要編 15 map
シーン15 map
今回の作戦拠点兼寝所は、急遽のアルファーに変わり、本陣の総務が探し出して借り受けた。異例中の異例だった。担当者はその拠点の位置を緊急対処があるを念頭に入れ、盾石家と本社ビルの中間地点とした。
探し出した物件は元は銀行統合で縮小された支店で、建物ごと買い取ったオーナーが内部を造り替えて喫茶店にし、店内の左奥にあった二階建ての金庫室を、居住できるようリフォームして住んでいた。
いくつかあった候補の中から、この店舗を選んだ理由は金庫室があったからで、アルファーが持ち込むであろう銃火器等々の諸々の管理上と、非常事態が起きた際、金庫室を盾石家族のパニックルームにとも考えたらしい。担当者は金庫室にあったオーナーの私物を業者に預けてスペースを開け、簡素ベット6、個人ロッカー6、寝具各6のみを運び入れ、後はいつも通り、アルファーが準備した。
金庫室はクマヒラ金庫扉を背にして1階部分は約20畳、左奥の階段を上がった2階部分は中央で仕切られ、ふた部屋に分かれていた。向かって左側はシャワールーム、トイレ、洗面所、洗濯場のプライベートルームだ。
右側の部屋を、アルファーは寝室として使う。プライベートルームとの仕切り壁を枕元にして簡素ベットを3つ並べ、そのベットの右側に一つずつ個人ロッカーをおき、奥から要、宗弥、ファイターとする。右側も同じように壁を枕元にして簡素ベット2つの間に、ロッカー2つを並べておき、奥のベットをトーキー、手前をチャンスとした。
トーキーの簡素ベットの右には要のベット方向に扉を向けた高さ1m、横70㎝、奥行き70㎝の金庫を置く。この金庫には円、ドル、ユーロの現金、各自が持つ数カ国のパスポート、不着火梱包してあるC4、作戦指令書、全員のドックタグが入っている。
今回も金庫の解除方法をチームで話し合うが、結局はいつもと同じ会話をたどり、指紋認証では総員の指を切断されればいい話でとなり、目の虹彩では目をくり出せば済むとなって、いつもの8桁の解除方法を選択した。この話し合いの場は最後に残る誰か1人が起爆させた時のことを思い描いて、その意思を再認識するという意味合いもあった。
自分の意思でなく金庫を開ける場合、1人を残して、チームは殲滅されたという訳でとなるからだ。そうなったら話し合いをしているこの場所も敵に占拠されていると、だから、今回もいつも通り、要とトーキーが編み出した芸術的な極小爆弾を錠前に仕掛けると決める。誰もが意識のどこかに死を引き寄せて考える。そしてそうはならないよう今回も死力を尽くすと誓う機会で、所変われば、こうしてアルファーは解除方法の話し合いを持つ。いわば新たな任務へと向かう儀式なのだ。
8桁の数字を全て8にすれば、室内各所に設置してある爆破剤が着火連動しだし、金庫の半径6mが真っ先にぶっ飛ぶ仕掛けだ。もちろん破壊するのは内部のみで、建物と外には被害が及ばないよう計算した火薬量を使用してある。どうあっても敵は必ず瓦解させるという、先鋒アルファーのクレージーな思考の1つに過ぎない。
要の寝台の下には重さ2キロ弱、銃身25センチ、専用の弾薬が必要になるが、装填済みの新型PDW SR635、コルトM 1911、衛星電話1 、携帯リュックサックが置いてある。非常時、このリュックに金庫の中身を入れて持ち出す。
宗弥はベットの下に戦闘食糧、選び抜いた最低限の医療道具、薬品、プリペイド携帯1が入ったリュック、PPK、サブマシンガンMP5を置いていた。
ファイターのベットの下にはグロック26、プリペイド携帯1、衛星電話1、コルトM1911、保護ケースに収まったボルトアクション・ロシア製SVLK−14Sがある。射程距離4178メートルを誇る狙撃銃を見た要が「今回の作戦に必要なのか?」と聞くと、ファイターは「イエーガー、備あれば憂いなしだ」と真顔で答えた。
