要編 23 発信機・挿入
シーン23 発信機・挿入
自身を大切に扱わなかった罰に富士子は、両踵と足の指の数ヵ所に、マメと靴ズレをこしらえていた。痛かっただろうに。なんで、こんな事する。自分を大切に扱わないと、他人もそれを無意識に汲んで本能でもそう察して、徐々にこんなもんだろうと、雑に扱われるようになるぞ。金というバックボーンがあるだけに、富士子、お前はタチが悪い。桁の数だけ周りからは、慎重を得られるであろうが、その数だけ真実は隠される。それを感じないほど、人に対して無関心ではいられず、自分は好ましくないのだと嘆く。そんな憂き目を頂戴するぞ。
天は見守るだけで何もしてくれない。か‥‥甘いぞ、白梅。大切な事は頭の中の地獄をどう黙らせるかだ。
どうして、こんな事をする・・・十二分に魅力的なのに・・おっと、また、思考が滑った。今日は感傷的だ・・・36時間の勤務明けで一睡もしていないからか・・・口元が緩んで・・・笑みがこぼれ落ちたりもする。僕の笑顔は・・・絶え間ない。
富士子は宗弥との会話に夢中だ。僕は治療をしながら、液体デイバイスを基盤とした05ミリ程の発信器を、富士子がこしらえたマメに仕込む。僕の素性を宗弥が説明している隙に。
発信機は富士子が生きている限り、その居場所を発信し続ける。開発者の体内に仕込むとは皮肉な話だが・・。当初、僕らは富士子に発信機を装着するのは難しいだろうと諦めていた。これで富士子がどこにいても、現在位置を把握できるようになった。
富士子を手中に収めた。満足だ❗️
それにしてもやはり資料や人伝てではなく、対面して話す方が人を理解しやすい。母の墓前に向かう富士子を、宗弥と見送りながらそう思う。
肩まである富士子の髪が風に吹かれて、富士子の顔にかかる。富士子は面倒に思うのか左手で額から後ろにかき上げ、マメが痛むであろうにスッと伸ばした背も清々しく、優雅に歩いてゆく。
治療した身として言わせてもらえれば、富士子は強がりだ。その背を見て苦笑した。
大石に座った富士子と驚きの再会を済ませた宗弥は、歩き出した富士子に開口一番「墓参りに来る時くらい、そのハイヒールは、なんとかできないのか?富士子」と叱り付けるように言った。「母に見せたかったの・・」弁解するように言った富士子は、それっきり口を閉じてうつむいた。
急に黙った右隣を歩く富士子を、どうした?と思いながらその横顔を見ると、僕を見上げた富士子は顔を赤らめて「あの、ありがとうございました」モゴモゴと言って下を向いた。
自分の負の衝動を恥じての“ありかとうございました“なのか、治療への“ありがとうございました“だったのか、僕には判断がつかなかった。前段ならば誰にでもそういう時はあると、人の言葉に共感し、本の文字に助けられ、音楽を聴いて癒されもするし、映画を観て生きていくに希望を持てると言いたかったが、人生を語り合えるほど僕と富士子は親しくはない。後段ならば“こちらこそ“だ。
誰しもが孤独を友として常に共存し、日々、共に生活している。家族がいようが、友がいようが、愛いし愛されていても、不確定な孤独が1番自分の近くにいる。
子孫を残すという明確な目的意識を持ち、そのためだけに食べて光合成をする動植物の方が、人間より高等なのかも知れない。言葉を持たないという意味でも。
富士子を見送った後、要はmapにいるターキーに富士子の発信器・信号を追わせ、正常に機能しているかを確認した。問題はなかった。
富士子の警護をチャンスに託し、要、宗弥、ファイターは、僧侶の許可を得て、本堂に祀られている毘沙門天と対面する。人智を超えたものを心の拠り所として、機会があれば武神でもある毘沙門天の前にアルファーは座り、祈る。敵といえども、人だ。大義を持ってその命を奪うが・・・安息は必要だ。
代わる代わる線香を上げ、国家の尊厳を守るために散華した先人と仲間を敬う心で、要は般若心経を唱えた。
般若心経を終えた要は毘沙門天を見上げ、自分が下す決断に今回も不信を抱かず、指揮が執れますようにと願う。どんなに考察しても、100%の確証はない。判断の角度が数ミリ違えば、結果として輪郭を表した時、大きく道を踏み外した事跡となる。
宗弥は毘沙門天を見ている要の右肩に触れ、要が視線を上げると、宗弥はアゴをしゃくるようにして振り返った。要が宗弥の視線をたどると、その先に富士子の横顔があった。顔を太陽に向け、目を瞑っている。陽光が作り出す陰影のコントラストで、照らし出された柔和な富士子は何を考えているのだろう。
立ち上がった要は宗弥とファイターと共に、音もなく玄関へと向かう。参道方向に姿を消すファイター。富士子の太陽を奪わない位置に立つ要。名を呼び捨てにする女の左隣に座り、その横顔を見つめる宗弥。
一途な思いを露にした宗弥の表情はだらしなく、幸せそうだ。その表情を見て僕は半分呆れ、半分は自分には無い感情を持つ宗弥への憧れと、羨ましさでよじれた。素直に認めよう、宗弥は陽で僕は陰。だから、あらゆる点でうまくゆく。
富士子が花が咲くようにまぶたを開け、瞳を眩しげに瞬かせた。
考えるよりも先に身体が反応して太陽を遮り、富士子に日陰を提供していた。クソ!僕は眉間の皺と共にうつむく。
太陽に背を向けた要を、富士子が見る。
富士子に視線を向けられて、予測不能をしでかした自分の行動に居心地が悪くなった。心情にさざ波が立つ。イライラする。この女性は監視対象者で、宗弥の想い人だと自制を促す。
宗弥は富士子の横顔に見惚れたまま「日焼けするぞ」と言い、重ねて「車はあるのか?」と大らかに聞く。その声は七色に光り輝き幸せを讃えていた。富士子は時計を見て「そろそろ、迎えの車が来てる頃」と答え、「そうか」と言った宗弥は立ち上がり、「今度は、わたくしめが」と富士子に手を差し伸べる。
宗弥の仕草を見た富士子は上品な唇を大きく開けて、クスクスと屈託ない笑い声をあげながら「今まで、こんなことしたことないのに」と言った。
その声に誘われて、その誘いを断れきれず、僕は顔を上げた。目にした富士子の笑顔は眩しく、許しを乞いたくなって、膝まずきそうになった。
馬鹿な‼️
その要をまたも、内耳モニターが現実に引き戻した。
[送る。トーキーから総員。富士子の社用車到着。運転手変わりなく、中田]と入り、宗弥も内耳モニターにピクリと反応し、宗弥がなんとなくを装って僕を見る。微かにうなずき返す。宗弥は「車まで送る」と言いながら、富士子の右手を取った。エレガントに立ち上がった富士子は可憐だった。
3人で、毘沙門天に一礼する。
歩き出して、自分と宗弥の間に富士子を入れ、チラリと振り返ってチャンスの姿を確認した。