要編 53 カウントダウン1
シーン53 カウントダウン1
富士子が病院のエレベーターに乗ったのを見届けて、非常階段を3段飛ばしで駆け上がる。
監視病室のドアを開けると、僕を見たトーキーがうなずいた。そしてPC機器前の一人掛けソファーから立ち上がり、僕の前を通り過ぎて廊下に出る。トーキーに続いて歩きだす。エレベーターホールに着くや、トーキーは右手の人差し指で場所を指し示した。
そこはエレベーターを背にした右角、消火器がある場所だった。しゃがんでトーキーたちが捜索し、発見した機器を目視する。消火器がのる赤いプラスチック板の奥に、縦13㎝✖︎横6㎝✖︎幅3㎝ほどのブラックボックスがあった。
6㎝ほどのアンテナが3本、3㎝ほどのアンテナが3本が外付けされ、一見で手製だとわかる。それにしても、なんて不恰好なんだ。精密さも、洗練された雰囲気もなければ、子供のおもちゃのようだ。これがジャミング機だというのか・・不可解な代物としか思えない。しかもこの置き方は、発見してくれとでも言ってるようなもんだ。立ち上がってスマホを取り出し、俯瞰、側面、アップの写真を3枚撮った後、メモアプリをクリックする。
トーキーは手にしていた自分のスマホ画面を要に見せた。そこには” 写真を撮り、本陣に送信した後、ブラックボックスの中を確認しました。外殻、配線などの諸々は市販されてるものでした。どこでも手に入り、ネットでも購入できます。ですが、内蔵されていたチップはおそらく軍事用で、多分、中国製です、分析してみなければわかりませんが、間違いないと思います。ジャミング機能は無力化しました。敵の回収に備えて内部に極小盗聴・追跡器を仕掛けてあります。それから、こちらのネットワークシステムに、侵入された形跡はありません。” と書いてあった。
読んで“ 了。この機器の存在を知っているのは、お前とターキーだけか?” と右手で持つスマホに、右手の親指で打ち込んでトーキーに見せる。要が差し出したスマホ画面を見たトーキーがうなずく。
2人は廊下を折り返した。要の左隣を歩きながら、メッセージを打ち込んだトーキーが画面を要に見せた。そこには” 仕掛けたのは誰でしょうか?あの機器のサイズ、市販品にしても大きすぎます。隠し方もまるで素人なのに軍用のチップとは、印象があべこべです” とあり、”そうだな。逆に特定しにくいな” 要はそう打ちこんでトーキーに見せた。
読んだトーキーは ”そうですよね。なのに指紋、DNAの付着等々は皆無です ” と打ち、読んだ要は“ 仕掛けた人物は、ここに出入り出来たということだ。本陣で解析した方がいいだろう”と右手の親指で打ち、トーキーに示す。
画面を読んだトーキーは “ターキーが今mapで、フェイクを制作しています。でき次第、おき換えて回収します。チーム内にも、この事は極秘なんですか?” と打って僕に見せた。“ 本陣から通達不可の厳命が下った“ と打ちこんで、トーキーに見せる。トーキーは「えっ」と小さく声を上げて瞬時に僕の顔を見上げ、その顔に僕は、頷くしかない。
2人はやり取りした文章をアプリから消去し、要は監視病室のドアを開ける。
テーブル前の1人掛けソファーに、ヘッドフォンを装着した宗弥が座っていた。髪が濡れている。シャワーか・・と思いながら革ジャンを脱いだ。
宗弥が座るソファーの後ろに、置いてあるパイプ椅子の背に革ジャンを掛け、インカムを装着しながら、宗弥の後ろに立つ。トーキーは、プライベートルームへと入って行った。
TVモニターに映る富士子が、国男から「明日、朝9時に軽井沢に移動する。1ヶ月ほどの滞在になると思う。浮子から聞いたと思うが、お前にも来てもらう。準備を怠るな。明日、8時に、中田の車で病院に来るように」と聞くや、富士子は表情を険しくする。宗弥が「おっと、良くない」とつぶやきにしては、大きすぎる声で言い、宗弥に視線を移して「どう、よくないんだ?」と尋ねたが、宗弥は画面の富士子に夢中だ。
国男は富士子が来る直前まで、本陣が用意したスマホを使って、担当者と軽井沢で行われる調査の予備審問を、メッセージでやり取りしていた。コロンブスからの直転送で、僕、1人がその内容を知っている。このこともチーム内、共有不可だ。チームに言えない事が増えていく。こんなことは初めてだ。本陣はどうしてこんなに慎重になっている⁈
極秘と秘匿が重なってゆく、クソ。
本陣は何かを掴んだ。
だが、その情報は下りて来ていない。
モニターに目を移すと、国男の表情には、いつもの威厳と余裕がなかった。
妻の死の真相を調べ上げていた本陣、アメリカが要求した富士子の血液サンプル、接触した相手がアメリカ情報士官だった事、特務機関のコロンブスとの対面、審問と調査、いくつもの事柄が重複している。その上、事はどれもがデリケートで、誰にも打ち明けられず、国男の心労はいかばかりか・・・。
理由を知らない富士子と、性急で強引さを匂わせる国男の会話は、急速に沸騰し、逼迫したやり取りになっていく。国男から富士子に事情を話してくれるといいがと思う。だが、国男は話さない。