トーキーの寝台の下には、パソコン2、衛星電話3、使い捨てプリペイド携帯5、折り畳み式・軍事用アンテナが入った破損防止のクッション付き、ユーティリティーケースと、MP5とグロック26が置いてある。
チャンスはV3 TAC-13、コルトM1911、衛星電話1、炸裂音弾手榴弾と、催涙手榴弾を各5つ、ベットの下に置いていた。理由を聞いた宗弥に「僕の就寝場所は、1番階段に近いです。ここから各種手榴弾を効果的に一階に落とせば、敵の足を止められます」と笑った。
奥の壁、中央には横書きで【心仏手鬼】と毛筆で書いた和紙を貼る。要はこうして派遣先の拠点に、寝室があれば寝室に、部屋だけならその部屋の壁に、テントならば出入り口を背にした正面に、パソコンで打ち出した紙や、布にマジックで、廃墟の教室ならば黒板に書く。この言葉はコロンブスが部隊長に就任した時、要に授けたものだった。
2階の準備を終えたアルファーは要、宗弥、ファイターの3人で武道館で開催中の青空マーケットにレンターカーで出かけ、一階の中央に置く机、長机2、パイプ椅子5脚、白板、フック、木板、日用品の諸々を手に入れにゆく。
買い物を終えた3人は久しぶりの日本庭園に和んで、靖国神社に参拝した。そして祈る。今回もつつがなく任務が完遂できますようにと。
チャンスとトーキーは大型TV、パソコン2、TVモニター3、ネット環境構築に必要な機器類・等々を揃えに同じくレンタカーで秋葉原に出掛け、昼食を猫カフェで摂り、ねこに癒された。
アルファーは手分けして、全ての設置を3時間で終える。派遣先で毎回行なっている作業で、自然と役割分担が出来ていていたからこその迅速さだ。作業しながら何がどこにあるのか、部屋のサイズ、ドアまで、階段までなどなどの歩数を、完全なる闇でもつつがなく活動できるよう身体に刻む。
要は1階中央に置く縦横1.2メートルの正方形テーブルの卓上面に、銀の丸釘を使って厚さ0.7ミリのシルバー鉄板を据え付けていた。敵が押し入った場合、瞬時にこのテーブルをひっくり返して身を潜め、盾にして前進する為だ。僕はこの作業が好きだ。黙々とハンマーを振り下ろし、一本、また一本と、釘を打ち込む。一打するたびに、雑念を1つ潰した気になる。それがたまらない。そう、僕の頭の中は余計な事でいっぱいだ。
チャンスは、パイプ椅子の背面と座面に衝撃吸収パネルを貼り付けて、同じく持ち歩き用の盾に仕上げてゆく。
宗弥は出入り口から見た左側の壁に、オーナーも同じようにしていたらしきフックに、大型テレビモニターを設置する。いつものようにコードの始末にこだわる。
テレビの向かい側の壁に、ファイターは木板を特殊合金の釘で打ち付け始め、多分、絶対に、引き払った後、オーナーからクレームが入るだろうが、アルファーの誰もがファイターに進言しない。銃に関わる作業している時のファイターは神だ。どんな世界も神に逆らえばバチがあたる。神はこの後、木板にフックを打ち付けて縦に5列、横に5列のガンラックを作る予定だ。
ガンラックには上からFN SCAR、M4カービン、FN F2000、グロック26、手のひらサイズの20口径拳銃をフック掛けし、今回は奥から要、宗弥、ファイター、トーキー、チャンスとなる。ガンラック下に長テーブルをおき、各装備の弾倉を5つずつ、机の下には各種・弾薬の入ったケースをおく。
トーキーはドア右手に長机をおき、長机と壁の間にパイプ椅子を入れて、机上の中央に20インチのモニターを置き、その左右に10インチのモニターを設え、手前にPC2台を設置する。
店内はそのまま使用する。
