第9話 ディアナの魔力講座
あれから馬車に揺られて屋敷に帰ってきたわたしは疲れていたのか夕食も食べずにすぐに眠ってしまった。
「ディアナ、あなたにはフェノンに魔力操作の応用を教えてあげて。ナタリーじゃその辺は出来ないから」
「しかしそれでは……」
「不安ならフロウもつけてあげるから、変なこと言いそうになったらフロウに言いなさい」
「かしこまりました」
「ちょっとなんで俺なんすか!?」
「黙ってろクズ」
「……じゃあ二人とも任せたわよ」
朝は眠い。日射しがあれば起きるかというと実際は逆で、温かい熱がわたしを眠らせようとしてくる。
「フェノン様、そろそろ起きてください。着替えも髪の毛もとかし終わりましたよ。あとは朝食だけです」
「なたりーつれてって……」
「ダメです! それぐらいきちんとしないとヒツジさんに怒られますよ!」
面倒だなぁ……でも等速直線運動で迫られるのを考えれば……
「わかったよぉ……」
わたしは椅子から立って、ゆっくりと食堂へ向かった。
「フェノン、おはよう」
「おかあさまおはようございます……」
右手で右目を擦りながらお母様に挨拶する。
「まだ眠いよね? よし、寝てようか?」
「エマ様、フェノン様をあまり甘やかさないでください」
「別にいいじゃない」
「ダメです」
寝てたいからもっと甘やかして……
「本当にダメ?」
「ダメです。フェノン様はこのあとディアナとフロウによる魔力操作と剣術の稽古とナタリーによる座学があります。フェノン様の将来のためにも、エマ様はそういうのを控えるべきです」
ヒツジが余計なことを言ってお母様を丸め込んだ。そして、朝食を食べ終えるとディアナとフロウの二人と屋敷にある練習場に移動した。
「フェノン様、ディアナと申します。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「フェノン様、フロウです。よろしくお願いします」
二人と挨拶を交わし、稽古が始まった。
「まずは魔力操作からやりましょう。給料も少ないクズ、そっちで座ってて構いませんよ」
「おいおい、フェノン様の前でそんなこと言っていいのか?」
「え? 別に構いませんよ? わたしに被害がなければ」
「は?」
フロウの抜けた声が聞こえた。
え? なにかおかしなこと言ったかな? 別に変なことは言ってないはずだし……
「(この屋敷にマトモな人間は居ないのか……!)
OKわかった。あそこのベンチに座ってるからなにかあったら呼べよ」
「お前みたいなヤツ呼ぶ人はいませんよ」
「そうか」
この流れでディアナさんのセリフを流せるその精神力。素晴らしいですね。
最近はお母様みたいな変なヤツしか見てなかったからこの世界ではそれが普通なのかと思ってたけど、そんなことなかったのか。
ありがとうフロウ。そして…………ごめん。
「ウホワアっ!?」
「キモ」
フロウが座ろうとしたベンチは1日中することが無くて、暇だったわたしがネジを弛めてたベンチだった。
そして、フロウの体重でベンチが崩れ、フロウのアホみたいな声が響いた。それに対して反射的に罵倒を入れるディアナ。
この二人は連携プレイでもしてるのだろうか?
「ではフェノン様、本日は『透明化』について教えたいと思います。知識としてはどれぐらい知ってますか?」
「えっと、魔力の壁を使って光を反射させることで人や物を一時的に見えなくする……でしたっけ?」
「その通りです。ではやって見せるので、真似してみてください」
こうしてディアナによる『透明化』講習が始まった。
そして、少し魔力の気配を感じるとディアナの姿が見えなくなった。
「こんな感じです。コツとしては魔力の壁の内側に少し空気を入れて、壁は地面に垂直にするのではなく、日光に対して垂直にしてください」
ディアナに言われた通りに魔力の内側に空気を入れて日光に対して垂直に魔力の壁を作る。
「そんな感じです。ですが、フェノン様のは魔力の気配が伝わってしまってるので、魔力を隠す『隠密』をやって貰います。
『隠密』というのは膨大な魔力の外側にかなり少量の魔力でコーティングすることで魔力の気配を消すことが出来ます。私のを見てください。魔力の気配がしますか?」
します! とは言えない……
「フェノン様ほどの魔力の持ち主でしたら感知出来てしまうかもしれませんが、大抵の人間はわかりませんので、安心してください」
「そうですか」
試しに魔力でコーティングしてみる。
「こんな感じですか?」
「そうですね。いい感じです。ではかくれんぼして見ましょう。30分間、私から見つからないようにしてください。では10秒後に始めるので、隠れてくださいね?
10、9、8、7……」
ちょっ!? 早いよ!? 急いで隠れないと!
急いで魔力の壁を作り直して、コーティングする。そして適当な草木の後ろに隠れる。
「フェノンさまー! どこにいますかー!」
ディアナがわたしを探し始めた。一瞬危ない時もあったけど、なんとかバレずにやり過ごした。そして30分が経ち、かくれんぼが終了。わたしはディアナに駆け寄る。
「フェノン様、お見事です。……ところでフェノン様、頭隠して尻隠さずという言葉をご存知ですか?」
「えっ……?」
ディアナはどういうことか教えてくれないまま、練習場を出ていってしまった。
そのあとフロウに聞いてみると、正面からは見えなくても、横からは丸見えで全く隠れてなかったのをディアナは微笑ましい顔で見て、反対側を探しに行ったらしい。
ちょっとくやしい……