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要編  4 初恋の女



   シーン4  初恋の女



 付き合い始めた女は2つ年上で、ヒット曲連発のアイドルアーティストに似ていた。愛くるしい胡桃くるみのような目を持ち、声はクールさをかもし出すハスキーボイスで、ギャップえを誘う。アヒル口を小さく動かして少し早口で話し、話に夢中になると頬が林檎色に染まる。



 その様子は可愛らしく、男達に人気があった。



 当時、要の身長はすでに177㎝あり、女も背が高く、腰までのストレートヘアを栗色アッシュに染め、バーバリーのミニスカートに黒のトップスを好んで着ていて、流行りの底上げブーツを履くと要の耳の辺りに女の顔があった。そんな2人が並び立つと、虹のようなはなやかさを醸し出し、羨望を集めた。



 女は店のオーナーの息子と同級生繋がりで、気が向く日に、時刻に、店に来ては遊ぶように働いていた。そんな気ままさが客にうけ、客は彼女をアントワネットの君と呼んだ。



 アントワネットの君は、要と話す機会があれば普段より目をパチパチさせながら会話し、要もそんな女の態度に悪い気はせず、店の人気者が見せる好意がむしろ心地良かった。人に関心を持たれるというのは、こういうことかと女の態度を見て知る。



 高校でも要に好意を寄せている女の子もいるにはいたが、学校での要は勉強しているか、寝ているかのどちらかで、そんな要の寝顔を遠くから見守る程度のあわいものであった。



 夜の仕事をするようになった要は、大人びた雰囲気とあやうさを身にまとい始め、その異質さと容姿に無口さも手伝って、次第に高校の女子は要に近寄り難くもそこがまた良く、憧れはいだくが、深入りするのは怖いという印象を持つようになっていく。



 だが、アントワネットの君は無防備に「私と居ると楽しいよ。付き合わない?」とあどけなく告白し、要もそんなノーガードっぷりに守ってやらねばと男心をくすぐられ、2人は恋仲となった。



 アントワネットの君が店に来ると、要はその周囲をカウンター内から気を配り、客が彼女との距離を密にしていると見るや、チョコレートポッキーをストローグラスに盛りつけ、客との間にさりげなく入って「いつもありがとうございます、〇〇さん」と笑顔で頭を下げる。そしてストローグラスをテーブルにおき、客の気をそらす為に話しかけ、頃合ころあいを見てアントワネットの君に「そろそろ、休憩の時間です。忙しくなる前にとってください」と言っては席を外させた。



 名残り惜しそうに、アントワネットの君の後ろ姿を見送る客に、店に居る時はテツも取りなして時節の話題を振り、女になんが起こらないよう、要とテツは幼稚な防御を張る。



 バイトか終わると睡眠時間を削って、要はアントワネットの君をテツの彼女と4人でバッティングセンターに連れて行ったり、「何か食べようか」と誘ってみたり、タクシーを飛ばして広島港宇品旅客ターミナルに連れて行き、漆黒の空に昇る朝日を見たりした。



 彼女の話をよく聞き、慎重に扱い、彼女が嫌だと思う事を知ろうと要は心を砕く。



 付き合ってみると、アントワネットの君は料理が上手かったり、不在がちな要の下宿で掃除や洗濯をしたり、要の健康や生活に気遣いをみせた。おままごとの様な半同棲生活は、人に面倒を見てもらった経験が無いにひとしい要には新鮮に映った。だが、要にはもう一つの世界がある。

   


  学校だ。



 身体は一つで、通学かアントワネットの君か、どちらかを選ばなければならない時、要は情に流されず、迷わず、登校することを選ぶ。一緒に居たくて膨れる彼女をひとり下宿に残して。



 そんな付き合いが5ヶ月ほど過ぎたあたりから、女はテツに不満を漏らすようになった。



 テツはそれを要に伝え「もっと一緒にいてやれや」と最後は言い、「われもなぁ」と要が返して、「わしはさぁ、金もあるし、親が医者じゃけん。女が離さんと」とテツが言って話を混ぜ返して終了するパターンが続き、さすがにマズイとは思ってはいたが、要は初恋の女を信じていた。



 そんな日々のある日、要が学校行事でいつもより早く帰宅すると、部屋に誰かがいる時は戸締まりしない玄関ドアに鍵が掛かっていた。買い物にでも出たかと思いながら鍵を使ってドアを開け、玄関に入った要が目にしたものは、彼女とテツが事に及んでいる姿だった。



 女の右乳を下から左手でつぶすように掴み上げ、舐め上げているテツに、要は「テツ」と平坦な声で名を呼ぶ。テツは乳房にしゃぶりつきながら「何だ」と心ここにあらずで普通にこたえたが、途端に組みく女から飛び退いた。その勢いで上掛けとベットの隙間すきまが開く。その一瞬を見逃さなかった要の目は女の裸体を見た。



