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7 発作

 無意識の内に抱えていた頭を上げ、校庭を見渡した。サッカーボールを追いかける生徒達の無邪気な姿には何の罪悪感も見て取れない。彼女は校庭に視線を向けてはいた。しかし何を見るでもなく、何処か遠い所を見ているようだった。今起こっていることに彼女は気付いているのだろうか。僕はうんざりして再び頭を抱えた。

 ミニゲーム開始のホイッスルを吹き終わると、先生が彼女の方へ向かってきた。僕は再び頭を抱えて、そのまま過ぎ去ってくれることを祈ったのだが、やはり先生は彼女の前で立ち止まり、屈託のない笑みを浮かべながらしゃがみ込んでしまった。

 聡美の視線が気になったが、僕にはどうすることも出来ない。保田先生は暫く返事の無い会話をしてから僕の方へ向きを変えた。

「大丈夫か、琢磨。お前は運動しないから直ぐに風邪ひくんだぞ。もう少し体を動かせ」

その言葉に、僕は本当の何十倍も辛そうな顔をして頷いた。  

「ところで琢磨。ミカのことなんだけどな」

知らぬ間に彼女のことを呼び捨てにしている先生は、僕に肩を寄せて耳の辺りで話し始めたのだが、それでも声は十分に大きかった。

「ちゃんと家まで送ってくれているんだろうな」

僕は同じように頷いた。もう話したくなかった。

「そうか。ありがとうな。これからもよろしく頼むぞ。お前は優しい奴だからな。ミカも一人で帰らないで、ちゃんと琢磨に送ってもらうようにするんだぞ」

そう言うと先生は満面の笑みを浮かべて見せ、彼女にそれを押し付けた。この人が僕の何を見て、優しい奴、と決め付けたのか分からなかったのだが、何も言う気にはなれなかった。

 先生に気を取られている間に完璧な笑顔を作った聡美が立っていた。

「大丈夫? 琢磨君」

聡美は僕に話し掛けたが、本当は保田先生に自分の存在を示したかっただけだ。その証拠に、僕の返事も聞かずに聡美は先生の肩に手を掛けた。その視界には、彼女の姿が一切映っていないようだった。

「先生、そろそろ戻って。私のチーム、一人足りないのよ」

「今、ミカと話しているんだよ。もう少しで行くから、お前は戻りなさい」

聡美の笑顔は凍ったまま一寸も動こうとしない。

「私、ミカちゃんが話したところ、見たことありません。この子、ほんとに話せるんですか?」

聡美は彼女の方へ向きを変えたが、それでも彼女を見ているようで見ていなかった。彼女は俯いたままでいる。

「ミカは話せる。まだこの学校に慣れていないだけだ」   

そうだよな? と言って保田先生は彼女の顔を覗き込んだ。僕は彼女の横顔を盗み見た。彼女は目を閉じて、微かに震えているようだった。―――様子がおかしい。いつしか彼女の額には、珠のような汗が数え切れないほど滲み出ていた。

 間も無く保田先生が異変に気付いた。

「どうした?何処か痛むのか?」

彼女は固く目を閉じて小刻みに震えている。即座に保田先生が彼女を抱き上げようとした。

「ちょっと待ってください。具合が悪いなら、直ぐに保健委員を呼びます」

聡美が先生の腕を掴み、彼女を抱き上げさせなかった。

「そんなことを言っている場合か!」保田先生はその手を振り払い、怒鳴った。

 抱き上げられた拍子に彼女の手足は力無く投げ出された。先生は構わず走り出す。聡美は小さくなる先生の後姿を目で追っているだけだった。先程までの笑顔は消え失せ、微動だにしないその表情からは何も読み取ることが出来なかった。


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