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13 希望の光

 校門を抜けると殆どの生徒が右に曲がり、村の些細な繁華街の方へ向かう。僕達は鏑木山に向かい左に折れさえすれば誰からも視線を送られない。今日もそれだけは変わらなかった。

 校舎を離れれば目の前に広がる紅葉は二人だけが支配する空間となり、落ち葉を重ね、甘薯を焼く時に出る煙を見上げている気分になる。 

 少しだけ和やかな気持ちになり、自然に三歩後ろを歩く彼女を顧みた。一際淡い金髪が紅葉からも浮き出ているように見える彼女は、僕の頭を貫いて何処か遠い所を見ているようだったのだが、気にはならなかった。少しずつ彼女に慣れ始めているのかもしれない。僕が心配なのは彼女の病気と、その未来のことだけだった。

 彼女は薇式のブリキの玩具のように規則正しく歩いていた。しかし平穏な時は意外な形で崩れた。彼女が知らぬ間に僕を追い越し、いつもの帰り道を逸れていってしまったのだ。

 行き先は直ぐに分かった。僕は彼女を止めず、逆に追い越して先導した。

枯れてからしか存在感を露わにしない不思議な植物のススキが道に沿って壁を作っている。乾ききった風に揺れる山吹色を薄めたようなそれの隙間を縫って道無き道を進む。既に太陽はオレンジジュースにミルクを入れ、軽く掻き混ぜたような色に変わり、目に入れても痛くない程の光になっていた。

 ススキの壁に僅かに残る縫い目の形跡が指針となり、暫く進むとぽっかりと口を開けたような沼地に出た。

 彼女は水面に浮かぶ一筋の光に向かって走り出した。僕は慌ててそれを制し、ゆっくり歩いて、と忠告した。彼女はそれに従い、頷いた。

 彼女は沼と陸地の間を伝って歩いていたが、何を見ているのかは分からなかった。僕は彼女の位置を把握できる所で見守りながら、一番気になっていたポイントに辿り着いた。膝まで水面を浸るのが少し前まではとても気持ちのいいものだったのだが、風邪を引いていた短い間に予想以上に水温が下がっていた。スニーカーを脱いだ足は凍ったように冷たくなり、爪先の感覚が直ぐに無くなった。両手の指先をつけて眼鏡を作り、水中を覗き込むと、数日前と何等変わることの無い風景が静止画のように残っていた。

 蜻蛉の子の抜け殻は、未だにほぼ完全な形のまま水草にしがみ付いていた。しかし外殻からは極々細い、白糸の絡んでいるようなものが数え切れないほど出ていて、少しでも触れれば直ぐに崩れてしまいそうだった。  

 顔を上げるとポイントの目印に立てておいた枯れ枝の先端に、赤黒い体の蜻蛉が羽を休めていた。彼女は水面に浮かぶ光の方へ手を伸ばしていた。彼女には小さな光が何かに見えたらしく、必死に手を伸ばし掴み取ろうとしていたのだが、それが掌に舞い降りることは無かった。

 それにもめげず、とうとう片足が沼に入ってしまったところで止めに入った。彼女は聞かずに前に進もうとした。しかし、そこには何も無いよ、と言うと急に動かなくなり、暫くしてから曖昧に頷いて見せ、諦めたように踵を返した。


 夕陽が山間に掛かると沼地を後にし、帰り道の後半を歩いた。彼女は普段通り沈黙の内に僕の後をついてきていた。

 夕闇が徐々に辺りを包み始めた頃、悩んだ挙句に切掛けも無く切り出した。

「今日のことなんだけど」

そこまで言って暫く躊躇った。それでも再び切掛けを失う前に続けた。

「大丈夫?……じゃないよね…。あんなことされたんだもの」

彼女は何も言わずに歩いていたが、心成しか震えているようにも見えた。

「このままじゃいけないと思うんだ。君にも、僕にだって。何か抵抗しなくちゃいけないよ。だって保田先生とのことはともかく、君の髪は生まれつきなんだし、君の目だってそうなんだもの。君は何も悪いことはしていない。みんなはただの偏見で言っているに違いないんだ」

彼女は下を向き、黙ったままだ。

「外見の問題なんて…。みんな始めから理解している筈なんだよ。許すか許さないかの問題でもない。だって、髪の毛や眼の色でその人の何が分かるって言うんだい。それを証明する為にも、君はみんなに理解されるべきだよ。やっぱり仲良くした方が良いに決まっているんだ。そうだろ?その為には、君からみんなに歩み寄る必要がある」

僕は出来るだけ優しく、諭すように言ってから彼女の顔を覗き込んだ。

 歩きながら彼女は、徐にではあったが、頑なに首を振って見せた。その表情は変わらなかったが、胸元にあった手が何かを強く握り締めていた。僕は狼狽して暫く考え込んだ。それでも事態が好転する良い方法は浮かんでこなかった。

「じゃあこのままでいいの?」

彼女は反応しない。歩みに合わせ、服に付いたフリルが揺れ、沼地に入った靴が踏み締められる度に醜い音を立てているだけだ。

「悪いけど、僕には何も出来ないんだ。…君の力にはなれない」

別れ際に最後の一言を言い放った。彼女は立ち尽くしているようだったが、気付かない風をして歩き、決して振り返りはしなかった。




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