要編 22 計算した出会い・後半
シーン22 計算した出会い・後編
反射的に要は富士子のそれぞれの肩を、左右の手で押さえ込んだ。
落下する富士子の首が、後ろに仰反る。要は腹筋と背筋を使って富士子を力ずくで抑え込む。富士子のつま先はかろうじて石段に残った。
富士子の背中が要の右胸筋にのる。要はすぐに「大丈夫ですか?」と若干、張った声で聞いた。富士子は無言だ。危なかった。落ちていても、おかしくないタイミングだった。後ろに飛んだように見えたが・・・飛んだのか!!!この女・・何を考えていた。
身体の力が抜けた富士子が心配になり、要は富士子の横顔を覗く。青い顔色。貧血か・・・様子が知りたくて「足を痛めているのではないですか?」と重ねて聞く。
聞いておいて要は、幼い頃からいつもこうだと後悔した。心が何かに囚われると余計なことを言ってしまう。って、今、何に、囚われた⁉️
富士子が、首だけで振り返る。
目が合った。
煤竹色の瞳を要はまじかで見る羽目に陥る。なんて、魅惑的なんだ・・・クソ!!心が勝手に吸い寄せられる。この展開・・・・僕の間合いじゃない。クソたれ。要の目を見た富士子の瞳に翳りが下りはじめ、狩られた子鹿のように震えだす。
その目をよく知っている要の鼓動がドキリと飛んだ。“冴えない頭の僕は尖った刃物のような生き方には、代償が伴うとは知らなかった“・・リンキンパークの歌詞を要はぼんやりと思い出す。
要の心情の底に、長らく沈んでいた何かがごそりと鎌首を持ち上げ、モゾリと動いて、背中をゾワリと這い上がる。獣のような身震いをして要は払い除けたかった、が。
その衝動を意志の力で抑え、抑え込んだ身震いが行き場を求めて、微震しながら要の心に波動する。なんで・・・・・心が痛む。この女は僕に何をした!!!捕縛されたような胸糞悪さが口の中で湧く。クソ!
富士子は身体の向きを変え、富士子の煤竹色の瞳が正面から僕を見る。意識的に僕は心に覆いをする。これ以上の感情のブレはならぬ。ダメだ、任務に支障をきたす。今回はどんな男でいくか・・・。
架空の仮面で、真の心と顔を隠す。
完了と共に両手が富士子の両肩から、自ずと離れてゆく。訓練通りにそつなく、そう動く。手のひらに残った富士子の感触を包むかのように、勝手に手が拳を作った。クソ!!!
「完売となります」そう言った店員を恨めしく見つめ、完売と張り出された紙を見つめ、どんな味なんだろうと想像を膨らませて、その想像にイライラとする。そんな感覚に堕ちる。
馬鹿な感情だ。替えはいくらでもある。そう、いく通りでも何百通りでも、味わいは無限大だ。手にできなかった欲望がそうさせてるだけで、次の対象が現れればそんな感情を抱いたことすら忘れる。そういうもんだ。なのに・・この空虚はなんだ❗️
富士子は僕の瞳をジーっと見つめた後、その視線を僕の指先、手、腕、肩、首と移動させた。注がれる不躾とも言える真剣な眼差しが、なぜか好ましい。そう思って、慄く。興味を持たれて喜んでる、僕がいた。怯んだ。だが、口元の笑みだけはつらぬく・・クソっ。
見つめる富士子の左の瞳が、わずかに斜視気味なのに気づく。すると、僕の目に何かを見つけたかのように、富士子が僕の目を凝視した。本心を見たかと、心が勝手に無条件降参する。「持ってください」と僕に言わせ、カサブランカを差し出させ、富士子が受取った瞬間、僕は富士子を抱き上げていた。
暴走する行動に、意識が追随する。何をやっているんだ!!僕は⁉️勝手にこの女の軍門に下りやがった❗️石段を上がる僕に富士子が「降ろしてください。自分で歩けます」と言った。その冷たい声に心がギクリとする。
立ち止まって富士子の真意を探るように見たが、富士子の本心が掴めない。滅多に無い事だ。接近戦の最中でさえ、殺し合ってる敵の心が読め、ニヤリとする僕がだ・・・富士子の心がわからない。この女は今、何を考えてる❓
脳内で警告音は鳴っていない。だから・・危険でも、嫌われてもいない。それで・・富士子が口調ほど不快には思っていないとわかり、僕はおめおめと口を開く。
「あなたの足は悲鳴を上げています。きっとマメができている。今大事にしないと、その美しいハイヒールがしばらく履けなくなりますよ。僕では不服でしょうが、手当てさせて下さい」最もらしい言葉をスラスラと難なく。
そして思う。遅れて、考える。本当に手当てが目的だったか、抱き上げた言い訳か。どっちだと。
富士子は僕を見つめ、口を閉じた。身体を腕に預けてもくる。
いや、そう思いたい、だけなのかもしれない。
とにかく要は富士子の無言を承諾と受け取り、攫うような歩調で石段を踏みしめ、参道を駆け上がり始めた。腕で感じる富士子の冷たさに力が入る。やはり・・貧血だったかと気遣う。転落していたら、着実に首が折れていた。こめかみがズキリと痛んで吐き気がした。
予定では境内に入ってきた富士子と墓参りを済ませた宗弥が出会い、宗弥は帰国を理由にして「会えるかなと思ってた」なんて話してるそこに、毘沙門天の信奉者の僕が偶然あらわれ、実際そうだが、宗弥が僕を富士子に紹介するシナリオだった。
内耳モニターに[送る。トーキーからイエーガー、体内埋め込み式・発信器を準備して、本堂の勝手口付近に待機します。発信器の受け取り願います]とトーキーから入って我に帰る。Big Chanceの到来だった。
その一方で特戦に配属されてから初めて、私情を挟んだ己の不届きを呪う。
戦闘中であれば富士子も自分も・・確実に死んでいた。
自分の生死はどうでもいいが、全集中していなければ誰かが、巻き添いを食って死ぬ。
そうなれば痛恨の極みだ。自分の頭に蹴りを入れてやりたく、[了]と口腔内発声で返す。その後、要の内部モニターに次から次へと、チームの動向が入ってきた。
ファイターは山を降りて境内に移動すると。チャンスは宗弥と交代しますと。宗弥はタイミングをみて合流すると。通信を聞きながら要は時が刻々と、作戦を刻み始めたと知る。
されど、時の種は要が思い描くようには育たなかった。