要編 29 青火との向き合い
シーン29 青火との向き合い
富士子の向かいに座り、樽太郎が話したという、事故の模様を僕は聞いている。
数時間前、その事故現場にいた。
ファイターに発砲を指示する自分の叫び声。
握ったグロックの感触。
防波堤に突入する大型ダンプカー。
横滑りしながら、放った黒色のバイク。
車が潰される音。
運転席から、引きずり出した国男の顔。
赤いジュラケースの回収を頼むと言った国男の声。
チャンスのこわばった顔。
サイレンを鳴らして去る救急車。
納めたはずの内包に赤い炎が灯る。自分の喧嘩をやられましたと、取集を求めて告げるほどアルファーは柔ではない。
熱量が一気に増して、鮮烈の青火となる。
襲撃してきた敵を、今すぐ叩きのめしてやりたい衝動に駆られ、青き殺気が立つ。殺意を抱て、富士子の話を聞く。
ふと、話を途切れさせた富士子が見つめてくる。怒りをたぎらせている自分を、富士子には見せたくはない。こんな激しさを持っていると、知られたくもない。ふつふつと煮える怒りと殺気を固め、心の端に追いやった。
僕の沈黙を戸惑いと勘違いした富士子が、何も知らずに口にした。「父は死なずに済んだ」と。
その言葉は、僕を狂わせる。やめてくれ。耳を塞ぐ。聞いているような顔をして、聞いていない。富士子さん、僕を気遣いながら話してくれてありがとう。ですが、富士子さん、僕は全てを見て、全部を聞いていたんです。あなたが語る何もかもを、僕は知っているんです。すまない。
この国を外敵から守りたいという、強い信念が僕の中で生きている。そのために血反吐まみれの訓練を積み、戦友を何人、亡くしても、頭に叩き込んだ交戦規定を守り、影に徹して戦っている。僕らが生きている世界は悪事が得とし、誠実は馬鹿をみると言われてもいる。
国男の事故は、あなたの父上の事柄は、“ 助かったからよかった“ では、僕の中の僕の心が許さない。ほんの少し思考していれば、防げたはずだという屈辱の念が、僕を侵食する。
敵は姿を現して、仕掛てきた。
今夜、その意思を明確に示してみせた。
売られたケンカは廃らせて殺る。
これからは熾烈な戦いになっていく。
しかも、我が国、日本国の地で。
富士子は涙を流し、国男を守れなかった自分を「恩人だ」と呼んだ。
内包でクソったれと吐く。僕に対する言葉だ。富士子にではない。勘違いするなよ。そんな思いは富士子にも、誰にも持っていない。端に追いやったはずの鬼火が、蘇る。
血塗られたこの心は、アラビア中の香水を付けたとしても臭う。
時はアルファーを出し抜いた。
復讐だ。
殺戮だ、が始まる。
海外派遣されている時のような気の張り方でいたか。日本は安全だと、どこかで甘んじてはいなかったか。僕は自分を疑う。
警護対象者の富士子を、泣かせている。
なんのために、自分たちは存在している⁈
富士子が泣き顔で、笑いかけてくる。辛うじて、微笑む。そうせざるをえない自分が憎い。あの時、他に出来ることはなかったか・・・やりきれない。
天は許したのだ。国男が事故に遭う事を。
何か理由があるはずだ。
見つけ出さなくては、収まりがつかない。
あなたを守り抜きますと、富士子に誓う。
話が途切れたタイミングを掴み「タクシーを呼びます」と富士子に伝えた。
タクシーに乗る富士子の姿は、小さく縮み、1日の疲労を物語っていた。今日一日の中で、食事は摂ったのだろうか・・・ふと気になる・・が…それも言い出せないまま、タクシーのドアが閉まる。車が走り出すとmapの玄関ドアが開き、チャンスとターキーが勢いよく出て来た。
2人に「頼んだぞ」と言うと、チャンスはミニの運転席前で立ち止まり「はい」と応えて乗りこんだ。ターキーは助手席に回り込みながら「時系列完成しています」早口にそう言って乗車する。チャンスはスムーズにコインパーキングから車を出し、富士子の追尾に入った。闇の中に小さくなっていく、赤いテールランプを見送る。
夜空を見上げ、北風にすくわれてゆくおぼろ雲を見ていると、ドアを開けたファイターが「手当ての準備出来てる。もう中に入れ」闇夜には鋭すぎる声で言い、先に店内に入っていく。
踵を返して「ありがとう」行って歩き出し、ファイターの背に「お前、いつ寝てるんだ」と聞く。振り返ったファイタは「お前と同じで、俺も作戦行動中は仮眠で持つんだ」大男には似合わない笑みでそう答えた。
[俺もだ]宗弥が割り込む。僕は[聞いていたのか?]と思わず聞いて立ち止まり、宗弥は[ああ。お前の自責の念まで見えた]と笑う。そして[要、チームのみんなも居るんだ。大丈夫だ]と言った。[そうだな]とつぶやきにも似た音量で返す。宗弥は富士子との会話を・・どこから聞いていた・・・。
宗弥は[ああ。そうだ。今更、言わせるな]と言ったきり、もう何も言わない。
続けて、[送る。チャンス。イエーガーとファイターは、今日こそ睡眠取って下さい]とチャンスから入り、[送る。ターキー。いや、寝るのは、時系列を確認してからにしてください]とターキーが言い、金庫室のトーキーは[送る。とにかく、傷口を縫いましょう]と言ってきた。
僕の顔をガン見するファイターが[送る。無茶苦茶なバイク走行の件は、俺からイエーガーによく、言っとく]真顔でそう通信し、僕は苦笑しながらドアを閉めて、ふと思う。
人はどこまで優しくなれるのだろう。かと。