店内は玄関ドアを背にして右の奥には2畳ほど物置があり、冷凍庫、備蓄品が置いてあった。白の木目カウンターの内側は奥からコンロ、作業台、シンクと並び、後ろの壁沿いは奥から観音開きの冷蔵庫、カウンターと同じ木材の食器棚、飲み物専用の4面ガラス冷蔵庫と続いていた。玄関から見た正面の壁と左手の壁、カウンター手前から玄関までの壁は、図書館のような本棚になっている。それでも並んでいる本は全てフェイクで、本棚の前に立ち、興味深々で手にした要を1発でいや、1冊で残念がらせた。
もしもの時の最終手段は盾石家の3人と、トーキー、宗弥を金庫室に入れて内側から鍵を掛けさせ、ファイター、チャンス、自分とで緊急対応チームか到着するまで、店内に籠城と決めていた要は玄関左横にある縦1・5m、横3m弱のサッシ式の窓を見て、天の仰いでグルリと目を回し、眉間に皺を寄せて下唇を噛んだ。この窓は大きい。手練れの敵ならば窓ガラスを割って同時に4人は侵入できると、もしくは手榴弾を投げ込むだろうと、自分ならば前者の侵入を選択すると思った。窓のガラスを防弾ガラスに変えたかったが、時間的にそんな余裕はなく、両開きのカーテンを、厚手のオフホワイトのロールカーテンに変えた。
この拠点を今回アルファーは[map]と呼ぶ事にした。
翌日、宗弥は本陣から届いたローバーとミニクーパーを見て、オーダーした要に「なんでミニクーパーなんだ?」と聞く。「持ち主がカーマニアでカリカリに仕上げていたのを、ネットで見つけたんだ。トルクが半端ないし、ミニなら狭さギリギリの所を攻めて走れる。このボディー仕様なら至近距離から撃たれない限り、9ミリでも貫通しない。今回は本陣もこちらの要望を聞くしかないだろう。わがまま言った。それにお前とミニミニ大作戦を観た時、いつか乗ってみたいと思ってたんだ」最後は犬歯を見せる打撃力の笑顔でそう言い、宗弥も「覚えていたか!」とぶっ飛び笑顔を浮かべ、「おれもそうだった!」と興奮絶好調で言葉を弾ませる。宗弥とチャンスとで個々に整備している間に、要とファイターはレンジローバーのグリルに鹿よけパネルを装着する。
宗弥はミニクーパーを試運転しょうと要を誘い、助手席に座る要の提案でmap、盾石本社ビル、盾石家の偵察に出た。
資料写真では見てはいたが実際、目にすると盾石家の威圧感は半端なく、完全なる成功者の自宅に、広い敷地に、要は気が重くなる。確かに本陣が正面から国男に接触しても、実害のない今、こちらの意向は通らないだろう。政治家の介入もあり得る。金を持ってる分、事情を知れば私的なボディーガードを雇うだろうし、素人ボディガードの介入は、こちらの作戦行動の邪魔になるだけだ。コロンブスがトリッキーな手段を取るわけだと納得した。今作戦は宗弥に負担がかかる。気をつけて、しっかりと宗弥の様子を見ていなければとも考えた。
mapの前にあるコインパーキングに宗弥が駐車する前に、ミニから降りた要が店内に入ると、ファイターの大きな背中が目の前にあった。その右横で、チャンスが仁王立ちしてもいる。
気配にファイターが振り向く。チャンスも振り返って2人の間が割れ、要の視線の先にあるテーブルにトーキーが2人座っていた。驚き、2人の顔を見比べる。
右のトーキーが「あの、コロンブスからの指示で、こちらに来たんですけど」と言い、左のトーキーが「一卵性双生児の弟です。オメガに所属しています。コードネームはターキーだそうです。僕も今日、知りました。弟は鶏みたいに落ち着きがなくて、僕がふざけてチキンと呼んだら、チキンだと弱虫みたいだからターキーと呼べと言って、幼少期にそう呼んでいたんです。まさか、その呼び名をコードネームにしてたとは」と説明すると、右のトーキーが「ターキーです。兄と同じで僕も通信、分析担当です」と言い、トーキーがターキーを見る。ターキーもトーキーを見る。