液体デイバイスがもたらす国益、利益、多岐にわたる多才な用途、誰もがそこを考え、富士子に変異する魔王・液体デイバイスの暗黒面は伝えない。知れば、液体デイバイスの開発を、放棄するであろうから・・・。
ヘッドフォンをつけたままの宗弥が振り返り、僕に首を振る。その顔を見ながら僕はインカムを首にかけ、右手の親指を立てて後ろに振り、先に歩き出す。背中を壁に預けて右足のつま先を左足首の前で組み、腕を組んで宗弥を待った。宗弥はワイヤレスフォンを外しつつ、富士子の表情を見る。頑なさが増していた。深く、重いため息を吐いた宗弥は、盗聴音をスピーカーに出して要の前へと進んだ。
目の前に立った宗弥に首を傾け「見て、どう思った?」と小声で聞く。「おじさんは説明を端折りすぎだ。富士子は相談もなく、勝手に軽井沢行きを決めたと思ってる。それに富士子は明日、弁護士と面談の予定が入ってる。液体デイバイスのことでなんか相談があるんだろう。あのおじさんの言い方じゃあ、富士子は納得しないし、東京から出ない」宗弥の声は低音が響き、そして早口だった。
宗弥の目を静かに見る。平静でいろと要求する。そして「確かにな。しかし富士子さんは、何も知らない事で却って身を危険に晒してる。1番大切な事は、無事でいてくれる事だ」と口にした。
宗弥が口を開きかけたその時、「完全体、100%の液体デイバイスは完成しました。この後は実用化に向けて、試作製造をしなければいけません。同時に運用に関わる人達に向けて、液体デイバイスに対する倫理観の心構え条項も、考えておかなければなりません。会長もいち早い実用化と、運用を望んでおられたかと、私は認識しております。ですから私は、東京を離れる訳にはいかないのです。お分かりですか、会長。私は 軽井沢には参りません」凛と力強い富士子の声が、スピーカーから響いた。
やはり富士子は、完全体・液体デイバイスを完成させていた!!宗弥に向き直り、内耳モニターを切れとジェスチャーで指示しながら、奥歯を噛んだ僕は、瞬くようにして宗弥の顔を見た。宗弥が「要、、」と呟き、「ああ、そうだ!!富士子さんの危険度が!一気に!MAXに引き上がった!!」僕の声は刺が生えたようだった。スピーカーからドアの遮蔽音が響き、宗弥と僕は同時にTVモニターを見る。
富士子の姿は、すでにもう、そこにはなく。足早にパイプ椅子の前に行き、僕はTVモニター越しに病室の様子を確認する。国男と浮子が互いを見たまま、呆然と立ち尽くしていた。
プライベートルームから飛び出して来たトーキーは、濡れた体の腰にバスタオルを巻きながら「何かありましたか?」と問いかけてPC前へと走る。
「富士子が、病室から出て行った」宗弥が平坦に答えた。
パイプ椅子の背に掛けてあった革ジャンを、羽織りながら「宗弥、国男さんと話をしてくれないか?」と言い、「そのつもりだ」と言った宗弥が僕の右隣に立つ。
その横顔を見る。これからやろうとしていることへの罪悪感が込み上げてくる。その眼差しに気づいた宗弥は不思議そうに要を見返して「どうした?なんで、そんな顔してる⁈」と聞いた。「いや、なんでもない。宗弥、富士子さんのさっきの話は、まだ本陣には内密にしてほしい。出来れば音声と録画を削除してくれないか、本陣が知るのは、富士子さんが軽井沢に到着してからでいい。処罰は僕がうける。どこだろうが、今、完成させていることが外にバレるのは危険だ。すみやかに、富士子さんを東京から退避させなければ」悪魔に追われているかのように、僕はせっかちな小声で言っていた。うなずいた宗弥も「そうだな、そうした方がいいな。わかった」と言いながら、徐々に顔をしかめてゆく。
なんの話か知りたい顔のトーキーに、僕は顔を向けて揃えた右手で、自分の首を指して左右に振る。トーキーが奥歯を噛み、OFFににしたのを確認してから「液体デイバイスの完全体を、富士子さんは完成させていた。明日の移動まで、富士子さんの安全を確保したい。だから、今日一日でいい。本陣には内密にしてくれという話だ」と正直に話す。瞬時に眉間をひそめたトーキーが「富士子さんの危険度数が、無限大になった」と呟いた。心臓がドキリと脈打った僕は「そうだ。だからトーキー、宗弥の指示に従ってほしい。頼む」と頭を下げ、「報告と処分は僕が受け負う」と言った。「承知しました」と納得したトーキーに「すまない」と言葉をかけ、2人に「警備に戻る」と言って歩き出す。
「ベータ要員は、どこ行ったんですか?こんな時に。午前中に出て行ったきりです」トーキーが誰に聞くわけでもなくそう言い、心当たりのある僕は「何も聞いていない」と返して廊下に出た。理由は明白だ。ファイターがゾロに渡した、USB。
富士子の突然さに困惑したであろうチャンスに、「これから警備に入る。心配するな。頼んだぞ」と声を掛け、非常階段のドアを勢いに任せて開け、手すりを飛び越えて側面から側面へと飛び下る。明日だ、明日までだ。軽井沢に行くまで安全を確保しなければ、クソ!!完全体を完成させていたなんて、なんてクソッタレなタイミングなんだ。
舞い飛ぶ要の姿は、自ら奈落に身を投じて行くようで、それでいて清々しく、純情を思わせた。