 だらしなく足が開いていた。

 なまめかしく、

 綺麗で、間違いなく、要が慈しんだ身体だった。



 要は目蓋まぶたを固く閉じる。目蓋に・・・目に、写真でも見ているかの様に残像が焼きついていた。それでも、心は何も感じない。残念でも、屈辱でも、混乱もなければ、悲しみもない。ただの無だけがある。どうしてだ・・・と、ぼんやりと思う。



 慌てふためいて引き寄せた上掛けで下半身を隠したテツが「はっ、早かったな」と間抜けな声で言う。要が目を開けると、テツが上掛けを引っ張ったおかげで女の太ももが、なおも、あらわになっていた。



 玄関先で無表情に自分の足を見ている要の視線を見て、女はようやく淫靡から目覚め、やっと気づく。さっと足を閉じ、両膝を折って上掛けの内に引っ込めるが、その恥じらいはすでに遅い。



  その女の顔を、要が見る。



 女の顔は動かない。白大理石さながらの顔色と未熟な腕で彫ったような表情のない目と、鼻と、口があるだけだった。



 女の顔を見続けている要に、テツは「わ、われが、寂しい思いをさせるけん、いけんのんよ。わしに話しがあるって、話を聞いとっただけじゃ。そうしとったら、いきなり抱きついて、きよって、、、ほじゃけん、、」しどろもどろにうろたえ、要からすればどうでもいい言い訳で、テツの顔に黙れと鋭い視線を向け、その目を見たテツは口を閉じ、泳がせた挙句のまなこを最後は女の顔に向ける。



  要は女の顔に視線を戻し、無表情に見続けた。



 ついに耐えきれなくなった女は、顔をゆがませ「寂しかったんよ。じゃけん、、、時間を作ってくれんけんよ。あんたは学校とバイトの合間にうちじゃろ、、それじゃ、うちは寂しかじゃろうもん!」と泣き出す。



 女の言葉を聞いて、お前の愛とは、その程度のものかと怒りを覚え、寂しいからといって、愛する者以外と身体を重ね、それは愛している者ではなくともいやせる寂しさという事で、軽く、紙のように薄っぺらい。



  代えがきく愛。

  傷つける愛。

  いたわりのない愛。


  身勝手な愛。

  

  そんな愛は認めない。意味がわからない。


  裏切りを見せる愛など、いらない。



 怒りが根源につき当たり、行き場を無くして青く燃え上がる。その熱が要の身体を勝手に動かし始めた。



 土足で部屋に上がり、もともと少なかった荷物の中から5冊の愛読書、i pod、洋服、下着上下4枚、靴下4足、教科書、コップ1つ、マグカップ1つ、箸とフォークとスプーンを一対ずつ、大皿1枚、フライパン、携帯の充電器、ヘッドフォン、保険証、通帳、印鑑、下宿の契約書、大判のバスタオル2枚を、呉市から荷物を運ぶために購入したトランクに詰めていく。



 その一方で持って出る荷物を冷静な頭で一つ、また一つと選び取り、無駄なく身体を動かしている自分に要は驚く。



 いきなり、室内を動き回っている自分の顔を、手を、窓辺にあるシクラメンの花を、テツを、女を、シンクにあるカップヌードルとペヤングの食べガラを、コンビニコロッケの包み紙、そんなあらゆるどうでもいい物を、俯瞰ふかんから眺め始めた脳はその全てにピントを合わせて拡大し、要の意識に投影とうえいしだした。



 女は荷造りする要に驚き、上半身を起こしながら、上掛けの上から胸元をおおうようにして右腕を回し、要を見つめて「別れるつもりなん!テツとは、まだやってないけん」といらぬ言葉を口走る。



 要は女に振り返る。明るい栗毛の後頭部に、滑稽こっけいな形の寝癖を見つけた。急速に青い怒りが冷えてゆく。吐き気を覚え、そして思う。



  この女は馬鹿なのかと。



 トランクのファスナーを締めた要は「ああ。別れる」きっぱりと言った。その言葉に、女はポロポロと涙を流すが、その涙の数だけ要は白けてゆく。



 トランクの取手とってを掴んで立ち上がり、玄関ドアへと向かう。テツはその背に「どこ行くんな!」と叫んだが、要は何も言わず、ドアを開けて後ろ手で閉めた。



 その日のうちに下宿を解約して、金を払って部屋の片付けを不動産会社に委託いたくした。携帯の番号とメールアドレスを変更し、ビジネスホテルに部屋を取った。スナックのバイトも辞めた。住む町を変えると決めて、放課後の数日かけて下宿を探し、コンビニの深夜バイトに戻った。



 この日から一層、要は就学に励むようになる。



 テツと恋人との一件があってから、女が出来ても下宿には入れず、女の部屋を訪れる付き合いに終始する。愚かにも女は要の全てを知りたがり、墓穴を掘り続け、もはや、女はやめられず、要はうんざりとして別れを選ぶ。



