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要編  6 要と宗弥



  シーン6 要と宗弥



 図書館の1階は生徒面談室5部屋と教官資料書庫、2階、3階は各種書籍、4階と5階に専門書籍が収納されている。各階とも廊下の左手が図書室で、部屋の前後2箇所に出入り口の引き戸があり、前の引き戸から見た右手の壁にピタリと幅の部分をつけた本棚から始まり、80㎝の間隔かんかくをおいて35列ならんでいる。



 本棚の形状はグレーの金属性スライド式で、大きさは高さ196㎝、幅80㎝、奥行き250㎝、公文書館等々で見られるそれだ。棚は前後から本が置け、側面にあるハンドルを左右の動かしたい方向にクルクルと円を描く様に回すと、隙間すきまなく並んでいた本棚がスライドしはじめ、人ひとり入れるスペースを作る。ハンドル上には分類明記されたプラスチック板が貼り付けてあり、本を探す手助けとなっていた。



 5階部分は廊下から見た右手の入り口の右側の壁から本棚が5列並び、左手は読書スペースになっていて白の5人掛け長机が横に5列、縦に8列、計40脚が整然と設置され、椅子は机と同系の白のフレーム製で計200脚、座面と背もたれはアマランスパープル色の形状記憶クッションになっている。



 図書館の管理者は教官、学生の種々な要望に応えようと、各主要全国紙新聞、多目的雑誌を揃え、思うに任せない部分はあるものの、揃えてある本は第1次・第2次世界大戦とそれぞれの国の戦後、その後の高度成長期に関連するもの、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、中東戦争。アフガン戦争、イラク戦争等々、その時々の国際情勢に関するもの、各地で起きている内戦、内紛に関する著書、旧軍関係者からの寄贈書、寄贈資料、ならびに遺族の方々から寄贈された蔵書、日本国の歴史書、偉人伝、近代日本の歴史書、美術品の写真集と解説書簡、宗教本、世界のあらゆる名作文学、童話、思想書、哲学書、多様な趣味の本などなど、挙げればキリがない程に多種類に渡る本を収蔵した。



 要がいつも使っている机は読書スペースの1番後ろの窓側で、宗弥と会ったその日、要は赤ずきんちゃんの童話本を机上において暗唱していた。



 宗弥は前の出入り口上部に両手を掛けて頭だけを室内に入れ、読書スペースに視線をめぐらせて要を見つけるや、要へと一直線に歩みよった。そして要の正面に立ち、背後の机に軽く腰掛けて腕組みしつつ要を見下ろした。


 その宗弥の行動と視線を気にせず、要は暗唱を続け、宗弥はしばらくその様子を見ていたが、やがて「俺は第一大隊、第3学年の素水モトミズだ。お前、第1学年の尾長だよな。質問があるんだが、今いいか?」と快活な口調で聞く。



 めんどくさいと書いてある顔で宗弥を見上げた要は、ノソリと立ち上がり「おっしゃる通り、確かに自分は第一大隊、第1学年、尾長 要であります。ご質問に答えさせて頂く前に自分の質問にお答え願えましたら、自分も素水さんのご質問にお答えできるかと思います」と直線的にそう言い、聞いた宗弥は左側の口角をニヤリと上げて笑う。そして「俺の質問に質問で返すとは、いい度胸だ」と言い、挑むような顔付きで「答えてやる。貴殿の質問とはなんだ?」と楽しんでいる内心が見えるような声で聞いた。



 顔色ひとつ変えない要が「1941年の世界情勢をかんがみて、あの当時の海軍戦力を指揮するとしたらあなたは、その戦力をどこに向けますか?」と言った。



 思ってもいなかった問いかけに表情をキリリとされた宗弥は「お前、面白い質問をするな。模擬戦もぎせんか」と言ってうつむき、一点を見つめて思考する。



 そして顔を上げ要の目をとらえた宗弥は「俺の模擬戦は、第1にアメリカ合衆国を巻き込まないだ。当時、まだアメリカはまだ参戦していない。わざわざアメリカの標的にならなくても、アメリカはいずれイギリスを助けるために、何かしらの理由を付けて参戦していた。あとはアメリカ国内の国民感情をどうあおるかだけだった。日本国もそのくらいの諜報は出来てたはずだ。現存する公文書にもチャーチルとルーズベルトは海底ケーブルの直通電話で、密通していたと記されてもある。それにだ、アメリカは太平洋の向こう側、東京からサンフランシスコまで12000キロだ。アメリカは日本の裏側だぞ。ハワイまでは大体その半分の距離だか、パールハーバー基地を獲りに行ったとしても、その後の補給はどうする?戦争のかなめは補給だ」そこで一旦いったん、話を切った宗弥が「長くなるが、質問したのはお前だからな。それにお前の魂胆こんたんはわかってる。どこまで、どう知っているか、俺をためしている。黙って聞け」と熱い意志で語る。



 要の目がかすかに笑う。



 「ハワイは太平洋のど真ん中、360度海しかない。海だ。先制攻撃で講和をうながすという計画だったらしいが、一説にはアメリカに赴任していた日本大使館の職員が、前の晩、壮行会で朝までどんちゃん騒ぎして寝坊し、それでパールハーバー攻撃後に、アメリカに宣戦布告を通達する羽目になったという話もある。緊張感なさ過ぎだろう。舐めてるよ。今でも不意打ちしたと、我が国は卑怯者呼ばわりされてる。その話が本当だったら許せない。不意打ち食らわした奴と座って話するか?何があろうと全力でぶっ飛ばすだろう、普通。それも個人間の話じゃない。国家間の話だ。歴史とその後の模範もはんになるんだぞ。それに南雲中将には、早期講和そうきこうわ意図いとを知らせていなかったという説もある。だから、反復攻撃はんぷくこうげきしないまま、真珠湾から離脱りだつしたとも考えられる。日本国が南方進出したのは、資源不足をおぎなうためだったはずだ。なんでアメリカを攻撃する。俺が指揮するとしたら、北方領土の近海に偵察艦隊を展開させて、あとは日露戦争での東郷平八郎元帥に学ぶだ。これが俺の模擬戦の答えだ」宗弥は奮い立つしっかりとした声で熱弁した。



 背筋を伸ばした要は「ご質問にお答えせず、失礼致しました。素水さんと自分は気が合うと思います。ご質問はなんでしょうか?」りんと宗弥に問い掛ける。



 宗弥は「ふんーん」と言った後、「あのさ、なんでお前、いつも自分から指導に飛び込むの?」と聞く。「同期との思い出にしたいからです」と答えた要が決まり悪そうな顔をする。



 宗弥はうつむき、要の表情と要が言った言葉の意味を考えつつ「思い出ね」と呟く。指導は嫌なものだが仲間で受ければ、のちは思い出ばなしのネタになる。それもそうだが、こいつの優しさでもある。そういうヤツだったかと、興味を抱いた宗弥は視線を上げ「俺も、お前と気が合うと思う」ぶっ飛び笑顔でそう言った。宗弥は腰掛けていた机から立ち、そばにあった椅子の背を右手で掴んで180度回転させて座った。



 この日から二人の要と宗弥の、親睦しんぼくを深める日々が始まった。



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