に侵入し、自立型スマホを盗んだ。



 売店の様子を3日間監視したが、ボスの怒りを恐れてか、売店は騒ぎにしなかった。



 スマホを手に入れてから1週間後、僕は人の出入りの多い昼時に、食堂近くのトイレに入り、スマホの電源を入る。本陣が管理している衛星を経由させて、トーキーに生存している事、スパルタンに同行している事、現在のコンテナ船の船名と特徴、トルコに寄港している事を、チーム内暗号で送信した。




 しまず、スマホの電源をOFFにする。届くかどうかわからない送信に、期待はかけはしない。願いが叶わなかった時、心の悲鳴に耐える自信がなかった。




 3日後、ピエロと朝食を摂っていると、スパルタンが食堂に入ってきた。室内を見回し、僕を見つけたスパルタンが右横に座る。久しぶりに見たスパルタンの横顔は、むごく荒んでいた。「おはよう。最近見かけなかったな。何かあったのか?」と聞く。スパルタンは狡猾こうかつな表情の上にある赤い目で、僕を見る。




 そして「ボスに、残金の支払い期限を切られた。明日だ」と言った。




 「残金ってなんのだ?」ととぼける。「密航の代金だよ!」苛立つスパルタンは、僕に話したつもりだ。諜報ちょうほうの基本、言った事、聞いた事、真実と嘘の整理が、スパルタンはできていなかった。脳がイカれたのか、スパルタン。




 「明日とは急だな。レッドゾーンから送金すればいいじゃないか?あっ、だが、そうすれば、あんたの残りの金もボスのものになるな」のんびりとした口調で、僕はご親切に言ってやる。




 徐々に視線を尖らせ、聞いていたスパルタンは「ボスのお気に入りとはいえ、お前にも関係ある話だぞ。俺から金が取れないと、お前は一生ボスのお稚児ちごさんだ」最後のフレーズを低く薄気味悪い、笑い声を混じらせながら言い、「後で、俺の部屋に来い」と酒臭い息を吐き、椅子から立ち上がって食堂から出ていった。




 ピエロがメモ帳に“ls he alcoholic?“(あいつはアル中なのか?)と書く。「that’s right.」(そうだ)難なく答えた僕の顔をピエロはのぞき込み、笑う僕を見ながら“No it’s not alcohol .You should know too “(いや、アルコールじゃない。お前もわかっているだろう)とメモ帳に書いて僕に見せた。



 「知らねえよ」日本語で言った僕に、ピエロがあきれたように首を振る。



 

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