 このパターンを繰り返す。



 女の心の奥底に眠る情念を、女自身でさえも飼い慣らすことが出来ず、女の空恐ろしさに触れる度に、何故だと疑問ばかりが深まり、要はより一層、女との距離をおくようなった。



  当然、女との関係は長続きしない。



 近づいて来る女の初めは心の表層をキラキラと美しく輝いてはいるが、寄せ付けぬ要の態度に段々と傷つけられたと感じるのか、体が目的⁈と自尊をつのらせたのか、その場では何も言わずに我慢するが、拍子ひょうしを得ると起爆させて、口汚くののしり出す。そして、決まり文句のように最後は異口同音「私を愛していないのよ!結局、あなたは!!」と勝手に終止符を打つ。



 あれこれと目の前で吐き出す女の姿に、ようするに自分をそう思っていたという事かと知れば、要は妙に沈静ちんせいした。



 女が変わっても、始まりと終わりはいつも一緒で、変わらない共通項は自分だけで、女をそうさせてしまうのは自分かと終着点にたどり着く。愛とはなんなのだろう。愛を知るごとにむなしさが増す。けなされた言葉で自分を削がれていく。



 要からしてみれば、お前が近づいて来たんだろうがと言ってやりたい気もしたが、責める言葉の選択をより鋭利えいりなものを選んで発する女を、態度も周到しゅうとうに要を傷つける方向に突き進む女を、そんな報復ほうふくを思いつく女を、選んだのは自分だとループして、最終的に己の愚かさが心に突き刺った。



 僕は心のどこかが欠落している。


 

 母から始まって関わる女たちは、自分は悪くないと呪咀じゅそを吐き、自分のために保身を許して、相手を傷つける事を選び醜くも美学のない女になってゆく。


 女という、生き物。

 女の持つ、魔性。

 女のさが

  

 道理も常識もかなぐり捨てて、私情に乱れる女。


 始まりはいつも可愛く胸におさまり、上目遣いでまつ毛をパチパチさせる女。


 クラブに行けば、人前では腕を離さず、寄って来る女に敵意を向ける女。


 流行りの曲がかかればフロアーに出ていき、見ず知らずの男の股間に尻を押しつけ、お決まりポーズを決める女。


 曲がサビに入ればタイトルを叫び、そのタイミングが見事に合えば、どうだと言わんばかりの満面の笑みでしたり顔をする女。


 優越感を顔に貼り付けて、周囲にアピールする女。


 誘うような目の女たち。


 ほかの女と話しているのを発見すると浅ましい嫉妬を見せ、理由を説明させられ、そこまで細かくかと思うくらいのくだらない質問を繰り返して、浅知恵を披露する女たち。



 いつの間にかに話は別のところに飛火して破壊力を発揮しながら、負の言葉がそこらじゅうで波紋を起す中、禅問答に疲れ、訳がわからなくなった頃、ベットであたえる女たち。その快楽のみに浸る己。



 そんな関係を繰り返し、繰り返して、繰り返し、繰り返して表になった頃、ようやく要は【女との時間はなんと意味を持たない無駄な時間なのだろうか。女の性根は一生、僕には分からない】と悟る。



 と、締めくくってはみるが、要の体は女を覚えていた。


 1人を寂しくはないと、達観たっかんするほどの歳でもなく。

 快楽への欲望は捨て難く。



 人肌の温もりを求めて元カノに連絡をしてみたり、声を掛けてきた女と一時を分かち合ったり、バイト先の常連の女と付き合ってみたりもするが、幾度となくバイト先を変えるハメにおちいる。



 女も女たちだか、自分も自分で、懲りない自己になんと節操せっそうのないことよとウンザリとして呆れ、そういえば自分はあの父と母の遺伝子を持つ子であったと、冷え冷えとしていたし方ないとあきらめ、自分に繋がる両親の遺伝子は残すまいと決めた。



 高校卒業の年になって、遅まきながら要は進路を考え始める。


 まずは大学の志望条件を

 1 県外であること。

 2 海の近い場所であること。

 3 学費の負担が少なくて済むこと。

 4 寮を完備していること。と絞り込んだ。



 条件から選択したのが国防大学だった。国防大学への進学は要の知識欲、探求心の飢えを満たす多岐たきに渡る学習内容であり、行く場のない住処は全寮制で解消され、衣食住の支給に給料まで出る。入学とともに国家公務員扱いとなって健康保険の心配もない。何より禁欲的な生活が、今の自分には必要だとあやうい心で思うほど、要は自分を持てあましていた。



 国防大学に進路を定めて勉学は勿論のこと、ほかの準備も落としがない様にと、自衛隊地方協力本部に問い合わせして備える。前年度の合格率は16分の1であった。居場所を求めて猛勉強する。



 両親には伝えなかった。県内の大学を卒業し、同居して家業を継いだ兄があの人たちにはいる。自分の進路にさして興味はないだろうと、そう思った。



   要は、国防大学に合格する。





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