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要編  39 美しき、生き物に撃たれる



  シーン39 美しき、生き物に撃たれる




 要と宗弥が富士子と待ち合わせしていた朝、トーキーは監視病室で、ターキーはmapで、本陣からの暗号メッセージを受信する。敵工作員チームの顔写真と全身写真だった。名前・経歴がわかっていても今現在の写真がなければ、なんの役にも立たない。各国に派遣されている非公式チームは、敵の面を割ったのだ。派遣チームの誰もが、敵を招集し、鍛え、情報を与えたスパルタンに対する怒りを、己を叱咤する機動力にした結果が実を結んだ。




 早速のトーキーとターキーは手分けして、入手した顔写真と割り出した身長と体格の特徴を、2人が開発した認証システムアプリに入力する。アプリは都内のグリット表記に従って随時、更新している駅構内、最寄もよりの幹線道路、高速道路の料金所、街中の監視カメラ映像から敵を洗い出してゆく。工作チームの居所を見つけ出すのは時間の問題だった。



 加えて要はトーキーとターキーに、ベータ総員の動向調査を指示した。一筋縄ではいかないであろう事はわかっていたが、である。四大精霊のうちで、火を司るサラマンダーの名をコードネームにしている男のチームだ。トーキーとターキーの調査能力を総動員しても多分、何も掴めないだろう。そう思いながらも要は、干し草から針を探し当てる可能性に賭けていた。




 2人は「了解」と承知したものの、トーキーの表情も、ターキーの声も、“不可能です“と言っていた。要は“ああ、わかってる“と顔に書いた苦笑まじりで「行ってくる」と言い残し、徒歩で地下鉄大江戸線牛込駅、A2改札地上出入り口に向かった。




 3日前、富士子を誘った日、宗弥はmapに着くなり開口1番「なぜ富士子との待ち合わせを、自宅から1番遠い地下鉄出入り口にしろと指示したんだ?」と僕に聞いた。




 スーツの上着を脱ぎながら金庫室に入り、宗弥に振り返って「富士子さんは多分、地下鉄の出入り口は一つだと思い込んでる。地下鉄の出入り口が複数あることも、家から駅までの近道も知らないと思った。だから、わざと1番遠い出入り口にした。1度間違えば、次からは事前に、調べて準備するようになるからさ」と答えた。




 僕の答えを聞いた宗弥は渋顔になり「大丈夫かな。普段は富士子の予定に人が合わせる生活だ。富士子に悪気はない。そういう習慣で、環境なんだ。そそ々として無感情に見えるけど、富士子は焦ると、突拍子のないことをしたりする」と言ってソワソワしだし、そう聞いた僕は興味を惹かれ「突拍子のないことって?」と聞いた。




 「小5の運動会の時、混合バトンリレーでころんだ富士子は、立ち上がって逆方向に走り出した。次の走者だった俺は大きな声で、“富士子!こっちだ!“って何度叫んでも気づかなくって、結局、富士子は1周走った。俺は観客の大爆笑の中を折り返したよ」と言いながら宗弥は上着を脱ぎ、ガンラック前のパイプ椅子の背に上着をかけて、腰掛けてもなお話し続け、「中1の夏休み、当時、鍵を持って出掛ける習慣がなかった富士子は、浮子さんの外出予定を忘れてて、朝、鍵を持って出掛けなかった。帰宅して浮子さんの不在に慌てた富士子は、門をガチャガチャしてさ、セキュリティーを作動させた。セコム2台と警察車両3台が出動して、ご近所中を巻き込んでの大騒ぎにした。それ以来、俺はおじさんに頼まれて、富士子んちの鍵を持ち歩いてた。高1の時、数学の授業中に回答を求められて立ったサヤが、貧血起こして倒れた。サヤに駆けよった富士子はサヤを抱き起しながら、必要以上に進化させた答えを、大きな声で口走って教室ごとドン引きさせた。富士子は行動予測が狂って予想外の事が起きると、たちまち周りがみえなくなるんだ。賭けてもいい、今回は絶対に、地下鉄の出入り口を間違える。しかも富士子は遅刻魔だ。心配しかない。誓ってもいい。絶対的に100パー、富士子は何かを仕出しでかす」宗弥はゾワゾワと浮き立つ声で、僕の知らない富士子を語った。




