第16話 初めてのおつかい
エリシュオン家散魔事件から1年が経ったある日のこと。
「フェノン、本当に大丈夫?」
「うん! へーき!」
お母様の問いに笑顔で答える袴姿のポニーテールでポシェットを肩から斜めに掛けているわたし。
そして玄関の扉を1人で開け、外へと一歩を踏み出した。
「いってきまーす!」
本日のミッションは星刻印の精錬をした街まで行って、夕方までにお団子屋さんのお団子を買ってくること。今日はナタリーもお留守番で完全に1人で街まで向かう。
「この道をまっすぐ行くだけだから余裕だよね」
おつかいと言っても高原にある一本道を通るだけで、お団子屋さんは街の入り口に近い場所にあるので、とても簡単。
迷う要素が見当たらない。お団子はもらった!
わたしはとても軽い足取りで街まで向かった。
「……あれ?」
街まで着いて星刻印の精錬の日に買ったお団子屋さんの所まで行ったのだが、そのお団子屋さんが消えていた。
お団子屋さんがない……? いや、そんなはずは……
「あの、この辺にあったお団子屋さん知りませんか……?」
近くにいたお姉さんに聞いてみることにした。
わたしのコミュ力はかなり高い方だと思う。ただ、会話力が絶望的過ぎる上に屋敷に籠ってるからボッチなだけ。けど、いまはナタリーの素晴らしい指導によってある程度の会話能力を獲得した。
つまりこれぐらいお茶の子さいさいである。
「ああ、荷馬車のお団子屋さんね。それなら4日ぐらい前にこの街に着たから次来るのはだいたい1週間後ぐらいね」
「え?」
この街にいないの? どうしよう……これじゃあお団子を買って帰れない。
「いまどこにいるの?」
「お団子屋さん? あの山を中心に4つの街を移動してるみたいだから今頃反対側の街で売ってるんじゃないかしら? ところでお母さんはどうしたの? 一緒じゃないの?」
「おつかい!」
少し不安そうにしていたお姉さんの顔はわたしがポシェットを見せながら笑顔で答えると一瞬にして明るくなった。
こういう反応ができるなんて、自分が元男なのを忘れてしまいそうになる。わたしという存在に前世の記憶があるだけみたいなそんな感じかな……?
もともとあんまり男らしくもなかったし、いつも親友に守ってもらってたから……アイツ、今頃何してるかな?
「そう、ならよかった。じゃあ気をつけて帰ってね?」
「うん! ありがとうございました! バイバイ!」
「バイバイ」
お姉さんと手を振って別れ、ディアナに教えてもらった透明化を使って先ほどお姉さんが指をさしていた山に向かって行った。
その頃、先ほどのお姉さんは被っていたかつらを外し、果実が入った箱の後ろに隠れた怪しげな格好をした白い髪のおじいさんとエルフの女性に近寄って話しかけた。
「フェノン様ったら私の変装に気づきませんでしたね」
「さすがフェノン様でございます。そのまま手ぶらで家に帰るという思考が全くありません」
「そのまま帰るような子はウチの子じゃないわよ」
果実の入った箱の後ろに隠れて会話をしていた三人の男女の後ろに二人の男女が立った。
「どうして全員で尾行してるんですか?」
「穀潰しは黙ってなさい」
農家の服を着ている男は変装一切無しで堂々としているメイドに罵倒された。
「そろそろフェノンが街を出るからナタリーと私以外は転移魔法で先回りして。ナタリーは私と一緒にフェノンを追いかけるわよ」
「「「「了解!」」」」
「あとディアナ、今度からは私も混ぜてくれない……?」
「こんな時でもエマ様はブレませんね。ディアナたちならもう転移しましたよ」
「……いくわよ」
二人の不審者は少女を追いかけて走って行った。
わたしは全力で走って山まで10分ぐらいで到着した。
「この山は結構大変そう……身体強化で山飛び越えちゃえ!」
身体強化を足に付与して、その場でジャンプを数回繰り返して使えるかどうかを確認する。
「よし、大丈夫そう。せーの!」
ジャンプして軽々しく山を越え、反対側の地面に着地した。
なんかバラエティー番組にあるジャンプして場所移動するアレみたいになった気がする。
「お団子~お団子いかがですか~?」
山を越えて着地したわたしの目の前をお団子屋さんが荷馬車で通過していった。
「お団子ください!!」
わたしが言うとお団子屋さんはその場で馬を止めて荷馬車から降りた。
「おや? ずいぶん小さな娘だね~こんなところまで買いに来てくれたのかな?」
「みたらし団子4つと三色団子3つ、あんこと胡麻を2つずつください!」
「銀貨3枚だよ~ちょっと待っててね~」
お団子屋さんがお団子を用意してくれてる間にわたしはポシェットからお金を取り出して待つ。
「はい、どうぞ~」
わたしが銀貨を渡すとお団子屋さんはお団子をくれた。
するとお団子屋さんの後ろから黒い髪の女の子が顔を出し、わたしと目が合うとすぐにお団子屋さんの後ろに隠れてしまった。
「リア? どうしたの?」
リアと呼ばれたわたしと同じぐらいの少女はお団子屋さんの背中からわたしのことをじっと見つめてくる。
「これほしいの? 一緒にたべよ!」
「……いいのか?」
「うん! 食べよ!」
お団子屋さんは荷馬車で待ってると言って、わたしたちから離れて行った。
そしてその日、わたしはリアという人生初の友達をゲットした。
「それでお団子ってやっぱり串がないと成り立たないと思ったの!」
「そうだよな!」
お団子のお話だけでかなり盛り上がった。
リアの言葉遣いや態度は見た目とのギャップが凄まじかった。
一方その頃、荷馬車に戻ったお団子屋さんは少女をストーカーしてきたエルフの不審者さんと話していた。
「ツバキ、リアちゃんとは上手くいってるの?」
「そのセリフはそのまま返してあげるよ~? フェノンちゃん、エマとは正反対でとてもいい子だよ~?」
二人はお団子を食べながら世間話をしていた。
「フェノンは私のこと大好きだからね! 普段は迷惑かけないし立派な子だけど、時々甘えてくれるところがまたいいのよ。でもね……」
「でも~?」
お団子屋さん……もといツバキは首を傾げた。
「滅多に罵ってくれないの」
「それでこそエマだね~」
ツバキはいついかなる時でもブレないエマの回答にため息をつきながら、でも少し嬉しそうに答えた。
「じゃあそろそろ帰るから。暇があったらいつでも遊びに来なさい」
「リアのこともあるしそうするよ~リアをよろしくね~」
「こっちこそフェノンをよろしくね。じゃあね」
エマはフェノンとリアのいる方に走って行った。
「ホント、エマはあの頃と変わらないね~
少しうらやましくなっちゃうよ……」