2人の動きは完全にシンクロしていた。しかも、全く見分けが付かない。
ファイターが要に「コロンブスに要請を出したのか?」と聞く。「ああ、出した。監視対象者の2人ともがそれぞれの車で移動する。それもほぼ、同時刻にだ。ベータの資料に重複する追跡に混乱とあった。それを避けるために、もう1人通信担当が必要だと思ったんだ。それにここは喫茶店だ。閉店させて周囲の関心を引きたくはなかったし、オーナーが再開した時、客足が遠のいていたら迷惑をかける。留守番がいると思ったんだ。しかしながら一卵性とは、僕たちが混乱するな」と言いながら2人を見た要は、クリスマスケーキのロウソクを吹き消す前のように楽しげだ。
店内に入って来た宗弥が「おいおい、玄関先に男3人かよ。何たまって」と言ってる途中で、宗弥はトーキーとターキーに気付き「噂はホントだったのかよ!」と声を上げ、ファイターと要の間を器用にすり抜けて、両手を勢いのままにテーブルにつき、トーキーとターキーの顔を交互に見るや「友達はお前たち2人をどう見分けてた?」と聞く。
2人は宗弥から互いに視線を向け、トーキーが「ターキーは下唇の左側にホクロがあります。最初はそれで見分けます」と言うと、ターキーは「そのうち、言動でわかるようになります」と言って、クシャリと魅力的に笑った。トーキーには無い笑顔だった。
宗弥は「そうか、わかった。まっ、1時間もすればチーム全員は見分けられるが、すまんがその間、ターキーです、トーキーですって頭につけて話し始めてくれるか?」と言ってる最中に自分が面白がってしまい、唇をピクピクさせながら「ようこそアルファーへ、よろしくな、ターキー」と言ってわざとトーキーに右手を差し出す。ターキーは宗弥の手を横から掴んで「兄が、いつもお世話になってます」と溌剌とする声で言い、ガッチリと宗弥の手を握る。
たまらず笑い出した宗弥が「お前、面白い奴だな」と言って振り返り「要、ちょっと試したい事があるんだけど、いいかな?」と笑みの残る顔で言った。2人のやり取りを見て笑みを溢していた要が「いいとも、何をするんだ?」と聞く。
「ありがとう」と言った宗弥はターキーに視線を戻して「自前のキーパッド、持ってきたか?」と尋ねる。ターキーは椅子から立ち上がり、後ろのテーブルにあるグレーの迷彩柄アーミーバックから、ボタンの一つ一つを自分で選んで発注できるキーパッドを取り出した。
その彩色はカラフルで、不規則で、されど虹を思わせる配色だった。
宗弥はファイターとチャンスに「ミニとローバーに分乗して都内を走り回ってくれないか?久しぶりの日本だ。内耳モニターの感度も確認したい」と言い、聞いた総員は宗弥の意図を理解して要、宗弥、トーキー、ターキーは金庫室へ、ファイターとチャンスはコインパーキングへと散った。
ターキーはトーキーが座るパイプ椅子の左横に立ち、机上のPCに自前のキーパッドを有線で接続すると、2人は一台のピアノを連奏するようにキーパッドを操り、調和して、人工衛星を使い、ファイターとチャンスが運転する車を追跡し始めた。宗弥はファイター、チャンスの3人で話し続け、中央にあるテーブルに腰を預けた要は70インチTVモニターを見上げ、赤く点滅しながら移動し続ける2つの信号をどう指揮すればいいのか、頭の中でシュミレーションする。
チャンスが「点滅信号の色を変えた方がいいな」と呟くと、ターキーが「確かに」と言い、チャンスに眼差しを向けて「何色がいいですか?」と聞く。「緑かな」と答えたチャンスに、「了解」と言った瞬間に一方の点滅が緑に変わる。「送る。ターキーから総員、モニター上のローバーの点滅を緑に変更。ミニは変わらず赤。留意されたし」と内耳モニタに入れる。「了」と各員から返る中、要はターキーに視線を送り、微笑んだ。