 「なんか、可愛いな」なんの気なしに口にした僕に、眉間に剣を立てた宗弥は「おい!俺の思い出に入ってくんな」と苦々しく言った。



 自宅前まで迎えに行ってやりたかったが、今回のミッションは富士子にとって、不測の事態にそなえての生死に関わる訓練だ。本人は何も知らないが……。今からでも迎えに行きたいと思う衝動をおさえ、地下鉄大江戸線牛込駅、A2出入り口前で富士子が到着するのを、今か今かと待っている。




  盾石家からA2出入り口までの道は、2つある。




 どちらから来ても見逃さないように、視線を交互に移して気を配っていると、左後ろポケットでスマホが振動し、即座そくざに左手で取り出して画面に視線を落とす。



  宗弥からだった。



 通知写真は宗弥の顔写真ではなく、戦闘中、左肩に初被弾した僕の傷を治療した後、宗弥が僕のスマホで盲管銃創もうかんじゅうそうを撮影して、その写真を自分の通知写真にした。僕がスマホを機種変更するたびに、宗弥はこの写真を設定登録する。




 この画像を見るたびに僕は、宗弥のスマホに自分からの着信があった時、どんな画像が設定されているのだろうかと、見てみたいと思ってはいるが、その都度つど、失念してしまう。



  親指で、通話をONにする。



 ただちに話し出した宗弥は「富士子はそっちに向かって疾走しっそう中だ。要、富士子の走り方、超可愛いぞ。久しぶりに見た。俺もそっちに向かってる」声を弾ませて一方的にそう言うや、宗弥は通話を遮断した。




 右手のゆるやかな右カーブの嘆き坂から、パタン、パタン、パタンと、実にテンポに欠ける足音が聞こえ、スマホを左耳に当てたまま視線を移す。ポニーテールを左右にらし、両腕をバラつかせながら、全力疾走の富士子がくだって来るのが見えた。




 銀色に近いグレーのジャケットを羽織はおり、白デニムの足元はNIKEのシューズで、太陽の光を全身に受けて輝く、不制御の富士子だった。



 なんて神々しく、疾走するリバティーな生き物なのだろう。



 まばたきを忘れて、富士子に魅入る。

 躍動する生命力に、僕は撃ち抜かれた。



 息を切らせた富士子が、僕を見つける。



 富士子が必死の形相ぎょうそうを大きな微笑みに変え、瞳に安心をたたえた。

 


 不謹慎にも、僕は幸せだった。

 Even so ,how heavyだが。



 僕に向けて欲しかった富士子の信頼の眼差し。

 その目に、僕は内側から被弾する。



 その衝撃しょうげきを、僕の心はまともにらった。

 もう一度くらったら、僕はきっと死ぬだろう。

 それでも僕は喜んで両膝をつき、death journeyへとゆく。

 富士子の信頼が僕を破綻させる。

 僕は完全にイカれてる。



 富士子があと数歩と迫る。とっくに切れているスマホに「切るぞ」と言っていた。



 その行為は、僕の男としての見栄だった。自分を目指して駆け込んでくる富士子に、見惚れていたなどと知られたくはない。



 僕の前に立った富士子は息を弾ませ「お待たせしました。すみません」と歯切れ良く発し、その声色は今まで聞いた声の中で、1番溌剌いちばんはつらつとしていた。犬歯を見せた打撃力120点であろう笑顔で「綺麗なお姉さんの走る姿を、拝見できて光栄です」キラキラとした藤煤竹色すすたけいろの瞳を見つめ、一言づつを、わざわざ、キリリと際立きわだたせて言ってしまっていた。僕らしくない、実に。それでも、自分を責める気は起き上がってこなかった。




 息を弾ませた富士子が太陽が輝くがごとく、まばゆく微笑む。

 僕の被弾が増す。





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